露口洋介の金融から見る中国経済
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【15-07】為替介入の抑制および預貸率規制の撤廃

2015年 7月21日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 中米両国は第7回米中戦略・経済対話をワシントンで開催し、終了後の6月24日に共同記者会見を行った。この場で、米国のルー財務長官は、中国側が為替介入は市場が混乱して必要が生じた場合に限定すると約束した、と発言した。

 一方、同じ6月24日に中国では李克強総理が国務院常務会議を開催し、「商業銀行法修正案(草案)」が承認された。同草案は今後全人代の常務委員会で検討されることになる。同草案では、現在の商業銀行の貸出残高は預金残高の75%以下でなければならないという預貸率規が撤廃される予定となっている。

 今回は、この2つのテクニカルな問題を取り上げてみたい。

介入しなくても為替レートは管理できる

 前回も述べたとおり、中国人民元の為替レートの変動ルールは「市場の需給を基礎にバスケット通貨を参考に調整する、管理された変動相場制」である。人民銀行は毎日朝、中国外貨交易センターで人民元の取引相手通貨として認められている11通貨に対する人民元の為替レートの基準値を公表する。この基準値はバスケット通貨と緩やかに連動するように設定されている。さらに11通貨それぞれに対して外貨交易センターで取引される人民元レートの上限と下限が設定されている。対米ドルの場合は基準値に対して上下それぞれ2%、ロシアルーブルとマレーシアリンギットの場合は基準値に対して上下それぞれ5%、円、ユーロなどその他の通貨は基準値に対して上下3%となっている。

 通常、円やユーロなど国際的に取引される主要な通貨の場合、ある一定のレベルで対ドル為替レートを固定しようとして為替介入を行う場合、当局は無制限にドルを買い入れる必要があり介入規模は巨額に達する可能性がある。

 一方、実は中国では当日の為替レートの変動を上限や下限に収めるだけであれば、このような為替介入は必要ない。中国では銀行間の為替売買取引は上海の中国外貨交易センターに集中する義務があり、取引所取引となっている。従って、為替レートの上限や下限は、証券取引所における株の売買についてのストップ高、ストップ安の規制と同様、取引所のルールとして定めることができる。上限や下限を超えるレートでの取引はそもそもできないのである。

 それでは、従来なぜ為替介入が頻繁に行われたのであろうか。株取引のストップ高、ストップ安の場合、執行されない買い注文や売り注文が残ってしまう。これと同様、為替売買でも執行されない外貨の売り注文、買い注文が残ってしまう。ところが中国では銀行の為替ポジションについて外貨管理局が銀行に対して個別に付与したポジション枠規制を行っている。銀行は為替ポジション規制を守るために、外貨の売り買いの注文を出す。これが実行されないとポジション規制に反することとなる。従来このポジション規制は毎日守る必要があった。従来は海外から資金が流入し、人民元高期待の中、顧客から外貨を買い入れた銀行がポジション規制を守るために外貨を売ろうとする場合が多かった。この要請に応えて人民銀行は為替介入を行い、外貨を買入れ、外貨準備が増加してきた。昨年12月に、このポジション規制が「日ごと」から「週ごと」に変更され、週内の各営業日の平均ポジションを限度内に収めればよいように緩和された。この結果、人民銀行は毎日銀行の要請に応じて介入する必要がなくなった。もちろん、一方的に資金が流入し続ける時期が続いたり、資金が流出する時期が続いたりする中で為替レートの変動を一定のレベルで管理しようとすると、いずれ銀行がポジション規制を守れなくなり、人民銀行は介入せざるを得なくなる。しかし今回の規制緩和によって以前に比べ銀行自身によるポジションの調整は容易になり介入の頻度は減少するであろう。

 昨年後半から中国の外貨準備は減少しており、人民銀行の為替介入も従来のように海外から流入した外貨を人民銀行が買入れる介入から、海外への資金の流出に対し外貨を売却する介入に変わってきている。そうした中で、本来的にはより弾力的に市場実勢に合わせて毎日の人民元レートの基準値を設定することによって為替介入の減少が実現するということが期待される。しかし、本稿で述べたポジション規制の緩和によっても同様の効果はもたらされ得る。為替介入の減少が必ずしも人民元レートのより弾力的な変動を意味するわけではない点に注意が必要である。

預貸率の撤廃は対外資金流出による

 預貸率が75%以下に規制されるということは、銀行システム全体で75の貸出を行うために100の預金が必要ということである。これは銀行に安全で充分な流動性を確保するための規制とされている。現金を無視して信用創造のプロセスを考えると、例えば、預金準備率が10%の場合銀行システム全体で100の貸出を行うと100の預金が創造され、10の準備預金を中央銀行に預けなければならなくなる。これに対し中央銀行が公開市場操作や貸出などで10を銀行システム全体に対して供与することによって、全体のバランスシートがバランスする。しかしこれでは上記の預貸率規制はクリアできない。従来25%分の預金はどこから来ていたのかというと、海外からの資金の流入で供与されていた。本年2月の本コラム「為替市場介入と金融政策」 で述べたとおり、経常黒字や資本収支の黒字によって海外から流入した外貨が人民元に交換された時点で銀行の預金は増加しマネーサプライが増加する。人民銀行が公表している「国外純資産と国内信用の広義マネーサプライに対する影響」という統計では、マネーサプライの3割程度がこのような海外から流入した資金によって供給されている。従って、海外から資金が流入している間は、貸出量を25%上回る預金を確保することは容易であったし、人民銀行は流入した外貨を銀行から買入れることによって、銀行に人民元の流動性を供給していた。

 しかし、昨年第4四半期(10~12月)には資本収支の赤字が経常収支の黒字を上回り、本年第1四半期(1~3月)も外貨準備は減少を続けている。人民銀行のバランスシートを見ると第2四半期に入っても外貨準備の減少は続いている。このような状況では、流入した外貨を買入れることによって人民元の流動性を供給するという従来の流動性供給方式は可能ではない。人民銀行は2013年初に常設貸出ファシリティ(SLF)、2014年4月に担保補充貸出(PSL)、2014年9月に中期貸出ファシリティ(MLF)などを導入し、流動性供給手段を整えてきた。これらの手段で供給される人民元流動性によって、銀行は預金準備率と決済需要に応えるための超過準備を満たす流動性を確保することができる。ところが、銀行にとって、これらの手段による流動性の増加は中央銀行からの借入の増加であり、預金の増加ではない。新たな貸出を行う際に必要な貸出量を25%上回る預金は調達できないのである。この制約を取り払い、銀行システム全体として新たな貸出を実行しやすくするために預貸率規制が撤廃されることになったと考えられる。

 中国では、対外直接投資の促進(「走出去」政策)や、近い将来予想される米国の利上げなどに伴い、今後資金流出が増加する可能性がある。今回取り上げた、為替ポジション規制の緩和と預貸率規制の撤廃という2つの規制緩和措置は、このような状況変化に対応した措置と考えることができる。

(了)