田中修の中国経済分析
トップ  > コラム&リポート 田中修の中国経済分析 >  File No.19-02

【19-02】2019年政府活動報告のポイント(その1)

2019年4月9日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏 :奈良県立大学特任教授
ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年10月~東京大学EMP講師。2 018年4月~奈良県立大学特任教授。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。このうち、2019年の経済政策関連部分の主要なポイントは以下のとおりである。

1.2018年の回顧

 冒頭で、「わが国の発展は、長年あまりなかったような内外の複雑・峻厳な情勢に直面しており、経済には新たな下振れ圧力が出現した」とする。

 中国が直面するものは、①「深刻に変化した外部環境」であり、「経済のグローバル化は曲折に遭遇し、マルチ主義は衝撃を受け、国際金融市場は動揺し、とりわけ米中経済貿易摩擦は、いくらかの企業の生産・経営、市場の予想に不利な影響をもたらした」と米中経済摩擦の影響を認めている。

②「経済転換の陣痛が際立った峻厳な試練」であり、経済の困難の主たる原因は、国内要因であるとする。これは米国への配慮であろう。「新旧の矛盾が交錯し、周期的・構造的問題が相乗し、経済運営は安定の中で変化があり、変化の中で憂いがある」とする。

③「ジレンマや多くの困難な問題が増大する複雑な曲面」であり、「安定成長の実現・リスク防止等の多重の目標の実現、経済社会の発展のための多くの任務の達成、当面と長期等の多様な関係をうまく処理することは、政策の選択と施策の推進の難度を顕著に増大させている」とする。これは、リレバレッジと安定成長の維持の両立の難しさ等を念頭に置いているのであろう。

 これだけの困難に直面しながらも、報告は「わが国の経済発展は、高いベースの上で総体として平穏であり、安定の中で前進があり、社会の大局は安定を維持した」と、容易ならざる成績をおさめたとする。そして、この成績は、①習近平同志を核心とする党中央の堅固な指導の結果であり、②習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想による科学的指導の結果であり、③全党、全軍、全国各民族・人民の団結・奮闘の結果である、とし、習近平総書記の果たした役割の大きさを強調している。

2.経済社会の抱える問題・試練

 報告は、主なものとしては、次の点を指摘する。

①世界経済の成長が鈍化し、保護主義・自国優先主義が激化し、国際大口取引商品価格が大幅に変動し、不安定・不確定要因が顕著に増加し、外部からの輸入性リスクが上昇している。輸入性リスクは、主に米中経済摩擦・欧州の経済不振を示唆していると思われる。

②国内経済の下振れ圧力が増大し、消費の伸びが減速し、有効な投資の伸びが力を欠いている。

③実体経済の困難がかなり多く、民営、小型・零細企業の資金調達難・資金調達コスト高の問題が、なお有効に緩和されておらず、ビジネス環境と市場主体の期待になお大きな開きがある。

④自主的なイノベーション能力が強くなく、カギ・コアとなる技術の脆弱問題が際立っている。

⑤一部の地方財政収支の矛盾がかなり大きく、金融等の分野のリスクの隠れた弊害が、依然として少なくない。

⑥貧困地域の脱貧困の堅塁攻略の困難がかなり多い。

⑦生態保護・汚染対策の任務が依然として繁雑で荷が重い。

⑧教育、医療、高齢者ケア、住宅、食品・薬品の安全、所得分配等の方面において、大衆にはなお少なからぬ不満なところがある。

⑨政府の活動に不足があり、いくらかの改革・発展措置が十分に実施されず、形式主義・完了主義が依然として際立ち、監査・検査・考査が過剰・頻繁に過ぎ、活動記録を重視し実績を軽視し、末端の負担を加重している。

