【18-11】超過準備率の推移

2018年11月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は11月9日に、2018年第三四半期中国金融政策執行報告を公表した。同報告書のコラムで、超過準備率について取り上げられている。前月 に続き、準備預金の話題となるが、今回は中国の超過準備率の動きについて考えてみたい。

超過預金準備率の働き

 人民銀行の金融政策執行報告のコラムは「超過準備率と金融政策の伝導」と名付けられている。準備預金制度において、法定準備率によって計算された所要準備額以上に準備預金が預けられている場合に、その超過した部分の金額を超過準備額と呼ぶ。超過準備率はこの超過準備額を準備預金の計算対象となる預金総額で除した比率である。

 日本など、通常、短期市場金利(政策金利)を金融政策の誘導目標水準としている国の場合、短期金融市場におけるオペレーションによって、資金の供給や吸収を行って、準備預金の積み進捗率をコントロールし、政策金利を安定させている。日本の場合であれば、所要準備額を1か月の間の平均残高で満たせばよいので、日によって所要準備額より多い日も少ない日も生じるが、通常の場合、積み最終日には、ほぼ、1か月の平均残高が所要準備額と等しくなる額に調整される。これは、準備預金には付利されていなかったり、付利されていても非常に低い金利であったりするので、銀行にとっては銀行間市場や企業貸出などで運用した方が有利である場合が通常であり、準備預金として預ける金額は必要最小限にしたいからである。そうした中で、積み進捗が進むように資金を供給すると金利低下効果が生じるし、資金を吸収して積み進捗率を遅らせると、金利上昇効果が生じる。このようにしてコントロールされた金利の下で、さまざまな経済活動が影響を受け、銀行貸出など信用総量が変動し、それに伴い預金量が変動する。その預金量に準備率をかけて再び所要準備額が決まることとなる。従って、通常の場合、超過準備額はほとんど存在せず、その変動が大きな意味を持つものではない。

 一方、中国では、いまだに満期毎の金利が規制されており、イールドカーブが固定されているので、金利のみで金融政策を行うことができず、人民銀行が銀行の貸出量を直接コントロールする「窓口指導」が行われている。したがって、まず貸出量が決まり、それに伴って預金量も決まるので、それに準備率をかけた所要準備額が決まる。こうしたシステムにおいて、人民銀行はベースマネーである準備預金の増加はマネーサプライを増加させるという理解の下、超過準備率の増減を、増加させると金融緩和、減少させると金融引締という人民銀行の意図を伝達するサインとして利用している。

超過準備率の推移

 中国では、従来から準備預金に比較的高い金利が付利されていた(法定準備預金に対し1.62%、超過準備預金に対し0.72%)ことや、支払い決済業務の非効率性などの理由で比較的高い水準の超過準備率となっていた。超過準備率は、2001年、2002年ころには7~8%の水準であった。その後徐々に低下し2010年ころから長らく2%前後の水準を維持してきたが、2017年には1.5%前後の水準に低下している。例えば2016年は3月末2.0%、6月末2.1%、9月末1.7%、12月末2.4%であったが、2017年には各四半期末で1.3%、1.4%、1.3%、2.1%となり、2018年は9月末までの各四半期末で1.3%、1.7%、1.5%と2016年以前と比べて明らかに低下傾向を示している。

 金融政策は2017年には引締め気味であったので、超過準備率の低下はこれと整合的であるが、2018年に入って金融緩和姿勢に転換したとみられるため、低めの超過準備率の継続は政策スタンスと整合的でないこととなってしまう。

 今回の金融政策執行報告のコラムは、直接この問題を取り上げたものではないが、人民銀行の資金供給が銀行システムに滞留し、実体経済に流れていないのではないかという疑問に答える形で、超過準備率の低下の理由を説明している。

超過準備率低下の要因

 超過準備率低下の要因として、人民銀行はまず、①預金の持続的な増加がスケールメリットを生んでおり、支払い決済上必要な準備預金の増加額は預金の増加額ほどではないこと、②支払い決済システムの効率化が進んだこと、③金融政策の操作メカニズムの改善、④金融機関の流動性管理能力の向上を挙げている。このうち、金融政策の操作メカニズムの改善の中では準備預金の積み方の変更が指摘されている。以前は、毎日、所要準備額を上回る準備預金残高を積むことが必要であった。毎日、最低ラインを下回ると罰則が課せられるわけである。このようなルールの下では、安全のために毎日少し多めの準備預金を保有しようとすることとなる。このルールが2015年9月15日から変更され、積み期間中の平均残高で所要準備額を上回ればよいこととなった。準備預金残高が所要準備を下回る日があっても、他の日に所要準備額を上回る金額を積んで平均残高で所要準備額を上回ればよいということになったのである。この措置は超過準備率を減少させる大きな効果を持ったと考えられる。

 一方で、2018年入り後、海外情勢の変化や国内景気の減速などを受け、人民銀行は対応措置として、「流動性管理の目標を「合理的安定」水準から「合理的に充分余裕のある」水準に転換した」、と記載している。これは、「穏健中性の金融政策」に変化はないとしている中で、金融政策の転換を明示した表現として重要である。人民銀行は、準備率の引き下げや、中期貸出ファシリティ(MLF)を通じた資金供給によって流動性の水準を経済の需要に見合う形で増加させてきたとしている。超過準備率が上昇していない中で、マネーサプライや貸出は安定的に増加しており、これは人民銀行が供給した資金が銀行システムに滞留せず、実体経済にスムーズに流れていることを示している、と主張している。

 アメリカやユーロ圏については2008年のリーマンショック以降の量的緩和政策によって超過準備率が急速に上昇している。人民銀行の金融政策執行報告における計算によると、アメリカはピーク時23%であり、最近時でも12%前後、ユーロ圏も最近時で10%を超えていることが指摘されている。ちなみに日本については異次元の金融緩和政策の下で最近時点で30%を超えているものとみられる。人民銀行に従うと、これらの例は、中央銀行による資金の供給がスムーズに実体経済に流れていないことを示しているということになる。

超過準備率低下の意味

 以上のように、人民銀行は、本コラムにおいて、豊富な資金供給が銀行システムに滞留しているのではないかという疑問に対して、超過準備率の低さを示して、供給した資金は基本的にすべて実体経済に流れているということを主張している。それと同時に、最近の超過準備率の低下傾向は、様々な制度的要因の変化等によるものであると説明しており、超過準備率の低下が金融引き締めを示すものではなく、金融緩和的な豊富な資金供給と両立するものであるということを示唆しているわけである。

(了)


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