高橋五郎の先端アグリ解剖学
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【20-02】第6回 中国に於けるゲノム編集食料開発の現状

2020年06月10日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会会長
研究領域 中国農業問題全般

 前回は、ゲノム編集食料の初歩的な仕組みとその開発の概要を紹介した。さまざまな情報によると、現在、ゲノム編集技術自体は食料に限らず、特に医学や新薬開発などに大きな期待がかかり、国際的な開発競争が激しさを増している。日本でも、多くの大学や研究機関をはじめ、創薬に意欲を燃やす薬品会社などがしのぎを削っている模様である。まだ決定的な勝者はどの分野に於いてもいないらしく、ゲノム編集技術をめぐる国際競争は今後さらに強まる見通しである。

 筆者はこれら医学・薬学の分野で一日も早く、患者さんや専門家が期待する成果が現実のものになることを願ってやまない。京都大学の山中伸弥先生の著書を拝読したり、マスコミを通じて、お話しや文章に接するたび、「この方は、本当に病気で苦しんでいる人を救うための人生を徹底して生き抜こうとしてしている方なんだなあ」と感心する。先生のお好きな言葉の一つは「人間万事塞翁が馬」だそうだが、けっして平坦な人生ではなく、けっこう波乱万丈な人生を歩んで来ておられた方なればこその実感が伝わってくる。おそらく、ゲノム編集の開発に携わっておられる専門家の方々は、みなそうした使命感に燃え、支えられているのに違いない。

 筆者のようにその道の専門家でもない者が、最先端の技術の一つであるゲノム編集技術を評論する立場にはもともとないが、筆者の専門的な立場からは、その成果に対して強い関心を抱いている。農業・畜産業・漁業にとって、大きな変革をもたらす可能性があると思うからである。今回の一文は、その視点からまとめたものである。

 ただし限られた情報による開発の現状を見る限り、第一次産業の財もしくは食用として開発されたものだとの断定が難しい事例も少なくない。また、食用として開発されたとは思えない事例に、食用となる可能性やそのものであるものも含まれている可能性もある。つまり、ゲノム編集開発に関する情報には、開発者の意図を明瞭なかたちで把握することが困難な場合もないではないのである。

 管見による限り、ゲノム編集技術の開発状況を把握するとはいっても、まだ開発アイディア程度に止まっているもの、研究開発の過程にあるもの、開発者自身、ある程度完成したとしているものなど、過程や進捗状況のどの部分を切り取るかによって、その見方は変わってくる。

 そこで、本稿の中心に当たる部分に、本稿の表3で示すが、先行研究の成果を取り入れながら、特許権が公開されている事例を集めることにした。

 以下述べるように、中国の食料に関するゲノム編集技術の開発は急速に進歩し、かつ開発機関の裾野の広さを窺うことができる。現在は、どの国もそうであるように、まだ多くの完成食料を量産するまでには到っていないが、その基盤研究の強さや広さの発展には注目すべき点がある。

1、食用ゲノム編集開発のトップの国は?―背景に増える家畜・家禽の罹患―

 表1は、2011年から2016年までのゲノム編集によって作られたと思われる食用の動物・植物開発の事例を国別に示している。この7年間に絞る限り、この分野の頂点に立つのが中国である。この情報によると、内訳は動物52件、植物17件、計69件である。次いで、アメリカ動物10件、植物8件、計18件、3番目が日本で動物5件、植物1件、計6件、その他、イギリスと韓国の計3件となっている。

表1 食用と考えられるゲノム編集動植物の開発状況
出所:中島治・近藤一成「食用と考えられるゲノム編集動植物に関する調査」
『国立医薬品食品衛生研究所報告』第136号(2018)
    中国 アメリカ 日本 イギリス 韓国 その他
2011 動物 4 3
2012 動物 4 0
2013 動物 5 1
2014 動物 11 2 1 1
2015 動物 9 2 2 1 1
2016 動物 19 2 3 1 1
2016 植物 17 8 1   1 7
  69 18 6 3 3 8

