【15-02】政府活動報告から見るマクロ経済政策の特徴

2015年 4月 3日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

 3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。本稿では、このうちマクロ経済政策関連部分の主要な特徴を解説する。

1.2014年の回顧

 経済の下振れ圧力の増大傾向に対し戦略的冷静さを保ち、「マクロ経済政策を安定させ、短期的な強い刺激措置を採用せず、むしろマクロ・コントロールの考え方と方式を引き続き刷新し、方向を定めたコントロールを実行した」とする。

 区間コントロールについては、2014年報告で「安定成長・雇用維持の下限とインフレ防止の上限を明確に固守し、経済が合理的区間で運営されていさえすれば、発展方式の転換と構造調整に精力を集中してしっかり取り組み、手を緩めず、マクロ政策の基本方向を動揺させないこと」と定義されている。

 この経済に上限と下限目標を設定し、経済がこの範囲内にあれば発展方式の転換と構造調整に集中し、安易に短期的景気刺激策を発動しないというマクロ・コントロールの新たな考え方・方式は、就任以来李克強総理が強調していたものである。

 今回の報告では、この区間コントロールの基礎の下、「方向を定めたコントロール」を実行したとする。これは財政政策・金融政策を実施するに際して、たとえば小型・零細企業や「三農」(農業・農村・農民)に的を絞って減税や預金準備率引下げを行うという方法であり、2014年に提起され多用された。

2.2015年マクロ経済の目標

 報告は、中高速成長の維持とミドル・ハイエンド水準への邁進という「2つの目標」に着眼し、政策の安定・市場期待の安定と改革促進・構造調整の「2つを結びつける」ことを堅持し、大衆による起業・万人によるイノベーションと公共財・公共サービスの増加という「2つのエンジン」を作り上げ、「発展の速度を調整しても勢いを減ずることなく、量を増やし質をより最適化して、中国経済の質・効率の向上を実現しなければならない」とする。

 マクロ経済の主要予期目標は以下のとおりである。

(1)GDP成長率目標:7%前後(2014年は7.5%前後、実績7.4%)

 成長目標を引き下げた理由として、報告は「需要と可能性を考慮したものであり、これは小康社会の全面的実現という目標とリンクし、経済総量の拡大と構造のグレードアップという要求に適合し、客観的な実際に符合するものである。このような速度によってかなり長期の発展を維持し、現代化実現の物質的基礎をより充実させる。安定成長も雇用を維持するためのものであり、サービス業のウエイトが上昇し、小型・零細企業が増加し、経済の容量が増大するにつれて、7%前後の速度は比較的十分な雇用を実現できる」と説明している。

 経済報告ではさらに踏み込み、「この速度は経済発展の新常態に適応しており、現段階の経済成長の潜在力を反映し、市場の期待と結びついており、努力すれば実現できるものである。同時に、ここ数年の経済成長・構造変動と雇用増加の関係からすると、7%前後の経済成長は1000万人以上の都市新規就業増をもたらすことができる」としている。

 成長率目標の引下げは昨年も議論されたが、実現できなかった。今年は第13次5ヵ年計画建議が秋の党5中全会で議論されることもあり、成長率の相場観を引き下げておく必要があったのであろう。

(2)消費者物価上昇率:3%前後(2013年は3.5%以内、実績は2.0%)

 報告は特に変更の理由を説明していないが、経済報告は「国際大口商品価格が低位で徘徊する可能性があり、国内重要商品の供給が充足し、一部工業分野の生産能力過剰と需要の疲弊という矛盾が相互に交錯しており、物価総水準は引き続き低下傾向にあること、同時に価格改革に余地を残しておくことを考慮した」と説明している。

 中国のエコノミストの中には、むしろ経済がデフレに向かうことを心配する者もあり、経済の合理的区間の下限に物価水準も入れるべきではないかとの意見も出ている。

(3)都市新規雇用増:1000万人以上(2014年は1000万人以上、実績は1322万人)

(4)都市登録失業率:4.5%以内(2014年は4.6%以内、実績は4.09%)

