第26号:日中の再生医学・再生医療
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日本における再生医療 東海大学の取り組み

2008年11月

安藤清先生

安藤 潔 (あんどう きよし):
東海大学医学部再生医学センター・センター長

57年5月 生まれ
83年 慶應義塾大学医学部卒業 医学博士 慶應義塾大学病院内科研修医
85年 国立東京第2病院(現東京医療センター)内科医師
88年 東海大学医学部微生物学教室助手
91年 ハーバード大学ダナ・ファーバー癌研究所留学
95年 東海大学医学部微生物学教室講師
97年 東海大学医学部血液リウマチ内科学教室講師
02年 東海大学医学部血液リウマチ内科学教室助教授
05年 東海大学医学部血液・腫瘍内科学教室教授 再生医学センター・センター長

 東海大学は国際的には優れたアスリートを育成することで知られています。今回の北京オリンピックでも女子柔道78キロ級銀メダリストの塚田真希選手、陸上400mリレー銅メダリストの末続慎吾、塚原直貴選手は東海大学出身者です。一方、医学部は1974年に設立され、当初より無菌室を有して再生医療に力を注いできました。すなわち1982年に同種骨髄移植の第1例を成功させ、2007年の25周年を迎えて900例の移植を行ってきました。また1991年にはC-CSFを用いた同種末梢血幹細胞移植、1993年には純化CD34陽性骨髄細胞移植の世界第一例目を成功させました。1995年からは東海大学臍帯血バンクを設立しています。再生医学センターは1997年に設立されて以後、造血再生部門と器官再生部門において新規再生治療法を開発しており、2001年には体外増幅臍帯血幹細胞移植、2003年からは血管新生治療を行っています。本年度は椎間板の再生治療を開始する予定です。以下、各部門の研究内容を紹介します。

造血再生部門

図1 NOGマウス骨髄内におけるヒトCD34陽性CD38陰性の局在

図1 NOGマウス骨髄内におけるヒトCD34陽性CD38陰性の局在

 われわれは1999年にマウス骨髄ストローマ細胞を利用したヒト造血幹細胞体外増幅法を開発し(Exp Hematol 1999)、2001年に臨床応用しました(臨床血液2004)。その後、マウス骨髄ストローマ細胞を機能分子に置き換えることを目標として、ヒト造血幹細胞と骨髄ニッチの研究を行っています。この過程でヒトマウス作成に有用なNOGマウスを実験動物中央研究所と共同開発しました。このマウスを用いることによってヒト造血の仕組みを詳細に解析することができます。例えば、ウィルスで標識した造血幹細胞を移植することにより、クローンレベルでの造血動態がわかりました(図1、Blood 2006, Stem Cells 2008)。またヒト間葉系幹細胞を骨髄内に移植することにより、骨髄ニッチを再構築することを明らかにしました(Blood 2006)。今後はマウス骨髄にヒトニッチ分子を導入しよりヒトに近い環境を形成することを通して、造血幹細胞移植に替わる新規造血再生治療法を開発していく予定です。

器官再生部門

 血管再生チームは再生医療科学浅原孝之教授をリーダーとして、「血管内皮前駆細胞の細胞生物学的解析及び血管再生医療への応用」に取り組んでいます。全身に張り巡らされた血管は、体のあらゆる臓器、組織に酸素、栄養分を供給している最も重要な臓器で、糖尿病、高血圧症、高脂質血症等の生活習慣病から惹起される動脈硬化は血管の機能傷害の原因となり、血栓による動脈閉塞から心筋梗塞や下肢動脈閉塞症等の虚血性疾患を引き起こします。言うまでもなく、虚血性疾患は、往々にして生命を脅かし、また機能障害が後遺症として残ることもしばしばで、生活習慣病及び虚血性疾患の克服は現代医学・医療において最重要課題となっています。浅原らは1997年に世界で初めて生体内血管内皮前駆細胞(Endothelial Progenitor Cell= EPC)の存在を報告しましたが、その細胞生物学的特徴の解析及びその診断、治療応用を目的とした基礎から臨床へのトランスレーショナルリサーチを行っています。具体的には虚血性疾患患者末梢血から自己の未分化EPC(CD34陽性細胞、CD133陽性細胞)を採取し、患部に移植することで機能的血管再生を図る新しい治療法を開発し、2003年より下肢動脈閉塞症や糖尿病性壊疽を対象とした臨床研究を行い、良好な治療効果を得ています。また最近、自己未分化EPCを生体外で無血清条件下で分化・増幅培養することにより機能低下EPCにおいても格段にその機能が向上することを見出しました。そこで、治療効果の向上を目的として生体外分化・増幅EPC移植による次世代型血管再生療法として近未来的に臨床応用すべく、世界のEPC研究をリードする研究室として日夜、研究に励んでいます。