 この情報によると、ゲノム編集技術の開発状況は、圧倒的に動物を対象とする開発が抜きん出ているようにもみえる(実態は、後でみるように多くの分野にまたがっている可能性がある)。これには、家畜・家禽の新品種開発、生産増加、耐病性への期待などが背景にあるとみられる。このうち耐病性の強い家畜・家禽への期待は、農家にとっても、現在の家畜・家禽の伝染病罹患・抵抗力や免疫力の低下・弱体化に大きな不安と危惧があるためと考えられる。

 動物を対象とするゲノム編集技術の成果が中国で高い背景の一つとして、実際、畜産農家を訪ねると、大量に飼養する家畜・家禽が病弱なこと、伝染性の細菌などの罹患率が高いことを嘆く声を耳にすることが多いこととも関連しているかもしれない。

 中国農業農村部情報によると、2021年から、中国では家畜・家禽には抗生物質の使用を停止する政策を決めたようだが、強い家畜・家禽の登場は喫緊の課題となっている。筆者の知り合いの河南省のある採卵鶏農家に最近訊いたところ(微信で)、彼はすでに、政府の方針を受けて抗生物質の使用を止め、代わりに豆粕を使っていると、その写真を筆者に送ってくれた。病気に対する鶏の抵抗力を高めようとの期待があるものと思われる。とにかく、いまの家畜・家禽は病弱である。その理由については、いつか、ここで取り上げよう。

2、世界は具体的にどんなゲノム編集動植物を作っているか?

 表2は、最新のゲノム編集技術、CRISPER/Cas9(どんな遺伝子も簡単・迅速・高い効果でノックアウト(遺伝子の切り取り)、あるいはノックイン(遺伝子の挿入)することが可能な技術)を中心に、世界ではいま、どのような食料が開発されているのか、その現状を示す。

表2 世界のゲノム編集動植物開発の事例
出所:秦端英他「作物育種に於けるゲノム編集技術の応用と監査の現状」
『中国農学通報』2019年,No,35.
①CRISPER/Cas9を操作して、イネの収量を向上させる技術の開発。
②CRISPER/Cas9を操作して、小麦の収量を向上させる技術の開発。
③TALENを操作して、イネの耐病性を向上させる技術の開発。
④CRISPER/Cas9を操作して、柑橘類の耐病性を向上させる技術の開発。
⑤CRISPER/Cas9を操作して、イネの耐病性を向上させる技術の開発。
⑥TALENを操作して、小麦の耐病性を向上させる技術の開発。
⑦CRISPER/Cas9を操作して、キュウリの耐病性を向上させる技術の開発。
⑧CRISPER/Cas9を操作して、タバコの耐病性を向上させる技術の開発。
⑨CRISPER/Cas9を操作して、トマトの耐病性を向上させる技術の開発。
⑩ZFNを操作して、タバコの除草剤耐性を向上させる技術の開発。
⑪CRISPER/Cas9を操作して、トウモロコシの除草剤耐性を向上させる技術の開発。
⑫CRISPER/Cas9を操作して、大豆の除草剤耐性を向上させる技術の開発。
⑬TALENを操作して、イネの除草剤耐性を向上させる技術の開発。
⑭CRISPER/Cas9を操作して、除草剤耐性のついたゴマの開発。
⑮CRISPER/Cas9を操作して、除草剤耐性のついたイネの開発。
⑯TALENを操作して、食油の品質改善を向上させる大豆の開発。
⑰CRISPER/Cas9を操作して、食油の品質改善を向上させるゴマの開発。
⑱TALENを操作して、糖質を減少させるじゃが芋の開発。
⑲CRISPER/Cas9を操作して、温度に敏感な雄性無菌系イネの開発。
㉑CRISPER/Cas9を操作して、餅系のトウモロコシの開発。
㉒CRISPER/Cas9を操作して、ハイストレートなデンプン質忌めの開発。

 この表は、植物を対象とする開発状況を示す。これによると、イネ(水稲)、小麦、トウモロコシなどの重要穀物の収量増加を目指す技術、これに野菜などを加えた農産物の耐病性を期待する技術、これらの除草剤耐性の強化を期待する技術が中心であることがうかがわれる。

 収量増加は世界レベルで減少・劣化する土壌を前にした対策であり、耐病性のある農産物の期待は、増え続ける農薬を減らし、また、農薬に対して耐性が付いた細菌や害虫への抵抗性を高め、他方、これらの対策と矛盾することではあるが除草剤耐性の強い農産物の登場への期待など、さまざまな期待が入り交じったところから生まれている。

3、中国はいま、どんな農畜産物・魚類のゲノム編集技術を開発しているか(最新情報)?

