【16-04】指導部の不協和音

2016年 5月24日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 3月の全人代では、李克強総理が、①政府活動報告を読んでいる際、汗だくであった、②何度も報告を読み間違えた、③報告終了後、習近平総書記が総理と握手をしなかった、等の報道があり、両者の不協和音が憶測された。

 本稿では、そのような表象的なことではなく、「サプライサイド構造改革」の内容をめぐる両者の見解の相違と、その調整・修復のプロセスを追ってみたい。

1.全人代における2つの「サプライサイド構造改革」

(1)5大任務をめぐる論点

 昨年11月に習近平総書記が提起し、12月の中央経済工作会議で決定されたサプライサイド構造改革の5大任務は、①過剰生産能力削減、②不動産在庫削減、③脱レバレッジ、④企業のコスト引下げ、⑤不足の補充(有効供給の拡大)であった(ただし、11月に当初提起されたときは、4大任務であり、⑤はなかった)。

 しかし、このうち①・②・③は、2009-10年に発動された大型景気刺激策の後遺症の後始末であり、目新しいものではない。サプライサイド構造改革の目的は、そもそも全要素生産性を高め、潜在成長率を引き上げることにあるので、本来であれば、そのための政策(たとえば規制緩和・イノベーション)が中心となるはずである。

 しかも、サプライサイド構造改革と、2013年党3中全会の「改革の全面深化」との関係がはっきりしなかった。本来であれば、過剰生産能力の大半は国有企業が抱えているので、その解消は国有企業改革・民間活力の導入と一体で行うべきであるが、中央経済工作会議の表現では、まずは過剰生産能力削減を優先し、国有企業改革を先送りするようにも読めたのである。だとすれば、これは改革派にとって大きな後退となる。

(2)全人代政府活動報告における6大任務

 このため、今年1-2月に、エコノミストの間でサプライサイド構造改革の具体的中身について、かなり激しい論争が展開されたようである。

 結果として、李克強総理が3月の全人代に提出した「政府活動報告」で示されたサプライサイド構造改革の中身は、①行政の簡素化・権限の下方委譲、②全社会の起業・イノベーションの推進、③過剰生産能力解消と企業のコスト削減、④財・サービスの供給改善、⑤国有企業改革の推進、⑥民間活力の導入、の6項目が掲げられた。

 他方、国家発展・改革委員会が提出した「経済報告」で示されたサプライサイド構造改革の中身は、中央経済工作会議で決定された5大任務が忠実に再現された。政府活動報告と中央経済工作会議・経済報告の内容に齟齬が生じたのである。

 このような事は1年前には考えられなかった。昨年の政府活動報告政府案では、習近平総書記の唱える「4つの全面」(小康社会の全面的実現、改革の全面的深化、法治の全面的推進、党に対する全面的な厳しい統治)のうち、小康社会・改革・法治の3つだけが盛り込まれていた。党に対する統治は、政府の問題ではないと考えられたからであろう。しかし、李克強総理は全人代初日、報告読み上げの直前に慌てて習近平総書記と相談し、「印刷ミス」と称して「党に対する統治」を口頭で付け加えた。それほど昨年は習近平総書記の表現に忠実であったのに、今回は大きく異なる内容を提起したのである。おそらく、全人代出席者は混乱したであろう。

2.人民日報5月9日付「権威人士」インタビュー

 しかし、経済論理的に考えると、習近平総書記の5大任務よりも、李克強総理の6大任務の方が本来の目的にかなっている。このため両者の関係を急いで調整する必要があった。その途中段階で出てきたのが、5月9日に突然「人民日報」に発表された「権威人士」の長大なインタビューであろう。

 その後、最終決着が中央財経領導小組の場で図られたことからすれば、このロングインタビューは弁公室の劉鶴主任、楊偉民副主任、易綱副主任の共同執筆であった可能性がある。このインタビューには、レバレッジなど金融に関する部分も多く含まれており、相対的に金融に弱い国家発展・改革委員会関係者だけでは執筆できなかったと思われるからである。

 一部の報道では、これは習近平総書記サイドが李克強総理を批判したものだとしているが、筆者はそうは考えていない。このインタビューは、李克強総理の考え方にも十分配慮した内容となっているからである。それは、以下の点である。

(1)経済の見方

 権威人士は、今後の経済動向について、L字型であり、U字型やV字型の急回復はないとしている。これをもって、李克強総理が「経済が好転している」と日頃述べていることを批判したものとの見方があるが、これはおかしい。

 そもそも経済の先行きをL字型と最初に述べたのは、国家統計局である。1-3月期のGDP成長率発表の記者会見において、スポークスマンが初めて公的に指摘したのであり、この点、党と政府に認識の違いはない。

