富坂聰が斬る!
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【15-04】司法改革

2015年 9月16日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 中国のメディアでは、昨今、司法改革にかかわる報道が多く見られる。

 例えば2015年8月29日に開かれた全国人民代表大会常務委員会では、刑法の改正が一つの大きな焦点となった。

 会議では、従来、収賄額に応じて定められていた量刑の基準を見直すことが決められたというのだ。そもそも汚職の罪の軽重を決める基準が、収賄額で5000元未満、5000元以上5万元未満、5万元以上10万元未満、そして10万元以上という四段階しかなく、時代にもそぐわないことが指摘されていたという。まあ、決められたのが1997年というのだから当然といえば当然なのかもしれない。

 よって、これを新たに、「金額が比較的大きい、或いは問題の背景が比較的深刻」、「金額が巨大か、或いは背景が深刻」、そして「金額がとくに巨大か、或いは背景が極めて深刻」という三つの段階に分類することになるというのだが、見れば分かるように裁判官の判断次第という特徴が見られる。

 そもそも汚職官僚を裁くケースでは政治の判断がモノを言うのが中国の特徴だが、そうした要素が入り込んでも刑の軽重との整合性を失わないように、あらかじめ予防線を張ったような苦肉の策といえなくもない。そんな改革となりそうなのだ。

 一方、河南省で試験的に行われてきた取り組みは、汚職裁判での基準見直しとは違い、「少しは未来に期待が持てるようになる」(司法を担当するメディア関係者)と話題になった改革だ。

「実は、河南省では2014年5月から新たに試行していることがあるのです。それは、省内の住民が各県レベルの地方政府を相手取って起こす訴訟を、河南省以外の土地の裁判所が引き受けて裁判を行うという取り組みなのです。

 これを実行する意味は、権力の癒着の防止です。もちろん司法をきちんと機能させるという習近平指導部が掲げている法治社会実現にむけた一つの挑戦でもあります。

 河南省で発生した問題を河南省の裁判所が処理することは自然です。しかし人脈的つながりを重視する中国社会では、コネが判決に影響することは避けられません。とくに権力同士の癒着は深刻です。そうした背景を考えれば、政府に不利な判決が出ることは望めません。そこで人的なしがらみを排し、公正さを実験するための目的で、別の土地で公判を行おうというのです」(司法を担当するメディア関係者)

 思い切った試行錯誤というのが適当な表現なのかどうかはわからないが、中国がこれから西側世界並の法治社会を実現する上で障害となっている太くて強い桎梏を解くための苦悶であることは良く伝わってくる。

 いわゆる〝異地裁判〟という意味では、大物政治家が汚職などに問われるケースでは、これまでにも度々行われてきているのだが、それらは極めて特殊なケースと考えられてきたのである。これを手続きとして導入するインパクトは、比較にならない。

 再び、司法を担当するメディア関係者が解説する。

「ただし、この手続きが適用されるのは〝民告官〟と呼ばれる一般人が地方政府を訴えた場合に限られるなどいくつかの制限が設けられています。例えば、現状ではまだ住民が環境破壊の被害を受けているケースに限られていたり、告発されるのが県レベル地方政府までであったり、さらに一審判決のみの取り扱いであるという具合です。中国では重要な案件については、いきなり中級人民法院に送られるケースも少なくないのですが、そうしたケースは除かれるわけです。

 その意味ではやはり限定的な試行ということになるのでしょうが、〝異地裁判〟の有効性を試すということだけでも、中国の司法にとっては大きな一歩だといっても良いのではないでしょうか」

 ではこの一年、河南省で行われてきた〝異地裁判〟の効果は上がったのだろうか。

 2015年8月28日付『新京報』の記事によれば、一審における原告の勝訴率は、制度導入前の10・18%から、一気に28・56%(昨年7月から今年6月までの一年間)にまで跳ね上がったというのだ。

 また、こうした結果を受けてか否か、制度導入から半年が過ぎたころには、地方政府を訴える訴訟の受理件数が、5735件から7146件に増加したとしているのだ。

 中国が成果を誇るのはいつものことで、それを鵜呑みにすることはできないが、それでも自らの司法の問題点を〝コネ〟と見抜き、それに対し何らかの改善を試みていることは評価できるのではないだろうか。