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中国におけるインフルエンザワクチンの研究と開発

2009年2月24日

陳則

陳 則(Chen Ze):
中国科学院 武漢ウイルス研究所 研究員(教授)

1964年6月生まれ。1988年上海第二医科大学医学部卒業、1988年から1989年 上海市第四人民医院外科医師、89年12月から92年2月 オーストラリアで研修、92年3月から97年3月 東京大学医学部博士課程専攻、97年3月 医学博士の学位を取得。97年3月から2000年3月 国立感染症研究所(日本)協力研究員、科学技術庁(日本)特別研究員。2000年 湖南師範大学教授。2002年 中国科学院武漢ウイルス研究所研究員(教授)。2005年 上海生物製品研究所研究員(教授)として、インフルエンザワクチンの研究開発に従事。2001年 中国微生物学会医学微生物免疫学専門委員会副主任。国際雑誌に論文40編以上を発表

 インフルエンザは流感と呼ばれ、主な死亡原因の一つに挙げられる。その名が示す通りインフルエンザは伝染性の病気であり、伝染のスピードも非常に速い。1918年には、スペイン風邪(H1N1型)が猛威を振るい、2千万人が命を落とした。以来現在に至るまで、3度大流行(1957年H2N2型,1968年H3N2型,1977年H1N1型)し、多くの命が失われた。毎年インフルエンザの季節になると、全世界で5-10%の人が感染し、300万人から500万人が重篤な状態に陥り、約50万人が死亡している。インフルエンザは全世界が長年にわたって抱える問題なのである。

 A型インフルエンザウイルスは人・豚・馬などの哺乳動物と水鳥などの鳥類の中にあり、自然界に広く存在している。特に鳥類からは、すべてのHAとNA亜型(H1-H16,N1-N9)が発見されており、分子進化学と発生学により、A型インフルエンザウイルスが水禽類から発生していることが証明された。インフルエンザウイルスの起源は野生の水禽類であり、種を超えて感染することが証明されたのである。インフルエンザは中国では往々にして南方で発生する。冬にシベリアから飛来した鴨がインフルエンザウイルスを中国南方の鴨にうつし、家禽類から豚、さらには人にうつすと思われる。この地方の農村は典型的な小規模農家が多く、人・豚・家禽類が密接に接触して生活しているため、種を超えた感染が助長されるのである。1997年、“鳥インフルエンザ”が香港で猛威を振るったが、それまではインフルエンザウイルスは鳥と人との間では一般に直接には感染しないと考えられていた。この年、鳥インフルエンザで6名が死亡し、鳥インフルエンザウイルスが人に感染することが初めて分かり、科学界に激震が走った。香港当局は感染の拡大を防ぎ、広東省一帯で7億元に及ぶという莫大な経済的損失を防ぐため、すべての鶏を処分するという措置をとった。死亡した6名はいずれも家禽類と密接に接触していた。2003年以降にもH5N1型感染による死者が出ている。現在はまだ家禽類のH5N1ウイルスは人から人への感染が認められてないが、軽視することはできない。

 ワクチン接種は現在インフルエンザ予防の唯一効果的な方法であり、パンデミックを防ぐためには、有効なワクチンの開発が不可欠である。一般的なインフルエンザワクチンは、不活化ワクチン、弱毒化ワクチン、サブユニットワクチン、ヌクレイン酸ワクチンであるが、現在中国では、伝染性を取り除く不活化ワクチンを使用している。これは、A型インフルエンザウイルスH1N1亜型とH3N2亜型、B型インフルエンザウイルスの3種混合ワクチンであり、主に、中国国内の中国生物技術集団公司とAventis Pasteur社、Glaxo Smith Kline社、Kailong社などの外国企業3社から供給され、現在、多くの大学や研究所、企業で研究が行われている。

 わが国のインフルエンザワクチンのメーカーは新製品の研究と開発に積極的ではなく、大部分が現行の製品を改良しているに過ぎない。現在、人用の不活化ワクチンは基本的に鶏胚培養で調合したものである。調合は大量の鶏胚を必要とするため、鳥インフルエンザが大流行するとき、鶏胚が足りないという問題が起これば、パンデミックは免れ得ない。このため、世界保健機構は鶏胚に代えて細胞培養技術を用いたワクチンの開発を奨励しており、国外の多くの企業はすでに臨床実験の段階に入っている。オランダでは、Solvay社がMDCK細胞を用いてインフルエンザワクチン(商品名Influvac TC)開発し、すでに市場に出回っている。鶏胚に代えて哺乳動物の細胞を培養してワクチンを製造する技術が、今後大勢を占めるだろう。まだ申告段階にはないが、国内でも数社が哺乳動物の細胞を培養してインフルエンザワクチンの臨床研究を行っている。

 インフルエンザワクチン研究にとって、水銀除去もまた重要な課題である。水銀はワクチンに一般に使用されている防腐剤であるが、児童の発育に有害であると思われる。世界保健機構は水銀を徐々に取り除くように指導しているが、水銀を含まないワクチンの製造はコストが高くつく。水銀フリーワクチンの製造技術の開発が国内企業にとっての目下の研究課題である。