3.2015年マクロ経済政策の基本的考え方

 報告は「積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、事前調整・微調整を更に重視し、方向を定めたコントロールを更に重視し、ストック(遊休資金)をうまく用い、フローを活性化して、脆弱部分を重点的に支援する。ミクロの活力によってマクロの安定を支え、供給のイノベーションによって需要の拡大をもたらし、構造調整によって総量のバランスを促進し、経済運営が合理的区間にあることを確保する」としている。

 具体的には、次の3点をしっかり把握しなければならないとする。

(1)マクロ経済政策を安定化・整備する

①積極的財政政策:力を加え、効率を高めなければならない

 2015年の財政赤字は1兆6200億元を計上(前年度比2700億元増)し、うち中央財政赤字は1兆1200億元(同1700億元増)、地方財政赤字を5000億元(同1000億元増)としている。財政赤字の対GDP比率は昨年度2.1%から2.3%に拡大した。

 財政赤字が拡大したこともあり、「債務管理と安定成長の関係をうまく処理し、地方政府の起債による資金調達メカニズムを刷新・整備する」とする。

 また、条件の符合した建設中のプロジェクトのつなぎ資金を保障し、リスクの隠れた弊害を防止・解消するとともに、構造的減税と普遍的な費用引下げにより、企業とりわけ小型・零細企業の負担を軽減するとしている。

 なお、楼継偉財政部長は3月6日の記者会見で、前事務年度の繰越金1124億元と地方政府債務の借換特別債1000億元を加えると、収支差額は更に拡大し対GDP比率は約2.7%になるとしている。

 これ以外にも、財政部は1兆元の地方政府債券発行により、2013年6月30日に審計署が確定した地方政府が償還責任を負う債務のうち、2015年に満期がくる債務の借り換えを認めることとしている。財政部によれば2015年に満期のくる債務は1兆8578億元であり、これで53.8%をカバーできるとしている。

②穏健な金融政策:緩和と引締めを適度にしなければならない

 金融政策は「マクロ・プルーデンス管理を強化・改善し、公開市場操作・金利・預金準備率・再貸付等の金融政策手段を柔軟に運用し、マネー・貸出と社会資金調達規模の平穏な伸びを維持する」とする。

 2015年のM2の予期伸び率は12%前後(2013年目標は13%前後、実績は12.2%)と前年の目標を引き下げた。ただし、「実際の執行中、経済発展の需要に応じて、やや高めてもよい」と柔軟にしている。

(2)安定成長と構造調整のバランスを維持する

 報告は「わが国の発展は、成長速度のギアチェンジの時期・構造調整の陣痛期・過去の刺激策の消化期が3つ重なるという矛盾に直面しており、資源・環境の制約が増大し、労働力等の要素コストが上昇し、高投入・高消費・数量拡張に偏重した発展方式は既に継続し難く、安定成長の中で経済構造を最適化しなければならない」とする。

 すなわち、①速度をしっかり安定させ、雇用と個人所得の持続的な増加を確保することにより構造調整と発展方式の転換に有利な条件を作り上げるとともに、②構造を調整し、安定成長の基礎を打ち固めなければならない、とする。

 このための具体的な戦略としては、研究開発への投入、全要素生産性の向上、質・標準・ブランドの強化、サービス業・戦略的新興産業のウエイトと水準の引上げ促進、経済発展の空間構造の最適化、新しい成長スポット・成長の極の育成等が挙げられている。

(3)経済社会の発展の新たな動力を育成・創生する

 報告は「現在、経済成長の伝統的な動力が弱体化しており、構造的改革を強化し、イノベーション駆動による発展戦略の実施を加速し、伝統的エンジンを改造し、新しいエンジンを作り上げなければならない」とする。

 具体的には、①一方で、公共財・公共サービスの供給を増やし、教育・衛生等への政府の投入を増やし、社会(民間)の参加を奨励し、供給効率を高める。②他方で、大衆による起業・万人によるイノベーションを推進する。報告は「これは雇用拡大・個人所得増加にも資し、社会の縦方向への流動と公平・正義の促進にも資する」としている。

 このように、政府活動報告は、マクロ経済政策については基本的に2014年の方針を踏襲しつつも、経済の下振れ圧力が更に強まっている状況を受け、金融政策をより柔軟にするとともに財政政策を強化し、経済を合理的区間内に抑えつつ、経済構造調整・経済改革を進めようとしている。


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