海水淡水化技術の普及状況と課題
2009年6月24日
平井 光芳:
財団法人造水促進センター淡水化技術部部長
略歴
昭和48年3月 神奈川大学工学部応用化学科卒業
昭和50年4月 (財)造水促進センター 入所
平成16年4月~ (財)造水促進センター 淡水化技術部長
造水促進センター淡水化技術部に所属し、逆浸透法海水淡水化を中心とした淡水化技術の開発事業、国内自治体等の海水淡水化計画、海水淡水化デモンストレーション等の普及事業を行っている。
また、海外の海水淡水化技術動向調査、海水淡水化研究協力事業、海水淡水化FS調査等を行っている。
1 淡水化方式と設置状況
これまでに開発されたおもな淡水化方式を図1に示す。このうち実用プラントに採用されている淡水化方式は、多段フラッシュ法、多重効用法、逆浸透法が主なものとなっている。これらの方式のうち多段フラッシュ法及び多重効用法は蒸発法に分類される。 その原理は海水を加熱して蒸気を発生させ、その蒸気を凝縮して淡水を得る方法である。一方、逆浸透法(RO)は膜法の1つとして分類され、その原理は海水に圧力をかけて、その圧力のある海水を、特殊な膜(水は通すが水の溶解している塩類は通しにくい性質を有する膜;半透膜という)を用いて真水のみを透過させて淡水を得る方法である。また、膜法に分類される電気透析法は、特殊な膜(溶解した成分の荷電で選択的に透過させるか阻止するかの2種の電気透析膜)を交互に並べて、海水を入れたそれら部屋の両側に電位を与えて、希薄部と濃縮部に分離されることを利用し、希薄部から真水を取り出す方式である。その他の方式として、冷凍法、透過気化膜法(膜蒸留法)があるが、実験研究を除き実施例はほとんどない。
このように、淡水化システムの主要エネルギーとして蒸発法では熱エネルギーが、逆浸透法ではポンプを駆動する電気エネルギーが用いられる。
図1 実用化されている淡水化方式の分類
淡水化プラントの記録をみると、世界最初の淡水化プラントは、1944年イギリスに設置されている。現在、世界最大の海水淡水化プラントは、1985年に全施設が完成したサウジ・アラビアのアルジュベールにある46基100万m³/日多段フラッシュ蒸発法プラントである。逆浸透法では、イスラエルのアシュケロンにおいて40基約400,000m³/日の海水淡水化プラントが、アルジェリアにおいて計1,000,000 m³/日に達する海水淡水化プラントが2007年から2008年にかけて稼動している。
2. 世界の状況
(1) 全体(以下は2005年末契約ベースで集計されたもの)
海水淡水化、かん水淡水化、超純水用脱塩等の淡水化の需要は、中東湾岸諸国、地中海沿岸、北アフリカ等の需要増及び既存施設の更新需要によって、1945年からの累積容量が2005年末契約で4,700万m³/日、2005年運転開始4,000万m³/日となった。近年は毎年10%以上の伸び(毎年200万m³/日以上)を続けていている。今後、2010年まで平均年率12%で成長するとされ、2010年までに6,300-6400万m³/日に、2015年には9,400-9800万m³/日なると予測されている。
(左)図2 世界の淡水化施設の地域比率/(右)図3 世界淡水化施設契約実績の伸び
Gulf Countries | Rest of the World | Total | |
2006 | 17,621,894 m³/d | 24,935,321 m³/d | 42,557,214 m³/d |
2007 | 19,031,645 m³/d | 26,930,146 m³/d | 45,961,791 m³/d |
2008 | 21,505,759 m³/d | 30,027,113 m³/d | 51,532,872 m³/d |
2009 | 24,516,565 m³/d | 33,630,367 m³/d | 58,146,932 m³/d |
2010 | 26,725,428 m³/d | 37,589,038 m³/d | 64,314,466 m³/d |
2011 | 28,863,462 m³/d | 39,844,380 m³/d | 68,707,843 m³/d |
