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【19-003】戦略に強い政治が中国を変える

2019年4月5日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)

2001年以後の中国の変化

 今年、中国は建国70年を迎えた。その間の驚異的な変化は言うまでもない。

 今世紀に入ってからの変化を見ても驚くべきものがある。あらためて、2001年から2017年の変化について中国統計をもとに項目別に整理した。

 2001年は鄧小平氏の南巡講話で改革開放が勢いをつけ約10年が過ぎて、中国が自信を持ってさらに経済開放を進めようとした時期である。WTO加盟はその年の12月である。

 2001年から現在までの変化を見るとそこに興味を引く事項が見える。

 その間のGDPは8.5倍の増加だったが、第三次産業のGDPは12.9倍になり、中国が産業構造の転換を図っていることが読める。

GDPの変化(2001年に対する2017年の倍率)
GDPの変化(2001年に対する2017年の倍率)
国内生産総額 8.5
第一次産業生産総額 4.2
第二次産業生産総額 6.9
第三次産業生産総額 12.9
一人平均国内生産総額 7.8
国内生産総額のうち最終消費 7.4
国内生産総額のうち資本形成 9.6

 就業者統計では、国有企業就業者が0.8倍と減少した。その一方で改革開放の進展が私営企業を増やし、私営企業就業者は13.0倍になった。内陸の都市化は農業従事者を減らし、第一次産業就業者は0.6倍と大きく減少した。

中国統計年鑑
就業者の変化(2001年に対する2017年の倍率)
人口 1.1
第一次産業就業者数 0.6
第二次産業就業者数 1.3
第三次産業就業者数 1.7
国有単位就業人員 0.8
私営企業就業人員 13.0
個体戸就業人員 6.7

 その間、中国は鉄道や高速道路などのインフラ整備に力を注ぎ、社会固定資産投資は17.2倍になった。また、旺盛な住宅需要を反映して住宅販売面積が7.3倍になったが、住宅販売金額は27.4倍で、住宅価格は驚異的に上昇した。

中国統計年鑑 (注)製造業固定資産投資は2002年に対する倍率
社会固定資産投資の変化(2001年に対する2017年の倍率)
全社会固定資産投資 17.2
商品住宅販売面積 7.3
商品住宅販売金額 27.4

 財政面では、国と地方の財政収入は10.5倍で、支出は10.7倍だった。しかし地方の支出は13.2倍になった。その間の地方財政収入は11.7倍なので、地方財政の厳しさが見える。

 これまで、財政収入の多くを占める増値税収入は、国に75%、地方に25%、企業と個人の所得税は国に60%、地方に40%の配分だった。地方は少ない収入でインフラ整備や教育、社会福祉を進めなければならない。それは影の銀行で話題になった地方の融資平台を通じて地方債務を増大させる引き金ともなった。

中国統計年鑑
財政の変化(2001年に対する2017年の倍率)
国家財政収入 10.5
国家財政支出 10.7
国家国防費支出 7.2
中央財政収入 9.5
地方財政収入 11.7
中央財政支出 5.2
地方財政支出 13.2

 国民生活では都市住民平均可処分所得が5.3倍、農村住民平均可処分所得が5.7倍になったが、社会消費品小売総額は9.7倍である。その間のGDP増加率を超える増加だった。

 中国の旺盛な消費社会の象徴である自動車は、都市住民百戸当たりの保有台数が42.6倍、農村の保有台数も16.1倍となった。

中国統計年鑑
(注)都市住民百戸当たり自動車・エアコン・携帯電話保有量は2002年に対する倍率
国民生活の変化(2001年に対する2017年の倍率)
職工平均賃金 7.0
都市住民一人平均可処分所得 5.3
農村住民一人平均可処分所得 5.7
都市住民一人平均消費支出 4.6
都市住民百戸当たり自動車保有量 42.6
都市住民百戸当たりエアコン保有量 2.5
都市住民百戸当たり携帯電話保有量 3.7
農村住民一人平均消費支出 3.9
農村住民百戸当たり自動車保有量 16.1
社会消費品小売総額 9.7

