【16-02】外貨準備統計の見方

2016年 2月29日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 前回は中国の「資本の流出」について考えたが、その中で中国の外貨準備は2014年6月末以降、減少に転じていることに触れた。今回は中国の外貨準備統計について考えたい。

外貨準備額と米財務省証券保有額

 2016年1月末の中国の外貨準備は、IMFリザーブポジション(加盟国が出資金に応じてIMFから無条件で借り入れることができる金額)、SDR(特別引出権)、金などを含む「公的外貨準備」で3兆3082億ドル、これらを含まない「外貨準備」で3兆2308億ドルとなった。日本の同じ1月末の統計を見ると前者に当たる「外貨準備」が1兆2481億ドル、後者に当たる「外貨」が1兆1928億ドルとなっており、どちらも中国は日本の3倍弱である。本稿では前者に当たる統計を「外貨準備」として使用することとする。

 両国とも、外貨準備の大半は米ドルで保有しているものと見られるが、米国側統計で見ると、中国の米国証券保有額は日本とほぼ同程度であり、外貨準備額が3倍弱であるのに対して非常に少ないため、統計の正確性について問題にされることがある。

 「Major Foreign Holdings of Treasury Securities」は、米財務省証券の保有国別統計で毎月公表されている。最新の2015年12月末で見ると、中国の保有額は1兆2461億ドルで第1位、日本は1兆1225億ドルで第2位である。同時点の中国の外貨準備は3兆4061億ドル、日本の外貨準備は1兆2332億ドルである。日本の外貨準備は90%が米財務省証券で運用されているが、中国は外貨準備の3分の1程度しか米財務省証券を保有していないように見える。しかし、この統計は、民間部門の保有を含んだ統計である。各国の保有額を合計した総合計の後に「うち海外公的部門」という欄があることでも明らかである。そうすると、日本の外貨準備の90%が米国財務省ということはありえない。少し古いが2014年末の日本の対外資産負債残高統計の証券投資残高地域別統計を見ると、外貨準備以外の部門が保有する米国証券は103兆円(約8600億)ドルであり、このうち一定部分は米財務省証券と見られる。日本の外貨準備統計では預金が1147億ドルあり、証券保有額は1兆642億ドルである。ユーロ建て証券も一定程度保有しているので、外貨準備による米財務省証券の保有額は1兆ドルを相当程度下回る金額であろう。

 次に、「Foreign Portfolio Holdings of U.S. Securities」は年に1回、財務省証券だけでなく、公社債や株なども含めた米国証券の保有国別統計で、最新のものは2014年6月末の保有額の統計である。中国の数字は1兆8170億ドルで同時点の「外貨準備」は4兆558億ドルであるので2兆ドル以上差がある。この時点の日本の米国証券保有額は1兆9170億ドルで、同時点の日本の外貨準備額1兆2839億ドルを大きく上回っている。民間部門など外貨準備以外の部門が多額の米国証券を保有しているからである。

 外貨準備額と米財務省証券保有額の関係を日本と中国以外の国について見ると、様々である。外貨準備額より米財務省証券保有額のほうがかなり大きい国もある。2014年末で見るとベルギーは外貨準備が254億ドルであるのに対して米財務省証券保有額は3354億ドルである。同じくアイルランドは17億ドルに対して2020億ドル、イギリスは1077億ドルに対して1889億ドル、ルクセンブルグは8億ドルに対して1718億ドルである。これらの国は、金融機関が海外の顧客のために証券を保有管理するカストディアン業務が発達しているなどの理由で、多くの米財務省証券を保有しているのであろう。一方、外貨準備額が米財務省証券保有額よりかなり多い国も見られる。スイスは外貨準備額が5457億ドルに対して、米財務省証券保有額1901億ドル、フランスは1439億ドルに対して792億ドル、ドイツは1934億ドルに対して727億ドル、韓国は3628億ドルに対して683億ドルである。ドイツやフランスはユーロが外貨準備にならないので、米財務省証券の保有の低さは不自然である。これらの国は海外のカストディアン経由で米国証券を保有している場合が多く、その部分が米財務省証券の保有国別統計上では本来の保有国分ではなくカストディアン所在国の保有分として計上されているものと見られる。

 中国も、外貨準備に占める米ドル比率は相当高いと思われるが、米財務省証券以外の米ドル建て証券を保有しているほか、海外のカストディアン経由で米国証券を保有しているため米側統計の財務省証券保有額が小さくなっていると考えるのが自然である。他国に比べて中国の外貨準備統計が特に異常ということはない。

中国の外貨準備の対応能力

 IMFの国際収支マニュアルは、外貨準備を「国際収支のファイナンスニーズや外為市場介入のために、通貨当局が管理し、容易に利用可能な対外資産」と定義している。株も含まれるが、市場性が高く容易に換金することができるものでなければならない。従って、直接投資など長期の投資は除かれる。また、居住者に対する外貨建債権も外貨準備ではない。これまで中国は国有商業銀行や政策性銀行に対して外貨準備を利用した資本注入を行ったり、海外企業や海外不動産に投資するために中国投資有限公司を設立したりしているが、これらに使用した外貨資産は外貨準備から除かれている。各国がIMFに提出する外貨準備統計報告テンプレートにおいても、外貨準備の中身について詳細に定義されている。中国の外貨準備が固定的な投資に使われ、必要な際に利用できないのではないかという疑義を示す向きがあるが、IMF加盟国である中国の外貨準備は、当然、通貨当局が管理する容易に利用可能な対外資産である。

 1997年に始まったアジア通貨危機の原因はダブル・ミスマッチである。対外債務を米ドル建てで借入れ、自国通貨に交換して使用した「通貨のミスマッチ」、対外債務を短期借入によって調達して、長期の投資に使った「期間のミスマッチ」である。短期の対外債務が急激に引揚げられ、一斉に米ドル資金の調達を迫られたため、自国通貨が暴落し、債務返済負担がさらに重くなるという悪循環が生じて、外貨準備の枯渇という事態に直面した。その後、現在に至るまで、日本の財務省、日本銀行も参加するASEAN+3や東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)において、アジア通貨危機のような事態を2度と起こさないための検討が続けられてきた。チェンマイイニシアチブという2国間通貨スワップ網を形成し、それをマルチ化することによって、現在2400億ドルの資金が通貨危機への対応資金として確保されている。また自国通貨によって長期の資金を調達できるようアジアの債券市場を発展させることを目的としたAsia Bond Market Initiative(ABMI)やアジアボンドファンド(ABF)などの成果も上がっている。中国と日本はこれらの検討過程で主導的な役割を果たしてきた。その過程で、中国やASEAN各国は再び危機に直面しないように外貨準備を積み上げてきた。中国の対外負債残高は2015年9月で総額4兆7千億ドルである。前回も述べたとおり、その構成を見ると逃げ足の速い銀行借り入れなど短期の対外債務は1兆ドル程度に抑えられており、6割は長期安定的な資金である対内直接投資で占められている。1兆ドルの短期債務が急激に引揚げられても、3兆ドルを越す外貨準備は多すぎるほどである。通貨アタックに対応するために充分な対外資産・負債の構造となっている。そして、現在生じている外貨準備の減少は、まさにこの対応力が発揮されている過程である。中国がアジア通貨危機以降、日本を含むASEAN+3の政府・中央銀行との協調の下、通貨アタックに対する備えを築き上げてきた成果といえよう。

(了)


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