2012 | 30,595,270 m³/d | 43,549,908 m³/d | 74,145,178 m³/d |
2013 | 32,736,939 m³/d | 47,730,699 m³/d | 80,467,638 m³/d |
2014 | 35,355,894 m³/d | 52,981,076 m³/d | 88,336,970 m³/d |
2015 | 38,350,428 m³/d | 59,184,038 m³/d | 97,534,466 m³/d |
特に、逆浸透法が急速に増加しており、2005年末現在、逆浸透法(ナノ膜を含む)が蒸発法を追い越し全体の52%に達している。
(左)図4 世界の淡水化施設の方式別納入実績/(右)図5 淡水化の原水比率
淡水化の原水は図5に示すように、海水とかん水(海水より薄いもの)、河川水等が使われるが、海水とかん水が全体の78%を占める。
(2) 海水及びかん水の淡水化
淡水化の中で、海水及びかん水を原料とする施設に絞ってみると、地域では中東が56%、北米、欧州がそれぞれ12%、アジア、アフリカが7%となっている。
淡水化方式別に見るとMSF方式は中東地域が85%と大多数を占め、MED法及び逆浸透法では中東地域において、それぞれ39%、33%であり、北米、欧州、アジアが10~23%を占めている。
(左)図6 淡水化施設の地域別比率(全体)/(右)図7 淡水化施設の地域別比率(MSF方式)
(左)図8 淡水化施設の地域別比率(RO)/(右)図9 淡水化施設の地域別比率(MED方式)
3. 日本の状況
日本国内では、温帯域での台風、降雪、低気圧等でもたらされる水資源を有効に活用するよう主要な河川にダム等の施設が作られており、一部の地域を除き、水需給バランス上からの新規水源の要求は少ない。一方、沖縄をはじめとした南西諸島、瀬戸内海地域の島嶼部での渇水がこれまで問題となり、これらの地域では海水淡水化が導入され、水需給バランスは良好であるといえる。
現在、国内の民生用(飲料水、レジャー施設用水を含む)として65施設、141,312m³/日、うち、海水を原水とするものが99,767m³/日、工業用として29施設、78,106m³/日、うち、海水を原水とするものが36,500m³/日が設置されている。最初に淡水化施設を導入したのは長崎県の松島炭坑池島鉱業所である。1967年に生産水量2,650m³/日の蒸発法多段フラッシュ法プラントが設置された。前年に日本メーカーが海外で初めてサウジ・アラビアに納入した海水淡水化プラントと同型のものである。
現在、日本で最大規模の淡水化施設は2005年5月から供用開始した海の中道奈多海水淡水化センター(福岡地区水道企業団)の5万m³/日と、1996年2月から供用開始の沖縄県企業局海水淡水化センター4万m³/日の逆浸透法海水淡水化プラントである。
4. 世界の淡水化事業
2006年以降に運転開始されるプラントを見ると、アルジェリアで、10~20万m³/日のROプラントが一部稼働し、サウジアラビアでも20~80万m³/日のROとMSFのプラントが建設される。アラブ首長国連邦(UAE)でも10~30万m³/日のROとMSFのプラントが建設される。その他の湾岸諸国を中心に大規模なものが各地で検討されている。
これらの将来計画のほとんどは、発電のための化石燃料プラント建設計画に淡水化施設が併設されるという二重目的プラントの事業形態である。
表2 2006年以降に運転または開始される大型施設(10万m³/日以上)
(参考資料)
(1) The 19th IDA Worldwide Desalting Plant Inventory, (Global Water Intelligence, ) ,August 2006,
(2) Desalination Markets 2007 , A Global Water Intelligence Publication
5. 日本企業の展開
中東地区における発電・造水大型プロジェクトについては民営化を反映して、いくつかの大型プロジェクトが日本の商社を中心とした事業活動として行われている例を下記に示す。
