【15-07】1-9月期のGDP と当面の政策

2015年11月 5日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 1-9月のGDPを含む主要経済指標が発表された。これを踏まえ、李克強総理は10月23日、共産党中央党校において、経済情勢判断と当面の経済政策について演説した。本稿では、経済政策の判断材料となる主要指標と、李克強総理の演説の概要を紹介したい。

1.1-9月期の主要経済指標

(1)GDP

 2015年1-9月期のGDPは48兆7774億元であり、前年同期比実質6.9%と、年間目標7.0%をやや割り込んだ。これを修正された四半期別でみると、2014年10-12月期7.2%、2015年1-3月期は7.0%、4-6月期は7.0%、7-9月期は6.9%である。

 ただ、これは先進国とは異なる前年同期比による計算である。これを先進国と同じ前期比でみてみると、2014年10-12月期1.7%、2015年1-3月期1.3%、4-6月期1.8%、7-9月期1.8%の成長である。これを4倍すれば、年率換算となるが、昨年10-12月期は7%を割り込み、1-3月期は5%強の成長率しかなかったことが分かる。むしろ、4-6月期と7-9月期は若干持ち直しているのである。

(2)物価

 9月の消費者物価は前年同期比1.6%上昇し、上昇率は8月より0.4ポイント減速した。3ヵ月の動向では、7月1.6%→8月2.0%→9月1.6%となっている。現在、1年物定期預金基準金利は利下げにより1.50%であり、実質金利は8月に続きマイナスとなっているが、人民銀行は預金金利を完全に自由化したので、金融機関が自主判断で実質金利がプラスとなるレベルに預金金利を設定することが可能となった。これにより、預金のシャドーバンキングへの流出はある程度防げるものと思われる。

(3)工業

 9月の工業生産は前年同月比実質5.7%増となった。3ヵ月の動向では、7月6.0%→8月6.1%→9月5.7%となっている。9月3日には戦勝70周年軍事パレードがあり、その日は何としても青空を演出する必要があった。このため河北の工場は全て操業停止となっており、それが前年同期比で影響が出たものと思われる。

(4)消費

 9月の社会消費品小売総額は、前年同月比10.9%増である。3ヵ月では、7月10.5%→8月10.8%→9月10.9%と手堅い動きとなっており、これが経済を支えている。特に、1-9月期、全国インターネット商品・サービス小売額は前年同期比36.2%増となっており、新たな消費形態が拡大している。

(5)投資

 1-9月期の都市固定資産投資は、前年同期比10.3%増であった。3ヵ月では、1-7月期11.2%→1-8月期10.9%→1-9月期10.3%と減速が続いている。ただその中で、インフラ投資(電力以外)は18.1%増であり、うち、道路輸送は18.1%増、水利22.5%増、公共施設20%増と、公共事業が投資を下支えしている。

(6)輸出入

 9月の輸出は前年同期比-3.7%、輸入は同-20.4%となった。3ヵ月では、輸出が7月-8.3%→8月-5.5%→9月-3.7%、輸入が7月-8.1%→8月-13.8%→9月-20.4%となっている。しかし、輸出より輸入の落ち込みが大きいため、1-9月期の貿易黒字は4240.92億ドルと大きな額となっている。

(7)金融

 9月末のM2の残高は135.98兆元、伸びは前年同期比13.1%増となった。3ヵ月では、7月13.3%→8月13.3%→9月13.1%となっている。年間の目標は12%なので、現在は金融がやや緩和気味に運営されている。

(8)所得

 1-9月期の都市住民1人当たり平均可処分所得は2万3512元であり、前年比実質6.8%(名目8.4%)増加した。農民1人当たり可処分所得は8297元であり、同実質8.1%(名目9.5%)増加した。農民の収入の伸びが都市住民の収入の伸びを上回った。この結果、都市・農村1人当たりの可処分所得格差は、2.83:1となっている(前年同期より0.03ポイント縮小)。また、全国住民1人当りの可処分所得は1万6367元であり、実質7.7%増(名目9.2%増)と、実質成長率を上回った。

(9)雇用

 1-9月期の新規就業者増は1066万人で、年間目標「1000万人以上」を前倒しで達成した。9月末の都市登録失業率は4.05%であり、年間目標4.5%以内におさまっている。