⑩少数の幹部が行政に怠惰となっており、いくらかの分野の腐敗問題が、依然多く発生している。

3.2019年経済社会発展の総体要求と政策方針

 報告は、「2019年は中国成立70周年であり、小康社会を全面的に実現し、第1の百年奮闘目標を実現するカギとなる年である」とする。

3.1 総体要求

 指導思想として従来必ず頭出しされていた、「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、『3つの代表』重要思想、科学的発展観」が全て消去され、「習近平思想」のみとなった。また、中央経済工作会議以来、2019年の経済政策のキーワードとされている、「5つの堅持」(①安定の中で前進を求めるという政策の総基調を堅持し、②新発展理念を堅持し、③質の高い発展を推進することを堅持し、④サプライサイド構造改革を主線とすることを堅持し、⑤市場化改革の深化・ハイレベルの開放拡大を堅持しなければならない)「6つの安定」(雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想を一層安定させる)が盛り込まれた。

 2019年は建国70周年という政治イベントがあるため、「社会の大局的安定」が重視される。

3.2 内外情勢

 「2019年、中国の発展が直面する環境はより複雑、より峻厳であり、予想できるリスク・試練と予想し難いリスク・試練が、より多く、より大きくなっている」としながらも、「中国の発展はなお重要な戦略的チャンスの時期にあり、十分な強靭性・巨大な潜在力・不断に前進するイノベーション活力があり、人民大衆が追求する素晴らしい生活への願望は十分強烈である」として、「我々は各種困難・試練に戦勝する確固たる意志と能力があり、経済が長期に好い方へ向かう趨勢は変わっていないし、変わることはない」と、経済の先行きに強気の姿勢を示している。

3.3 2019年の経済社会発展の主要な予期目標

(1)経済成長:6%~6.5%(2018年は6.5%前後、実績は6.6%)

 成長目標が下方修正されたが、国家発展・改革委員会の経済報告は、次の点を考慮したとする。

①経済運営における不安定・不確定要因を十分推し量った。同時に、経済成長の季節的変動を考慮し、区間式予期目標を採用し弾力性を増した。

②合理的な経済成長速度を維持する目的は、市場の予想安定に資する。

③現在のわが国の経済成長の潜在力に合致している。

(2)雇用

①都市新規就業増:1100万人以上(2018年は1100万人以上、実績は1361万人)

 経済報告は、「2019年の新たな都市労働力の就業需要増と、生産能力削減に伴う従業員の転職、失業者の再就職、農村からの労働力の移転就業のために一定の余地を残すものである」と説明している。ただ、後述のとおり、この目標は実質かさ上げされている。

②都市調査失業率:5.5%前後(2018年は5.5%以内、実績は12月末全国都市調査失業率4.9%、31大都市調査失業率4.7%)

 経済報告は、「主として、輸出入の国際経済環境の不確定さの影響と大学卒業生増加等の要因を考慮したものである」と説明している。

③都市登録失業率:4.5%以内(2018年は4.5%以内、実績は12月末3.8%)

(3)消費者物価上昇率:3%前後(2018年は3%前後、実績は2.1%)

3.4 マクロ政策の方針

 マクロ政策に積極的財政政策・穏健な金融政策と並ぶ項目として、「雇用優先政策」が新たに加わった。それほどに雇用の安定は重要なのである。

(1)積極的財政政策:力を強め効果を高めなければならない

 2019年度の財政赤字の対GDP比率は2.8%とされ、2018年度の2.6%より0.2ポイント高められた。報告は、財政赤字の対GDP比率を「適度に」引き上げた理由として、「財政収支・特別債券の発行等の要因を総合的に考慮するとともに、今後出現する可能性があるリスクに対応するため、政策余地を留保することをも考慮した」と説明している。特別地方債は、収益性のあるプロジェクトの資金に用いられるため、地方政府の債務にはカウントされない。このため、債務リスク軽減と両立が可能となる。財政赤字の対GDP比率を一気に3%に戻さなかったのは、今後の米中経済摩擦の行方しだいで、景気対策を発動できる余地を残そうとしたのであろう。

