田中修の中国経済分析
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【15-04】金融政策のダブル発動

2015年 7月 3日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 人民銀行は6月28日、方向を定めた預金準備率引下げと利下げをダブル実施した。昨年秋以降、4度目の利下げ、3度目の預金準備率引下げである。

1.人民銀行の発表(6月27日)

 次のように発表された。

(1)方向を定めた預金準備率引下げ

 6月28日から、金融機関に対し方向を定めた預金準備率引下げを実施し、実体経済の発展をさらに支援し、構造調整を促進する。

①「三農」への貸出ウエイトが、方向を定めた預金準備率引下げ基準に達した都市商業銀行・非県域農村商業銀行に対して、預金準備率を0.5ポイント引き下げる。

②「三農」あるいは小型・零細企業への貸出が、方向を定めた預金準備率引下げ基準に達した大型商業銀行・株式制商業銀行・外資銀行に対して、預金準備率を0.5ポイント引き下げる。

③ファイナンス会社の預金準備率を3ポイント引き下げ、企業資金の運用効率を高める役割を好く発揮するようさらに奨励する。

(2)利下げ

 同時に、6月28日から、金融機関の人民元貸出・預金基準金利を引き下げ、企業の資金調達コストをさらに引き下げる。うち、金融機関の1年物貸出基準金利を0.25ポイント引き下げ、4.85%とする。1年物預金基準金利を0.25ポイント引き下げ、2%とする。その他各レベルの貸出・預金基準金利及び個人住宅公的積立金の預金・貸出金利も相応に調整する。

 この結果、新しい金利体系は次のようになった。

新しい基準金利(%)
(括弧書きは従来の金利)
預金金利
(1)普通預金・当座預金
(2)定期預金
3ヵ月
半年
1年
2年
3年

0.35(0.35)

1.60(1.85)
1.80(2.05)
2.00(2.25)
2.60(2.85)
3.25(3.50)

貸出金利
1年以内(含む1年)
1-5年 (含む5年)
5年以上
4.85(5.10)
5.25(5.50)
5.40(5.65)

2.中央銀行責任者の説明(6月27日)

 人民銀行の責任者は、インタビュー形式で次のように今回の措置を解説している。

(1)今回の措置の背景

 今年に入り、人民銀行は穏健な金融政策を引き続き実施し、緩和と引締めの適切な度合をさらに重視し、適時・適度に事前調整・微調整を行い、差別的な準備金の動態調整メカニズムを整備してきた。一部の金融機関に対して方向を定めた預金準備率引下げを実施し、貸出政策の構造誘導作用を強化し、金融機関がより多く貸出資源を「三農」、小型・零細企業等の重点分野・脆弱部分に配分するよう奨励してきた。

 同時に、金利・預金準備金等多様な手段の組合せを総合的に運用し、流動性の合理的な充足を維持し、市場金利の適切な低下を誘導し、社会資金調達コストを引き下げてきた。

 総体として見ると、各政策の効果が徐々に顕在化するに伴い、マネー・貸出と社会資金調達規模は合理的に伸びており、銀行システムの流動性は充足を維持し、社会資金調達構造はある程度改善し、各種市場金利はいずれもある程度低下し、企業資金調達コストが高い問題は有効な緩和をみている。

 経済が「新常態」にある背景の下、わが国は新旧産業と発展動力エネルギーの転換がリンクするカギとなる時期にあり、安定成長・構造調整・改革促進・民生優遇・リスク防止の任務はなお十分困難であり、金融政策手段を引き続き柔軟に運用し、構造調整を通じて経済の平穏で健全な発展を促進し、かつ社会資金調達コストの引下げに力を入れる必要がある。

 同時に、わが国の物価水準はなお低レベルにあり、実質金利は歴史的な平均水準より高く、預金準備金と金利手段を運用するために有利な条件を提供している。このため、国務院の批准を経て、人民銀行は預金準備率を再度引き下げ、同時に貸出・預金基準金利の引下げと結びつけることにより、総量の安定と構造最適化の関係をさらに好くバランスさせ、安定成長・構造調整を促進し社会資金調達コストを引き下げることを決定した。

(2)預金準備率を全般的に引き下げなかった理由

 4月に預金準備率を1ポイント引き下げて後、銀行システムの準備金の水準は一度歴史的なハイレベルに達し、6月末の銀行システムの超過準備金の水準はなお3兆元前後を維持している。同時に、短期金融市場のオーバーナイト金利は最低時に1%に接近する歴史的な低レベルに下がった。最近新株発行が巨額の資金を凍結させた影響を受けて、インターバンク市場金利が最低点と比べてある程度上昇したが、なおかなり低水準にある。銀行システムの流動性は総体としてかなり充足しており、預金準備率を全般的に引き下げて流動性を供給する必要はない。