 交通、運輸を見ると、高速道路の延長距離は7.0倍、航空旅客数は7.3倍、国内線旅客数は7.3倍である。国際線旅客数の増加率は国内線を上回り8.0倍になっている。

 2001年の香港、澳門と海外への旅行者は1,213万人に過ぎなかったが、2017年は1億4,272万人で11.8倍になり旺盛な海外旅行が統計に現れている。その間の中国を訪問した外国人は1.6倍だった。

 中国を訪問した外国人は中国の対外関係を反映している。アフリカ諸国の訪問者は8.6倍、中南米は5.7倍である。広州在住アフリカ人が増加しているのが統計に現れている。

 一方で日本の旅行者は1.1倍、アジア、欧州、北米と比べても最も低い増加率だった。

 都市住民国内旅行者数は9.8倍、国内旅行収入は13.0倍になっている。

 今、中国の観光地は旅行客が溢れる。奥地でも自動車旅行客が目立つ。SUV車が人気で書店にはマイカー旅行の本がたくさん並ぶ。旺盛な旅行需要に応えるために、今年の全人代で休暇日数を増やすことが決議され、早速5月の連休から実施される。

 活発な国内旅行は、地方の雇用を生み経済を支える。だが反面、深刻な悩みももたらす。

 観光地のゴミ問題である。旅行ブームは秘境にまで及び、旅行者の捨てるゴミで環境破壊が深刻になり、最近、4か所の秘境が閉鎖を余儀なくされた。

 筆者は今、中国の秘境をめぐる旅を続けている。閉鎖された地域は筆者も訪れることを願っていた場所で残念でならない。

中国統計年鑑
交通・運輸の変化(2001年に対する2017年の倍率)
鉄道営業距離 1.8
高速道路距離 7.0
国際線路線数 6.0
鉄道旅客数 2.9
民用航空旅客数 7.3
民用自動車数量 11.6
個人自動車保有台数 24.0
民用飛行機保有数 5.4
国際線航空旅客数 8.0
国内線航空旅客数 7.3
中国統計年鑑
旅行の変化(2001年に対する2017年の倍率)
海外からの旅行者数 1.6 外国人旅行者数(総数) 2.6
中国人海外旅行者数 11.8 アジアからの旅行者数 2.6
国内旅行者数 6.4 日本からの旅行者数 1.1
都市住民国内旅行者数 9.8 アフリカからの旅行者数 8.6
農村住民国内旅行者数 3.2 欧州からの旅行者数 2.2
国際旅行収入 6.9 中南米からの旅行者数 5.7
国内旅行収入 13.0 北米からの旅行者数 2.6
    米国からの旅行者数 2.4

 外資投資を見ると、外資登録件数は2.7倍だったが、外資の投資総額は7.9倍になっている。軽工業、加工産業基地から装置や電子工業さらに観光、レジャーなどサービス業に外資の比重が変わったことも読み取れる。

 さらに、中国の国際関係の変化や一帯一路の動向も貿易統計から読み取れる。その間の貿易総額(輸出入総額)は8.1倍、輸出が8.5倍、輸入は7.6倍だったが、アフリカ諸国との貿易は15.8倍、中南米は17.3倍になり、アジアは7.4倍、欧州は7.7倍、米国は7.3倍である。それに対し日本は3.5倍だった。中国の産業構造の変化、市場の成長に対応できていない日本が見られる。

中国統計年鑑
外資投資と貿易の変化(2001年に対する2017年の倍率)
実際利用外資 2.6 外商投資企業数(年末登記戸数) 2.7
外商投資総額 7.9 欧州輸出入総額 7.7
輸出入総額 8.1 欧州輸出総額 8.7
輸出総額 8.5 欧州輸入総額 6.8
輸入総額 7.6 中南米輸出入総額 17.3
アジア輸出入総額 7.4 中南米輸出総額 15.9
アジア輸出総額 7.8 中南米輸入総額 19.1
アジア輸入総額 7.0 北米輸出入総額 7.2
日本輸出入総額 3.5 北米輸出総額 8.0
日本輸出総額 3.1 北米輸入総額 5.8
日本輸入総額 3.9 米国輸出入総額 7.3
アフリカ輸出入総額 15.8 米国輸出総額 7.9
アフリカ輸出総額 15.8 米国輸入総額 5.9
アフリカ輸入総額 15.8    

