田中修の中国経済分析
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【15-06】李克強総理の経済に関する発言

2015年10月 6日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)

はじめに

 中国経済の減速が懸念されているが、李克強総理は、様々な場で中国経済の現状を説明している。その代表的なものを紹介したい。

1.夏季ダボス会議における李克強総理の発言

 9月10日午前、李克強総理は大連で開催された夏季ダボス会議で挨拶した。全体は長文であるが、経済関連部分のポイントは以下のとおりである。

(1)中国経済の現状

 まず、「ここで、私は皆さんに、現在中国経済の動向は鈍化の中で安定傾向にあり、安定の中で好転しているが、安定の中に困難もあり、総体として試練よりチャンスが大きいと申し上げたい」と中国経済の安定・好転を強調する。

 確かに、8月の経済指標をみると、工業はわずかに持ち直し、消費は底堅い動きを示している。固定資産投資と不動産開発投資は低下傾向が続いているが、新規着工が増加しており、北京・上海・広州・深圳等の第一線都市の不動産市場は活気をとりもどしている。輸出はマイナスであるが、幅が縮小した。6月末の雇用指標も安定している。

 このため、「ここ2ヵ月、ある指標は下落・変動が出現している。しかし、これまでに採用した一連の政策措置は正に徐々に効果が現われつつあり、経済における積極的要因が多く累積しているので、ある指標には強含みが出現してもいる。総じて言えば、中国経済のファンダメンタルズには変わりはない」とし、「当然、中国は少なからぬ困難と下振れ圧力に直面してもいるが、依然として合理的区間にある」と述べている。

 同時に、「中国経済は正に新旧動力エネルギーの転換段階にあり、製造業が粗放型成長から集約型成長へのグレードアップ・発展を実現し、投資牽引への過度な依存から消費・投資が協調した牽引へと転換することは、陣痛が充満し十分困難なプロセスである。この期間の経済成長は変動・起伏を免れがたく、これは調整・転換の一種の正常な現象である」と、正に中国は経済発展方式の転換の時期にあり、経済成長のゆるやかな減速は避けがたいことを説明している。

(2)マクロ・コントロール

 とはいえ、「経済の短期的変動についても、我々は軽視してはいない」とし、景気の下支え策はきめこまかく行うとする。すなわち、「現在、我々は必要な方向を定めたコントロール、タイミングを見計らったコントロール、精確なコントロール措置をも採用し、これにより短期の変動幅を縮小している。いったん合理的区間を滑り出る兆しが出現したら、我々は十分な能力で対応するので、中国経済に『ハードランディング』は出現しない」とし「我々は年間の中国経済社会発展の主要目標・任務を実現する能力がある」と主要な経済目標達成に自信を示している。同時に、「比較的十分な雇用があり、個人所得の伸びが経済と同歩調であり、生態環境が不断に改善されてさえいれば、経済成長率が少し高くても、少し低くても、我々はいずれも受け容れることができる」とし、主要経済社会目標の中でも、大事なものは雇用・個人所得・環境指標であることを強調している。

 ただ、諸外国の中国経済減速への懸念は根深い。そこで、「これは絵空事ではない。ここ数年、経済の下振れ圧力はかなり大きかったにもかかわらず、我々はマネーを大量発行していないし、大規模な強い刺激も行っておらず、主として改革に依拠して経済の活力を増強し、経済を安定させただけでなく、さらなるコントロールの余地を残している。中国中央政府の財政赤字の対GDP比は、世界主要経済体の中でもかなり低い。中国はマクロ・コントロール政策を刷新しており、マクロ・コントロールの道具箱には道具がなお少なからずある」とし、さらに大きく景気が後退した場合には、財政政策を中心に景気下支えを強化することに含みをもたせている。

(3)構造改革の推進

 「我々は中国経済の未来はより良いと言ったが、決して盲目的に楽観はしていない。これには基礎・条件・動力がある」とする。

 その第1の理由としては、「中国経済には巨大な潜在力と内在的な強靭性がある。中国の新しいタイプの工業化・情報化・都市化・農業現代化のプロセスは、深い推進段階にあり、内需拡大の強い需要を内包している」と、まだ内需拡大の余地があると指摘する。

 第2の理由としては、「中国は構造改革を推進し、改革ボーナス効果が絶え間なく発揮されている」ことを指摘する。

とはいえ、ただ成長率を追求するわけではない。「発展は科学的発展でなければならないし、質・効率が高く持続可能な発展でなければならない。このような発展を実現するには、改革開放に依拠しなければならない。我々は正に改革を全面深化させており、構造改革を急速に推進し、イノベーション駆動による発展戦略を実施し、潜在成長率を十分発掘するよう努力しており、経済の中高速成長を維持し、ミドル・ハイエンド水準へと邁進している」とし、経済の安定成長と構造改革を同時進行させる必要を説いている。