 表3は、いま、中国ではゲノム編集技術を使って、どのようなものが開発されているかをまとめたものである。源データは中国知産権局の特許公開情報である。このデータの掲載最終時点は2010年5月29日、つまり現時点では最新の情報となる。

表3 中国に於ける最近の食品関係ゲノム編集技術新規開発状況(中国知産権局公開特許)
出所:中国知産権局ホームページから筆者整理。
(注)括弧内の説明は筆者よるものであり、専門用語については「コトバンク」等を参照した。
開発内容 開発者
1:ゲノム編集によるイネ病害抵抗性の改善方法の開発 
イネ病害抵抗性の改善方法とそれに用いられるsgRNA(核酸の一種)ゲノム編集および使用されるsgRNAを通じて、イネの病害抵抗性を改善する方法を開発。イネにおけるOsVQ25タンパク質の活性および/または発現レベルを低下させるために、遺伝子編集技術によりイネの病害抵抗性を改善する方法。
中国農業科学院作物科学研究所
2:ゲノム編集を通じて小麦抵抗性デンプン含有量を改善するための方法および技術システム
ゲノム編集を通じて小麦抵抗性デンプン含有量を改善するための方法および技術システムを開示する。 本発明は、遺伝子編集技術によりコムギ種子中の耐性デンプン含量および/またはアミロース含量および/または全ペントサン含量を増加させる方法を提供し、小麦中のSBEIIaタンパク質の存在量を減少させる技術。
中国農業科学院作物科学研究所
3:絹の収量を改善し、カイコの品種を最適化するためのマイクロRNA遺伝子編集方法の開発
カイコおよびシルクの技術分野に属し、ゲノム編集技術を通じてカイコの収量を改善し、カイコの品種を最適化する方法。
南西大学
4:ゲノム編集とDNAバーコードに基づく種固有の農薬(殺虫剤)の開発
寄生虫感染を防止および制御するために化学合成薬を通常使用するゲノム編集に基づく一種の特定の殺虫剤の開発。化学的に合成された薬物は、特異性が低く、副作用が大きく、薬物残留物に問題がある。 寄生虫ワクチンは、寄生虫の表面抗原の変異が原因で失敗することがよくあった。
福建農業林業大学
5:植物ゲノム向け編集ベクターおよび方法の開発
Cas12aタンパク質(ゲノム開発に関する一種のタンパク質)、植物ゲノム指向編集ベクター(外来遺伝物質を別の細胞に人為的に運ぶために利用されるDNAまたはRNA分子)および植物ゲノム編集方法の開発。
電子科技大学
6:哺乳動物幹細胞におけるゲノム編集の方法の開発
哺乳動物幹細胞における標的ゲノムDNAを編集する方法。
中国医学科学院血液学研究所
7:緑豆の遺伝子形質転換法の開発
子葉節を含む胚軸セグメント(種子植物の胚のうち子葉に続く軸)を外植片(切出した胚の一部分を培養すること)として使用すること、およびアグロバクテリウムを介した方法で外植片を感染および共培養することを含む、緑豆の遺伝的形質転換方法を開発。
江蘇省農業科学院
8:インテリジェントな全ゲノム範囲植物遺伝子機能同定システムとその方法の開発
インテリジェントな全ゲノム植物遺伝子機能同定システムおよび方法を開示し、標的遺伝子を含む組換えプラスミド(染色体とは独立に自己増殖、次世代に遺伝される染色体外性遺伝子)を栄養培地に移し、トランスジェニック毛の形成を誘導する技術の開発。
済寧学院
9:植物ゲノム編集用ベクター、構築方法とその応用
植物ゲノムを正確に編集するための2つのジェミニウイルスの大領域間領域LIR(相互作用領域・空間)、sgRNA発現カセット、連続して接続されたCas9D10A遺伝子断片を含むベクターを開発。
四川省農業科学院生物技術核技術研究所
10:CRISPR/Cas9システムのハイスループットに基づく綿突然変異体ライブラリーの構築方法の開発   
植物遺伝子工学技術の分野に属し、ハイスループットでCRISPR/Cas9システムに基づく綿突然変異体ライブラリーを構築する方法の開発。
華中農業大学
11:TLK(遺伝子名)タンパク質とエビおよびカニ抗ウイルス株の育種におけるその応用の開発
TLKタンパク質ならびにエビおよびカニ抗ウイルス株の育種におけるその適用であり、本発明により提供されるTLKタンパク質は、エビおよびカニのウイルス感染プロセスを促進することができる技術。