(1) アラブ首長国連邦「ウム・アル・ナール発電・海水淡水化プロジェクト」
東京電力(株)、三井物産(株)と英国のインターナショナルパワー社からなるコンソーシアムが受託したもので、UAEの首都であるアブダビ市近郊のウム・アル・ナール地点において、出力85万kWの火力発電設備と日量75万トンの海水淡水化プラントの買取と、新規の出力155万kWの火力発電設備と日量11万トンの海水淡水化プラントを建設するもの。
- 事業形態:20年間のBOO(Build-Own-Operate)方式、
- 電力と水の販売先:アブダビ水電力会社(ADWEC)
- 出資比率:投資会社(IP社50%、東京電力35%、三井物産15%)が40%、ADWEAが60%を出資して、アブダビにプロジェクト会社(Arabian Power Company)を設立。
- 運転保守:運転保守会社(ITM O&M Company Limited)出資(東京電力が30%、IP社が70%)
- 完成時期:2006年6月(一部2005年6月)
- 総事業費:2,500億円
- 発電規模:85万kW+155万kW
- 造水施設規模:75万m³/日+11万m³/日(新規分)
- 淡水化方式:SWRO
- 淡水化プラントメーカー:日立造船(株)[東レ(株)]
(2) アブダビ、タウィーラ発電・造水プロジェクト
丸紅(株)、日揮(株)、ビーティーユー社(BTU社、米国)及びパワーテック社(マレーシア)と連合で、落札したもので、アブダビ、タウィーラ地区(アブダビ北東約80Km)にて、既設100万kw火力発電設備および日量45万トンの造水設備の買取と新規100万kw複合火力発電設備および日量30万トンの造水設備の新設するもの。
- 事業形態:20年間のIWPP方式、
- 電力と水の販売先:アブダビ水電力会社(ADWEA)
- 出資比率:丸紅・日揮連合が40%、ADWEAが60%を出資
- 完成時期:2008年7月(一部事業開始2005年4月)
- 総事業費:30億ドル(約3,300億円)
総事業費のうち20億ドルを国際協力銀行及び国際商業銀行団(8カ国より15行が参画)。
国際協力銀行は12億ドルの融資を供与。
国際協力銀行のプロジェクトファイナンス案件での融資額では、過去最大級 - 発電規模:100万kW+100万kW
- 造水施設規模:45万m³/日+30万m³/日(新規分)
- 淡水化方式:MSF
- 淡水化プラントメーカー:Fisia Italimpianti
(3) バーレン国、ヒッド発電・造水プロジェクト
住友商事(株)、インターナショナルパワー社(英国)、スエズ・トラクテルベル社(ベルギー)が落札したもので、バーレン、ヒッド地区にて稼動している既存の約1,000MW複合火力発電プラント及び日量13.5万トンの造水プラントの買収、日量27万トンの造水プラントを増設。
- 事業形態:20年間、IWPP方式、
- 電力と水の販売先:バーレン電水省
- 出資比率:住友商事30%、インターナショナルパワー社40%、スエズ・トラクテベル社30%
- 完成時期:2007年11月
- 総事業費:13億ドル(約1430億円)
- 発電規模:1000M W
- 造水施設規模:40.5万m³/日
- 淡水化方式:MSF
- 淡水化プラントメーカー:Fisia Italimpianti
(4) カタール国、メサイッド工業地区発電・造水プロジェクト
丸紅(株)カタール石油及びカタール発電造水会社が落札したもので、カタール国ドーハ市近郊に位置するメサイッド工業地区において2000MW(200万キロワット)の発電設備を新設。
- 事業形態:20年間、IPP方式、
- 電力の販売先:カタール水電力公社
- 出資比率:住友商事30%、インターナショナルパワー社40%、スエズ・トラクテベル社30%
- 完成時期:2010年4月
- 総事業費:23億ドル(約2,530億円)
- 発電規模:2000MW(200万キロワット)
- 造水施設規模:18.1万m³/日
- 淡水化方式:MSF
- 淡水化メーカー:Fisia Italimpianti
(5) サウジアラビヤ、ラビーク造水プロジェクト
