【15-03】〝爆買い〟と反日

2015年 7月 7日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週間ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 日本のメディアに占める中国の話題のほとんどが、中国人観光客による〝爆買い〟になって久しい。この現実を受けて日本国内の対中感情も緩み、日中の首脳会談も何とか実現したことで中国人の反日感情もすっかり影を落としたかに見える。日本の雑誌の見出し、「中国人は、本当は日本が好きなんだ」といった見出しを見ることも珍しくなくなった。

 だが、果たして本当に中国人は隠していた心を解放するように日本贔屓になったのだろうか。

 答えは残念ながら「ノー」だ。

 日本人と中国人を比較したとき、大きく違うのがこの点でもある。好きになれば全肯定、嫌いになれば全否定というように、感情をすっかり入れ替える日本人に対して、中国人は好きと嫌い、肯定と否定を心の中に併存させることができる。「それは、それ」という考え方で、使い分けているのだ。

 私は80年代半ばの留学生であり、結果からすれば一般の中国人の対日感情が最も良かった時代と重なっている。よってほとんどの中国人は親しみを持って接してくれたように記憶している。

 だが、そんな時代でも言葉一つ間違えて使ったことで突然烈火のごとく怒り出し、日本の過去の問題で長々と攻められるということも少なくなかった。そして、また後でけろりとして話しかけてくるのだ。

 個人のレベルがこれなら、国という単位でも状況は変わらない。中国という国には常に厳しい反日と比較的日本に好意的な人々がいるからだ。

 実は、〝爆買い〟に来る中国人は比較的日本に好意的、もしくはそもそも興味がない人々が多いのだ。

 こうした人々は反日デモが燃え盛っていた時期には、一緒に騒ぐことなくただ家の中にいただけのことだ。

 その反対に、いま対日感情が全体的に緩んでいるなかでも反日の動きは、まだまだ健在なのだ。

 それは日本で〝爆買い〟どころか、海外旅行すら夢のまた夢、一生かかってもできないほど貧しい貧困層を中心に根強くあるものなのだ。

 貧しい人々のなかに排外的な感情が育ちやすいという傾向はどこの国にも見られるが、中国もその例外ではないということだ。そして、日本人がそうした人々と接点を持つ機会も少ないため、たとえ中国に暮らしていても日常の生活のなかで彼らの感情に触れることはあまりない。そのため騒ぎが起きたときに、突然、自分たちがそんな憎まれていることを知って衝撃を受けるのだ。

 そしていまも反日は田舎や貧しい層の人々の間にしっかりと根を張っている。そんな痕跡とも思われる記事を新華社が配信したのは6月16日のことだ。

 新華ネット上に残れた記事のタイトルは、〈総局(中国電波映画テレビ総局)が取り調べ 女性の股間に手りゅう弾を隠して攻撃する反日劇 新華社が連続して3回も批判文を掲載〉である。

 中身はタイトルのそのまま。トンデモ映画や劇、ドラマが量産され続けられている現状に、党の意向を受けたメディアの堪忍袋の緒が切れたという構図だ。記事では、「人としての倫理にも、史実にも符合せず、ただ公共の理性に挑戦する作品だ」と厳しい言葉が使われている。

 抗日ドラマが党のグリップの強いメディアに批判されるのは2年前にもあった。武術の達人が日本兵を素手でスルメのように真っ二つに割いたり、空飛ぶ爆撃機を地上から投げた手りゅう弾で撃ち落したり……。

 こうした作品のほとんどは〝商業的反日〟が目的で思想的な背景はむしろないのだが、つまりそれは反日そのものが商売になることを意味している。それを証明するように、どんなに批判されても反日劇・ドラマ・映画はなくならない。

 4月15日、中国吉林ネットが掲載した『法政晩報』の記事のタイトルには、〈日本鬼子役を演じた端役の役者は4年間で6000回死んだ〉というもの。ニーズはかたいのである。

 では、反日の原点は何なのか。それをたどってゆくと、両国の間に生まれた「ゼロサム」の思考に到達する。日本にある嫌中感情も根っこは同じなのかもしれない。

 その思考がいまも健在であることを思わせる記事が見つかるのは、財経綜合報道(5月26日)だ。タイトルは、〈中国制造能超越日本制造吗? (中国製が日本製を超える日は来るのか?)〉である。

 経済において日中をライバル関係と単純に位置づけ対立させる構図だ。最終的に中国優位としているが、その理由については、〈これは単に勢いの問題ではない。日本の製造業はいま学ぶ力が衰えている。それに比べて中国は依然として強くなることに貪欲で勝負強い〉としている。

 ただ、真面目な分析家といえば首をひねりたくなる。文章の最初の小見出しには〈(中国のモノ造りは)日本を超えるだけではない。世界の覇者となるのも時間の問題〉とあるのを見れば、またまだこうした手法で読者の関心を引くことが通じるのだとため息の出る思いだ。

 一昨年秋ごろから急速に顕著となった日本での〝爆買い〟現象に刺激され、中国ではまたぞろ日本に対する警戒心が一部に広がり始めたようだ。

 その動機は、政府が今年の全人代(全国人民代表大会)で、海外での消費が国内に比べて活発である問題を改善する動きを見せたこととは少し違っている。

 それがよく分かるのがネット上に現れた以下の書き込みだ。

 日付は5月27日。一般人のブログだが、大きな反響があったとされる。

 文章の見出しは、こうだ。

〈中国游客每年帮日本建造5艘航母?(爆買いの中国人観光客は毎年日本が5隻の空母を建造するのを手助けしているのか?)〉である。中身は読まなくても理解できるが、これは2012年9月反日デモの周辺で起きた不買運動の常套的な論理で、そのときは中国人が日本製品を買えば、その金は後に中国人を殺す銃弾になるというもの。

 まったく日中の経済関係を理解していない妄想だが、これに警戒心が刺激されるのは、過去の反日デモの激しさを知っているからなのだろうか。

 こうした暴論が再び日中間のメインストリームに現れないことを祈るばかりだ。


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