皮膚再生グループはの救命救急医学猪口貞樹教授をリーダーとして、重症熱傷などによる皮膚全層性損傷に対して、ヒトフィブリンを基質に用いた自家複合型培養皮膚(cultured skin substitute)移植の臨床研究を行ってきました。生着率は比較的良好であり、移植後10年以上の長期生着が確認され、移植後の機能予後も良好です。また移植に伴う重篤な有害事象も経験していません。一方、培養皮膚は移植後に血管新生によって栄養されるまで灌流が不安定であり、また移植床に感染があると生着率が低下するなど問題点があり、これらを解決するために以下の基礎研究を行っています。

  1. 複合型培養皮膚の基質に各種濃度のbFGFを加え、免疫不全マウスに移植後の再生皮膚の状態と血管新生について検討しました。添加量1.3μg/cm2では、表皮細胞の増殖は軽度低下するが、真皮線維芽細胞の密度および新生血管の密度は増加することが判明しました。一方bFGF添加量が多いと表皮細胞の増殖が低下し、炎症反応により生着率が低下しました。
  2. ヒト皮膚に誘導的に発現する抗菌ペプチドであるヒト・βデフェンシン(hBD)2,3およびLL-37の利用について検討しています。hBD-2はグラム陰性菌に対し抗菌作用を示すが、生理的塩濃度、血清存在下での抗菌活性は著しく低下しました。hBD-3はグラム陽性球菌に対し強い抗菌活性を示し、生理的塩濃度、血清存在下での抗菌活性低下は軽度でした。LL-37はグラム陰性桿菌に対し強い抗菌活性を示し、血清存在下で軽度の抗菌活性低下が見られました。アデノウイルスベクターを用いてhBD-3遺伝子をヒト表皮細胞・線維芽細胞に導入したところ、両培養上清中にhBD-3が検出され、MRSAを含むグラム陽性球菌に抗菌活性を示しました。現在LL-37遺伝子導入について検討中です。
図2 椎間板再生治療の概要

図2 椎間板再生治療の概要

 運動器再生グループは整形外科学持田讓治教授をリーダーとして、運動器治療における医療の質をさらに向上させる為の基礎研究活動を精力的に行っています。臨床分野から多くの研究者を輩出しミクロレベルの病理、病態の理解を深めることと同時に治療現場に直結する新たなトランスレーショナルリサーチを常に模索し続ける姿勢は 多くの国際学会、学術雑誌にて高く評価されています。研究分野は主に椎間板、関節軟骨、脊髄です。椎間板研究グループはこれまで活性化髄核細胞や幹細胞を用いた細胞移植療法における先駆けとして一連の基礎的研究を行い、本年度より臨床応用化を開始しています(図2)。また椎間板細胞の起源からその運命と恒常性を内在性幹細胞とそのニッチ、幹細胞システムの側面から解明するプロジェクトも進めています。関節軟骨研究グループでは細胞シート工学並びに旋回培養法を用いた「スキャフォルドフリー」の軟骨再生に関する研究を進めています。また光音響法を用いた非侵襲的軟骨粘弾性特性評価法に関する研究を推進し、現在臨床研究として進行中であり、再生医療評価技術の1つとしてNEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)プロジェクトに選定されています。脊髄研究グループでは主に脊髄損傷後の再髄鞘化阻害における、オリゴデンドロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへの分化阻害因子の解明や脊髄損傷後における成長因子療法の可能性の検討(G-CSF+SCF療法による骨髄由来幹細胞の脊髄損傷後の修復への関与)など脊髄損傷の治療に直結する研究を推進しています。3グループとも学内外の共同研究者の方々との多彩な基盤技術を臨床研究に応用し、実現可能な再生医療を目指しています。