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【16-004】「中国製造2025」と日本企業の課題(その1)

2016年 4月25日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

「中国製造」の問題の後ろには社会風土がある

 中国は製造大国だが、中国製造業は「大きいが強くない」と言われ、製造業は多くの問題に直面している。中国の工業は低コストの労働力、外資と海外技術の導入で急激な成長を遂げた。だが、多くの産業は技術の自主開発力に弱く、品質やブランド力にも問題があり企業活動のバリューチェーン(価値連鎖)の中低位にある。さらに過剰な競争と地理的にも広い市場で営業・管理コストも高く、中国製造業が生み出す付加価値は低い。産業の連携や集中度が低いこともムダ、非効率を生み、高コストに拍車をかける。

 アップルのスマホで話題になるが、利益の多くはブランドとハイテクノロジーを有する外国企業が獲得し、製品開発、デザイン、情報、サービス価値の割合が低い中国製造業に恩恵は少ない。労働力の大量動員と大量生産は、製造分野のエネルギー消耗の原因ともなり環境に大きな影響を及ぼす。労働コストの急激な上昇は、労働集約型加工業の国際競争力を失わせている。筆者が1991年に上海で仕事を始めた時、工場従業員の賃金は200元ほどだった。1993年の上海市の最低賃金は210元、それが2012年には1,450元になった。

 また1993年の上海市の職工平均賃金は5,650元であったが、2012年には約10倍の56,300元となった。因みに1992年の日本の高卒男子初任給平均は150,600円、2012年の平均は160,100円である。この数字を見ても旧来の成長モデルが成り立たないことは明らかである。

 一時は深圳の龍華地区だけでも40万人以上の雇用を生み出したフォックスコン(富士康)さえ「ロボット軍団」計画を発表し、インドネシアやベトナムに目を向けはじめた。

 筆者が関係する中国の工場で求人募集をすれば、加工型企業の工場閉鎖や移転で職を失った管理職経験者が多数応募に来る。これまでの中国の生産方式では、個性化する消費により変化する市場環境に適応できなくなっている。

 以上が現在、多くの人が語る中国製造業の問題である。

 筆者は中国製造業の問題の根源の一つは「物づくり」に取り組む企業家の意識と社会風土にあると考える。中国では経済成長で国民の多くが不動産や株取引を行う。それとの関わりが生活上の多くの時間を占めている人も多い。製造に携わる企業家にも、製品をつくる努力と同じ、あるいはそれ以上の関心を不動産や株取引に向ける人も多い。日常の努力も資金も不動産や株式投資に分散され、「物づくり」に精魂が入らない。

 投資ファンドから資金を集め工場をつくり、整理、整頓などの「5S活動」を取り入れ、それらしく工場の形は整えるが、中身のない、実践が伴わない工場も多い。「物づくり」を投資の一環としてだけで考える企業家も多い。

ゾンビ企業にだけ焦点を当てれば中国を読み誤る

 そんな中国製造業が直面する問題と経済成長率の低下で中国リスクが叫ばれる。その象徴で紹介されるのが、僵屍(ゾンビ)企業(問題を抱えながらも改革が遅れ、死に体の中で維持されている国有企業)や倒産寸前の石炭企業である。

 その問題指摘によれば中国経済の先行きは暗い。だが、筆者は必ずしもそれらが中国経済の先行きを示すものではないと考える。そこには、一部の問題に過度に集中し、中国内部の地殻変動に目が向かないという、いつものパターンの日本の報道の問題が垣間見える。

 国有企業の比重は、生産高でも就業者数でも下がり続けている(下図参照)が、改革が進んでいないとの誤解を生んでいる。しかし中国経済の国有企業の比重は減少しているし、株式化で政府の出資比率も低下している。

図1

 だが、中国は低賃金を武器に改革を進めたが、その成長モデルだけでは国有経済からの完全な脱皮が不可能なことも事実である。

 かつて中国では国有企業は社会そのものだった。企業が学校や病院をつくり、街を形成した。そこで働く人は退職後も企業が生活を保障し、幹部には退職前の賃金が維持された。そんな中国で、しかも膨大な人口を抱える国が、その経済の多くを民営化するには30余年はあまりにも短い。

 外資も内資も資本の論理、経済合理性で行動する。当然だが、中国の経済改革はインフラが整備された沿海部から始まる。

 下のグラフは地区別国有企業数の変化である。国有金融業や中央企業が多い北京は例外だが、上海の国有企業は約半分、これに対して吉林省や甘粛省はほとんど変化がない。

図2

 西部や東北に進出する資本が少なければ、地域の雇用は国有企業で維持せざるをえない。

 それらの地域が就業問題を抱える以上、すべてを経済合理性で片づけるわけにいかない。

 失業対策の側面を持つのが、残された国有企業問題でもある。日銀を巻き込み、年金基金で経済や株価支えるという日本が抱える問題と本質に違いはない。

 もちろん腐敗対策、経営手法や生産技術の改革、設備更新、供給過剰を避ける企業整理などの国有企業改革は必要である。マネジメントでは党指導の下で形骸化した董事会(役員会)にメスを入れねばならない。人事を公開し、能力ある専門人材の外部招聘や幹部の業績責任の追及、財務情報の公開も必要である

 今年3月、第十二期全国人民代表大会第四回会議が行われた。日本では、いつもと違う会議の光景をおもしろおかしくとらえる報道もあった。だが、腐敗や経済構造改革、地方政府債務問題、国有企業問題を抱かえての経済の非常に重要なかじ取りである。会議も拍手でしゃんしゃんとはいかない。反対勢力からは、腐敗対策が行き過ぎとの批判も起きた。政府役人が萎縮しサボタージュもあるとの批判も出る。正念場の中での会議であったことを冷静にとらえるべきである。