 7-9月期の有効求人倍率は約1.09倍(4-6月期は1.06倍)であった。

2.中央党校における李克強総理の演説

(1)経済の現状判断

 まず、「今年に入り、世界経済と貿易が低迷し、国際市場が動揺していることは、わが国により深い影響を及ぼしており、国内の深層矛盾が際立っていることと相乗効果を形成し、実体経済の困難が増大し、マクロ・コントロールが直面するジレンマが増大している」としながらも、方向を定めたコントロールとタイミングを見計らったコントロールの強化を通じて、構造改革により構造調整を促進し、市場を安定化させる有効な措置を実施したことにより、「経済運営は合理的区間を維持しており、予期に符合し、新たな動力エネルギーが急速に育まれ形成されており、雇用の拡大・所得の増加・環境の改善が大衆に実際の恩恵をもたらしている」とする。

 そして、「全国上下の共同努力と中国経済の巨大な潜在力が、各種困難に我々が打ち勝つという自信を増強させている」とし、経済目標の達成に自信を示している。

(2)2つの「中高」の実現

 「経済の中高速成長を維持し、ミドル・ハイエンド(中高)水準に向けて邁進すること(2つの『中高』)」は、経済成長の段階的な特徴に基づくものであるのみならず、小康社会を全面的に実現するという目標と科学的発展を実現するための必然的選択でもあるとし、「安定成長と構造調整のバランスをしっかり把握し、『2つの中高』の実現に努力しなければならない」とする。

(3)具体的方策

 「『2つの中高』の実現は多くの試練に直面しており、非常に困難な努力を払う必要がある」とし、以下の方策が必要であるとする。

①マクロ・コントロールの考え方・方式を引き続き刷新しなければならない

 政策の的確性・柔軟性を高め、財政政策の余地が相対的にかなり大きいという優位性をうまく用いて、預金準備率引下げ・方向を定めた預金準備率引下げ・利下げ等の金融政策手段を合理的に運用し、経済の平穏な運営を維持し、リスクに適切に対応しこれを解消して、経済の基礎固め・安定化を促進しなければならない。

②改革を全面的に深化させ、よりハイレベルの対外開放を推進しなければならない

 政府と市場の関係をはっきり整理することを軸に、行政の簡素化・権限の下方委譲、開放と管理の結合、サービスの最適化を引き続き推進し、財政・税制、金融、国有企業等の重点分野の改革をより奥深く推進し、発展を制約する体制メカニズムの障害を打破しなければならない。

 「シルクロード経済ベルト・21世紀海のシルクロード」と国際生産能力協力を軸に、開放型の経済新体制を構築し、輸出入構造の最適化を推進しなければならない。

③大衆による起業・万人によるイノベーションと公共財・サービスを増やすという、「2つのエンジン」を作り上げなければならない

 政府は民間資本と協力しつつ、民生の足らざる部分を補い、新しいタイプの都市化を推進し、産業の改造・グレードアップ等の重点施策を進め、有効な投資を拡大しなければならない。

 他方で、「起業・イノベーション」を用いて人民大衆の無限の創造力を奮い立たせ、起業・イノベーションの中で大企業と小型・零細企業の共同発展を推進し、伝統産業の改造と新興産業の振興を共に推し進め、サービス業の発展と製造業のグレードアップを相互に促進しなければならない。

④民生を改善しなければならない

 政府は、社会的セーフティネットを確保するとともに、大衆の切実な利益に関わる雇用・教育・医療・バラック地区改造・社会保障等の各政策と貧困扶助をしっかり行うことにより、人民生活の不断の改善を促進しなければならない。

まとめ

 このように経済の現状は、GDP成長率が前年同期比では減速したものの、前期比では安定しており、消費者物価と雇用が年間目標をクリアし、個人所得の伸びは順調である。

 このため、李克強総理は、経済は下振れ圧力があるが、なお合理的区間にあると判断し、大規模景気刺激策を発動せず、きめ細かな対策を次々に打ち出すことにより経済を安定させ、同時に経済改革・構造調整を進めるという、従来の方針を崩してはいない。その一環として、24日に利下げ・預金準備率引下げ・預金金利自由化が同時発動されたわけである。財政政策については、追加の余地がまだ残っている。

 今後は、株式市場の一層の混乱やFRBの利上げ断行による国際金融市場の動揺等の外的ショックがなければ、このマクロ政策が基本的に維持されよう。


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