第27号:日中の地震・防災研究
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津波地震のメカニズムおよび予測

2008年12月

瀬野徹三

瀬野 徹三(せの てつぞう):東京大学地震研究所教授

昭和55年4月 建設省建築研究所国際地震工学部研究員 昭和56年4月−57年8月 スタンフォード大学研究員 昭和61年4月  国際地震工学部主任研究員 昭和63年8月 東京大学地震研究所助教授へ転任 平成7年4月から現職

1.はじめに

 津波地震とは、マグニチュードと比較して相対的に大きな津波を起こす特殊な地震をいいます。この場合のマグニチュードとは、短周期のマグニチュード(気象庁マグニチュードや表面波マグニチュードMs)です。マグニチュードが小さいために震度が小さく、逃げ遅れて大きな津波被害をもたらすことがある危険な地震です。津波の大きさは津波マグニチュードMtで測られますから、

 Mt > Ms               (1)

が数式を用いた津波地震の定義となります。津波地震の特徴の一つは、ゆっくりとしたすべりを伴うことですが、すべりがゆっくりですと、短周期波と比べて長周期波をより励起し、したがってマグニチュードと較べて大きなモーメント(地震のすべりと断層面積から決まる、地震の大きさを表す量)をもち、大きなモーメントは、大きな地殻変動、すなわち大きな津波をもたらしますから、津波地震の定義を満足することになります。実際いくつかの津波地震では、モーメントから期待される地殻変動によって、津波震幅がほとんど説明されます。モーメントに対応するモーメントマグニチュードを用いると、ゆっくりすべりは

 Mw > Ms              (2)

と表され、一方多くの地震でMt 〜 Mwなので、(1)と同じ意味になります。しかしきわめて大きな津波を出し、死者2万2千人という過去最悪の津波被害を与えた1896年三陸津波地震(Ms7.2)、1946年アリューシャン地震(Ms7.4)などでは、モーメントから期待されるよりも津波はさらに大きくなっており、

 Mt > Mw              (3)

が成り立っています。 これらの地震に対しては、ゆっくりすべり以外の要素が必要となり、さらにたちの悪い津波地震ということが出来るかもしれません。
津波地震は、海溝近くのプレート境界のごく浅いところを破壊するということが、最近の津波波形の研究からわかってきました。津波地震のゆっくりとしたすべりは、後に述べますように、プレート境界浅部が地震を起こさない安定すべり領域であることと関係しているように思えますが、もう一つの要素とも関係していると考えられます。プレート境界の浅部のデコルマ(潜り込む堆積物と、はぎ取られる堆積物の境界のすべり面)にまですべりが達しますと、海溝陸側斜面先端部の未固結堆積物は、固結した付加体(バックストップ)に掻き上げられて、非弾性変形による異常隆起を被るからです。日本海溝における堆積物とバックストップの関係を図1に示しました。異常隆起は海面下で異常津波につながります。

図1

図1 日本海溝北部の構造断面模式図。未固結堆積物はスランプ堆積物で、幅は約10 km。その西の固結した付加体が地震すべりにともなって未固結堆積物を押し出し、異常隆起すなわち異常津波をもたらすという考え。

 このメカニズムは、1999年集集台湾地震の地表断層北端部で、北向きの大きな水平すべりが起こり、弱い堆積物が押されて、河床を横切る滝の生成やダムの破損など、異常な隆起をもたらしたことから私が想定したものです。集集地震は、表面波マグニチュードと較べてモーメントは特に大きくなかったので、地震全体をみるといわゆる津波地震ではないのですが、それにもかかわらず津波地震の要素を北端部で含んでおり、異常隆起域(海面下にあれば異常津波の波源域)を直接観察することができました。すなわち集集地震においてはむしろ、

  Mw 〜 Ms                 (4)

であったために、第(3)式 Mt > Mwの原因が、堆積物の変形を通してはっきり見えてきたというわけです。

2.プレート境界浅部の摩擦特性

 以上のように、デコルマ浅部にまで及ぶすべりが堆積物の変形をもたらす、あるいはもたらさないまでもゆっくりしたすべりをもたらすことが津波地震の原因であるとしても、大きな未解決の問題が残されています。それはそのような未固結堆積物が潜り込むプレート境界は、応力が加わるとずるずるとすべるという安定すべりの摩擦特性を持ち、地震は引き起こさないと考えられるからです。実際海溝から陸側50 kmくらいまでは地震活動はきわめて低く、いわゆる地震発生帯は、プレート境界断層内堆積物を構成する粘土鉱物であるスメクタイトが脱水してイライトに変成し、固着が始まるような深さ以深の境界であると考えられています。
このようなプレート境界浅部断層の摩擦特性は、最近の三陸沖の大地震の起こり方をみると正しいように思われます。それらの地震の余震分布は、1896年津波地震断層領域にオーバーラップしていますが、アスペリティはいずれも1896年地震の断層領域よりも深くに位置しています。すなわち1896年地震の断層領域は、これらの地震の際に地震すべりを引き起こしておらず、おそらくこれらの地震の後で、ゆっくりとした余効すべりが起こり、余震を起こしながら応力を解放していったと考えられます。このような余効すべりは、地震すべりの後で、それをとりまく安定すべり領域で起こることが、数値実験の結果で示されています。じっさいこれらの最近の三陸沖大地震は津波地震ではありませんでした。