山東大学
12:ゲノム編集技術を用いて葉緑体のゲノム形質転換効率を向上させる方法
ゲノム編集技術を使用して葉緑体遺伝子形質転換の効率を改善する方法の開発。葉緑体の遺伝的形質転換の効率が向上。
湖南交雑水稲研究センター
13:ゲノム編集を通じてトマト雄性不稔雄性器官である花粉や胚のうが異常で,正常に花粉形成ができない現象。 原因としては,温度やウイルス病などによる場合と,遺伝的な場合がある)系統を作成するための方法とアプリケーションの開発
CRISPR/Cas9ゲノム編集技術を使用してトマト雄性不稔系統を迅速に作成するための方法およびアプリケーションの開発は雄性不稔植物であるトマトの雄性不稔系統を作成して雄性不稔植物を検出する方法は、トマト系統に適用することができ、優れた育種用途の見通しと経済的価値がある。
北京市農業林業科学院
14:超初期イネの栽培方法の開発
作物の遺伝子育種の分野に属する、極初期のイネを栽培する方法であり、主穂早熟米素材の主穂熟期と分げつ穂成熟期の差が大きいことから、分げつ数を減らし、植物全体の成熟期を短くすることができる。
福建省農業科学院生物技術研究所
15:遺伝子編集技術によるGhd7遺伝子初期のイネ出穂を標的とする方法の開発
異なるイネ生殖質の地域間作付けによってもたらされる育種の問題と育種の機会を考慮して、Ghd7遺伝子を初期のイネ出穂に向けるための遺伝子編集技術の方法を開発。
福建省農業科学院生物技術研究所
16:魚のゲノム編集と正確なポイント遺伝子ノックインを実現する方法の開発
ニック酵素(DNAの二本の鎖の片方の隣あった塩基の間の結合が一カ所切断された状態にある酵素)に基づく技術を使用して、魚の正確な遺伝子ノックインを実現するための方法を開発。
福州大学
17:ニンジン変異体の一種の入手方法の開発
ニンジン変異体を得る方法の開発。ニンジン変異体を得るためにニンジンゲノム編集ベクターを標的ニンジンに導入。CRISPR/Cas9を介したゲノム編集技術をニンジンの育種実践に適用すると、既存の研究結果を迅速に変換し、重要な農業形質の改善を意図的に実現できる。
北京市農業林業科学院
18:生産性の高い豚の育種法の開発
豚マルチオミクス統合精密育種法(同一のサンプルからRNAとタンパク質を抽出、トランスクリプトーム解析及びプロテオーム解析を同時に実施して行う育種法)の開発。DNA配列変異のみを考慮した古典的な遺伝子育種理論を克服、形質の遺伝的変異の欠点とマルチレベルの遺伝的変異の影響の統合により、生産性の高い豚の遺伝的進歩が加速される。
中国農業科学院北京牧畜獣医研究所
19:葉緑体ゲノム編集方法の開発
葉緑体ゲノム編集方法であり、CRISPR技術に基づく植物ゲノム部位編集のための核酸構築物、ベクターまたはベクターの組み合わせ、および植物ゲノム部位編集方法を開発。
中国科学院上海生命科学研究院
20:混合種子生産と種子生産方法に適したハイブリッド稲品種育種の開発
作物育種および種子生産の分野に関し、混合種子生産に適したハイブリッド米品種の選択および種子生産方法を開発。ハイブリッドイネの種子生産収量および純度を改善し、種子生産コストを削減することができる。
湖南交雑水稲研究センター
21:カイコW染色体を使用した外来遺伝子の標的挿入の方法の開発
ゲノム編集に属し、カイコのW染色体に外来遺伝子を挿入する方法、およびオスとメスのカイコの同定におけるその応用に関する技術を開発。
浙江省農業科学院
22:植物の大規模ゲノム編集に適した方法の開発
植物の大規模ゲノム編集のための方法であり、植物の大規模かつ高スループットのゲノム編集を実現することができ、従来の方法と比較して、遺伝子編集植物の効率およびスループットが大幅に改善され、多数の遺伝資源および育種に役立つ。
百格遺伝子科学技術(江蘇)有限会社
23:マイクロインジェクションのために蜂の卵を取り除く方法の開発
マイクロインジェクションのためにミツバチの卵を除去する方法に関する技術の開発。1時間以内に採取された多数のハチの卵を移送して94%の孵化率の効果を達成し、1時間以内に低いハチの卵の孵化率の問題を解決し、ハチの卵を効率的に除去する技術。
