【18-10】預金準備率引き下げの技術的側面

2018年10月24日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は、10月7日、預金準備率の1%の引き下げを発表した。今回は、この措置の意味を考えてみたい。

預金準備率引き下げと金融緩和

 今回の預金準備率の引き下げは、10月15日から大型商業銀行、株式制商業銀行、都市商業銀行、非県域農村商業銀行、外資銀行を対象に1%ポイント引き下げるというものである。今年に入って3度目、累計2.5%の引き下げであり、大型商業銀行の場合、引き下げ後の水準は14.5%となる。人民銀行の負債サイドの法定準備預金がこの分解放され、準備預金に余裕が生じる。一方、資産サイドで当日満期を迎える中期貸出ファシリティ(MLF)を継続しないとも公表した。

 同時に公表された人民銀行の責任者の説明によると、今回満期を迎えるMLFは4500億元であり、これを差し引いても7500億元の準備預金が解放されることになる。ただし、10月中下旬に税金の引き揚げがあり、それによって相殺されるとしている。そして、銀行システムの流動性は基本的に安定しており、穏健中性な金融政策の方向性は変化していないと説明している。

 中国の準備預金制度は10日間の平均残高で法定準備額を上回ることが要求されており、積み期間は各旬の5の日から次の旬の4の日までなので、今回の引き下げはちょうど10月15日から24日までの積み期間の初日に行われることとなる。初日に7500億元の超過準備が積みあがると、その後、10月下旬にかけて税金の引き揚げで吸収されるとしても、平均残高でみた積立所要額が当初に大幅に進捗する効果があるため、金利引き下げ圧力が生じる。穏健中性の金融政策は変化しないといっても、金融緩和効果があることは間違いない。この点については、7月の本コラム で述べた通り国務院常務会議で金融政策の方針について「中性」の語をとって、「穏健な金融政策」と表現し金融緩和方向への転換を示していたが、再び「穏健中性」に戻っている。人民銀行としては着実な緩和効果をねらいつつ、緩和を強調しすぎると、人民元為替レートに低下圧力が生じたり、バブルが生じて企業債務が再び拡大したりすることを恐れ、過度の緩和観測を抑制しようと配慮しているものとみられる。

外貨準備との関係

 もう一つの論点が外貨準備との関係である。そもそも中国の預金準備率が大型商業銀行でみてピーク時21.5%などという高水準になったのは、外貨準備の急増に対応したものである。中国の公的外貨準備のうち「外貨準備」(日本の公的外貨準備のうち「外貨」に当たる部分)について今年に入ってからの推移をみると、2017年末の3兆1399億ドルから2018年9月末の3兆870億ドルへと若干減少しているが、これはユーロが対米ドルで減価したことが主因であり、人民銀行のバランスシート上に帳簿価格で計上されている人民元建ての「外貨」をみると2017年末の21兆4788億元から2018年9月末の21兆4084億元までわずかしか変化していない。人民元安を抑制するためのドル売り介入はほとんど行われなかったとみるべきであり、今年に入ってからの預金準備率の引き下げは、短期的に見ると外貨準備の減少に対応して行われたわけではなさそうである。しかし、長期的に見ると様相は異なってくる。

外貨準備増大時期の対応

 中国がWTOに加盟した2001年12月末の外貨準備は2121憶ドルに過ぎなかった。その後経常収支の黒字と直接投資の流入を主因とする急激な人民元高圧力を抑制するため、外貨買い介入を行った結果、外貨準備は急増を続け、2014年6月末には3兆9932億ドルに達した。人民銀行の資産サイドの外貨も2001年12月末には1兆8850億元であったものが2014年6月末には27兆2128億元に膨れ上がっている。同期間に負債サイドの準備預金も1兆7089億元から21兆6638億元まで増加した。もし、預金準備率が一定のままで超過準備が増加していくと、急激な金融緩和効果が生じてしまう。そこで人民銀行は預金準備率を引き上げるとともに、2002年9月から手形の売出しを開始し、負債サイドで準備預金から売出手形への振り替えを行うことによって超過準備の急増を防いだ。売出手形の残高はピーク時の2010年7月末には4兆7491億元に達した。しかし、当時外貨準備の主な運用対象である米国債の利回りは、リーマンショック以降1年物で1%以下にとどまっていた。一方中国の金利水準は、2008年10月に発行された売出し手形の利回りをみると3か月物で3.2754%に達していた。人民銀行に逆ザヤが生じていたわけである。そこで、人民銀行は2007年ころから預金準備率を急速に引き上げ、売出手形の減額に努めた。また、2008年11月には法定準備預金に対する付利水準を1.89%から1.62%に、超過準備預金に対しては0.99%から0.72%に引き下げた。これらの措置によって逆ザヤの抑制を図ったこととなる。売出手形残高は2017年6月以降ゼロとなっている。

外貨準備減少時期の対応

 その後、2014年後半から一方的な人民元高期待が薄まり、2015年8月に、人民元為替レートの大幅な切り下げが行われると、今度は人民元安圧力が高まって、人民銀行は急激な人民元安を抑制するためにドル売り介入を行った。外貨準備は2014年6月の3兆9932億ドルをピークに減少に転じ、2018年9月末には3兆870億ドルとなった。人民銀行の資産サイドの外貨も同期間に27兆2998億元から21兆4084億元に減少した。これに対して負債である市中銀行などの準備預金は同期間に21兆235億ドルから23兆1061億ドルに増加している。人民銀行では外貨準備の増加に代わる金融機関に対する資金供給手段として、2013年から短期流動性調節手段(SLO)、常設貸出ファシリティ(SLF)などを導入し、2014年9月にはMLFを開始した。これらの手段を利用した人民銀行の預金金融機関向け信用供与が同期間で1兆3901億元から10兆9339億元に増加し、外貨の減少を補った。これを市中銀行側から見ると、中国経済の成長に応じて貸出を増加させ、それに伴って預金が増加したので人民銀行に預ける法定準備預金の額も増加したが、人民銀行のドル売り介入によって準備預金が吸収されてしまい、その差額をMLFなどによって供給を受けたということになる。この間、預金準備率は2011年6月のピークの21.5%から、2011年11月以降順次引き下げられ、今回の引き下げ前には15.5%となっていた。この引き下げがなかったとしたら法定準備預金額はもっと大きなものであったはずでありMLFもさらに巨額に達していたであろう。

 しかし、MLFの金利は、例えば、本年9月17日に実施されたもので1年物3.3%となっている。今度は、市中銀行が人民銀行から3.3%で資金調達し、1.62%で準備預金に預けているという形になり、逆ザヤとなっている。準備率を引き下げ、同時にMLFを減少させると、その分逆ザヤ状態が抑制されることとなる。今回の措置についての人民銀行の説明で「商業銀行と金融市場の流動性構造を改善し、銀行の資金コストを引き下げ、それによって企業の資金調達コストを引き下げる」と述べられているのは、これを意味する。市中銀行はより低コストで貸出と預金を拡大することができるようになるのである。

 長期的にみると、今回の預金準備率の引き下げとMLFの減額という措置は、過去の外貨準備の急増とその後の減少に対しての技術的な対応の一環であるという側面を有しつつ、市中銀行のコスト低下を通じて金融緩和効果を上げようとしたものであるということができよう。

(了)


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