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【16-006】「和諧社会」への苦難

2016年 5月26日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

「和諧社会」を阻む三つの壁

 2004年の第16期四中全会(党第16回中央委員会第4回全体会議)で「和諧社会」が提起された。「和」は心を合わせ、助け合いを表し、「諧」は争いがなく調和を表す。

 中国政府は「和諧社会」建設を2020年に向かう国家戦略の根幹としている。

 「和諧社会」は六つの価値基準で構成され、その意味は「民主と法治、公平と正義が実現され、誠心と友愛にあふれ、活力が充満し、秩序も安定し、人と自然が共存する調和社会」である。具体的な目標には法治社会建設、経済と地域の格差是正、社会保障完備、道徳文化の資質向上、資源利用の効率化、環境保護、持続的経済発展などが掲げられている。

 豊かさに向け、なりふり構わず突っ走ったこの30年は、調和には遠い時代だった。

 振り返れば腐敗と格差が拡がり、環境汚染も深刻となった。筆者は中国の格差を月並みに批判するつもりはない。先頭の機関車の馬力が強ければこそ、後の車両も速度を増す。

 だが、社会のいろんな分野でひずみが出ている事も事実である。

 「和諧社会」が提起され10年以上が過ぎたが、中国は成長率の低下とともに環境や腐敗など社会の構造問題に直面している。

 前回 の日中論壇で不動産投資に熱を入れ、物づくりに魂が入らない企業家の疲れを述べた。だが、企業家と共に従業員の意識の問題もある。多くの人が大金持ちになれたら、経営者になれたらと考え、今をどうするかが抜け落ちて地に足のつく仕事ができない。

 今年1月から4月までの全国新築住宅販売面積は前年比36.5%増加し、販売額は55.9%増加した。4月の主な都市の新築住宅平均価格はグラフのようになっている。

 上海や深圳など1級都市の住宅価格は3月まで上昇を続け、熱を冷ますため、1級都市が厳しい購入制限をすれば、蘇州、昆山、南京や恵州、中山、珠海など、周辺都市の住宅価格が上昇する。深圳に近い珠海の4月の平均価格は15,677元(1㎡)で前月比4.05%上昇した。北京の東隣の河北省三河市のある住宅は、2015年上期には1.1万元(1㎡)前後だったが今年4月に1.9万元になった。

図1
図2

 住宅の高騰とともに市民も狂騒の中で暮らしている。

 上海では不動産投資で家賃収入を得て、仕事をせずに麻雀や旅行で暮らす人も多い。

 こつこつ仕事をする人の多くは地方の人である。高騰する不動産は人々の心も蝕むのだろうか。物やサービスの値段と価値、賃金と仕事の質が大きく食い違う現象が社会の多くの場面で出現する。筆者は先日、上海でアパートを探したが、共同廊下にゴミが山積みされた40㎡ほどの古いアパートが月5,500元(約10万円)の家賃である。今年、2月から4月まで、中国の消費者物価は前年比2.3%上昇したが、ゴミ屋敷すらこの家賃では、事業の採算を取るため物の値段が上がる。例えば食品では、普通の細巻きずし(5切れ)、鶏肉(138g)、缶ビール(330ml)、袋入りラーメン、人参ジュース(300ml)の合計金額が上海では約1,650円にもなる。同じものを日本で買えば900円ほどである。値段が上がればそれに見合わない品質とのギャップがさらに開き、その反動で海外での爆買いも増える。爆買いにはそんな憤りも込められている。

 大きな誤解によって今に社会が崩壊するのではと危惧する人も少なくないが、それらの清濁全てを飲み込むのが「魔都上海」なのかもしれない。

 鄧小平は「韜光養晦 有所作為」(足許を固めてできることをする)を語ったが、政府も市民も企業家も冷静に足許を見つめる。これが「和諧社会」が問いかけていることでもある。しかしその実現は遠い。格差是正や社会保障、持続的経済発展は進むだろうが、全体としての「調和社会」の実現は、計画を10年延ばしても難しいとも思う。筆者はそこに三つの壁が立ちはだかると考える。一つは「放即乱」(放置すれば乱れる)の壁、一つは「豊かさに向かう業」の壁、もう一つは「個人主義」の壁である。それは民族の苦難と抑圧の歴史から生まれたものでもあり、壁を打ち破るのは容易ではない。