 金融面では金融機関の人民元ローン残高が10.7倍になり、企業への貸し出しや住宅ローンなど個人貸付が拡大したことがわかる。

中国統計年鑑
金融の変化(2001年に対する2017年の倍率)
金融機構貸付残高 10.7
貨幣供給量(M2) 10.7
外貨準備額 14.8
上場企業数(全国合計) 3.0

 さらに教育面では海外へ出国した留学生数が7.2倍、財政教育支出が10.3倍で中国が教育に力を注いできたことも読める。

中国統計年鑑
教育の変化(2001年に対する2017年の倍率)
大学数 2.1
大学入学者数 2.8
大学在校生数 3.8
海外へ留学生数 7.2
国家財政教育経費 10.3

 このように今世紀に入ってから現在までの中国の変化をとらえると、産業構造の変化や消費社会、旅行経済の拡大、中国のアフリカや中南米諸国への接近、留学や教育に国をあげて取り組んだことなどが、統計数値からも見える。

なぜ中国の政治は戦略に強くなるのか

 中国がなぜこのような変化を、また成長を果たすことができたのか。

 その原因の一つに戦略の強さがあると思う。殊に政治は戦略的である。

 政治を戦略的にする要素には種々考えられる。「地勢的要因」「ゼロからの出発」「人口圧力」「指導者の経験と資質」「アジアの国の矜持」「イノベーション風土」「政治の安定」「個の強さ」などである。「地勢的要因」は、中国は多くの国と国境を接し、より強く戦略的に防衛を考えねばならない。改革開放は物質的に恵まれず失うものが少ないところから始まった。つまり改革開放は「ゼロからの出発」でもあった。だから挑戦的、戦略的な政策がとれた。失うものが多ければ国も人も保守的になりやすい。

 人口圧力は巨大人口の圧力である。中国社会には「管即停、放即乱」の風土が今も残る。

 積極的に戦略的な政治を進めないと巨大人口は動かない。

 また、中国の政治家の多くは現場経験を積みリーダーになる。日本のように明日から政治家というわけにいかない。親の地盤を継ぐことも通常は困難である。現場を知る指導者の経験と資質が戦略的政治を可能にする。

「アジア」の中国を主張することも政治を戦略的にする。米国の顔色を窺う日本の政治との違いである。さらに中国人には前向きで挑戦的気質を持つ人が少なくない。周囲を気にせず、常に人より前に出ようとする。中国人の車の運転や日常生活にもそれが現れる。「挑戦」「イノベーション」は中国の歴史風土でもある。前向きな姿勢、挑戦の風土は戦略的な政治につながる。「政治の安定」は言うまでもない。

「個の強さ」は政治家個人の能力、強さである。また統率力でもある。よく言われるように3人寄れば日本人が強いが、個の力では中国人が勝る。日本人は組織に支えられるが、中国人は個を主張し、自分を押し出して論争にも強くなければ生きられない。そんな個の強さも政治を戦略的にさせる。大臣が返答につまり、しどろもどろとなるような日本の国会での光景がもし中国で起きれば、そんな政治家は即刻脱落してしまうだろう。

 このような理由で中国政治は戦略に強くなると思う。

戦略的に進む粤港澳大湾区

 中国と日本の戦略対応の相違が象徴される出来事が今、双方で起きている。

 中国では2月18日に国務院から「粤港澳大湾区発展規劃綱要」(広東、香港、マカオ大湾区発展計画鋼要)が発表された。「粤港澳大湾区」は珠江デルタを囲む香港、マカオと広東省の9市が構成する11都市の総称である。11都市全体を100とした各都市のGDPの比率は次の表のようになっている。

