田中修の中国経済分析
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【16-06】7-9月期のGDPと指導部の経済情勢判断

2016年11月 8日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 7-9月期のGDP成長率が発表され、経済に大きな基調的変化がないことが明らかとなった。本稿では、李克強総理の経済情勢判断、党中央政治局が示した今後の経済政策を紹介する。

 

1.1-9月の主要経済指標

(1)GDP

 2016年1-9月期のGDPは52兆9971億元であり、実質6.7%の成長となった。1-3月期は6.7%、4-6月期は6.7%、7-9月期は6.7%である。このように、3つの四半期が全て同じ成長率であるため、海外では中国のGDP統計の信憑性を疑う向きもあるが、これは前年同期比の成長率であり、前年同期比は前期比に比べ変化に乏しいのが一般的である。

 先進国と同様の前期比成長率では、2016年1-3月期1.2%、4-6月期1.9%、7-9月期1.8%と試算されており、かなり四半期ごとの変化が大きい。1-3月期の成長率は年率換算では約4.8%と5%にも達していないが、これは3月の全人代で予算と第13次5ヵ年計画要綱が承認されるまで、新規の重大プロジェクトが立ち上げられなかったからである。4月からは、予算の前倒しとプロジェクト着工が相次いだため、成長率は年率換算で4-6月期約7.6%、7-9月期約7.2%と伸びている。

 付加価値に占める3次産業のウエイトは52.8%(前年同期より1.6ポイント上昇)、2次産業は39.5%、1次産業は7.7%であり、3次産業のウエイトが高い。また、需要項目別の成長率への寄与率でみると、最終消費は71.0%(前年同期より13.3ポイント増)、資本形成は36.8%、純輸出(輸出-輸入)は-7.8%であり、消費の成長率への寄与が大きかった。

(2)物価

①消費者物価

 6月1.9%→7月1.8%→8月1.3%→9月1.9%と推移している。9月の上昇は、台風の影響で生鮮野菜が前月比10.7%上昇したことが大きい。今後は秋の収穫期となるので、消費者物価は落ち着いてこよう。

②工業生産者出荷価格

 6月-2.6%→7月-1.7%→8月-0.8%→9月0.1%と、9月は連続54ヵ月の下落傾向が収束し、2012年3月以来初めてマイナスからプラスに転じた。これは、工業生産の回復傾向を示唆するものと思われる。

③住宅価格

 9月の全国70大中都市の新築分譲住宅販売価格は前月比6都市が低下(8月は4)し、1都市が同水準(8月は2)であった。上昇は63である(8月は64)。前年同月比では、価格が下落したのは6都市(8月は6)であった。同水準は0(8月は2)、上昇は64(8月は62)である。

 7月まで頭打ち傾向にあった新築住宅価格が前月比上昇した都市が、8月に再び増加に転じたため、住宅バブル再燃が懸念されたが、多くの都市が9月に住宅購入抑制策を打ち出し、不動産取引が通常活発になる9月・10月の取引は盛り上がりに欠けている。

(3)工業

 6月6.2%→7月6.0%→8月6.3%→9月6.1%と6%強の伸びが続いている。特に昨年10月からの排気量の低い車への税制優遇策により、9月は自動車31.5%増(うち乗用車29.9%増、SUV車51.5%増、新エネルギー車66.7%増)と、自動車生産の好調が続いている。

(4)消費

 6月10.6%→7月10.2%→8月10.6%→9月10.7%と、比較的安定している。9月の自動車販売は13.1%増である。また、1-9月期の全国インターネット商品・サービス小売額は前年同期比26.1%増と、依然好調である。

(5)投資

 都市固定資産投資は、1-6月期9%→1-7月期8.1%→1-8月期8.1%→1-9月期8.2%と、下げ止まり傾向がみられる。これは、①インフラ投資が19.4%増と依然高い伸びであること、②不動産開発投資が1-6月期6.1%→1-7月期5.3%→1-8月期5.4%→1-9月期5.8%と、多少持ち直していること、③民間固定資産投資が1-6月期2.8%→1-7月期2.1%→1-8月期2.1%→1-9月期2.5%と、下げ止まってきていることが理由であろう。

