【15-09】外貨準備統計の変更

2015年 9月15日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 中国人民銀行は7月17日に2015年6月末の外貨準備統計を公表したが、この回からIMFの「特別データ公表基準(Special Data Dissemination Standard: SDDS)」に依拠した方式に変更された。

SDDSとGDDS

 IMFのホームページの説明によると、IMFの統計データ公表基準はSDDSと「一般データ公表システム(General Data Dissemination System:GDDS)」の2層構造になっている。GDDSは主に発展途上国がより信頼性の高いデータを作成・提供することを支援するため1997年に導入されたシステムである。これに対してSDDSは国際資本市場にアクセスする既にデータの質において高い基準を満たしている国に対し、マクロ経済統計データを公表する際のベンチマークとして1996年に導入された。参加は自由であるがSDDSに一旦加入すると遵守の義務を負う。日本など多くの国はすでにSDDSに参加しているが、中国は現時点ではGDDS参加国に止まっている(これ以外により高い基準としてSDDS Plusがありアメリカなど8カ国が参加している)。

 中国は人民元のSDR構成通貨入りを進めるなどの観点から、一部の統計からSDDSに準拠したものへの変更を進めているものと思われる。

中国の外貨準備統計

 従来、中国の外貨準備統計は、中国人民銀行が毎月公表する金保有量と「国家外貨準備」の数字、および外貨管理局が3ヶ月ごとに公表する国際投資ポジション(対外資産負債残高表)の「準備資産」の数字の2種類が公表されていた。後者は、外貨、IMFリザーブポジション、SDR、金を合計したもので、これがSDDSでも外貨準備とされるものである。中国人民銀行が公表している「外貨準備」は後者の「外貨」に当たる。今回、2015年6月末分を公表したSDDSに依拠した外貨準備統計は、日本の財務省が「外貨準備等の状況」として公表している統計と基本的に同じものとなった。合計の数字自体は従来国際投資ポジションで「準備資産」として公表されていた数字と同じ物であるが、今後は内容がより詳しくなり、また毎月公表されることになる。

 SDDSに依拠した2015年7月末の数字を見ると、「外貨準備」、IMFリザーブポジション、SDR、金、その他準備資産の合計として「公的準備資産」が37,254.48億ドルとなっている。これが日本の統計で「外貨準備」として公表されている数字に当たるものである。中国人民銀行が毎月「国家外貨準備」として公表している数字はSDDSに依拠した統計で「外貨準備」とされている数字で、日本の統計では「外貨」と表示されている部分に当たる。7月末はこれが36,513.10億ドルとなっている。さらに詳細な統計として「国際準備および外貨流動性データテンプレート」が公表されている。これが日本の財務省が公表している「外貨準備等の状況」とほぼ同じ統計である。これを見ると、「外貨準備」の内訳が明らかになっており、36,513.10億ドルの外貨準備のうち、証券が36,307.98億ドルと大部分を占め、現金・預金は205.12億ドルに過ぎないことが分かる。また、「公的準備資産」に含まれない「その他外貨資産」が1,891.05億ドル存在することも示されている。本稿執筆時点で、8月分の統計が一部公表されたが、「公的外貨準備」が36,341.84億ドル、「外貨準備」が35,573.81億ドルと両者ともに前月比で900億ドル以上減少した。

中国の外貨準備の特色

 中国の外貨準備(「公的準備資産」)は2015年7月末で37,254.48億ドルと世界第1位の水準を誇る。第2位の日本が12,423.16億ドルであり、その約3倍の水準である。しかし、国全体で見ると様相が少し変わってくる。2015年3月末の中国の対外資産負債残高表を見ると、総資産は63,808億ドルであり当時の公的準備資産37,848億ドルはその59.3%を占める。これに対し同時点の日本の対外資産総額は953兆1670億円(約79,400億ドル)と中国を上回り、外貨準備149兆7250億円は全体の15.7%に過ぎない。また、純資産額は日本が349兆4610億円(約29,000億ドル)であるのに対し、中国は14,038億ドルである。

 中国の国全体の対外総資産に占める外貨準備の比率が高いのは、過去に外貨集中制がとられていて、外貨を獲得した主体は銀行に外貨を売却する義務があったからでもあるが、外貨集中制が撤廃された後も、人民元高期待が続く中、外貨保有主体が外貨を売却して人民元を購入しようとしたため、銀行間市場で売却される外貨を人民銀行が買い入れざるを得ず、外貨準備が増大し続けたからでもある。この結果、中国では外貨保有に伴う為替リスクは人民銀行に偏在している。2005年7月に人民元が管理された変動相場制に移行して以来、人民元の為替相場はドル、ユーロ、円など主要通貨に対して大きく上昇している。外貨準備には、金利収入はあるにしてもかなり大きな為替差損が生じているはずである。しかし、人民銀行のバランスシート上、このような為替差損は明示されない。人民銀行のホームページで公表されている「通貨当局資産負債表」の資産サイドに「外匯」(外貨)という項目がある。人民銀行の説明によると、この項目が「外匯占款」を示すものであり、「外匯占款」とは中央銀行が外貨資産を購入した際に交換に供給した人民元の金額をあらわしている。すなわち、外貨購入時の簿価で計上されていることになる。従って、人民銀行のバランスシートでは為替差損は認識されない。

 また、中国では様々な用途に外貨準備が使用されている。例えば2003年から2008年にかけて行われた4大商業銀行に対する資本注入に外貨準備が使用されている。450億ドルの資本注入が行われた2003年12月には通貨当局資産負債表の「外貨」が減少し、「その他資産」が増加していることが見て取れる。これは外貨資産を外貨準備から切り離して資本注入に使用し、人民銀行はこれに換わって人民元建の出資持分を保有することになったからである。中国が昨年設立したシルクロード基金にも外貨準備を利用した出資が行われている。

 なお、米財務省は米国で発行された証券(株なども含む)の外国による保有額を公表しているが、2014年6月末時点の中国による保有額は18,170億ドルであり、同時点の中国の外貨準備39,930億ドルの45%に過ぎない。これが中国の外貨準備統計の不透明性の例として挙げられることがある。しかし、そのように見ることは適当ではない。まず、アメリカが公表している数字は外国の民間も含めた保有額であり、当時の中国の対外総資産63,080億ドルと比較すべき数字である。ちなみにその比率は29%と、さらに小さくなる。ところで同時点の日本によるアメリカ証券の保有額は19,170億ドルであり、これは日本の対外総資産818兆円(約8.1兆ドル)の24%に過ぎない。日本も中国も外貨準備の大きな部分はドル建てと考えられるが、ドル建ての証券は米国で発行されたものに限らない。日本も中国も世界各国の公的部門や民間部門、あるいは国際金融機関が発行しているドル建て証券を保有しているものと見るべきであろう。

おわりに

 IMFのホームページによると、中国は未だにSDDS参加国とはなっていない。2014年11月のG20ブリスベンサミットにおいて習近平国家主席はSDDSに参加する方針を表明した。中国政府は対応できるものからSDDSに依拠した統計に変えていこうとしている。これによって統計の信頼性や透明性が格段に向上することとなり、国際比較も容易になる。歓迎すべき動きである。また、中国政府としては、人民元のSDR構成通貨入りに向けた環境整備という意図もあるものと思われる。

(了)


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