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 その総面積は5.6万平方キロ、人口は7,000万人におよぶ巨大なエリアで、大湾区のGDPを世界と比較すれば既にロシア、オーストラリア、韓国、さらにカナダも超える規模である。

「粤港澳大湾区発展規劃綱要」は各地域の政策協調を図り、協力を促進して科学技術力や国際競争力を高めて地域経済の質的発展を目指す。さらに多元的文化交流も進め、大湾区の文化と生活の向上を目指すものである。それは資源節約と生態環境保護社会の進展も含み、「粤港澳大湾区」を国際一流のベイエリアにする2035年までの構想である。

 大湾区の中心は香港、マカオ、深圳、広州で、その4都市が大湾区を率い、殊に地理的に近接する香港と深圳 澳門と珠海 広州と佛山のつながりは今後、強固になる。

 香港は既に国際金融やサービス、航空輸送、貿易、物流の中心である。人民元国際化にも重要な役割を果たし、世界一流ベイエリアのリーダー役が期待されている。

 澳門は世界的観光都市で、大湾区を世界の旅行とレジャーの中心にし、ポルトガル言語圏との交流も拡げ、大湾区の多元文化交流の中心的役割を担わせる。

 広州は既に中国の基幹都市の一つである。高速鉄道の広州南駅は中国全土と結ばれ、香港とも繋がった。広州は航空と高速鉄道網で総合交通体系の中心に位置する。その特性と国際商業や貿易機能を生かし、科学技術と教育文化の中心都市として大湾区を率いる。

 深圳は「創新孵化基地」として新技術創新と現代的ベンチャー企業を生み出すモデル都市である。「大湾区発展規劃鋼要」の狙いの一つは大湾区が中国経済の質的転換を先導することである。深圳には海外の研究開発機構を呼び寄せ、大湾区を、国際的科学技術を基礎にした創業基地に導く牽引役が期待されている。今後、大湾区では大学や国の研究機関、企業の協力体制が活発に進む。政府も重要な国の研究機構を大湾区に配置して大湾区を支援するだろう。また、創新創業を活発にするために、インフラなど研究開発環境を整備し、財政の助成策を強めて若い人の創業を支援するだろう。

 東莞、珠海、佛山、中山、恵州は中国有数の製造基地である。

 製造基地と香港の金融、情報、物流機能、深圳の研究開発や創新創業機能、広州の大学研究と教育機能、さらに深圳前海、広州南沙、珠海横琴の自由貿易区が結合してハイテク新興産業育成に取り組むことは戦略的でもあり、その価値は大きい。

 香港と珠海、マカオを結ぶ大橋、香港から深圳、広州、北京に至る高速鉄道も開通した。

 大湾区では、今後もさらに空港、鉄道、道路のインフラ整備が進む。

 筆者は毎月のように香港やマカオ、深圳、珠海に行くが、深圳前海や珠海横琴などの自由貿易区の建設が進む姿は壮観である。珠海では航空産業誘致が進み「航空展」が開催されている。深圳と中山を結ぶ海底トンネルや深圳と茂名を結ぶ鉄道インフラが整備されたら珠江西岸地区が発展し、珠江デルタの東西協同発展の道筋が見える。

 中国政府は大湾区を都市の融合発展のモデルにして、大湾区と中国西南地区や長江中遊地区(揚子江中流域)との合作交流を進め、雲南省、貴州省、四川省の発展に結びつけることを狙う。

自主的な戦略を持ち一帯一路と向き合うべき

 さらに大湾区は海のシルクロードに向かう一帯一路の玄関口にある。香港や澳門(マカオ)には一国両制の摩擦や抵抗を和らげて内地との融合を図る課題もある。大湾区はそれらの実践場でもある。その取り組みはまさに戦略的である。中米貿易摩擦が話題だが、米国が中国の戦略に脅威を覚えていることも摩擦の背景にあるだろう。

 中国は、これからますます一帯一路を通じて沿線の国々との経済的結びつきを強める。アジアだけでなくアフリカ、欧州にも楔を打っている。中国が経済的な実力をつけ、改革開放を推し進めれば当然の帰結でもある。