福建農業林業大学
24:イネ劣性変形接着剤修復ラインを利用した混合および分離ハイブリッド種子の生産方法の開発
作物育種および種子生産の分野に関し、イネの劣性変形した接着剤回復系統およびその応用を使用することによるハイブリッド種子の生産・混合・分離の方法を開発。専門的な機械や設備を追加することなく、種子処理の過程で回収システムの種子を取り除くことができ、技術を簡素化し、コストを節約することができる。ハイブリッドイネ種子生産の機械化レベルを改善し、種子生産コストを削減するのに有益である。
湖南交雑水稲研究センター
25:耐乾性が強化された植物を得る方法の開発
干ばつ耐性が強化された植物を得る方法を開発。ゲノム編集技術を利用して、標的植物においてシロイヌナズナのAtCER9相同遺伝子を変異させて、改善された乾燥耐性を有する植物材料を得る。 耐干性植物の開発のための新しい材料を提供する。
中国科学院遺伝発育生物学研究所
26:定点突然変異によりワキシーコーン(トウモロコシの一種)生殖質を作成するための方法と応用
ワキシーコーンを栽培する方法。トウモロコシの遺伝子編集を実現し、ワキシーコーンを得ることができ、高い育種および栽培価値を有する。
中国農業科学院作物科学研究所
27:カイコ生殖腺に特異的なプロモーターとその捕獲方法の開発
カイコの生殖腺とその捕獲方法を特異的に発現する新プロモーターの開発。このプロモーターの獲得は、カイコ生殖腺の特定のプロモーターの欠如の問題を解決するだけでなく、カイコゲノム編集技術の開発をさらに促進する。害虫の遺伝的防除ではプロモーターの組織特異性を使用して、環境に優しい新しい害虫防除方法を見つけることもでき、最終的に絹産業の発展に資することができる。
上海交通大学
28:固定小数点突然変異によるトウモロコシのコンパクトな植物型生殖質の生産方法とその応用
固定小数点突然変異およびトウモロコシによるトウモロコシのコンパクトな植物型生殖質を作製する方法を開発。コンパクト植物型トウモロコシの栽培方法は、トウモロコシゲノム編集のベクターを標的トウモロコシに導入して、標的トウモロコシより葉角が小さいコンパクト植物型トウモロコシを得る。トウモロコシの遺伝子編集を実現し、直立した形質を有するコンパクトなトウモロコシを得ることができ、高い育種および栽培価値を有する。
中国農業科学院作物科学研究所
29:アルファルファゲノムを編集するためのホモ接合植物を生産する方法の開発
植物遺伝子工学の技術分野に属するアルファルファ(ムラサキウマゴヤシ:家畜飼料用草の一種)ゲノム編集のためのホモ接合(対立形質を持つ2つの純系の植物を交雑)植物を生産する方法を開発。
中国科学院青島生物エネルギー過程研究所
30:電気ショック導入法による遺伝子組換え小麦の取得方法とその特殊培地の開発
電気ショック導入法およびその特別な培養培地によりトランスジェニック小麦を得る方法および外植片として1.2〜1.5mmサイズの未熟胚を選択し、50〜70μg/ mLのプラスミドで0.4Mでインキュベートする方法を開発。ゲノム編集技術の実用的な開発のための強力な手段を提供、小麦の遺伝的改良のための効果的な方法。
天津吉諾沃生物科学技術有限会社
31:GHR(成長ホルモン剤の一種)ノックアウトホモ接合型の香り豚の選択育種法の開発
GHR遺伝子ノックアウトホモ接合型ブタの育種方法の開発。この方法で選択されたブタには、小さいブタの寿命である小さい体格という利点があり、科学的研究の基礎を築く、単純で使いやすく、優れた効果を有する。
貴州大学
32:温度に敏感な雄性不稔トウモロコシを取得する方法の開発
温度感受性の雄性不稔トウモロコシを得る方法を開発。ゲノム編集技術の点変異トウモロコシの稔性遺伝子を使用して、トウモロコシの温度感受性雄性不稔材料を得る。本発明は、トウモロコシの雑種強勢を十分に発揮するための新しい材料を提供する。
中国科学院遺伝発育生物学研究所
33:ゲノム編集と特別なsgRNAによる米耐性デンプン含有量の改善方法
