田中修の中国経済分析
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【16-01】2015年中央経済工作会議のポイント

2016年 1月 4日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 12月18-21日、党中央・国務院共催により、中央経済工作会議(以下「会議」)が開催され、2016年の経済政策が決定された。

本稿では、会議の注目点を紹介する。

1.2016年の位置づけ

 「会議」は、2016年を①「小康社会を全面的に実現する決勝段階のスタートの年」であるとともに、②「構造改革推進の堅塁攻略の年」であるとする。

 構造改革が特に強調されているのが、今年の特徴である。当然、2016年は第13次5ヵ年計画のスタートの年でもある。

2.政策の10の転換

 2014年の中央経済工作会議は、中国経済が「新常態」に入ったことを確認する会議であった。今回は、新常態に適応し、これをリードすることが主眼となる。

 このため「会議」では、10政策につき、次の転換をより重視することが必要だとする。

①経済発展の推進:発展の質・効率の向上

②経済成長の安定:サプライサイドの構造改革

③マクロ・コントロールの実施:市場の行為と社会の心理・予想の誘導

④産業構造の調整:加減乗除の併用(投資を拡大し、弱点を改善し、潜在力を引き起こす(足し算)、生産能力過剰を解消し、落後した生産能力を淘汰し、断固として低水準の重複建設を撲滅する(引き算)、イノベーションによる駆動戦略を深く実施し、発展の乗数効果を高める(掛け算)、行政の簡素化・権限の下方委譲を進め、市場化のレベルを高め、発展環境を一層最適化する(割り算))

⑤都市化の推進:人を核心

⑥地域発展の促進:人口・経済と資源・環境・空間のバランス

⑦生態環境の保護:グリーン生産方式・消費方式

⑧民生の保障・改善:特定の人々の特殊な困窮に対する精確な支援

⑨資源配分:市場が決定的役割を発揮

⑩対外開放の拡大:ハイレベル・双方向の開放

3.3つの「5」

 2016年の政策の基本的考え方は、3つの「5」によって示される。

(1)5大発展理念

 これは党5中全会で決定された第13次5ヵ年計画党中央建議で明らかにされた。習近平総書記によれば、第13次5ヵ年計画ないし更に長期にわたる発展の考え方・方向・注力点を示したものである。ポイントは以下のとおり。

①イノベーションによる発展

 科学技術のイノベーション、大衆による起業・万人によるイノベーション、新技術・新産業・新業態の発展を推進する。

②協調による発展

 東部・中部・西部・東北、都市と農村、新しいタイプの工業化・情報化・都市化・農業現代化、物質文明と精神文明を協調的に発展させる。

③グリーンな発展

 資源節約型・環境友好型の社会の建設を促進し、グリーン・低炭素・循環的な発展を推進する。

④開放による発展

 よりハイレベルな開放型経済を発展させ、世界経済のガバナンスに積極的に参加する。

⑤共に享受する発展

 公共サービスの供給を増やし、精確な貧困扶助・脱貧困を実施し、都市・農村の個人所得を増やし、合理的な所得分配構造を形成する。

(2)政策の5本柱

 従来は、マクロ政策を安定させ、ミクロ政策を活性化させ、社会政策で底固めするという3本柱であったが、今回5本柱に改められた。これにより「経済運営を合理的区間に維持しなければならない」とする。ポイントは以下のとおり。

①マクロ政策を安定させなければならない

 構造改革のために、安定したマクロ経済環境を作り上げなければならない。

②産業政策を正確に進めなければならない

 構造改革の方向性を正確に位置づけなければならない。

③ミクロ政策を活性化しなければならない

 市場環境を整備し、企業の活力と消費者の潜在力を奮い立たせなければならない。

④改革政策を実効あるものにしなければならない

 力を強めて改革達成を推進しなければならない。

⑤社会政策で底固めをしなければならない

 民生の最低ラインをしっかり守らなければならない。

(3)サプライサイド構造改革の5大任務

 習近平総書記は11月10日の党中央財経領導小組会議において、「総需要を適度に拡大すると同時に、サプライサイドの構造改革強化に力を入れ、供給体系の質・効率向上に力を入れ、経済の持続的な成長動力を増強し、わが国の社会生産力水準の全面的な飛躍実現を推進しなければならない」とし、「サプライサイド構造改革」は4大分野での政策にリンクさせるよう指示した。すなわち、①過剰生産能力の有効な解消、②コストの引下げ、③不動産在庫の解消、④金融リスクの防止・解消である。