 先に述べたように大湾区のGDPはカナダをも超える。だから、ますますその動きは加速するだろう。一方で米国には、いまだに米国抜きにアジアを考えるな、との思いもある。そんなスタンスの米国にとり一帯一路はおもしろくない取り組みでもある。

 一方、日本でも一帯一路への風当たりは強い。メデイアにも「一帯一路」即ち「覇権主義」のような論調もある。だがもし中国が改革開放を進めず、もっと閉鎖的だったとしたらどうだろうか。それはそれで批判の対象になるだろう。

 一帯一路を進めると自ずと各国との投資契約も進む。しかしそれは双方の利益につながることでもある。インフラ整備が進み雇用も生む。中国への反発や世論への迎合からメディアが感情的、また短絡的に「覇権」に結びつけるのも問題である。大事なことは一帯一路とどう向き合い、それをどう有利に活用していくかである。米国の自国中心主義に基づく中国批判に同調していても何も生まれない。

 そのためにも日本は米国追随でなく自主的な戦略を持たねばならないだろう。

「ゆで蛙」の日本

 日本では「大阪都構想」がいまも政治課題に掲げられている。初期の構想が出て既に半世紀以上が経過している。その是非はともかく、日本は一つの事を進めるにも多大な時間とエネルギーが必要で、それでも進まない。中央と地方もまとまらない。大阪都構想はその象徴のようでもある。府知事と市長が入れ替わって構想を進めようと前代未聞の奇策も出され、さらに時間と費用がかけられる。日本の中で大阪をどう位置付けるのか、中部や西日本の各都市とどのように連携を図り、地方の発展に取り組んでいくのか、その戦略もわかりにくく、構想だけが掲げられて"政治ごっこ"の感も否めない。取り組みへの国と地方の足並みも乱れたままである。

 戦略的に経済分散が進む中国。戦略に乏しく、構想とスローガンばかりで実践につながらない日本。もともと日本には経済分散の考えも乏しく、中国とは対象的な姿である。

「ゆで蛙」という諺がある。水の中に蛙を入れ、徐々に熱を加えれば蛙は気持ちよく眠り、熱いと気づいた時は手遅れで、環境変化に対応できない企業や人を語る言葉である。「ものづくり大国」の言葉に酔っている間に日本は「ゆで蛙」になってしまったのだろうか。

 その「ものづくり大国」も足下がゆらいでいる。

 2年に1度開かれる技能オリンピック(技能五輪国際大会)の2017年大会でのメダル獲得数は中国が15個獲得して1位、2位はスイスの11個、3位は韓国で8個、日本は3個で9位だった。日本は2007年大会で1位になって後、トップから遠ざかり昨年は9位に後退した。2009年、2013年、2015年と韓国が連続で1位だった。

「粤港澳大湾区」の進展に比べ、日本の「東京集中」は変わらない。変わらないどころかオリンピックで集中は加速する。首都直下型地震も懸念される東京に、である。

 分散が進まないので日本の地方は一時しのぎの経済浮揚策に頼る。大阪では万博やカジノ誘致が進む。カジノによる統合型リゾートの構想が掲げられるが、近接する京都や奈良さらに高野山、吉野、熊野の歴史や文化価値とカジノがどう関連するのかよくわからない。

 晉の陸機(士衡)は「猛虎行」という詩を詠んだ。「渇しても盗泉の水を飲まず、熱するも悪木の陰に息わず」。カジノを「盗泉の水」とまでは言わないが、地方創生の本来の姿ではない。

 弊害も考える時、「地方創生」は「地方葬逝」になりかねない。

 戦略を打ち出すには政治家にしろ、企業トップにしろ、強い意思と信念、想像力、熱情が必要である。それが弱いということは意思も、熱情も乏しいということかも知れない。

 バブル経済崩壊後、日本は債務処理に追われ、"失われた20年"の時代を過ごした。

 戦略に欠ける日本、決められない日本、進まない日本を見るにつけ、今も「失われた時代」を進んでいる気がしてならない。