 近年、分子生物学と新型佐薬の研究により、遺伝子技術を利用した新型インフルエンザワクチンを開発しようとする新たな動きが生まれた。これらの新型インフルエンザワクチンにはインフルエンザ万能ワクチンとヌクレイン酸ワクチンなどがある。研究者が望むのは、すべてのインフルエンザウイルス株の予防と免疫性が持続するワクチンの開発であり、これこそがしばしば耳にする“万能ワクチン”である。インフルエンザウイルスは常に変化している。冬にインフルエンザワクチンを製造しても定期的にワクチンの検査をし、新たに調合しなければならない。長い時間がかかり、頻繁に接種しなければならないが、万能ワクチンならばこれらの問題は解決する。特に最近、最も憂慮されるのは、絶えず遺伝子変化を起こしている高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスである。感染者数は少ないが、いったん変異して人に感染すれば、パンデミックを引き起こす。もし、事前に万能ワクチンを大量に蓄積ができれば、これを食い止めることができる。

 現在の万能ワクチンは、季節性のインフルエンザと鳥インフルエンザの最も保守的なタンパク抗原を用いて作られている。細胞内抗体の誘導や細胞免疫機能の向上に介してウイルスを抑制する。インフルエンザウイルスの中に、2種類の抗原があまり変化しないことがすでに知られているが、一つは基質タンパクⅡ(M2)である。M2はイオンチャンネルの働きをする。その変化はウイルスの複製に直接的な影響を及ぼす。1933年に始めてヒトのインフルエンザが分離されて以来、数回の大流行と無数の小規模な流行が繰り返されたが、M2タンパク質のヌクレオチド配列はほとんど変化していない。もう一つの抗原はウイルスのRNAの複製に関与する核タンパク質NPである。ウイルスの複製に重要であり、同様に変化が少ない。現在、M2とNPは万能ワクチンの主要な研究対象である。M2とNPを単独に使用した場合、誘導された抗体はウイルスを十分に中和できない。万能ワクチンの研究が特定ウイルス株のワクチンの製造に比べ困難なのは、主に十分な抗体を誘導できないという問題である。現在、抗原微粒子化あるいは添加佐薬により、人体の免疫応答を促し、免疫力を高めている。わが国の歩みはゆっくりだが、しかし、M2を対象とした万能ワクチンはホットな研究テーマとなっている。

 インフルエンザの流行にいつでも対処できるように、万能ワクチンはもちろん、その他の新型ワクチンの開発も積極的に行わなければならない。現在、その他のインフルエンザワクチンは弱毒化生ワクチン、担体ワクチン、ヌクレイン酸ワクチンであり、これらには優れた点もあるが、欠点もある。たとえば、弱毒化生ワクチンはすでに市場に出回っているが、鼻腔を通ることにより免疫性の誘導時間は長くなり、免疫力が向上する。しかし、免疫力が劣った個体の感染を引き起こすという欠点がある。しかも弱毒化ワクチンは突然変異して、元来のウイルスの力を取り戻すこともある。また、ほかのインフルエンザウイルス株と一緒に新たなインフルエンザ組換えウイルス株を生むこともありうる。ヌクレイン酸ワクチンなどの新型ワクチンの認可にも時間がかかる。要するに、ワクチンに関して、より多くの選択肢を持つこと、これがインフルエンザのパンデミックに対処する最善の方法なのである。

 2003年に香港で発生したH5N1ウイルスは高病原性鳥インフルエンザを引き起こし、これにより、中国は抗H5N1ウイルスの新型インフルエンザワクチンの研究に積極的に着手することになった。現在、国家食品薬品監督管理局は北京科興生物製品有限公司(SINOVAC BIOTECH CO.,LTD.)の鳥インフルエンザワクチン製造を正式批准し、年産2千万本の生産ラインが設立された。

 わが国ではインフルエンザワクチンの製造企業が十数社あり、新製品の開発競争は非常に激しい。生活レベルの向上と医療保障システムの完備に伴い、今後インフルエンザワクチンの接種率は大幅に高まるものと思われる。科学技術が進歩するにつれ、ワクチンの安全性に関する要求も高まり、しかも、インフルエンザのパンデミックはいつでも起こりうる。これらの事情により、わが国のインフルエンザワクチン技術は進歩し、その品質も国際レベルに近づいている。インフルエンザ研究に従事しているわが国の科学者数も増加を続け、近年の研究レベルも大いに高まった。現在、中国は外交ルートを通じた対外協力が非常に盛んで、たとえば、日本とはインフルエンザ研究の分野で良好な交流を行い、良い協力関係にある。欧米と日本の研究機関で研究した多くの科学者が次々に帰国し、研究を続けている。中国の科学者がインフルエンザワクチン研究の分野で、重要な貢献をなすに違いないと信じる理由である。人類は最終的には“インフルエンザ”に勝利するのだ。


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