(6)外需

 輸出は、6月-4.8%→7月-4.4%→8月-2.8%→9月-10.0%、輸入は6月-8.4%→7月-12.5%→8月1.5%→9月-1.9%と、いずれもマイナス傾向であるが、輸入のマイナス幅の方が狭まっている。このことが、外需(純輸出)の成長率への寄与率をマイナスにしているのである。

(7)雇用

1-9月期の新規就業者増は1067万人(年間目標1000万人以上)と、年間目標を前倒しで達成した。 9月末の都市登録失業率は4.04%(目標は4.5%以内)である。また、農村戸籍者も加えた9月末の全国31大都市の調査失業率は5%未満で、2013年6月以降はじめて5%を下回った。7-9月期100都市の有効求人倍率も、1.10と好調である。

(8)所得

 1-9月期の都市住民1人当たり平均可処分所得は、前年同期比実質5.7%増加した。農民1人当たり可処分所得は、同実質6.5%増加した。農民の収入の伸びが都市住民の収入の伸びを上回っており、都市・農村1人当たりの可処分所得格差は、2.82:1と前年同期より0.01ポイント縮小している。

ただ、都市と農村を合せた全国住民1人当りの可処分所得は実質6.3%増と、成長率を下回った。国家統計局は1人当たりGDPの伸びとは同歩調と強調するが、この開きが拡大すれば、労働分配率の低下、さらには消費への悪影響につながりかねない面がある。

2.李克強総理の経済判断(10月11日)

李克強総理は10月11日、マカオで開催された「中国―ポルトガル語圏国家経済貿易協力フォーラム」の開幕式で演説を行った(新華社マカオ電2016年10月11日)。ここで、彼は7-9月期の経済について、次のように語っている。

(1)全体的評価

 「7-9月期に入り、中国経済は上半期の発展の勢いを持続させたのみならず、少なからぬ積極的変化も出現した。消費・サービス業の経済成長に対する寄与率は着実に高まっており、前期に疲弊・下降が出現したいくらかの重要指標は安定・好転している。その中、工業の伸び、企業の収益、投資は安定化・反転上昇傾向にあり、とりわけ民間投資は下げ止まり安定し、社会の予想も新たな改善をみた。

 総じて言えば、今年に入り、とりわけ7-9月期に至り、中国経済の運営は予想よりも好く、とりわけ雇用は基本的安定を維持している。今年1-9月期の新規就業者増は1067万人であり、過去3年間の毎年新規就業者増が1300万人を超える勢いを維持している。9月の31大都市調査失業率は5%を下回ったが、これは近年で初めてのことである。中国のような13億余りの人口を抱える発展途上国からすれば、雇用が第一位であり、我々の安定成長は、主として雇用を維持し、民生を優遇しなければならない」と、雇用情勢が予想以上に良好であることを強調する。

 そして、このような経済の好転の背景として、「『バラマキ』の強い刺激に頼らず、改革開放に依拠し、マクロ・コントロールの方式を積極的に刷新し、サプライサイド構造改革の推進に力を入れ、新旧の発展動力エネルギーの接続・転換を加速した結果である」としている。

 ただ、「成果を見ると同時に、中国経済はなお下振れ圧力に直面しており、経済の平穏な運営を維持し、総需要の強さを維持するのみならず、サプライサイド構造改革を早急に推進し、供給体系の質・効率向上に力を入れなければならないことをも見て取らねばならない」とも付言する。

(2)債務リスク

 また、中国の債務リスクについては、地方政府の借換え地方債の発行は順調に進んでおり、「我々が直面しているレバレッジ率の問題は、主として非金融企業のレバレッジ率がかなり高いことである」とする。

 しかし、これについては、「現在、中国の金融政策は穏健であり、流動性は合理的な充足を維持している。商業銀行の自己資本比率と引当金カバー率は比較的高く、不良債権がある程度上昇しているものの、世界の平均水準よりはるかに低く、リスクの補填・損失の吸収能力がかなり強い。さらに我々は、様々なレベルの資本市場の発展、直接金融のウエイトの引上げ、企業の合併再編の推進等のルートを通じて、非金融企業のレバレッジ率を徐々に引き下げ、リスクの隠れた弊害を解消する」とし、「中国の債務リスクはコントロール可能である」と説明している。