3.摩擦特性の時間変化

 もしも沈み込み帯のプレート境界断層浅部が安定すべり摩擦特性を持つならば、それより深部の地震発生帯でアスペリティが破壊したとしても、その部分はバリア−として働き、地震すべりは起こさないことになります。それでは津波地震では、なぜそのような部分が地震すべりを引き起こし、津波地震となることができるのでしょうか?バルバドス付近のプレート境界浅部デコルマに沿った地震反射法探査断面図を見ますと、デコルマが沈み込みにつれて西へ傾斜していますが、一つの測線Aでは、デコルマ全体にわたって負の反射係数をもつ強い反射がみられ、一方別の測線Bでは、深部では負の反射係数が、浅部で正の反射係数へ変化していることがみてとれます。負の反射係数は、小さいインピーダンスを持つ薄い層がデコルマに沿って存在することを意味しており、岩石実験の結果と照らし合わせて、静岩石圧の86-98 %に達する間隙流体圧があればそのようなインピーダンスの低下を説明できるとされています。このような反射係数の変化は地域的な変化と解釈されるのが普通ですが、それが時間変化すると考えたらどうでしょうか?すなわち測線Bの状態が時間変化して、測線Aの状態に変わっていくことが起きたとしたら、ほとんど静岩石圧に近い間隙流体圧のもとで有効法線応力は0に近く、したがって摩擦も0に近いので、境界断層のバリア−がバリア−でなくなることを意味します。このような変化を私はバリア−侵食と呼んでいます。

4.津波地震のメカニズム

 プレート境界断層の浅部領域でこのバリア−侵食が起こり、同時に、より深部の地震発生帯でアスペリティが破壊したとしましょう。その時深部の地震すべりに伴って、浅部のプレート境界断層も引きずられてすべりを起こすことになります。バリア−侵食は完全ではないので、すべりはゆっくりしたものになるでしょう。すなわちこのようなすべりは、津波地震の第(1)式を満足します。すべりが海溝付近にまで達する時、未固結堆積物の変形をもたらし、異常な隆起すなわち異常な津波を起こし、第(3)式を満たすことになるでしょう。いずれにしても津波地震とは、プレート境界断層浅部の摩擦の時間変化という遷移現象をみているのではないでしょうか。

 南海トラフでは、巨大地震が100-200年の間隔で繰り返してきたことはよく知られていますが、1605年慶長津波地震では、地震動はわずかであるにもかかわらず、大津波を関東・東海から九州沿岸にまで及ぼしました。南海トラフでの地震反射法探査によって、デコルマ浅部で負の反射係数をもつプレート境界が部分的に見つかっています。これに加えてより深部の境界で、DSR (Deep Strong Reflector)と呼ばれる負の反射係数を持った強い反射が見つかっているのです。これらのDSRは、1946年南海地震の地震断層よりも海側に分布していることがわかります。すなわちDSRよりも深部に地震発生帯は位置しています。このようなDSRと、負の反射係数をもった浅部デコルマがつながり、プレート境界浅部のある空間領域を覆うと同時に、深部でアスペリティが破壊すると1605年津波地震のような津波地震が発生することになるでしょう。このような状態にならない場合は、プレート境界浅部はバリア−として働くために、深部でアスペリティが破壊しても、地震すべりは浅部デコルマへは伝播せず、むしろ分岐断層へぬけていき、通常の巨大地震になるでしょう。

5.予測とまとめ

 津波地震とは、”プレート境界浅部までに至ったゆっくりした地震すべりで、かつ、ある場合には、海溝陸側斜面先端部にたまった堆積物や未固結付加体を非弾性変形させ、異常隆起すなわち異常津波をもたらす地震である”ということができるでしょう。しかしこのようなプレート境界浅部は、安定すべりの摩擦特性を持ち、通常は地震すべりを起こさないことが知られています。これに対して”そのような部分の摩擦が、間隙流体圧が上がることによってほぼ0に転化するというバリア−侵食が起こってプレート境界断層浅部領域を覆い、かつ深部の地震発生帯でアスペリティが破壊したとき、津波地震が起こる”という考えを述べました。

 この考えが正しければ、バリア−侵食は地震反射法探査で検知できますから、津波地震の長期的発生予測は、そのような探査を繰り返すことによって可能と言えます。津波地震の繰り返し周期は大変長い(数千年)と考えられますが、津波地震が迫っているか否かの検証には役立つでしょう。さらにバリア−侵食は、通常の地震発生帯の地震に関しても、その発生条件となっていると考えられるふしがあります。その場合、繰り返し周期のより短い通常の地震(例えば南海トラフの巨大地震や関東地震)の長期的予測に関しても、地震反射法探査を面的に覆って繰り返すことが有効であるかもしれません。地震が発生してしまってから津波地震かどうか判定する方法はあるでしょうか?ゆっくりすべりという点からは、地震波をいち早く解析して、長周期波が短周期波よりも卓越するかどうか判定するという方法が考えられます。しかしこれには迅速な対応と的確な地震学的判断が必要であり、例えば2004年スマトラ島沖地震の場合(長周期波が短周期波に特に卓越した訳ではないのですが)、非常に大きなモーメントを出したにもかかわらず、津波被害を予測することはなされず、甚大な被害をもたらしたことはご存じの通りです。また、この方法は、第(3)式を満たすような津波地震に対してはお手上げです。もう一つは、津波計を沿岸沖合に置いて直接津波の大きさを予測する方法が考えられます。現在のところ、この方法が実際的であると考えられますが、これにも予算面の制限などがあります。