活力を求めると秩序が犠牲に、秩序を求めると活力が犠牲になる

 「和諧社会」は民主、法治の社会で、経済改革も民主導が重要な要素である。国有企業改革も目指すところは民営化である。だが中国には「放置すれば乱れる」歴史がある。

 それは今の中国社会にも当てはまる。そのため民営化で全てを解決することも難しい。

 「公」が悪で非効率、「民」は正しく効率的とも言えないのが中国である。

 報道でたびたび「地溝油」(下水溝から回収した油が出回る事件)や「猪肉注水」(水で目方を膨らませた豚肉)も話題になる。

 「放即乱」の象徴の一つは、環境問題である。北京は天安門広場を中心に環状道路が囲み、6環まである。北京の人は冗談で7環もあると言った。空から見るとゴミを焼く煙が北京の街を囲っていたからだ。農薬工場の跡地など有害物質に汚染された“毒地”事件もよく話題になる。

 環境対策が進まない原因には地方保護や国有企業優先もあるが、深刻なのは企業モラルと末端の腐敗、癒着である。

 国有企業優先も民間不信の裏返しでもある。国有企業への発注なら“途中で仕事を放り出して逃げない”安心がある。ゴミ焼却発電で、低価格入札の民営企業が入札と異なる安い設備で辻褄を合わせていたことが話題になった。技術的に不可能なのに汚染処理率を偽り低価格で受注することも多く、環境対策に先端技術が入りにくい。

 中国の政治は「放即乱」社会との戦いでもある。その風土と膨大な人口を考えると、社会の問題への対処には生半可では駄目で強い対応が必要である。

 「毒をもって毒を制す」であるが、一方で中国には「管即停」(管理すれば停滞する)の歴史もある。また、強い毒には副作用も伴う。公務員の規律を正す「八項規定」に祝賀会や来賓テープカットへの出席制限の記述がある。「李下に冠をたださず」だが、テープカットまで制限されては公務に支障も出て外交にも影響する。

 政府は腐敗に対処するため、三公経費(公務出国費、公務車費、公務接待費)を制限している。「放」で支出の歯止めがきかず、乱れすぎたからである。中央本級(国家主要官庁)の2015年の三公経費予算額は63.16億元だったが執行額は9.43億元も少ない。公務接待費の予算執行率は59%である。

図3

 「三項経費」の支出を厳しくすれば、職務への気持ちも萎え、サボタージュも生まれる。

 また自覚や啓蒙で酒酔い運転を防ぐことは不可能で、春節休暇を監獄で過ごす人も増える。成長率低下を覚悟で大都市の住宅購入制限も続けざるを得ない。「放」と「管」の政策バランスも難しい。

 「和諧社会」は活力に満ち、秩序が安定した社会を目指すが、中国は活力を求めると秩序が犠牲になり、秩序を求めると活力が犠牲になるジレンマを抱える。

「豊かさを求める業」に棹さす、のは容易でない

 中国はこの30年、国も国民も豊かさを求め走り続けた。改革で個人の欲望が解き放たれ、我先にと走り続けた時代だった。貧しさから抜け出す手段も持たず、「没法子」(どうしようもないあきらめ)の歴史の反動もあり、走るスピードに加速度がついた。

 30年前、一緒に自転車で職場に通った仲間がベンツに乗り、春節で故郷に戻れば不動産や賃金などのお金の話ばかりで、静かにするのも無理な環境でもある。多くの人が急き立てられて不動産や株やファンドへの投資に突き進んだ。

 それは、中国人がお金に翻弄された時代でもあり、多くの人が「一夜爆福」(一夜でお金持ちになる)を夢見た。

 深圳から高速道路で広州湾を回り、珠江を渡って中山、珠海を通り、車は陽江に向かう沿海高速に入る。車窓から沿線農村の家々が見え、多くの家の3、4階が増築されている村がある。よく見ると、煉瓦を積み上げただけで、部屋を突き抜け向こうの窓からの景色も見える。立ち退き保障では住宅面積で保障が下りるため、「一夜爆福」を狙っての「一夜増築」の結果である。井戸に保障があると聞けば「一夜井戸」も出現した。

 皆が「一夜爆福」に急き立てられているようでもある。「和諧社会」が求めるのは「公平、正義の調和社会」である。それは「落ち着きのある社会」でもある。「豊かさを求める中国人の業」に掉さして、ブレーキをかけることは難しい課題である。

