【18-03】全国人民代表大会における人民銀行の記者会見

2018年 3月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
日本大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫を経て、2017年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)が3月5日から20日まで開催された。閉幕前日の3月19日には、2002年12月の就任以来15年超にわたって人民銀行行長(総裁)を務めてきた周小川行長が退任し、後任に易綱副行長が就任することが公表された。会期中の3月9日に周小川行長、易綱副行長、潘功勝副行長兼国家外貨管理局局長が揃って記者会見を行った。その会見の中で注目される点をいくつか選んで取り上げてみたい。

M2数値目標の廃止

 今年、全人代で李克強首相が行った「政府工作報告」では、現金、流動性預金に定期預金などを加えた広義通貨流通量(マネーサプライ)であるM2や、民間非金融部門の資金調達総額を示す社会融資規模の2018年の数値目標が廃止された。「政府工作報告」において金融政策については「穏健な金融政策は中性を保持し緩和引締めを適度とする」と記述されているが、記者からこの緩和引締めを適度とするという意味について質問があった。

 これに対して、易綱副行長は概要以下のように答えている。「緩和引締めが適度という表現は、金融政策が実体経済をサポートするという方針を示している。また、リスクを防止し金融改革を平穏に推進する外部環境を作り上げることも目指している。我々は高速成長の段階から高品質の発展段階に移行するため、中立的で適度な金融政策環境を提供する。流動性の観点から見ると、緩和引締めが適度とは市場金利が平穏に推移しているか、超過準備全体の水準が適度であるか、各方面の指標が合理的な範囲にあるかを考慮することを意味する。今年の政府工作報告で広義通貨量M2と社会融資規模は合理的に増加すべきと表現され、数値目標がなくなった。これは新しい変化である。一つにはM2と経済情勢の相関性が薄れてきたこともあるが、高品質の発展という新たな要求に対して、M2の増加率より通貨信用の残高の構造がより重視されなければならないからである」。

 また、行長就任後の3月25日に行ったスピーチでも易綱行長は次のように述べている。「今年の政府工作報告でM2や社会融資規模の目標値がなくなったことは、高品質の発展という要求を体現する新たな変化である」。

 前回の本コラム で述べたように、人民銀行はこれまでM2を金融政策の中間目標と位置づけてきた。今回M2の数値目標が政府工作報告から消えたことは、量的な成長から質的な成長への転換を図るという政府の方針に沿ったもので、M2の数量を確保することによって高い経済成長を実現するということではなく、貸出構造の変化などを通じて質の高い成長を実現しようとする方針の表れといえる。同時に、M2の伸び率と経済成長との相関が弱まっていることから、人民銀行は数量コントロール型から金利という価格コントロール型の金融政策への移行を進めているが、今回の措置はその過程を進めるものであるともいえよう。

外貨準備の減少

 2017年1月をボトムに2018年1月まで前月比で増加を続けていた外貨準備が2018年2月に前月比で270億ドル減少した。この点について記者から外為市場に何か変化が生じているのかとの質問があった。

 これに対して周小川行長は、「外貨準備をドル建てで見ているため、ユーロや円など非ドル通貨がドルに対して安くなり非ドル通貨建て資産のドル換算額が減少したことと、ドル建ても含めて外貨準備の運用対象の資産価格が下落したことが減少の要因であり、国際収支や外貨受払いは安定している」として、資本流出入などの環境に大きな変化が生じたわけではないと説明した。

 また、周行長の説明を敷衍して潘功勝国家外貨管理局局長は「2月に米ドルインデックスは1.7%ほど上昇(他の通貨は下落)した。また、国際市場において債券価格が下落し、アメリカ、ヨーロッパ、日本の株式市場も4~5%下落した。これらが中国の外貨準備が2月に減少した主因である」と説明した。

 このような説明が正しく、米ドル高と資産価格の下落が外貨準備減少の主因であるとすれば、2月に資本流出が大きくなり外貨準備が減少したということではなさそうである。

フィンテック関連

 フィンテック関連でも記者から複数の質問があった。まず、人民銀行におけるデジタル通貨の検討状況について質問があった。周小川行長は概要以下のように答えている。「人民銀行は3年以上前にデジタル貨幣検討会を開始し、2017年にはデジタル貨幣研究所を立ち上げた。本質的には小口支払システムの利便性、快速性、低コストを追求し、同時に安全性と匿名性の確保を考慮することが目的である。このような動きはブロックチェーン・分散台帳技術によっても可能かもしれないし、現在銀行システムで行われている電子支払技術を発展させることによって実現することも可能であろう。2017年に人民銀行はデジタル通貨と電子支払研究プロジェクトを開始し、国務院の批准を経て現在鋭意推進中である。一方で、金融システムの安定、リスクの防止を重視し、また金融政策、金融安定政策の波及経路を確保し、消費者保護も行う必要がある。したがって、慎重な検討と試験運用が必要である。今後検討が一定程度進んだ後、試験段階に進むであろうが、現状はまだその段階に至っていない」。

 さらにビットコインなど仮想通貨やICO(仮想通貨を使った資金調達手段)についての考え方を問われ、周行長は概要以下のように答えている。「新しいフィンテック技術について人民銀行は早くから研究してきている。しかし、ビットコインなどが急速に蔓延すると消費者にマイナスの影響を与えかねないし、金融システムの安定や金融政策にも予想外の影響を与える可能性がある。人民銀行としては、慎重に検討されていない商品についてはまずいったん運用を停止し、有望な商品であれば試験的運用を行い、有効性などを確認した後、実際の運用を開始するという考え方である。そこで人民銀行は2017年8月末にICOを停止し、ビットコインと人民元の直接交換も禁止した。ビットコインなどの仮想通貨が現金やクレジットカードのように使用されることは認めておらず、銀行システムもこれを受け付けないようにしている。」

 人民銀行はビットコインなど現在取引されている仮想通貨については中国国内での使用を抑制し、一方、支払い決済の利便性の向上などのために、人民銀行自身がデジタル通貨を発行することを検討しているということであろう。


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