(2)穏健な金融政策:緩和と引締めを適度にしなければならない

 金融政策の表現から「(景気)中立性維持」が落とされた。また、2018年の流動性の合理的な「安定」が「充足」に置き換えられている。これからすれば、2018年より金融政策が緩和気味に運営されることは明らかであるが、それは「バラマキ」ではなく、重点は民営、小型・零細企業の資金確保にある。さらに、従来M2と社会資金調達規模の目標は具体的数値が定められることが多かったが、今回は名目成長率に合わせることとされた。

 なお、人民銀行の易綱行長は3月10日の記者会見において、「中立性」が落ちたことにつき、「実際上、穏健な金融政策の中身に変化はない」とし、「緩和と引締めを適度」の意味は、M2と社会資金調達規模の伸びを大体名目成長率に一致させることである、と説明している。

(3)雇用優先政策:全面的に力を発揮しなければならない

 「雇用は民生の本であり、富の源である。2019年は、初めて雇用優先政策をマクロ政策のレベルに置いたが、その趣旨は、各方面が雇用を重視し、雇用を支援する方針を強化することにある。当面及び今後一時期、中国の雇用総量圧力は減らず、構造的矛盾は際立ち、新たな影響要因も増加しており、雇用をより際立てて位置づけなければならない」とし、2019年、新規就業者増については、予期目標を実現する基礎の上で、ここ数年の実際規模に達するよう努力しなければならない、とした。

 「合理的区間」の中で李克強総理は、下限としての雇用指標を最も重視している。これまで新規就業増目標は例年超過達成されていたので、1100万人を達成するだけでは実質減となる。このため、雇用目標は超過達成が必要とされているのである。

3.5 政策の留意点

(1)国内と国際の関係を統一的に企画し、精神・パワーを集中して自身の事柄をしっかり処理しなければならない

 ここでは、「発展は絶対の道理である」という鄧小平理論の考え方と、「発展は科学的発展と質の高い発展という戦略思想でなければならない」という、胡錦濤の「科学的発展観」及び習近平思想の「質の高い発展」を、共に「いささかも動揺することなく堅持しなければならない」としている。つまり、冒頭で指導思想から消去された鄧小平理論と科学的発展観が、ここで復活しているのであり、結果的にはマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、江沢民の「3つの代表」重要思想が完全に消去されているのである。

 また、「試練に大胆に対応し、危機をうまくチャンスに変え、発展の主動権をしっかり把握しなければならない」とし、経済の減速と米中経済摩擦を契機として、改革・開放を進める姿勢を示している。

(2)安定成長とリスク防止の関係をうまくバランスさせ、経済の持続的で健全な発展を確保しなければならない

 まず「当面の経済下振れ圧力が増大する情況の下、政策・施策・措置を打ち出す際には、予想の安定・安定成長・構造調整に資するものでなければならず、リスク防止はテンポ・程度をしっかり把握し、引締め効果が相乗作用をもたらすことを防止し、決して経済を合理的区間から滑り落としてはならない」とする。これは、2018年前半、金融当局が債務比率削減に拘泥するあまり、シャドーバンキング・銀行の理財業務を厳しく規制した結果、民営企業、小型・零細企業の資金調達難をもたらし、経済の減速を加速させたことへの反省である。

 しかし、「同時に、目の前にだけとらわれ、長期の発展に損害を与える短期の強い刺激政策を採用し、新たなリスク・隠れた弊害を生み出してはならない」と2009-10年のような大型景気刺激策の発動には慎重な姿勢を示している。

(3)政府と市場の関係をうまく処理し、改革・開放に依拠して市場主体の活力を奮い立たせなければならない

 「市場主体に活力があってこそ、内生的発展動力を増強し、経済の下振れ圧力を耐え抜くことができる。改革・開放を大いに推進し、統一し開放され、競争が秩序立った現代市場システムの確立を加速し、市場参入を緩和し、公正な監督管理を強化し、法治化・国際化・円滑化されたビジネス環境を作り上げ、各種市場主体をより活躍させなければならない」とする。これは、市場化改革を一層進めることの意思表示である。

その2へつづく)