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【16-01】中国の「資本の流出」について

2016年1月19日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 2015年12月30日に、中国の2015年第3四半期(7月~9月)国際収支統計と2015年9月末の対外資産負債残高統計が公表された。今回は「資本の流出」について考えてみたい。

国際収支統計の違い

 日本の国際収支統計は2014年1月分統計からIMF国際収支マニュアル第6版に準拠したものに移行した。中国の国際収支統計もその1年後の2015年1月分統計から同じく第6版に準拠した統計に移行した。しかし実は両国の統計には一ヶ所大きな違いがある。

 日本での第5版から第6版への移行による変更の詳細については、日本銀行の解説「国際収支関連統計の見直しについて」[1]を見ていただきたいが、大雑把に言うと、①経常収支の中の所得収支が第一次所得収支、経常移転収支が第二次所直収支に名称が変更されたこと、②従来資本収支の内訳に投資収支とその他資本収支があったが、その他資本収支を資本移転等収支と名称を変更して独立した項目とし、従来の投資収支は金融収支としたこと、③従来独立した項目であった外貨準備増減を金融収支の内訳項目としたことなどが挙げられる。この結果、大項目は従来、経常収支、資本収支、外貨準備増減だったが、変更後は経常収支、資本移転等収支、金融収支となった。さらに④金融収支は従来、資金の流出入に着目し、流入をプラス(+)、流出をマイナス(-)としていたが、移行後の金融収支では資産・負債の増減に着目し、資産・負債両サイドの増加を(+)、減少をマイナス(-)とすることに変更された。この結果、負債側の符合は従来と変化はないが、資産側では、資金の流出=資産の増加は従来(-)だったのが(+)に、資金の流入=資産減少は(+)だったのが(-)に変更された。従来、期中の資産側の資金の流出(-)のほうが負債側の資金の流入(+)よりも大きい場合、資本収支は流出(-)と表記されていたが、その結果、資産負債残高統計では資産が増加するので、分かりにくかった。変更後は期中の金融収支の純資産増加(+)で、期末の資産負債残高も資産増加となり、分かりやすくなった。

 中国の国際収支統計も2015年初から第6版対応に移行した。日本と異なり「資本と金融収支」という大項目をたて、その内訳として資本収支と金融収支を含む形となっているが外貨準備が金融収支の中に含まれるなど、項目編成はほぼ日本と同様である。しかし、中国では、これまでの習慣となっているので混乱を避けるという理由で、金融収支の流出超をマイナス(-)とする従来の方法を維持した。この点は、例えば、外貨管理局の「2015年上半期中国国債収支報告」に明記されている。この結果日本と中国の国際収支統計は金融収支の部分で同じ内容のことが起こっても符号が逆という状態になっている。

「資本の流出」の意味

 中国の外貨管理局が国際収支統計を公表する際の言葉遣いを見ると、2014年末までの5版対応のときも、2015年からの6版対応でも、資本収支について「順差」、「逆差」と言う言葉を使っている。それぞれ日本語で「黒字」、「赤字」の意味である。日本の国際収支統計の報道発表の言葉遣いを見ると、5版対応時は「資本収支の流入超」、「流出超」であり、6版対応後の金融収支についてはそれぞれ「金融収支は純資産が減少」、「純資産が増加」となっている。

 最近中国について「資本の流出」と言う言葉をよく目にする。この「資本の流出」とはどういう意味であろうか。「資本の流出の懸念」や「資本の流出の怖れ」などという使われ方が多いので、中国にとってよくないことを意味していると考えられる。様々な状況が考えられるが、本稿では3つの時期に単純化して考えたい。

 まず、第5版対応時の日本の国際収支統計で「資本収支の流出超」と表現されていたのと同じ状況をもって、機械的に「資本の流出」とするのは適当でない。輸出が増えて経常収支が黒字で、受け取った外貨を海外の銀行に支払って預金する場合も、資本収支あるいは金融収支は流出超であり資産負債残高統計の対外資産は増加する。これは特に中国にとってよくない状況とはいえない。2014年第2四半期まで、中国の経常収支は黒字であり、「資本と金融収支」は継続的に流出超であった。また外貨準備は増加し続けた。この時期の「資本収支の流出超」を「資本の流出」とは言わないだろう。

 次に、2014年第3四半期から2015年第2四半期までの時期、経常収支は黒字であり、「資本と金融収支」は流出超と言う点はそれ以前と変わらないが、2014年6月末をピークに外貨準備が減少し始めた。対外資産残高はこの間増加している。対外資産残高が増加している中で外貨準備が減少した主な要因は、人民元安期待が発生し、人民元資産を外貨に交換する動きが生じ、人民銀行が外貨売り、人民元買いの介入を行ったことにある。外貨資産の保有者が人民銀行から人民銀行以外の政府部門や国有企業、民間企業などにシフトした。外貨準備の減少を中国にとってよくないことと見るならば、この時期は「資本の流出」が生じたということが可能であろう。しかし、中国の外貨準備は対外資産の6割近くを占め、日本(16%程度)と比べると異常に高い比率である。中国では為替リスクが政府に偏在している上、外貨準備として運用に制限があるため高い収益が期待できない。このため既に1990年代から外貨資産をいかに人民銀行から他にシフトさせるかが課題となっていた。これを中国語で「蔵匯於民」(外貨を民間に貯蔵する)と呼ぶ。対外資産残高が増加する中で、外貨準備が人民銀行から他の部門にシフトしたということは、「蔵匯於民」が実現したこととなり、中国にとって望ましいことだったといえる。言葉の定義の問題であるので、この時期「資本の流出」が生じたと表現することを否定はしないが、この段階で中国にとって非常に深刻なことが起こっていたわけではない。

 典型的な「資本の流出」は、アジア通貨危機の際のタイなどに見られたように海外から投資されていた資金が引揚げられ対外負債が減少し、その結果対外資産も両建てで減少する場合である。昨年12月30日に公表された2015年第3四半期(7月~9月)の中国の国際収支統計を見ると経常収支は603億ドルの黒字であるが、資本および金融収支は114億ドルの黒字、「流入超」となった。ただ、誤差脱漏が717億ドルの「流出超」である。より重要なのは、資産負債残高統計の動きである。2015年9月末は6月末に比べて負債残高が2286億ドルの大幅な減少を示し、両建てで資産残高も1527億ドルの減少となった。外貨準備も1810億ドル減少した。ここに至って、中国において典型的な「資本の流出」が生じたと見ることができる。

 もっとも、中国の対外負債の過半は安定的な対内直接投資で占められており、短期の対外債務は1兆ドル程度に過ぎない。経常収支が大幅な赤字に陥らない限り、短期対外債務が全て引揚げられても3兆ドルを超す豊富な外貨準備で充分対応可能である。今後の推移を見守りたい。

留意すべき点

 中国の国際収支統計を見る場合、日本の国際収支統計とは金融収支の符号が逆であることに注意すべきである。中国で「資本および金融収支の赤字(流出超)」と表現される状況を日本では「金融収支は純資産が増加」と表現する。プラスの符号とこの表現を見て、資本流出が生じていると考える人は少ないだろう。資産負債残高統計などと併せて実態を分析することが必要となる。他方、中国の「資本と金融収支の流出超」が機械的に「資本の流出」を意味するのではない点にも留意する必要がある。中国の「資本の流出」を説明しようとする場合、何が中国にとって望ましくないかという観点で、「資本の流出」の内容を明確にすることが重要である。

(了)


[1] 「国際収支関連統計の見直しについて」日本銀行レポート・調査論文 https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2013/ron131008a.htm/