 人民銀行はずっと金融政策手段を積極的に運用して経済構造調整の支援に力を入れており、とりわけ金融機関が、新たに増えた、あるいは活性化させた貸出資源を、「三農」、小型・零細企業等の分野にさらに多く配分するよう誘導・奨励してきた。

 政府は一貫して方向を定めたコントロールを重視し、マクロ・コントロールの的確性・有効性の向上に力を入れてきた。中央経済工作会議は、2015年に方向を定めたコントロール・構造的コントロールを引き続き実施することを提起した。

 今回の方向を定めた預金準備率引下げの目的は、金融機関が「三農」、小型・零細企業の発展を支援する能力を増強し、プラスの奨励作用を強化し、国民経済の重点分野・脆弱部分を支援するためのものであり、大衆による起業・万人によるイノベーションを金融が支援することに資するものである。

(3)社会資金調達コストの引下げへの効果

 2014年以降、基準金利の誘導作用を好く発揮させ、社会資金調達コストの引下げを推進し、実体経済の持続的で健全な発展を支援するため、人民銀行は前後3回預金・貸出基準金利を引き下げた。うち、1年物貸出基準金利は累計で0.9ポイント引き下げられ5.10%となり、1年物預金基準金利は累計で0.75ポイント引き下げられ2.25%となっている。

 基準金利を連続して引き下げる誘導の下、2015年5月、金融機関の新たな貸出の加重平均金利は6.16%であり、前年同期比で0.91ポイント低下し、2011年以来の最低水準となった。同時に、金融機関の預金金利決定はさらに理性的になり、預金金利は総体としてある程度低下し、ランクごとに秩序立てて差別化された競争により金利を決定する構造が基本的に形成されている。各政策措置の効果が徐々に顕在化するに伴い、短期金融市場の金利と債券市場の金利も顕著に低下しており、社会資金調達コストは全体としてある程度低下している。

 ここ数回の利下げの効果からすると、貸出金利は全面的に市場化されているが、中央銀行が公布する貸出基準金利は、依然としてかなり強い誘導・シグナルの役割を備えており、貸出基準金利をさらに引き下げることで、実質金利の低下を引き続き誘導できるものと期待される。くわえて、同歩調で預金基準金利を引き下げることも、金融機関の資金調達コストを引き下げ、各種市場金利と企業の資金調達コストのさらなる引下げをもたらし、これまでのマクロ・コントロールの政策効果を強固にすることに資するものである。

(4)今後の金融政策

 今回、方向を定めた預金準備率引下げと預金・貸出金利の引下げを結びつけた重点は、構造最適化という金融政策の重要機能をさらに増強し、経済の平穏・健全で持続可能な発展を推進し、同時に、基準金利の誘導作用を引き続き発揮させ、社会資金調達コストの引下げを促進することにある。

 さらに、我々は引き続き党中央・国務院の戦略的手配に基づき、安定の中で前進を求める政策の総基調と、マクロ政策を安定させ、ミクロ政策を活性化させなければならないという総体的考え方を堅持し、マクロプルーデンス管理を強化し、政策の組合せを最適化して、経済の構造調整と転換・グレードアップのために中立的で適度なマネー・金融環境を作り上げる。

 同時に、コントロール・モデルをさらに整備し、金利市場化と人民元レート形成メカニズムの改革をさらに推進して、金融政策の伝達ルートをスムーズにし、金融資源の配分効率を高め、経済の科学的発展・持続可能な発展を促進する。

3.解説

 これまでは、預金準備率引下げと利下げは交互に発動されることが多く、ダブルで発動されることはまれである。おそらく、これには以下のような事情があったと思われる。

①景気の後退

 当局の発表では、1-3月期のGDP成長率は7.0%であるが、前期比では1.3%(年率5.2%)であり、経済はかなり落ち込んでいる。4月・5月の指標をみても、大きな改善はみられず、このままでは4-6月期の成長率は年間目標7.0%を割り込む可能性があり、金融面でのテコ入れが必要であった。

②実質金利の上昇

 5月の消費者物価上昇率は1.2%であり、物価はかなり低水準が続いている。このため、実質金利が上昇し、これが投資を阻んでいる。このため、実質金利を引き下げ、企業(とりわけ中小・零細企業)の金利負担を軽減する必要があった。

③上海株式市場の動揺

 当局がなかなか金融緩和策を発動しなかったため、6月下旬から上海株式は下落傾向が加速し、動揺が広がっていた。このため人民銀行としては、金融緩和継続の姿勢を示し、市場の不安を鎮める必要があった。

 しかし、金利を極端に下げることは、米中金利差を拡大し、中国からのマネー流出を加速するおそれがある。今後人民銀行はマネーサプライの動向を注視しながら、金融政策を検討していくことになろう。