 李克強総理は、対外向けの演説では、中国経済への過度な懸念を払拭するため、やや楽観的な見通しを述べる傾向があるが(たとえば、3月24日のボアオ会議演説)、政府活動報告では、「2016年のわが国の発展が直面する困難は更に多く、更に大きく、試練は更に峻厳だ」とし、「経済の下振れ圧力は増大している」と述べているのである。

 そもそも、李克強総理の政策方針は、雇用がひどく悪化しない限り短期的な景気刺激策を発動せず、構造改革・構造調整を推進するという立場であり、これで経済がV字・U字型に急回復することは難しい。

(2)政策のトーン

①マクロ政策について、「わが国の雇用情勢は全体として落ち着き、大きな変動は起きていない」し、「『バラマキ』という拡張方式で、経済にカンフル注射をし、短期的に盛り上がった後、経済がますます悪くなるのを避けるべき」だとして、当面雇用が安定していれば短期的な景気刺激策を打たない方針を示している点、

②金融政策において、「マネーサプライの拡大による経済成長刺激の限界効果が逓減している状況下では、金融緩和の上乗せによって経済成長を速め、分母を大きくしてレバレッジを下げられるという幻想を完全に捨て去るべきだ」と、安易な金融緩和を否定している点、

③ゾンビ企業について、「破産・清算を少なくするが、確かに救いようのない企業については、閉鎖すべきものは断固として閉鎖し、破産すべきものは法によって破産させるべきで、安易に『債務の株式転換』をやってはならず、『無理にくっつける』式の再編をやってはならない。そうするのはコストが大きすぎるし、自分をごまかし他人もごまかして、早晩大きなお荷物になる」という厳しい言い方をしている点、

④生産性向上において、企業家、イノベーション人材、各レベル幹部の役割を重視している点、

は、いずれも李克強総理・改革派の見解と一致している。

(3)用語

①「バラマキ」を示す言い方として、「大水漫灌」という灌漑の方式で例えている点、

②経済政策への決意の固さを示す言い方として、「咬定青山」(竹の根が岩山に食い込むような努力)という漢詩の表現を使用している点、

は、いずれも李克強総理の日頃の言い振りを反映している。

3.2つの小組会議

(1)中央財経領導小組会議(5月16日)

5月16日、習近平総書記は中央財経領導小組会議を開催し、サプライサイド構造改革の実施と中等所得層の拡大を検討した。会議において、習近平総書記は次のように語っている。

 「サプライサイド構造改革の

①根本目的は、供給の質を高め需要を満足させ、人民の日増しに増大する物質・文化需要を供給能力によって更に好く満足させることである。

②主たる攻め口は、無効な供給を減らし、有効な供給を拡大し、需要構造に対する供給構造の適応性を高めることであり、当面の重点は『過剰生産能力削減・不動産在庫削減・脱レバレッジ・企業のコスト引下げ・不足の補充』という5大任務の推進である。

③本質的な属性は、改革の深化であり、国有企業改革を推進し、政府の機能転換を加速し、価格・財政・税制・金融・社会保障等の分野の基礎的改革を深化させることである」。

(2)中央改革全面深化領導小組会議(5月20日)

 会議では、サプライサイド構造改革について、次のように強調した。

 「サプライサイド構造改革を推進することは、改革を全面深化する決意への重要な検証である。改革には陣痛があるが、改革しなければ痛みは長引くという道理を認識しなければならない。各種の矛盾について心の中で了解し、改革への力の入れ具合を増強し、改革の時間的タイミングをしっかり掴み、改革を見定めたらとことん取り組み、必勝しなければならない。

 国有企業、財政・税制・金融、価格制度、農業・農村、対外開放、社会保障、生態文明等の分野の基礎的改革を加速し、カギとなる改革措置を早急に打ち出さなければならない。『過剰生産能力削減、住宅在庫削減、脱レバレッジ、企業コスト引下げ、不足補充』の個別案を制定し、項目ごとに実施にしっかり取り組まなければならない。現段階で打ち出した短期的コントロール手段も改革目標と一致させるよう注意し、完備された体制メカニズムの形成を推進しなければならない。改革の監察に早急にしっかり取り組み、監察方案を実施するだけでなく、監察責任をも全うしなければならない」。

4.まとめ

 5月16日の中央財経領導小組会議では、双方の主張がうまく取り入れられた。サプライサイド構造改革の「本質的属性」は改革の深化であるとされ、「国有企業改革の推進、政府機能の転換の加速、価格・財政・税制・金融・社会保障等の分野の基礎的改革の深化」が列挙されたことにより、改革派は一応安堵したことであろう。この直後、李克強総理は5月18日の国務院常務会議で、素早く国有中央企業の改革を打ち出している。他方、5大任務が「当面の重点」とされたことにより、経済政策の最高指導者としての習近平総書記のメンツも十分保たれているのである。

 これを受け、5月20日の中央改革全面深化領導小組会議でも、改革の全般的加速が確認された。これにより、5ヵ月続いた両指導者の不協和音も、とりあえず終息した形になったのである。


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