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日本における高病原性鳥インフルエンザウイルスの研究

2009年2月10日

真瀬 昌司

真瀬 昌司(ませ まさじ):独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 人獣感染症研究チーム

(併任)岐阜大学大学院連合獣医学研究科応用獣医学家畜衛生学 客員准教授

履歴

1964年6月生まれ。学位:博士(生命科学)
1990年東京農工大学 農学部 獣医学科卒
1990年農林水産省 家畜衛生試験場 研究員
2001年独立行政法人 農業技術研究機構 動物衛生研究所 感染病研究部 主任研究官
2007年独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 人獣感染症研究チーム 主任研究員
研究テーマ:鶏に感染するウイルスの病原学的および分子疫学的研究

概要:

 近年、アジアで猛威を振るっているH5N1亜型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザは家禽のみならずヒトにも感染し、250名以上を死亡せしめている。わが国でも2004年以降家禽や野鳥に感染が認められているが、幸いにもヒトでの感染死亡例はこれまで確認されてきていない。これまでわが国の家禽や野鳥から分離された高病原性鳥インフルエンザウイルスを遺伝的に解析した結果、韓国で流行しているウイルス株に極めて近縁であった。

1.はじめに

 2003年以来H5N1亜型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザがアジアの家禽に流行している。さらに本ウイルスはしばしばトリからヒトに直接感染し、これまでに250名以上の死亡者が報告されていることから、近い将来ヒトの新型インフルエンザウイルスに変異する可能性が強く危惧されている。2009年に入っても中国やエジプトでヒトの感染死亡例が報告されている。一方、日本ではヒトの感染死亡例はこれまで確認されてきていない。しかしながらH5N1亜型ウイルスによる鳥インフルエンザの発生は2004年以降確認されており、昨年(2008年)には野鳥であるオオハクチョウからH5N1亜型ウイルスが分離されている。本稿ではこれら日本で分離されたH5N1亜型鳥ウイルスの性状等について著者らの得た知見を中心に紹介する。

2.2004年に日本で分離されたH5N1亜型ウイルス

 2004年1月、山口県の採卵養鶏場にてH5N1亜型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが発生した。わが国における高病原性鳥インフルエンザの発生は1925年のH7N7亜型ウイルスによる発生から79年ぶりであったが、H5N1亜型ウイルスによるものはこれが初めてであった。隣国の韓国では、日本における発生の約1ヶ月前に高病原性鳥インフルエンザが確認され、警戒を強めていた矢先の出来事であった。その1ヶ月後、大分県でペットとして飼われていたチャボでも発生がみられ、さらに京都府における大型採卵養鶏場にも発生し、その通報が遅れたため2次感染と思われる事例も確認された。また近郊のカラスからH5N1亜型ウイルスが分離されるに至り、野鳥類への拡がりも懸念された。一方、ベトナムやタイ、インドネシアなどの東南アジア諸国でもすでに2003年から、H5N1亜型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが幅広く流行していたことが明らかとなり、さらに中国やラオス、カンボジア等でも発生が報告され、ヒトへの感染・死亡例が確認されるに至り、養鶏産業のみならず公衆衛生学的にも大きな社会問題となっていた。日本の3県の発生例から分離されたウイルスは、静脈内にウイルスを接種された鶏を1日以内に死亡せしめる非常に病原性の高い株であることが判明した。一方、H5N1亜型ウイルスはほ乳類へも感染・致死せしめることもあることからマウスを用いて山口県発生例から分離されたウイルスを代表株としてその病原性を評価したところ、その結果、50%マウス致死量は5X105EID50であり、これまで調べられてきたH5N1ウイルスの中では中程度であった。わが国で分離されたウイルス株はいずれもHA蛋白の開裂部位に塩基性アミノ酸(K;リジン、R;アルギニン)の連続したペアが認められる典型的な高病原性ウイルスのものであり、近年アジアで流行しているH5遺伝子の系統に属していた(図1)。またヒトの抗インフルエンザ治療薬として使用されているアマンタジンやオセルタミビルに対する感受性関連のアミノ酸を調べたところ、耐性を示すようなアミノ変異は認められなかった。

図1H5亜型遺伝子の分子系統樹

 分子疫学的に2004年にわが国で分離されたウイルス株の近縁株を検索したところ、韓国の鶏発生例から分離されたウイルスと全分節で99%以上の相同性を示したことから、韓国と日本の流行は類似した株の流行に起因したと考えられ、またこれらは中国広東省で2003年分離された遺伝子型(genotype V)に分類されたウイルス株(A/chicken/Shantou/4231/2003) とも高い相同性を示した。一方、タイやベトナムで流行したウイルスはgenotype Z に属するもので、日本や韓国で流行したウイルス株とは異なっていた。この違いがヒトへの感染・致死性に関係していたのか否かは不明だが、2003?2004年のアジアにおけるH5N1の流行は複数の遺伝子型に起因していたと考えられる。この遺伝子型Zのウイルスは中国青海省で死亡した水鳥からも分離され、広範囲な地域へのウイルスの拡散が懸念されていたが、2007年にはとうとう日本へも侵入した。