 「当然、改革を秩序立てて推進し、一歩一歩推進していく決意に変わりはなく、歩みが鈍化することはない。改革は依然として、巨大な発展のボーナスを不断に発揮するものである。中国にとって構造改革は、全人民の尽きることがない創造力を奮い立たせるものである」とし、たとえ経済が減速したとしても、構造改革を継続する決意を示している。

2.建国66周年招待会での李克強総理の演説

 9月30日夜、人民大会堂で国慶招待会が挙行され、李克強総理が重要講話を発表した。そのうち経済関連部分について、全文を紹介しておく。

 「今年に入り、習近平同志を総書記とする党中央の堅固な指導の下、全国上下が共同して懸命に奮闘し、各方面の政策はいずれも新たな成績を得た。世界経済が低迷し、わが国の経済下振れ圧力は増大しているものの、

①有効な区間コントロール、方向を定めたコントロール、タイミングを見計らったコントロールの実施を通じて、経済運営は変動の中でも動向が好転しており、なお合理的区間を維持し、発展の質は新たに向上し、システミックリスクは有効に防止されている。

②行政の簡素化・権限の下方委譲、開放と管理の結合、サービスの最適化と財政・税制・金融・国有企業等の構造改革を引き続き推進することを通じて、市場の活力を一層奮い立たせ、大衆による起業・万人によるイノベーションの成果を顕在化させ、サービス業のウエイトを高め、経済に対する消費の牽引作用を増強し、構造調整に新たな進展をみている。

③雇用の積極的拡大と個人所得の増加を通じて、社会保障の『セーフティネット』を一層堅牢に組織し、貧困への精確な支援を強化し、人民の生活は新たな改善をみている。

 党中央・国務院の政策決定・手配に基づき、全国上下が引き続き努力し、堅塁を攻略し困難を克服することにより、我々は今年の経済社会発展の主要目標任務を達成できる。

 中国は世界第二の大きな経済体として、経済総量10兆ドルのベースの上に7%前後の成長を維持することは十分容易ではなく、しかも新たな起点の上に引き続き更にすばらしい未来を創造しなければならず、任務は更に困難を増している。チャンスと試練に対して、我々は肩に背負った使命と人民の重い委託をしっかりと胸にきざむことにより、施政を更に人民の要望に合致させ、改革開放と社会主義現代化建設事業を不断に前進させなければならない。

 発展は民族振興の根本的な方途であり、第一の重要任務である。過去の中国の発展は着実な任務実行に依拠しており、現在の中国の発展も着実な任務実行に依拠しなければならない。マクロ・コントロールの方式を不断に刷新し、内需を積極的に拡大し、構造を積極的に調整して、経済の好転の基礎を強固にし、発展の質・効率を高め、各種リスクを有効に防止・コントロールし、経済の中高速成長を促進し、ミドル・ハイエンド水準へと邁進しなければならない。

 改革開放は発展動力の源である。改革を断固として全面深化させなければならない。イノベーション駆動による発展戦略を深く実施し、大衆による起業・万人によるイノベーションによって衆知を集め大衆のパワーを凝集し、発展の新たな動力エネルギーを増強する。更に広い分野・更にハイレベルで対外開放を拡大し、国際競争と協力に全方位で参加し、ウイン・ウインの発展を実現する。

 人民の幸福は改革・発展の成果を量るものさしである。あらゆる手段を尽くして雇用を拡大し、個人所得を多くのルートで増やし、大衆を悩ませている難題の解決に努力することにより、貧困家庭の子供が中途退学で挫折することがないようにし、一般大衆が大病によって窮地に陥らないようにし、心に夢を抱く青年が煩瑣な手続きによって起業・イノベーションの門外に閉め出されることがないようにして、不断に生態環境を改善し、大衆の幸福感を引き続き増進しなければならない」。

むすび

 まもなく発表される7-9月期GDP成長率は、前年のベースが高かったこともあり、前年同期比では7%を割り込む可能性がある。しかし李克強総理は、9月末の時点でも依然大規模な景気刺激策の発動に消極的であり、むしろ景気下支え策をこまめに打ち出しながら、構造改革を着実に進めていく姿勢を貫いている。

 この点、9月4-5日に開催されたG20が、中国に機関車の役割・景気拡大を要求せず、むしろ構造改革・構造調整の徹底を求めたことは幸いであった。中国国内では、経済の減速を理由に構造改革と構造調整の先送りと、大型景気刺激策の発動を求める声が強まっているものとみられ、「外圧」をうまく利用しなければ、これを有効に抑え込むことが難しくなっていると思われるからである。

 まもなく、党5中全会を迎える。4-6月期の成長率が多少下がっても、動揺して安易な景気刺激策を決定せず、第13次5ヵ年計画党中央建議の中に、いかにしっかりとした2020年までの構造改革・構造調整の手順・政策を盛り込めるかが、中国経済が中期的に健全な中成長を維持するためのカギとなろう。