丸紅、日揮、伊藤忠商事および現地の独立系発電事業者ACWAパワー社からなる企業連合が落札したもので、サウジアラムコ社と、住友化学が合弁で進める世界最大級の石油精製・石油化学プラントに、電気・水・蒸気を25年間にわたり供給するもの。
発電・造水設備はラービグ地区(紅海沿岸、ジェッダの北約140km)に建設。60万kW火力発電設備、毎時470トンの蒸気を発生させる重油焚きボイラー9台と、12万kW蒸気タービン5台、発電機5台、19.2万m³/日逆浸透法プラント。
- 事業形態:25年間、電気、水、蒸気の供給、BOOT
- 販売先: ラービグ・リファイニ ング・アンド・ペトロケミカル・カンパニー社
- 出資比率:丸紅、日揮、伊藤忠商事および現地の独立系発電事業者ACWAパワー社
- 完成時期:2008年6月
- 総事業費:不明
- 発電規模:600 MW(60万キロワット)
- 造水容量:7,405トン/時(17.8 トン/日)
- 蒸 気:1,655トン/時
- 淡水化方式:逆浸透膜方式
- 淡水化プラントメーカー:三菱重工業(株)
(6) サウジアラビヤ、シュケイク造水プロジェクト
三菱商事、ガルフ・インベストメント(湾岸諸国が共同出資する投資会社)及びアクワ・パワー社(サウジの水事業会社)3社連合が落札したもので、シュケイク(イエメン国境に近い紅海側の都市)に85万kW発電設備と、17.8万m³/日海水淡水化設備を新設し、2010年からサウジ電力・水公社に20年間供給する。
- 事業形態:20年間、電気、水供給、IWPP
- 販売先: サウジ電力・水公社
- 出資比率:3社;60%、サウジアラビア政府:40%
- 完成時期:2010年
- 総事業費:約20億ドル(約2,300億円)
- 発電規模:850MW(85万kW)
- 造水施設規模:17.8万m³/日(21.2万m³/日)
- 淡水化方式:逆浸透膜方式
- 淡水化プラントメーカー:三菱重工業(株)
6. 逆浸透法海水淡水化施設普及の技術的課題
世界における海水淡水化施設の最大市場である中東産油国では蒸発法による淡水化が主流であり、エネルギー消費および建設費の少ない多重効用蒸発法(MED)の大型化が進展するにつれて現在支配的である多段フラッシュ蒸発法(MSF)に置き換えられる傾向が見られる。また水と電力の需給バランス改善の目的で蒸発法と逆浸透法のハイブリッド方式が採用されつつあるのが最近の実態である。
一方、中東産油国を除く世界各国は投資額、エネルギー消費の点で蒸発法よりも優位な逆浸透法が主流を占めている。例外的に今まで経済封鎖されていたリビアでは逆浸透法に注目が集まっており、欧米企業から着目されている。
表 1 に示したように、エネルギー消費の点で優位を占める逆浸透法海水淡水化施設の大規模プラントが中近東地区にも設置されているが、前述したように全体では蒸発法(MSF+VC+MED)の1/3に留まっている。これは逆浸透法海水淡水化施設がこの地域での実績面で信頼性に問題があったことにも関係がある。
7. 今後の動向
海水淡水化施設の普及促進には淡水化コストの低減とプラント性能の安定化、運転維持管理の容易さの確立が必須であり、蒸発法、逆浸透法とも相互に競合しながら今後とも技術開発が促進されていくものと思われる。
特に中近東地区では海水濃度も標準海水より高く、水温も高いので逆浸透法にとっては厳しい条件となり、膜汚染を惹き起こす微生物対策も重要な課題である。
コスト低減のシステムとして最近は蒸発法と膜法のハイブリッド方式が着目されておりUS 0.5 $/m³以下の造水コストまで低下して海水淡水化施設普及に拍車がかかっている。
しかしながら、原油の高騰、金属材料の逼迫などにより運転費、建設費の上昇要因があり、最近では、US 1.0 $ /m³以上の造水コストまで増加しており、今後は造水コストを低位に維持することは困難なことが予想される。
水需給の現状と将来については地域差があり、一律に論じられないが地球全体で見ると急速な人口増加、文明の発展にともなう水需要増加、降水量の低減・砂漠化による水源不足が予測され、水需給バランスは厳しい状況にあり、生活用水、工業用水を海水淡水化に依存する地域が存続することは今後も変わらないものと思われる。