富坂聰が斬る!
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【18-01】朝鮮半島危機

2018年1月17日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 ドナルド・トランプ大統領が北京を訪れた2017年11月から年末にかけて、日本では「いよいよ朝鮮半島で軍事衝突が起きるのではないか」との見方が強まった。

 危機説の背景となったのは、このときの米中首脳会談で、朝鮮半島をめぐり何らかの密約が米中間に交わされたのではないかとの見方であった。

 もちろん密約説に確たる証拠があるわけではない。ただ、米軍は限定的な空爆に止めて、中国を刺激しないように配慮し、その上で中国は北朝鮮に傀儡政権を作ることを容認するといった具体的な内容も含まれていて、これを一部のメディアも伝えたため、多くの日本人は一定程度の信憑性をもって受け取ったのではないだろうか。

 驚くべきことである。

 そもそも米中は、いつからそんな強い信頼関係を醸成したのだろうか。米中が役割を分担して朝鮮半島を切り刻むなど、同盟関係でも難しい連係プレーをやってのけるほど米中は蜜月なのだろうか。

 中国は当然のこと、途中でアメリカに裏切られることを想定して臨むことになるが、何を根拠にアメリカを信頼したのか。

 また、それをロシアが黙って静観すると思うのだろうか。

 疑問はいろいろ浮かぶのだが、それ以前にこれほど重大なことが日本の頭越しに決められていたのだとしたら、それこそ「日本の危機」といわざるを得ない。日本は大丈夫なのだろうか。

 朝鮮半島の危機については、中国の役割が重要なことは言を俟たない。だが、中国を過大評価することは、やはり問題の本質を見失うことにつながりかねない。

 中国は従来から公言しているように、「朝鮮半島情勢の緊張を激化させ、 地域の平和と安定を脅かす、いかなる一方の言動にも反対する」(外交部報道官)立場であり、ましてや戦争を容認するとは考えにくい。なぜなら、戦争が起きて中国が得をすることはほとんどないと考えられるからだ。

 昨年12月24日、日経新聞は〈中国、北朝鮮国境に難民キャンプ設営指示 有事想定か〉というタイトルで〈中国の習近平(シー・ジンピン)指導部が朝鮮半島有事に備えた準備に着手したもようだ。北朝鮮との国境地帯で数十万人を収容できる難民キャンプを設営するよう指示した〉と根拠のはっきりしない資料を基に報じているが、戦争勃発がすなわち難民の大量発生による中国の受難という発想そのものが、中国の朝鮮半島に対する危機への認識を歪めている。

 一つ参考になるのが『環球時報』が2017年12月16日に掲載した記事〈王洪光:中国は戦争のための動員をかけるべき ただし戦争のためではなく防御のための動員だ〉である。

 王氏は元南京軍区副司令員で対台湾作戦を担当していた中将で、これまでメディアに登場した元軍人のコメンテーターとは格の違う大物とされる。

 その王の発言を並べてみると、まず「朝鮮半島は来年の3月までいつでも戦争が起きる可能性がある。あるいは今夜かもしれない」という危機感がベースにあり、その後にタイトルにある「動員」に言及している。

 なんとも物騒な発言だが、注目すべきは王がなぜこんな発言をするのか、という点だ。つまり中国には危機感が足りず、現状でそうした備えをしていないからこその発言だという点である。

 彼の発言をもう少し詳しくみてみると、彼は「一たび朝鮮半島で戦端が開かれれば、最も大きな被害を受けるのは韓国で、次が中国」と考えていることが分かる。その被害の具体的なものとして王が挙げているのが2つあり、一つは「核物質による汚染」であり、もう一つが「核爆発によって引き起こされる地震」だというのだ。

 王の警戒は主にアメリカに向けられていて、もし朝鮮半島で戦争が発生するとしたら、その責任は主にアメリカ側にあるとして、こうも語っている。

「もしアメリカがこの戦争を起こそうと思わなければ、朝鮮半島で戦争が起きることはない」

 また、朝鮮半島の現状について、「朝鮮半島の平和解決という大門を開けるカギはアメリカの手の中にある。しかし、アメリカはそのカギを使うのは難しい」との見方も披露しているのだ。

 これは従来から中国政府が繰り返してきた政策とも重なり、非常に現実的な見方と考えられる。

 ちなみに難民があふれてくるという話については、それを外国メディアがいつも繰り返すことに対する揶揄が、ネットにはあふれているのである。