【16-11】中国の債務問題

2016年11月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 中国の企業・家計部門の債務の拡大が注目されている。BISの総与信統計や、それを使ったIMFのレポートなどで中国の民間部門債務の急拡大が問題視されているからである。

中国の民間非金融部門債務の急拡大

 IMFは、2016年8月に公表した中国に対する4条コンサルテーションレポートにおいて、中国の民間非金融部門に対する信用供与が急速に拡大していることを指摘している。これは民間非金融部門側から見ると債務の拡大である。IMFは、民間非金融部門の債務が名目GDPの2倍のスピードで拡大し、そのため債務の対GDP比率が急速に上昇し、そのトレンドからの乖離の対GDP比率が20~25%に達したと指摘している。IMFの分析の元となるBISの統計を見ると、2016年3月末の民間非金融部門向け与信残高は144兆3183億人民元、その対GDP比率は209.8%に達しており、トレンドからの乖離の対GDP比率は2015年3月末の24.2%から2016年3月末は30.1%に跳ね上がっている。BISによると、今までこの値が10%を超えた場合、その3分の2が3年以内に深刻な銀行与信の収縮に見舞われている。

 IMFのレポートでは、民間部門、特に企業部門の債務の増大に対して、企業に対する暗黙の保証の解消によるモラルハザードの抑制、不良債権の評価方法の改善、存続できない企業の選別、損失分担の明確化など、包括的なアプローチによる対応の必要性が指摘されている。また、銀行部門については、支払いが90日以上遅延した債権を全て不良債権に分類するなど、不良債権の分類方法の改善や、自己資本比率の充実などを求めている。

 4条コンサルティングレポートは対象国とも協議の上公表されるものであるが、これらのIMFの懸念や対応策に対する中国当局の反論も記載されている。中国当局は、担保や保証を勘案するとリスクのある企業債務額はもっと少ないと主張しており、さらに銀行の自己資本比率と引当金比率も充分高く安定していると反論している。

現状、インパクトは限定的

 中国においても、これだけ民間非金融部門への信用供与が拡大すると、近い将来与信先の破綻が急増し、銀行の与信が縮小する可能性は否定できない。しかし、それが深刻な金融危機に結びつくか否かは、銀行や政府の対応能力と、海外への波及の程度によるものと思われる。

 IMFが使用しているBISの総与信統計は、中国については基本的に中国の「社会融資規模」という統計に依拠して作成されている。前述のとおり、BISの統計では2016年3月末の民間非金融部門向け与信は144.3兆元であるが、同時期の社会融資規模残高は144.8兆元でほぼ見合った金額となっている。社会融資規模残高のうち銀行の人民元貸出が97.4兆元で67%と太宗を占めている。同じ時期の中国の金融機関資産総額は142.2兆元であり、うち人民元貸出は98.5兆元と、こちらも先ほどの人民元貸出とほぼ見合った数字となっている。これに対し、全商業銀行の不良債権比率は1.75%、貸倒引当金率は3.06%、自己資本比率は13.37%となっている。不良債権比率は、実際はもっと高いのではないかとの見方もあるが、仮に5倍の8.75%と仮定し、それが全て同時に破綻したとしても、マクロ的には銀行部門が債務超過に陥ることはないということになる。また、中国政府は銀行の自己資本比率を回復するために躊躇なく公的資金を投入するであろうし、その金額はそれほど大きなものにならないことが予想される。

 すなわち、中国では民間非銀行部門の資金調達の太宗は銀行貸出によるものであり、その銀行にはかなり手厚い貸倒引当金と自己資本が手当てされている。これに対し、リーマンショック時のアメリカでは、リーマンブラザーズを始めとするインベストメントバンクが自己勘定で投資を行う一方、その自己資本は小さく、30倍前後のレバレッジとなっていた。自己資本比率にすると3~4%程度であったということになる。

 また、中国では担保掛目の規制が厳しく、住宅ローンの場合は最近まで70%だったが、2015年10月からは75%、2016年2月からは地方の実情に応じて80%にすることも可能ということに緩和されてきたところである。また不動産開発プロジェクトについては自己資本比率が25%以上と規制されている。これらの規制によって、相応の担保価値が確保されている。バブル期の日本においては銀行貸出の担保掛目が100%などという例が頻繁に見られたが、中国においてそのような行為は許されていないわけである。

 さらに、中国では内外の資本取引が依然として厳格に規制されている。アジア通貨危機の際、タイでは資本取引の自由化が進んでおり、海外から大量の短期資金が流入していたため、金融危機発生が海外に大きく影響を与えた。中国では、資本取引規制が存在するため、海外への直接的な影響は限定される。

 中国の企業債務の拡大は、金融危機を生む可能性が大きく、当局もそれに対して、デットエクイティスワップなどによって債務の縮小に動くなど危機感を持っている。金融危機が発生すると、もちろんそれ相応のダメージが生ずるであろう。しかし、以上に述べたような理由で、現状では、日本のバブル崩壊や、アジア通貨危機、リーマンショックなどの過去の深刻な例と比べるとその影響は限定的なものに止まるのではなかろうか。

長期的にはさらなる不良債権増大が懸念される

 一方で、前回の本コラム で述べたように銀行部門の改革がこのところ減速気味である。国家から独立した民間資本による商業銀行への変革のプロセスは停滞し、政策性銀行だけでなく大型商業銀行についても「一帯一路」など、国家戦略に沿った業務が求められ始めている。これは、銀行が独自の判断で収益とリスクのバランスを考慮した業務を行えなくなることを意味しており、将来、不良債権がさらに増大するおそれが充分存在する。これに対して当局は金利自由化の進展を遅らせることにより、銀行の利鞘を確保し、銀行収益を維持することで対応しようとしているが、それが不良債権増大に見合ったものとなるかどうかは定かでない。長期的には不良債権が大きく増大し、銀行の自己資本などの対応能力を超過する可能性が否定できない。今後、民間非金融部門債務と不良債権の行方を注視していく必要があろう。

(了)


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