 この後、エコノミストの間で「サプライサイド構造改革」が流行語となっていたが、「会議」は当初の4大任務を5大任務に増やして精緻化している。

 まず、「会議」はサプライサイド構造改革推進の意義を次のように説く。

①経済発展の新常態に適応しこれをリードするための重大な刷新である。

②国際金融危機発生後の総合国力競争の新情勢に適応するための主動的な選択である。

③わが国経済発展の新常態に適応するための必然的な要求である。

 その目的は、「要素配分の歪みを矯正して、有効な供給を拡大し、供給構造の適応性・柔軟性を高め、全要素生産性を高める」ことにあり、「主として生産能力削減・在庫削減・脱レバレッジ・コスト引下げ・不足補充の5大任務にしっかり取り組まなければならない」としている。

4.サプライサイド構造改革

 これが、今回の「会議」の目玉部分である。

(1)生産能力過剰を積極かつ穏当に解消する

 「法に基づき、破産・清算案件の審理を加速しなければならない」と、いわゆる「ゾンビ企業」の市場からの退出を明確にしている。ただ、「社会の安定維持と構造改革推進の関係を適切に処理しなければならない」という観点から、「できる限り多く合併再編を行い、破産・清算を少なくし、従業員の雇用をしっかり安定させなければならない」と、雇用の安定を重視している。破産・清算の結果、失業率が大きく上昇することになれば、経済は合理的区間から離れ、景気刺激政策を発動しなければならなくなるからである。