3.2007年に日本で分離されたH5N1亜型ウイルス

 2007年1月、宮崎県のブロイラー種鶏場にてH5N1亜型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが再び発生した。2004年と同様、隣国の韓国では日本における発生の約1ヶ月前に高病原性鳥インフルエンザが確認されていた。それから1ヶ月以内に宮崎県内の2農場と岡山県の1農場にも発生した。疫学的にこれらの農場には直接的な関連性は認められなかったが、分離されたウイルスはやはり相互に極めて近縁であり、韓国で発生したウイルス株とやはり遺伝的に近縁であった。その後熊本県の野生クマタカからもH5N1亜型ウイルスが分離されていることが判明し、遺伝学的に比較した結果、宮崎・岡山県下で分離されたウイルス近縁であった。クマタカは渡り鳥ではないため、この鳥がどのようにしてウイルスに感染したのか興味が持たれたが、おそらくウイルスに感染した鳥が大陸から飛来し、その鳥と接触したことにより感染した可能性が考えられた。2007年に分離されたこれらのH5N1亜型ウイルスは、前述したように中国青海省で死亡水鳥から分離されたウイルスの系統に属していた。この系統は青海湖系統と呼ばれ、ヨーロッパやアフリカ諸国でも分離されているものである。この広範囲なウイルスの拡散は、家禽の商取引以外にも渡り鳥も関与していた可能性が考えられている。

4.2008年に日本のオオハクチョウから分離されたH5N1亜型ウイルス

 2008年4月、東北地方の十和田湖で死亡・瀕死のオオハクチョウ数羽が発見され、H5N1亜型ウイルスが分離された。以前分離されたH5N1亜型ウイルスと同様、やはり鶏に対し高病原性であった。幸いなことに家禽への伝播は起こらなかったようだが、野生水鳥からウイルスが分離されたことで、野鳥のウイルスサーベイランスが重要であることが認識され、環境省を中心にサーベイランスが実施されるようになった。現在までにH5N1亜型ウイルスは分離されてきていないが、今後も継続的なサーベイランスが実施される予定になっている。その後北海道のサロマ湖においてやはりオオハクチョウからH5N1亜型ウイルスが分離されており、十和田湖オオハクチョウのものとほぼ同一であった。また、2008年4月には韓国で大規模なH5N1亜型ウイルスの流行があったが、オオハクチョウ由来ウイルスはやはり韓国流行株と遺伝的に近縁であった。

5. 輸入検疫で分離されたH5N1亜型鳥インフルエンザウイルス

図2 

 海外から輸入されたアヒル肉からH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスが分離されることがある。2003年5月中国から日本へ輸入されたアヒル肉から動物検疫所のウイルス検査でH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスが分離された。このウイルスの遺伝子型を調べたところ、既知の型とは異なるユニークなものであった。またモノクローナル抗体を用いたHA蛋白の抗原解析の結果、既存株の反応性とは異なっていた。このことは多様な遺伝子型、抗原性を有するH5N1亜型ウイルスが幅広く流行している可能性を示唆している。

 このアヒル肉から分離されたウイルスの鶏に対する病原性を前述の静脈内接種法で調べたところ、接種した鶏を全羽死亡せしめる高病原性であったが、その致死時間は2004年の日本の山口県発生例から分離されたウイルスのそれよりも若干長かった。また鶏での自然感染ルートである経鼻接種法でこれらのウイルスの平均発症時間や平均致死時間、同居伝播性を調べたところ差が認められた。この結果、H5N1亜型ウイルス株間でも鶏病原性に多様性があることが示唆された。

 またマウスに対する病原性を同様に評価したところ、50%マウス致死量は5X106EID50であり、高くはなかった。しかし106EID50をマウスに接種後、2週間観察していたところ接種11日後2匹のマウスが死亡した。H5N1亜型ウイルスのマウス病原性はマウス接種で容易に変異することが示唆されていたことから、これらの死亡マウス脳からウイルスを回収し、各50%マウス致死量を求めたところ、102EID50と元株に比べ著しく上昇していた。また元株とマウス脳由来変異株を遺伝的に比較したところ、1株はPB2タンパク質の627番目のアミノ酸がグルタミン酸からリジンに変異していた。この変異は1997年の香港でヒトから分離されたH5N1ウイルスにおいて見いだされた病原性の相違に一致しており、このPB2蛋白質の627番目のアミノ酸がリジンであることがほ乳類に対する病原性に大きな影響を与えていることを示している。しかし残りの1株はこの変異は認められず、マウスに対する病原性には他の遺伝子も関与している可能性が示唆された。

6.H9N2亜型鳥インフルエンザウイルス

 中国から輸入されたアヒル肉以外にも、鶏肉材料から高病原性ではないがH9N2亜型鳥インフルエンザウイルスが分離されている。弱毒ウイルスの感染といえども他の病原体との複合感染によりその病態が複雑化することが野外感染例や実験感染例で示されている。中国においてH9N2亜型ウイルスは幅広く流行しており, H5N1亜型ウイルスと同様多様な遺伝子型のウイルスが確認されている。このH9N2亜型ウイルスは1997-98年にパキスタンから輸入された愛玩鳥(ワカケホンセイインコ;Psittacula Krameri manilleusis)からも分離されており、これらは1999年に香港でヒトから分離されたウイルスと遺伝的に極めて近縁であったことは輸入愛玩鳥の輸出入を介してもウイルスが容易に拡散される可能性を示す。このように輸入家禽肉や愛玩鳥のウイルスサーベイランスも鳥インフルエンザの防疫対策上重要と考えられる。

7.おわりに

 H5N1亜型ウイルスはその病原性の強さから、もしヒトの新型インフルエンザに変異したしまった場合、20世紀初頭のスペイン風邪による数千万人の死亡、あるいはそれ以上の被害をもたらすかもしれないといわれている。新型インフルエンザ発生を防ぐためには家禽レベルでの発生を迅速に抑えることが重要と思われるが、本ウイルスは東南アジアでは土着してしまったようで、終息の気配をみせていない。

 一方、2008年末には香港で再びH9N2亜型ウイルスのヒトへの感染が報告された。このようにヒトに対する新型インフルエンザの候補としてH9N2亜型ウイルスに対する警戒も怠ることはできない。鳥インフルエンザ全般における継続的な疫学調査やワクチン開発が重要と考えられる。


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