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【15-006】「中国をよく思わない83%の世論」の裏にあるもの(その2)

2015年10月 6日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

その1よりつづき)

株価の下落と住宅価格の上昇時期が重なっている

 中国への誤解は、「13億の社会主義市場経済」を日本の経験ではとらえきれないから生まれる。そこから生まれる誤解も中国への偏見に結びつく。例えば中国の不動産バブルである。13億もの人が住宅にどんな思いを持ち、どんな行動をするのか、前に日中論壇で中国の住宅市場 について述べた。一部のメディアはそれを理解しなかったため、バブル崩壊という言葉が長年独り歩きしてきた。

 住宅事情と住宅政策にお構いなく、住宅価格が上がった、下がっただけでバブル崩壊特集を組む日本のメディアの姿勢が問題と述べた。

 「中国は既に不動産バブル崩壊が進行中、その驚愕の内容」「氷山に衝突するタイタニック号、始まった中国経済の厳冬」。これが1年前のあるWeb Newsの見出しだった。

 昨年より政府は不動産市場に対して政策調整を進めて来た。ローン比率や転売の所得税減免の拡大など、「政策的適応性調整」と言われる。

 その結果、今年7月、70都市の住宅価格は、6月より上昇が31都市、下落が29都市、変化なしが10都市で、大都市の住宅価格は連続4カ月、前月より上昇し、7月は、深圳が6.3%、上海が1.9%、北京が1.4%、広州が1.2%の上昇である。深圳の住宅価格は4月に反発し、7月は前年比、24%上昇している。上海は6月に10カ月ぶりに前年比でプラスに転じ、7月は3.6%上昇した。北京も1.2%の上昇になった。3級都市ではまだ下落の都市が多いものの、1級都市や2級都市の住宅価格は6月20日の端午の節句の休日を境にゆるやかな上昇に転じている。

 秋は住宅購入シーズンで、政府も過剰に神経を配り、価格上昇都市の購入制限も進める一方、過剰な住宅在庫を抱える都市はローン比率制限を緩和するなど、「適応性調整」には都市による分化が見られるが、広州では制限を解除していないものの販売は好調である。

 中国の株価下落が米国や日本に波及して下落の連鎖が起きた。中国経済の減速、不透明さが原因と言われる。だが、住宅市場の過熱を抑える制限政策や影の銀行問題で、住宅市場や影の銀行の資金が株式市場に入り、急速に株価が上昇したことも考えねばならない。9月11日の上海総合株価指数は3200ポイントで6月12日の5166ポイントの高値から38.1%下落したが、なお過去52週(1年)の最安値から39.8%高い水準である。市場の様子を見ていた人が戻り、住宅市場が動き始めた。株価下落と住宅価格上昇が時期的に一致していることにも着目すべきである。

繰り返されるチャイナリスクの指摘の間違い

 中国経済停滞のメディアの論評を読むと、多くのメディアが表面的な数字だけを追いかけて、中国経済を停滞とバブル崩壊とリスクに追い込んで行っているように見える。

 「中国で何が起きているのか」「なりふり構わず人民元安に誘導して輸出競争力を高めねばならないほど中国の景気は悪いのか」「輸入や電力消費、貨物輸送から見ると公表のGDP成長率よりはるかに実態は悪い」「中国経済や政治体制の問題点が表面化する可能性は高い。何かのきっかけで問題が顕在化した場合、世界経済にとり無視できないリスクと混乱が生じる」などと論じられている。

 同時に、輸出と投資依存の経済、労働分配率の低さによる内需、個人消費の問題、中間所得層の成長の遅れや格差社会、企業と地方債務リスクが指摘される。

 「何かのきっかけで」という言葉は無責任である。「無視できないリスク」と言うならその「何か」も語らねばならない。

 Web Newsの中には、輸入伸び率から見ると7%成長どころか今年の成長率はマイナス3%との論さえ持ち出されている。

 7.5%の経済成長の国がマイナス3%経済になれば、どんなパニックが中国国内で起きるのか。海外旅行や爆買いどころではない。常識さえ通用しない中国経済論が不思議とも思われず展開される。中国経済の失速を“やはり”と期待し、その一方で、日本での爆買いへの影響を憂慮する。株価下落の報道の裏には、なんとも不思議な情景が見える。

 中国経済停滞のほとんどの論評は「輸入の減少は何から起きているのか」「輸出はどうなっているのか」の中身を語らない。中国は経済構造改革の途上である。

 そのため単純加工貿易と一般貿易では輸出の伸び率も異なる。一般貿易でも電子や機械と労働集約の製品など、産業分野で異なる。その中身の議論が無視されて中国リスク論に導かれている。さらに問題の指摘についての誤りも多い。そんな論評を笑うかのように、今も中国の労働市場では女子農民工の募集難が続いている。中国経済減速の読み方と報道の問題については次回のこの欄で取り上げたい。

 中国の建設投資はまだまだ続く。影の銀行で批判された地方政府の土地財政も続く。経済の構造改革には大きな投資も伴う。経済成長を支える住宅や自動車の大きな市場は依然として中国経済の根幹にある。腐敗対策や政府支出抑制による影響もあるものの一般消費は堅調である。

 一帯一路のシルクロード経済圏のインフラ投資も始まる。

 前回、日中論壇 で内陸の重慶の変化を述べた。その重慶では8月にデンマークの世界最大のポンプメーカー、GRUNDFOS社の重慶工場が竣工した。

 中国は投資と輸出依存の経済と批判されるが、GRUNDFOS社は、その投資による鉄道でヨーロッパとの部品と製品の輸出入を行う。まさに一帯一路が動きだす。

 重慶と欧州まで6カ国を結ぶ鉄道は「渝新欧」(渝は重慶を表わす)と呼ばれる。今年末には重慶を出発した貨物は欧州まで12日間で到着が可能となり、長江から東シナ海、インド洋を通る海上ルートより40日以上の短縮となる。そのため重慶は一帯一路の国際貿易物流の起点の都市としても注目されている。

 あれほど日本で問題が指摘された影の銀行も、問題指摘の議論はいつしか鳴りを潜めてしまった。変化を伝えず、何か一つの問題が起きると、皆で一点に向かい突き進む日本のメディアの問題が今回の株価下落騒動でも起きている。

(おわり)