ゲノム編集およびその特別なsgRNAを介して米耐性デンプン含有量を改善する方法を開発。イネ種子における耐性デンプンおよび/またはアミロースの含有量を増加させ、アミロースと耐性デンプンの含有量が大幅に改善された新世代の新しいイネ生殖質が得られた。
中国農業科学院作物科学研究所
34:シマヒメハヤ(淡水魚)ゲノムを形質転換するための構築物および方法の開発
シマヒメハヤゲノムを形質転換するための構築物および方法に関するもので、外来遺伝子を効果的に挿入、内因性遺伝子の発現に影響を与えずに正常に発現させることができる。 効率的で、特定のゲノム編集操作のための新しい方法である。
中国科学院上海生命科学研究院
35:CRISPR/Cas9およびASIP遺伝子をターゲットとするsgRNAに基づいて、異なるコート色の羊を取得する方法の開発
CRISPR/Cas9およびASIP遺伝子を標的とするsgRNAに基づいて、異なる毛色のヒツジを得るための方法を開示する。 本発明は、ヒツジのASIP遺伝子を特異的に改変することができるsgRNA(ASIP-sgRNA)を提供、新しいCRISPR/Cas9ゲノム編集技術をマイクロインジェクション技術と組み合わせて、羊の毛皮の色を人工的に変更するための効果的な技術を開発した。
新疆牧畜科学院生物技術研究所
36:茶樹カフェイン合成酵素CRISPR/Cas9ゲノム編集ベクターの構築方法の開発
CRISPR/Cas9遺伝子編集技術である茶樹カフェインシンテターゼのデュアルターゲットを含むCRISPR/Cas9遺伝子編集ベクターを構築、他の植物におけるCRISPR/Cas9遺伝子編集ベクターの構築のための基盤と技術を提供した。
湖南農業大学
37:綿プロモーターGbU6-7PSとその応用
綿プロモーターおよびその応用技術の開発であり、綿に適しているだけでなく、わずか190 bpの長さの短いセグメントも有する。
新疆農業大学
38:ゲノム編集に基づくヒラメ生殖質の構築方法と応用
ゲノム編集に基づくヒラメの新しい生殖質構築方法の開発であり、部位特異的変異を持つ成魚が構築された。 また、F0世代の魚を野生型の魚と交配させて雑種の子孫魚を得、次いで遺伝性の突然変異型を有するF0世代の魚を検出することにより、部位特異的遺伝子突然変異を有する海産魚の新しい生殖質を育成する方法を開発。ヒラメの遺伝子機能研究および新しい生殖質の創出のための新しい方法を開発。
中国水産科学研究院黄海水産研究所
39:植物Cas9変異タンパク質VQRとそのコーディング遺伝子および応用
植物Cas9変異タンパク質VQR及び植物Cas9変異遺伝子VQRを開発。ゲノム編集機能の発展に資する。
中国水稲研究所
40:CRISPR/Casシステムに基づく多年生ライグラス育種法の開発
CRISPR/Casシステムに基づいて、ペレニアルライグラス(牧草の一種)を育種し、CRISPR/Casゲノム編集技術をペレニアルライグラスの品種の改良に適用、飼料育種研究と品種改良にとって非常に資する。
天津吉諾沃生物科学技術有限会社
41:二重遺伝子とその特別なsgRNAのRNAを介した特定のノックアウトによって遺伝子編集された羊を取得する方法の開発
二重遺伝子およびその特別なsgRNAのRNA媒介特異的ノックアウトにより遺伝子編集されたヒツジを得る方法を開発。羊の二重遺伝子ノックアウトを初めて実現し、羊の肉と毛の生産を大幅に促進、新しい品種の羊の繁殖のためのより広いスペースとより効果的な技術ツールが提供される。
新疆牧畜科学院生物技術研究所
42:ヒツジのFecB遺伝子(ブールーラ遺伝子)とその特別なsgRNAの特定のノックアウトのためのRNAを介した方法の開発
ヒツジのFecB遺伝子およびその特別なsgRNAのRNA媒介性特異的ノックアウトのための方法の開発。将来的には、高生産性FecB遺伝子を含むハイブリッド雌羊とハイブリッドラムを使用した肉付き多胎児ヒツジのコアグループの確立に大きな意味があり、多胎児系統の選択を加速する。
新疆牧畜科学院生物技術研究所
43:魚ゲノム編集の効率を大幅に改善する方法の開発
魚のゲノム編集の効率を大幅に改善する方法の開発。次世代の魚を得る効率は、既存の方法よりも著しく高い。
南京大学

