【15-01】アジアインフラ投資銀行

2015年 1月15日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 2014年10月24日に中国、インド、ベトナム、シンガポールなど21カ国が北京の人民大会堂においてアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立についての合意書にサインした。その後、インドネシア、モルディブ、ニュージーランドも参加を決定し、現時点では24カ国の参加となっている。中国は同時にBRICS開発銀行、上海協力機構開発銀行の合計3つの開発金融機関の設立を進めているが、今回は日本にもかかわると思われるAIIBについて考えてみたい。

 報道によると、同合意書ではAIIBの法定資本金は1000億ドル、中国がその50%を出資する。従ってAIIBは中国が主導する開発金融機関といえる。本部所在地は北京、初代の総裁は中国財政部次官やアジア開発銀行(ADB)副総裁を歴任した金立群氏が就任する見通しである。合意書のサイン式典でスピーチした習近平国家主席は、AIIBはあらゆる国に開放されており、各国の参加を歓迎するとしている。同銀行は2015年末までに設立し稼動する予定である。

 日本は今のところ参加を表明していない。アメリカやオーストラリアなども参加していないし、韓国もアメリカの要望で参加をとりあえず見合わせているといわれている。

 AIIBについては、ADBが既に存在するので機能が重複するのではないか、運営が不透明で不適切な投融資が行われる恐れがあるなどという批判がある。またアメリカを中心とした既存の国際金融制度への挑戦であり、日本は参加すべきではないという意見がある。一方で、いずれにせよAIIBは設立されるのであるから、このような怖れや不安を払拭するためにも日本は早期に参加して、内部から適切な運営ができるようなシステムを作り上げていくべきではないかという意見もある。

国際金融制度の現状

 中国はなぜAIIBを設立しようとし、アジアの多くの国はなぜこれに賛同したのであろうか。

 まず、前提となる国際的な金融活動にかかわる国際機関の概要を見てみよう。代表的なものは国際通貨基金(IMF)と世界銀行(World Bank、世銀)である。IMF加盟国はブレトンウッズ体制において固定為替相場制を維持する義務を負い、IMFは一時的要因により加盟国に国際収支危機が生じた際に融資を行っていた。1970年代に入って固定相場制が崩壊した後、加盟国はIMFのサーベイランスを受けるという条件で自由に為替制度を選択できることとなった。加盟国が国際収支危機に陥った際にはIMFが引き続き融資を行う。融資の際には資金の返済を確保するために借入国が遵守すべき条件(コンディショナリティー)を付す。世銀は正式には国際復興開発銀行(IBRD)と呼ばれ、戦後復興開発資金を提供することを目的としていたが、現在では発展途上国に対する開発資金の提供を主な機能としている。さらにADB、米州開発銀行、アフリカ開発銀行、欧州復興開発銀行などの地域開発金融機関が存在する。これらはそれぞれの地域を対象に開発資金を提供している。

 このような体制の下で、1997年に発生したアジア通貨危機において、IMFは国際収支危機に陥ったタイ、インドネシア、韓国に対し融資を行う際に、前年まで財政黒字であったにもかかわらず財政支出の削減を求めたり、金融部門の改革、ガバナンス改革などの構造改革を含む非常に厳しいコンディショナリティーを課したりした。この結果、これら3カ国の実質GDP成長率は1998年にマイナスに落ち込んだ。インドネシアでは社会が混乱し、スハルト政権が崩壊した。これ以来、IMFに対するアジアの不信は根強い。筆者は当時、あるセミナーでアジアの当局者が「IMFはわれわれの子供たちの教育機会を奪った。これに対して責任を負わなければならない」と怒りをあらわに語っていたことを記憶している。

 アジア通貨危機に対するIMFの対応について、現在IMF独立評価室アシスタントディレクターの高木信二大阪大学名誉教授の著書「新しい国際通貨制度に向けて」を見ると、IMF内部でも問題があるものと認識されたようである。10年後に発生した世界金融危機やそれに続くギリシャを起点とした欧州危機の際のアイスランド、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルなどへの支援の際に、IMFのコンディショナリティーはある程度緩和されたものとなった。しかしアジアから見ると、IMFはアジアと欧州に対してダブルスタンダードを適用しているように見えたことであろう。

