露口洋介の金融から見る中国経済
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【20-12】デジタル人民元の最近の動向

2020年12月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 デジタル人民元については、深圳に続いて蘇州でも個人の使用の実証実験が行われ、また、人民銀行関係者の発言も相次いでいる。デジタル人民元に関する最近の動向についてまとめてみたい。

実証実験

 今年5月26日に、人民銀行のウエブサイトに掲載された人民銀行の易綱総裁の発言では、「深圳、蘇州、雄安、成都の4都市でデジタル人民元の試験運用を始めている」と述べられていた。

 10月12日に深圳市において、5万人に対し一人当たり200元(約3200円)、計1000万元(約1億6千万円)のデジタル人民元を配布し、大衆レベルの実証実験が開始された。報道によると、参加した個人は、まず事前に申請した銀行のデジタルウォレットをスマートフォンにダウンロードし、そこに200元が振り込まれた。今回の実証実験に参加した銀行は工商銀行、農業銀行、中国銀行、建設銀行の4大商業銀行であり、それぞれの銀行のデジタル人民元ウォレットの画面の色はそれぞれ異なっていて、各銀行のロゴの色と一致している。一方、3400軒の商店が参加し、デジタル人民元による支払いを受け取った。支払い方法はアリペイやウィチャットペイなどの第三者決済と類似しており、商店は支払いを即時に受取ることができ、決済手数料の支払いは不要であった。この実証実験は10月18日の24時で終了し、その時点で支払いに使用されなかったデジタル人民元は回収された。深圳市の発表によると、4万7573名がデジタル人民元を無事受け取り、6万2788件の支払いが実施され取引金額は876.4万元に達した。

 続いて、12月11日から蘇州市において、10万人に対して一人当たり200元、計2000万元のデジタル人民元を配布し、実証実験が行われた。12月11日の午後8時から12月27日の深夜12時までが配布されたデジタル人民元の使用期限とされ、未使用分は回収される。今回は、商店での使用に加えて、インターネット販売サイトでの使用や、インターネット環境がない状況で、スマホ同士でデジタル人民元を移転させる方式などについての試験が実施された。

人民銀行関係者の発言

 人民銀行幹部のデジタル人民元についての発言も相次いで行われた。デジタル人民元の具体的な内容については未だ不明な点が多いが、これらの発言によって、いくつかの点が明らかになってきた。

 前出の今年5月26日の人民銀行易綱総裁の発言では、デジタル人民元は①現金を代替するものであり、②二層方式で運営され、③コントロール可能な匿名性を有すると説明されていた。ここで二層方式というのは中央銀行である人民銀行が企業や個人に対して直接デジタル人民元を発行するのではなく、商業銀行を通じて配布するということを意味する。

9月14日に、人民銀行の範一飛副総裁が新聞にデジタル人民元に関する文章を寄稿した。そこでは、デジタル人民元は現金と同じく中央銀行による中央管理を行うとされた。中央管理のために人民銀行は、①デジタル人民元の技術標準、セキュリティルールなどを制定し、②決済流通情報を中央で把握し、③指定運営機関と協力してデジタルウォレットについて、統一した技術体系と偽造防止システムを装備するという前提の下で各機関別の機能の特色を実現、④デジタル人民元発行のインフラを構築し、運営機関間の連携を実現し、流通の安定を確保する。そして、デジタル人民元については現金と同様流通費用を徴収しない方針も示した。指定運営機関については、有力な商業銀行を指定し、その他の銀行や関係機関との協力方法の検討を進めることとされた。

10月25日には、人民銀行デジタル通貨研究所の穆長春所長が講演を行った。そこでは、紙幣を強制的に回収してデジタル人民元に置き換えるということは行わないという方針が示された。紙幣に対する需要がある限り紙幣の発行は続け、デジタル人民元と紙幣は長期にわたって併存する。また第三者決済は金融インフラでありウォレットにあたる。デジタル人民元は支払い手段であり、ウォレットの中身であってこれら二つは異なる次元の存在である。現在第三者決済のウォレットの中身は電子化された銀行預金であるが、デジタル人民元発行後は、デジタル人民元もウォレットの中身に加わる。したがって、デジタル人民元と第三者決済は共存することができる。デジタル人民元に対しては中央銀行が中央管理を行い、100%準備を保証し、発行総額を管理する。商業銀行が公衆との間でデジタル人民元との交換業務を担当し、流通サービスについては銀行や第三者決済機関が責任を負う。

11月27日に、前人民銀行総裁で中国金融学会の周小川会長が講演を行った。同講演では、デジタル人民元の第一層が中央銀行であり、中央銀行はデジタル人民元の決済インフラを提供し、第二層である銀行が提供する支払い手段の間の相互互換性を保証するなどの責任を有する。一方、第二層の商業銀行が顧客管理やアンチマネーロンダリング、データ保護、流通システムの運行管理などの責任を負うとされた。周会長は、このような発行方式を例えるものとして香港の三銀行による紙幣発行方式を挙げている。香港では香港上海銀行、スタンダードチャータード銀行、中国銀行の3行がそれぞれ香港ドル紙幣を発行しており、7.8香港ドルに対して1米ドルを香港金融管理に引き渡している。発行された紙幣はこれら三銀行のバランスシートの負債に計上される。また、デジタル人民元をクロスボーダーの決済に使用する場合は相手国の通貨制度や通貨主権に十分配慮する必要があるということも述べられている。

現在までに判明したこと

 以上の発言からデジタル人民元について現在判明していることをまとめると、まず、人民銀行が技術水準の標準化を行い、決済情報を集中するなど中央管理を行うことが挙げられる。次に、デジタル人民元を顧客に対して発行し、顧客情報などの管理を行うのは第二層の商業銀行である。第三者決済や紙幣とは今後も共存することが想定されている。また、海外との間の資金の受払にデジタル人民元を利用することも想定されている。

 一方、未だに不明確な点も存在する。第二層の商業銀行がそれぞれ独自のデジタルウォレットを顧客に配布して、複数の指定運営機関が発行するデジタル人民元がウォレットの間を流通するということが想定されているようであるが、その具体的な流通形態は未だ明確ではない。また、人民銀行と第二層の商業銀行との間のデジタル人民元の受払や商業銀行と顧客の間の交換業務は手数料無料とされている。しかし顧客が商店との間の支払いなどに使用する場合に第二層の商業銀行や第三者決済機関などが手数料を要求するのか否かは明らかではない。これらの状況によってデジタル人民元の通貨としての性格や銀行業務に対する影響が異なってくる。今後の新たな情報に期待することとしたい。

(了)