 この表には、分野が該当しそうな、全部で43個の技術的成果を選んで掲載した。表現はできるだけ平易にしたつもりであるが、専門用語が密集しているなど専門的過ぎて、筆者ではそれができにくい内容も含まれている。対象は動物・植物(牧草などを含む)・魚類と広範である。

 傾向としては、上述したことと大きく変わるところはなく、それぞれが目指す意図は、収量増加、耐病性、栽培方法改良、品種改良、ゲノム編集技術改良などである。詳しくは、表3記載の個々の開発技術に付けた説明文を参照していただければありがたい。

 次に重要な点は、これらゲノム編集技術の開発機関がどのようなところであるか、という点であろう。

 主なところでは中国科学院、中国農業科学院、北京市農業林業科学院を中心に、大学、研究機関、民間企業など多岐に亘っている。中国政府はこの分野が今後の世界的成長分野であることを念頭に、中国がその先頭に立つことを目標としており、そのため、中国科学院と中国農業科学院を最重要拠点にした推進体制を築いている。

4、中国は過去、どんな農畜産物・魚類のゲノム編集技術を開発してきたか?

 参考までに、中国がこれまでに開発してき食料に関するゲノム編集事例を家畜と植物に区分してまとめてみよう。表4がそれである。

出所:表1に同じ。
開発内容(①家畜) 開発者
①赤身肉の収量が多く、脂肪の塊が少ない豚の生産。 中国農業科学院
②抗生物質の乱用を抑えるための豚の育種に於ける伝染病制御法の開発。 安徽農業大学
③大家畜の肉質改善のための遺伝子の実験材料の提供。 教育部貴陽動物遺伝子育種再生実験所
④クローン豚の作成と生物学的リスク削減研究。 動物獣医科学湖北農業科学院
⑤繁殖豚(小取り母豚)の呼吸障害症候群に抵抗性のあるクローン豚の作成。 中国農業大学
⑥MC3R遺伝子(メラノコルチン3受容体遺伝子)の大きな断片を迅速にノックアウトし(ある生物に機能欠損型の遺伝子を導入する遺伝子工学の技法の一つ)、外来遺伝子を残さない。動物の育種に有効。 中国農業大学
⑦CRISPR/Cas9システム(前号で紹介)などを使いMC4R遺伝子
(ヒト4型メラノコルチン受容体)を編集、ノックアウトした豚を作る。
中国農業大学
⑧豚のミオスタチン遺伝子(筋量を抑制する遺伝子)編集により、新しい豚の開発を行う。 湖北農業科学院
⑨CRISPR/Cas9を通じてPuro(R)遺伝子を使い、鶏に於けるその可能性を証明した。 西北農業食品大学
⑩山羊の産乳量改善のため、新種の山羊の開発に資することができた。 西北農業食品大学
⑪山羊のBLG遺伝子(乳清タンパク質遺伝子)を使い、トランスジェニック哺乳類(遺伝子導入哺乳類)を作る技術。 揚州大学
⑫設計されたヌクレアーゼ(核酸分解酵素)を利用、遺伝子ターゲティング(内在性の遺伝子の改変に相同組換えを用いる遺伝子工学的手法)された雄山羊の生殖能力に関する研究。 西北農業食品大学