 さらにIMFのサーベイランスについても、中国は不信感を持っている。IMFは中国に対して人民元を切り上げ経常黒字を縮小させるように提言してきたが、中国はこれを米国の意向を反映したものと捉えた。

 問題の根底にはIMF/世銀のガバナンス問題がある。IMFの投票権は出資金であるクォータに比例するが、現状アメリカが17.67%と、重要事項の決定に対する拒否権を持つ15%以上を保持しており、以下日、独、仏、英が続き、世界第2位の経済大国である中国は4%で6位に甘んじている。2011年には中国を3位とするクォータの見直しがIMF総務会で合意されたが、アメリカ議会がこれを批准しておらず、見直しは実施されていない。世銀においては2010年の見直しで中国は米、日に次ぐ第3位の出資国となっている。ADBについてみると日本とアメリカが同率1位(15.571%)で中国は3位(6.429%)である。ADB総裁は歴代日本人が就任している。

 2013年5月に中国で刊行された「国際金融組織治理 現状與改革」(「国際金融組織のガバナンス 現状と改革」)という本がある。著者は葛華勇氏。中国人民銀行からIMFに派遣され中国代表理事を務め、本書執筆時は中国人民銀行の人事局長であった(昨年から銀聯カードの会長)。そこでは中国の長期的戦略として、より有効で公正・公平な国際金融制度を確立することが挙げられている。中国は現在の国際金融制度は十分有効で公正・公平なものではないと考えているわけである。

日本の役割

 こうした中で、実は日本はかなりアジアを重視した政策を採ってきている。アジア通貨危機に際してはIMFのアジア版であるAMF構想を打ち出したが、アメリカの反対によって実現できなかった。しかし日本単独で新宮沢プランを実施し、アジアの国々に資金を提供した。その一環としてADBにアジア通貨危機支援基金を創設した。当時、筆者はあるアジアの中央銀行の幹部から「どの国が本当の友人か良くわかった」と日本に対する感謝の言葉を聞いた。また、ASEAN+3(日本、中国、韓国)の枠組みで国際収支危機時に互いに通貨を融通しあうチェンマイ・イニシアティブ(CMI)を立ち上げた。当初CMIの下での通貨スワップ協定はそれぞれ2カ国間の協定の形で行われていたが、2012年にASEAN+3+香港でマルチ化され、ひとつの集合体として運営されることになった。資金総額は2400億ドル、日本と中国(香港を含む)の出資比率が32%ずつで同率1位となっている。また、IMFプログラムなしで発動可能な比率(IMFデリンク割合)は30%である。あわせてASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)が設立されている。AMROはシンガポールに事務所を置き、地域経済のサーベイランスを行う。初代事務所長は中国人が、2代目は日本人が就任している。昨年10月に国際機関化するための設立協定が締結された。マルチ化したCMIとAMROを併せると、アジア版IMFが事実上整備されたと見ることができる。そして中国はその枠組みの中で日本と並んで主導的立場を占めている。

 残るのは開発金融の分野である。既存のADBについては、日本やアメリカと同等以上の地位を占めることは、現在日本と並んで第1位の出資比率を占めるアメリカの抵抗もあってなかなか難しい。中国、そしてアジア諸国は自分たちが主導的立場を占めることのできる開発金融機関を必要としている。それがAIIBである。

 アジア通貨危機以降、日本が果たしてきた役割を見れば、本来日本と中国はアジアにおける開発金融の分野でも協力することができたはずである。尖閣諸島国有化以後の2年間の空白によって、日本と中国が十分意思疎通することができなかったのは非常に残念なことである。幸い昨年11月に安部総理と習近平国家主席が会談を行ったことによって、日中間の様々な分野での協力が動き出している。ASEAN+3を牽引してきた日本としても、今からでも遅くない。アジアにおける開発金融のあり方についてもう一度検討し、中国と協力することが可能なのではないだろうか。


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