「個人主義」が「和諧社会」に立ちはだかる

 さらに「個人主義」がある。「個人主義」と言えば、読者は他者への思いやりもなく、利己的に自分のことだけを考える、そんなイメージを持たれるかもしれない。

 しかし日常の生活とビジネスの場とを区別して語らねばならないとも思う。

 中国人が日常生活でも利己的であるとは言えない。中国人は家族、友人、老人へのいたわりは日本人以上に持ち合わせているとも思う。老夫婦が手をつなぎ公園を散歩する光景は日常的である。大阪では電車の優先座席に若い人が座っていても、お年寄りに席を譲る光景を見ることは少ないが、中国では席を譲る人をよく見かける。

 日本では中国人観光客のマナーが問題になる。ところ構わず大声で話し、列に並ばないなどである。中国のホテルでは夜中に大声で叫ぶ声もよく聞こえる。

 だがこれは、境界の認識の違いとも思う。中国人は「個」と「他」の境界がぼんやりしている。地理的にも文化的にもそうである。

 中国の国境は多くが陸続きである。草原の向こうでは「地」と「空」の境目もぼんやりしている。中華料理は皆で同じ皿の料理を食べる。初めて中国に行った日本人は、一つの椀のスープを個々のスプーンで直に飲む光景に戸惑う。「個」と「他」の壁が低く、隣同士の他人もすぐに打ち解けあう。「個」と「他」の空間認識も希薄で車の事故も多い。横を走る車と自分の空間が重なり、急な割り込みによる事故が多い。

 社会主義国なので公私の境界も希薄である。個人所得税も年月が浅く、皆が中国公民である。「大釜の飯」(皆が同じ釜の飯を食べる)社会だったので公私の区別も弱い。最近、関係する企業で入社後2週間の大卒社員の退職があった。メールで送付の退職理由には「私には子供の頃からの夢がある。その夢はこの仕事では実現できない。会社は私の夢の実現に協力すべきで、だから退職を認めるべき」と書かれていた。「公」「私」の境がおぼろげな社会をあらためて認識した出来事だった。

 「個人主義」にも、利己的で悪しき個人主義もあれば、「個」が確立している良い側面もある。協調を強く求め過ぎ、出る杭を叩く社会より、「個」を主張できる社会は活動的で、経済にも有利に働く。この30年の中国はその時代だった。

 だが、時に中国の職場では「悪しき個人主義」も頭をもたげる。

 小さな不正は習慣のごとく職場に存在する。購買不正が発覚し、新しい人が取引先を訪問すると、「あなたも前の人と同じようにしますか」と声をかけられることも珍しくない。

 中国人経営者にはある程度はやむを得ないと割り切る人も多い。だがこれも一言、断らねばならないが、一方では日本人が関わる不正も多い。

 中国人は他者の仕事への干渉を嫌う。協調が苦手でお互いに牽制し、組織の隅々で小さな権力闘争が起きる。壁ができて組織が硬直する。「個」の利益につながれば動きは活発になるが、それが見えなければ自発的に役割を考え動く人は少ない。そのためスムーズに仕事を進めるには細かい指示や文書も必要である。このような場合は逆に「個」と「他」の境界は明確である。

 協調が苦手ということはコミュニケーション不足に通じる。中国人は日本人のよう報告や連絡を気にしない。「問題はないので、それは必要ないでしょ」という感覚である。過程より結果重視であり、それも「和諧社会」の障害のひとつとなる。「和諧社会」は「個」と「他」の調和を問いかける。コミュニケーションや過程を軽視すれば調和も乱れる。

 そんな組織の問題に今一番悩むのは、国の構造改革を進める習近平国家主席と李克強総理かも知れない。だから机を叩いて怒りの政権運営となる。

 前回の日中論壇 で述べた「中国製造2025」が目指すものの一つは産業や企業の連携である。サービス産業の発展も「他」との関わりで「個」の役割を考え、奉仕と献身が支える。

 社会改革も製造業やサービス業の改革も政治主導や強制だけでは進まない。国民が意識を変えてこそ改革が進むが、その前に「個人主義」の壁が立ちはだかる。

 それは時に友愛に逆行し、人と自然の調和も乱す。「和諧社会」建設の道程は、日本人が想像しえない歴史と風土を抱えた中国の苦難の道程でもある。


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