中国の優位に目を向けるべき

 日本の中国報道の問題はリスクの解説ばかりで、中国の優位に目を向けないことである。

 さまざまな問題が山積する一方、筆者は次の優位が中国経済に備わっていると考えている。それは、1)情報社会への順応性 2)政策の戦略性と大胆さ 3)膨大な市場と需要 4)科学技術の蓄積 5)豊富な労働力を擁する内陸の存在 6)インフラの整備 7)活気ある人的資源―である。

 中国はインターネットが急速に普及している。財布を持たない生活が現実化し、今や農村にもその波が押しよせている。後に述べる製造業の革新「中国製造2025」は製造業のデジタル化、インテリジェント化である。

 「工業+インターネット」の時代は、インターネットの力で、製造業以外からも「物づくり」に関与する。そこに付加価値が生まれる。情報社会への順応性はそれを容易にする。

 政策の戦略性と大胆さは中国の成長を支え、これからも続く。国際社会が中国経済危機を語る中で、進み出した経済構造改革は「危機」を「機会」に変えようとしている。

 腐敗対策では政府役人の宴会、接待、出張に厳しい制限を設けている。環境対策でも上海の工場の有機ガス排出規制は日本以上に厳しい。排気処理に多額のコストがかかり、規制を遵守できない企業に罰金を課す。これらは経済に影響を与える。それを覚悟した上で第13次5ヵ年計画では6.5%以上という低い成長率目標を設定している。今を改革の機会ととらえているからでもある。

 膨大な市場と需要は二つの側面でとらえるべきである。一つはこれから豊かになる人の市場の存在で、市場拡大の持続である。今ひとつは市場の成熟である。よりよいものを求める消費者の増加である。これは新しい投資と技術を中国にもたらす。価格の問題で市場参入が果たせなかった海外製品や技術の出番が来る。いい物にはお金がかかることを市場が理解し、その市場が技術を呼ぶ。

 上海で外国企業の技術展示場、「当代科技創新成果展」が開館する。主催は中国政府系のシンクタンク「国家創新と発展戦略研究会(略称、国創会)」である。中国政府が日本の中堅、中小企業の製品と技術展示、広報を政府予算で行う。筆者はその運営に顧問として関わるが、時代の大きな変化を感じている。

 日本では、中国の成長率低下の報道ばかりに気をとられ、中国の科学技術の蓄積が忘れられている[1]中国科学院院士の姚建年氏は「中国の基礎研究の研究開発への投資額は日本を超えて世界第2位となっている。2013年における米国の研究開発投資額は全世界の34%を占め、中国の投資額は世界の16.5%だ。OECDの予測では中国の投資額はおそらく2020年に米国を超えるだろうとされている」と述べている(CRCC第80回特別研究会

 中国経済の変調は成熟社会での出来事でないことも考えるべきだ。内陸にはまだ豊富な労働力が存在し、沿海部で加工や組み立て産業が成り立たなくなっても、内陸都市が雇用を吸収する。内陸が経済の緩衝材の役割を果たす。

 アセアンにシフトする企業も多いが、発展途上国の物流や制度の未整備、労働者に対する教育の問題がある限り、それを嫌う投資は中国内陸に向かう。重慶に続き山西太原・四川成都・河南鄭州・貴州貴陽などがその受け皿となる。内陸での雇用の吸収は農民工の心の安定をもたらし、労働生産性向上につながる。内陸農村すらネット社会に組み込まれ消費が拡大している。中国の地方創生は掛け声だけでなく現実に動いていることにも着目すべきである。

 また、過大な固定資産投資やゴーストタウンばかりに注目が集まるが、縦横、環状の高速鉄道や高速道路、地方空港の整備が中国経済に与える影響も注視すべきである。

 活気のある人的資源の豊富さは、言い換えれば中国人は前に進む気概が旺盛であることである。それが、人や企業を海外に向かわせ、国内では創業の活発さに現れる。それは中国経済の成長の駆動力でもある。

 もう一つの人的側面での注目すべき点は、企業家の意識改革である。これは二つの方向から起きる。国際化と企業家の「疲れ」である。

 国際化は海外製造業の管理運営を学ぶ機会でもある。国際化は洗練された考え方を持つ多くの若手企業家を生み出す。

 企業家の「疲れ」とは、先に述べた「物づくりの風土」と企業家の意識の問題である。「投資」で工場の形をつくるが、品質クレームは多発し、従業員の退職が繰り返される。これらが原因となり多くの中国企業家は「いらいら」と「疲れ」の日々を過ごしている。そんな生活の繰り返しが自らのあり方を顧みる機会を与える。今、多くの中国人企業家が松下幸之助氏、稲盛和夫氏に学び、物づくりの精神を学んでいる。日本で禅の心を学ぶ企業家もいる。

 筆者も先に述べた上海の外国技術や製品の展示場で日本の「物づくりの心」を紹介したいと考えている。

 「中国製造」の革新は、技術や装備だけでなく企業家の意識革新と気づく人が増えれば、改革に弾みがつく。以上を前提に次に述べる「中国製造2025」をとらえるべきと思う。

その2へつづく)


[1]中国の科学技術の向上と蓄積は、当コラムを運営する国立研究開発法人、科学技術振興機構中国総合研究交流センター(CRCC)発行の「中国科学最前線―研究の現場から」(http://spc.jst.go.jp/investigation/downloads/r_201503_09.pdf)で報告されている。