⑬山羊に、TALEN(前号参照)によるミオスタチンの編集が可能かどうかを調べ、正確なゲノム編集ができることを証明した。 揚州大学
⑭アレルゲン(植物アレルギー)は少ないがhLF(肝白血病要因遺伝子)を豊富に含む山羊のミルクを採る技術を開発。 個人
⑮肉質改善のためにミオスチンを正確に破壊できるかどうか証明されていない。CRISPR/Cas9システムの応用によりゲノム編集ができる可能性を研究。 南京農業大学
⑯羊を材料に、CRISPR/Cas9システムを利用、商業ベースに乗る家畜改良の可能性を示唆。 青島農業大学など
出所:表1に同じ。
開発内容(②植物) 開発者
①一世代で除草剤耐性があり効率の優れたイネの作成に成功。 中国農業科学院
②イネのWAXY遺伝子(顆粒結合型デンプン合成酵素の遺伝子)を効率良く編集するTALEN一対のターゲッテイング部位とその提供を可能にした。 BGI深圳技術開発(株)
③イネのゲノム編集としてTALEN骨格の操作による技術による手法を開発。 中国科学院
④香りのするイネの開発方法に成功した。 寧夏農林科学院
⑤イネの香りの遺伝子を操作して、香りのするイネ系統を開発。 湖北大学
⑥除草剤耐性のついたイネの開発。 中国農業科学院
⑦CRISPR/Cas9によって、単一の品種に重要な複数の制御因子ができることを証明。 中国科学院
⑧不妊系列の育種を加速化し、雑種強勢の開発を促進した。 広州亜熱帯農業バイオ資源保守・利用基礎研究所
⑨うるち米系統をモチ米系統に換える方法及び育種時間の短縮技術の開発。 湖北大学
⑩イネの粒の大きさを制御するなど、収量改善技術の開発。 復旦大学
⑪カドミウム含量が減少しながらも農学的な特徴は変わらないイネの開発。 河南ハイブリッド米研究センター
⑫CRISPER/Cas9のブドウのゲノム編集利用の可能性を証明。 中国科学院
⑬イネの雄性不稔遺伝子に基づく雄性不稔系列の生殖質資源のうちイネの2系統交配による種子の開発。 上海交通大学
⑭破砕率が減少したイネの品種開発を遺伝子組み換え技術を避けて行うことができることを発見。 河南ハイブリッド米開発センター
⑮イネのいもち病耐性品種をCRISPER/Cas9による遺伝子操作で開発。 広西大学、中国農業科学院

 まず家畜(同表①)であるがこの表では、やはりCRISPER/Cas9を中心とする豚と山羊(羊)を対象とするものが比較的多く、植物(同表②)ではイネが比較的多いことが示されている。内容は、どちらかというと、ゲノム編集技術の開発や応用技術に関することが多いといえる。この表は、食料に関する中国のゲノム編集技術の発展過程を知る手がかりを提供する意味でも有益であろう。

 開発機関をみると、各地の研究機関や大学に分散されており、この分野に関する中国の研究開発機関の裾野の広さを窺うことができる。