(3)結論

 そして、「我々は、今年の経済社会発展主要目標を実現する自信と能力があり、システミック・地域的な金融リスクを発生させない最低ラインをしっかり守り、来年の経済が引き続き安定・好転するための基礎を打ち固める決意を有している」とし、中期的にも、「中国経済の発展の潜在力・優位性・挽回の余地は広範であり、我々は中国経済の中高速成長を維持し、ミドル・ハイエンド水準に邁進させる能力を完全に有する」と結んでいる。

3.党中央政治局会議(10月28日)

 10月28日、習近平総書記は党中央政治局会議を開催し、当面の経済情勢と経済政策について分析・検討した(新華社北京電2016年10月28日)。

(1)全体的評価

 「1-9月期、わが国の経済運営は総体として平穏であり、構造調整は積極的な進展を得て、ハイテク産業の発展は迅速であり、サービス業は引き続きかなり速く成長し、金融市場は平穏に運営され、改革開放は不断に深化され、グリーン発展の成果は顕著である。都市新規就業者増は予想よりも好く、都市・農村個人所得と経済成長は協調を維持し、社会の大局は安定を維持している」と肯定的に評価している。

 しかし、「同時に、経済動向は引き続き分化しており、地域・産業・企業の間の成長情況の差異がかなり大きく、経済運営における矛盾・問題は依然かなり多い。我々は矛盾と問題を正視し、戦略的な力の入れ具合を安定させ、経済ルールに則って事をすすめ、各政策を着実にしっかりと行わなければならない」と付言している。

(2)当面の経済政策

 「引き続き総需要の適度な拡大を堅持し、サプライサイド構造改革の推進を主線として、予想の誘導を重視し、政策の組合せを深化・細分化・具体化し、政策の実施を強化し、今年の経済社会の発展予期目標の実現を確保し、第13次5ヵ年計画実施の良好なスタートを確保しなければならない」とし、次の7項目の政策を示した。

①積極的財政政策を有効に実施し、財政の合理的な支出を保証し、特別困窮地域と困窮省への支援を強化しなければならない。

②穏健な金融政策を堅持し、流動性の合理的な充足を維持すると同時に、資産バブルの抑制と経済金融リスクの防止を重視しなければならない。

③サプライサイド構造改革の各任務を実施し、年度重点改革任務を早急に達成しなければならない。

④良好な発展の予想を創造し、財産権の保護を強化し、市場メカニズムの円滑化政策をしっかり実施しなければならない。

⑤投資の安定化傾向を強固にし、消費の平穏な伸びを推進し、対外貿易の改善を促進しなければならない。

⑥困窮者が生産生活において遭遇する問題の解決を支援し、遅滞なく社会の矛盾を解消し、社会の大局的安定を擁護しなければならない。

⑦安全生産活動をしっかり行い、責任意識を強化し、政策実施にしっかり取り組み、安全面での隠れた弊害を除去しなければならない。

4.むすび

 このように、7-9月期の主要経済指標をみると、雇用・消費は安定しており、投資は下げ止まりの傾向を示し、自動車の生産・消費が回復している。ただ、個人所得の伸びの鈍化、貿易黒字の縮小の懸念があるので、経済の「L字型」の基調は依然続いているといえよう。

 住宅バブル再燃の懸念については、李克強総理が「地方政府の主体的責任を強化し、土地・都市に応じた施策を行い、庶民の基本的住宅需要を保障し、国情と都市の特色に符合した有効な措置を採用して、不動産市場の平穏で健全な発展を促進する」とし、党中央政治局会議も「資産バブルの抑制」を強調しており、10月に入り住宅市場はやや沈静化している。

 非金融企業のレバレッジ率については、「ゾンビ企業」の淘汰など経済の構造改革・構造調整を進める中で、これを急速に引き下げることは難しいと思われるが、直ちに金融機関の経営危機が発生する情況でもなく、時間をかけて処理していくしかないものと思われる。むしろ、余りに債務リスクを強調することは、大型景気対策を望み、構造改革・構造調整をきらう反対派を勢いづける結果となりかねず、慎重な態度が必要である。