 また、「フロー(新規投資)を厳格に抑制し、新たな生産能力過剰を防止しなければならない」とし、安易な投資拡大を戒めている。

(2)企業のコスト引下げを支援する

 6分野での引下げ政策を打ち出している。

①制度的な取引コストの引下げ

政府機能の転換、行政の簡素化・権限の下方委譲、仲介サービスの整理・規範化。

②企業の税費用負担の引下げ

税の是正、各種の不合理な費用徴収の整理、製造業に係る増値税の税率引下げ。

③社会保険料の引下げ

年金・失業・医療・労災・生育保険と住宅公的積立金の簡素化・統合。

④企業の財務コストの引下げ

金融部門による金利が正常化した政策環境の創造。

⑤電力価格の引下げ

市場化改革の推進、石炭・電力価格の連動メカニズムの整備。

⑥物流コストの引下げ

流通体制改革の推進。

(3)不動産在庫を解消する

 次の政策により、不動産市場のテコ入れを図っている。

①戸籍制度改革を実施し、出稼ぎ農民を就業地で転籍させる(市民化)ことにより、彼らに就業地で住宅を購入・賃貸させ、新たな需要を創出する。

②住宅賃貸市場を発展させ、自然人と各種機関投資家に分譲住宅の在庫を購入させ、住宅賃貸を主業とする専業化した企業を発展させる。

③ディベロッパーに分譲住宅価格を適切に引き下げさせ、不動産業の合併再編を促進し、産業集中度を高める。

④時代遅れの住宅購入制限措置を取り消す。

(4)有効な供給を拡大する

 次の各政策が列挙されている。

①脱貧困を進め、貧困扶助の質を高める。

②企業の技術改造・設備更新を支援し、企業の債務負担を引き下げる。

③新産業を育成・発展させ、技術・製品・業態等のイノベーションを加速する。

④ソフト・ハードのインフラ不足を補充し、投資の有効性・精確性を高める。

⑤人への投資を強化し、労働者の市場環境への適応性を高める。

⑥食糧の安全を保障し、農民の所得の安定的な伸びを保障し、農業の現代化インフラ建設を強化する。

(5)金融リスクを防止・解消する

 次の各政策が列挙されている。

①デフォルトに対しては、法に基づき処置する。

②地方政府債務リスクを有効に解消し、債務の借換えを進め、全面的な政府債務管理を整備し、地方政府の債券発行方法を改善する。

③全方位の監督管理を強化し、各種資金調達行為を規範化し、金融リスクの特別対策を緊急に展開し、違法な資金調達が蔓延する勢いに断固として歯止めをかける。

④リスクのモニタリング・事前警告を強化し、リスク案件を適切に処理し、システミック・地域的なリスクを発生させない最低ラインを断固としてしっかり守る。

5.財政・金融政策

(1)財政政策

「積極的財政政策の力を強め、減税政策を実行し、財政赤字比率を段階的に引き上げて、必要な財政支出・政府投資を適切に増やすと同時に、主として減税がもたらす財政減収の補填に用い、政府が請け負うべき支出責任を保障しなければならない」とされている。

 上述のサプライサイド構造改革において「企業の税費用負担を引き下げる」とあるように、今回は減税に主眼が置かれており、減収分を補うために財政赤字の拡大が容認されているのである。2015年の全人代で、財政赤字比率はGDPの2.1%から2.3%に引き上げられたが、これが2016年の全人代では、さらに引き上げられることになろう。

(2)金融政策

 「穏健な金融政策を適度に柔軟にし、構造改革のために適切なマネー・金融環境を作り上げ、資金調達コストを引き下げ、流動性の合理的な充足と社会資金調達総量の適度な伸びを維持しなければならない」とされている。サプライサイド構造改革で「企業の財務コストを引き下げる」とあるように、金利の市場化をさらに徹底させ、企業の資金調達コストを適切に引き下げることが課題となっている。

このほか、「直接金融のウエイトを拡大し、貸出構造を最適化し、為替レート形成メカニズムを整備しなければならない」とされている。

6.改革の全面深化

 党5中全会決定では専ら、経済の新常態に適応する発展の新理念、小康社会の全面実現の方策が議論され、改革は余り話題にされなかった。しかし、2013年の党3中全会決定では、2020年までに改革の重要分野・カギとなる部分で「決定的成果」を挙げなければならないとされている。

「会議」はこれを補足し、「構造改革を推進する際には、改革の全面深化に依拠しなければならない。重要分野とカギとなる部分の改革を強化し、重大な牽引作用を備える改革措置を打ち出さなければならない」とする。改革の目玉としては、次の5項目が掲げられている。

①国有企業改革

 国有資本投資・運営会社の改組・設立、独占業種の改革。

②財政・税制改革

 中央・地方の権限と支出責任の区分、地方税体系の整備、地方の発展能力の増強、企業の負担軽減。

③金融体制改革

 資金調達機能が完備し、基礎制度がしっかりし、市場の監督管理が有効で、投資家の合法権益が十分保護される株式市場の形成。金融監督管理体制の改革、国有商業銀行改革、グリーン金融の発展。

④年金保険制度改革

 個人口座の整備、精算・均衡の堅持、統一的な企画。

⑥医薬・衛生体制改革

 基本の維持、末端の強化、大衆の医療難・医療費高問題の解決。

7.対外開放

 3項目が掲げられている。

①対外開放地域の配置最適化、対外貿易における輸出入の最適化の推進、外資の積極的利用、国際生産能力・装置製造協力の強化、自由貿易区・投資協定の協議加速、世界経済のガバナンスへの積極的参加。

②外資利用の環境改善、外資企業の合法権益保護、知的財産権の保護、内資・外資企業の同一視。

③「シルクロード経済ベルト・21世紀海のシルクロード」建設、アジアインフラ投資銀行・シルクロード基金等の機関による融資支援、重大なモデル的プロジェクトの達成。