【18-08】人民元為替レートの動向

2018年 8月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 2018年8月に、中国では立て続けに人民元為替レートの低下を抑制する措置が打ち出された。その結果、それまでの急速な人民元安傾向の動きは収まったように見える。今回は、人民元レートの最近の動向について概観したい。

人民元安抑制策の導入

 2018年8月3日、中国人民銀行は銀行が顧客企業から見て外貨買い人民元売りの為替予約契約を締結した際、外貨リスク準備金を人民銀行に積み立てる制度の準備率を0%から20%に引き上げ、8月6日から実施することを公表した。銀行は契約金額の20%を無利息で人民銀行に積み立てる必要がある。本措置により、外貨買い、人民元売りの為替予約取引コストが上昇し、人民元安要因となる為替予約取引を抑制する効果がある。

 本制度は2015年10月に導入され、20%の外貨リスク準備金の積み立てが義務付けられたが、2017年9月に準備率が0%に引き下げられ、事実上停止されていた。今回この準備率を0%から20%に引き上げ、制度を復活させたことになる。

 また、2018年8月24日、人民銀行のホームページに外為市場自律機構の文書として、8月に入ってから人民元の対米ドル基準レート報告銀行が「カウンターシクリカル要素(中国語で逆周期因子)」の適用を再開した旨が公表された。カウンターシクリカル要素は為替レートの一方向への動きを抑制するよう逆方向に作用する要素という意味である。この結果、人民元の対米ドル基準レートの報告形式は「前日終値+バスケット通貨レートの変動+カウンターシクリカル要素」によって行うこととなった。外為市場自立機構は銀行間の自主的な組織であるが、人民銀行の監督を受けることとされている。このカウンターシクリカル要素については2017年6月の本コラムでとりあげたが、当初は2017年5月26日に外貨交易センター(CFETS)のホームページで公開された外為市場自律機構の文書で導入が公表された。その後、2018年1月19日に、このカウンターシクリカル要素を「中性化」した旨の同機構の文書がCFETSのホームページで公表された。制度自体は残したまま、カウンターシクリカル要素の適用は停止したということを意味する。この制度の適用についても、今回再開されたこととなる。

人民元為替レートの動き

 人民元の対米ドル基準値の動きをみると、2018年4月末頃から人民元安傾向となり、特に6月中旬以降は減価のテンポが急速となっていたが、8月半ばをボトムに少し人民元高傾向に転じている。また、人民元の名目実効為替レートでみるとCFETSが週次で公表している3つの指数(CFETS指数、BIS指数、SDR指数)のどれを見ても、同じく6月半ば以降7月31日まで急速に低下していたが、それをボトムに上昇ないし横ばいに転じている。国際決済銀行(BIS)が公表している名目実効為替レートの試算(日次ベース)でみても7月31日をボトムに上昇に転じている。

 このような為替レートの動きをみると、8月に入って今回の両措置の再導入が効果を表した形となっている。

 もう少し長い期間で人民元為替レートの動きをみると、対米ドルレートでみても名目実効為替レートでみても、2015年8月の人民元大幅切り下げ以降低下傾向が続き、この間、2015年10月に外貨リスク準備金が導入され、2015年5月のカウンターシクリカル要素の導入とともに上昇に転じた。その後対米ドルレートでは2018年2月ころまで、名目実効為替レートでは2018年5月ころまで上昇が続き、2017年9月に外貨リスク準備金の適用が停止され、2018年1月にカウンターシクリカル要素も停止された。その後しばらく横ばいないしは若干の低下傾向を示した後、両レートとも6月半ばから急速に低下していた。

どう解釈するか

 人民元為替レートは「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調整される、管理された変動相場制」に従って運営されているので、当局の意図は特に名目実効為替レートの動きに表れているとみるべきである。前回の本コラムでも述べた通り、このバスケット通貨に緩やかに連動して為替レートを管理する手法は、シンガポールドルの為替レート管理手法に倣ったものである。従って、人民元の名目実効為替レートの動きは中国の金融政策とシステマティックに連動している可能性が高い。

 そうした観点から見ると、2017年5月から2018年5月ころまでの名目実効為替レートの上昇は、「穏健中性の金融政策」という引き締め気味の金融政策を反映したものであり、2018年6月半ばからの低下は緩和気味の金融政策への転換を反映したものである可能性がある。この点は前回のコラム でも述べた。

 それでは、8月に入ってからの人民元安抑制策の再導入と名目実効為替レートの上昇ないし横ばいへの転換はどのように評価すべきであろうか。8月10日に人民銀行が公表した2018年第2四半期金融政策執行報告では、「為替レートの弾力性を増加させていく一方で必要な場合はカウンターシクリカルな調節を行う」としたうえで、「マクロプルーデンス政策の調節作用を発揮して、人民元為替レートの合理的均衡水準での基本的安定を保持する」と述べている。明らかにされていないが名目実効為替レートの変動許容バンドが設定されており、人民銀行としてはそのバンドの範囲内では弾力的な為替レートの変動を認めつつ、為替レートがそのバンドから逸脱しそうな急激な動きを見せた場合は、様々な措置をとって安定を図るということであろう。人民銀行は金融政策の緩和に伴い、名目実効為替レートの変動許容バンドを従来の上昇トレンドから横ばい方向に引き下げた可能性がある。8月の措置は、名目実効為替レートが6月半ばに低下に転じた後の動きが人民銀行の意図を超えた急激な動きとなったため、これをバンド内に押しとどめるためにとられたものであると考えられる。人民銀行が名目実効為替レートについてどのような変動バンドを設定しているのかについては、しばらく様子を見てみなければ判断は難しいが、緩和気味の金融政策が続くのであれば、当面の間は名目実効為替レートが横ばいに近い方向で推移するように管理していく可能性があろう。

(了)


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