第33号:水資源
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水不足問題の解決に貢献する膜技術

2009年6月11日

松山秀人(まつやまひでと):神戸大学大学院工学研究科 教授
先端膜工学センター センター長

1960年4月生まれ
1985年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。
2004年10月より現職。
2007年4月先端膜工学センター センター長。
1992年化学工学会奨励賞受賞。
1997年日本膜学会研究奨励賞受賞。
2009年化学工学会研究賞受賞。

1. はじめに

機能性膜技術は、水資源確保、大気環境保全や水素エネルギー有効利用といった環境・エネルギー分野において今後ますますその重要性を増すものと期待されている。膜のこれらの応用の中で特に水処理への関心が、最近急速に高まっている。図1には、2025年における世界の水不足予測を示す。中近東はもとより、アメリカ、中国、オーストラリア、ヨーロッパ等の広範な地域での水不足(高い水ストレス)が予測されている。20世紀は「石油の時代」であったのに対し、21世紀は「水の時代」と言われる所以である。

水不足問題は、食糧問題・エネルギー問題と一体化して解決すべき世界的課題であり、現在最も早急に解決を迫られている環境問題の一つと言うことが出来る。

2. 膜を用いた水処理技術

図1 2025年における世界水不足予測

図1 2025年における世界水不足予測

 水不足を解決する手段としては、膜技術がその根幹をなすものと言え、膜を用いた水処理は現在多くの関心を集めている。新しい膜がどんどん開発されていた時期の後の、第2期のブームが現在到来しているように思われる。例えば水処理膜の普及状況としては、年率25%以上で伸長しているという報告がある1)。このような水処理膜分野では、日本企業のシェアが全体で60%とかなり高く、特に海水の淡水化用膜では70%にも達している。

膜法を用いた主な水処理技術は、RO膜(逆浸透膜)による海水淡水化、MF膜(精密ろ過膜)/UF膜(限外ろ過膜)による浄水処理、MF/UF/RO膜による下水・排水処理に大別できる。RO膜を用いた海水淡水化技術については、エネルギー回収の高効率化と低コスト化が進み、中東、中国、スペイン、オーストラリアの沿岸部を中心にして大型の海水淡水化プラントの建設が加速的に進んでいる。既に造水量30万トン/日のプラントがイスラエルに建設されているが、このプラントだけでおおよそ120万人の人々の生活用水をまかなえることになる。現在大学においてRO膜の研究を行っているところは多くはないが、今後は水透過機構の解明といった基礎的な検討を含め、この分野の研究が活性化するように思われる。

 近年新たな浄水技術の開発に注目が集められているが、これは水道水源の悪化により、トリハロメタンの生成やカビ臭、クリプトスポリジウム等の病原性原虫類などの様々な問題が発生していることに起因する。膜技術を用いた浄水処理は、従来法に比べプロセスを簡素化でき、濁度の低減や大腸菌群の除去に優れているため、非常に有効な水処理法と言える。神奈川県には最近、処理能力17万トン/日の国内最大規模の膜ろ過設備の導入が決定している。20年度末現在で676施設、総施設能力は約109万トン/日とのことである。総施設能力は前年度比約30%増と導入数は増加傾向にあるが、まだ膜による処理水量は全体の2%以下程度に留まっている。

また、下水・排水処理分野においても、MBR(membrane Bioreactor)を中心に膜法の利用が拡大しており、シンガポール、アメリカ、オーストラリア等で大規模膜利用排水再利用設備が導入されている。このような排水再利用分野では、統合的膜処理システム(IMS, Integrated Membrane System)が採用される場合が多い。統合的膜処理システムとは、様々な水資源とその利用目的に合わせて、複数の膜処理システムを統合化して、最高のパフォーマンスとコスト削減を実現しようとするシステムである。例えばMF/UF膜とRO膜の統合化や、MBRプロセスとRO膜の統合化が行われている。

3. 我々の研究室での取り組み

図2 TIPS法およびNIPS法で用いる典型的な相図と膜作製の組成変化パス

図2 TIPS法およびNIPS法で用いる典型的な相図と膜作製の組成変化パス

 MFやUF等の多孔膜は高分子溶液の相分離を利用して作製されることが多い。このような相分離による多孔膜作製法は、非溶媒(水)の取り込みにより相分離を誘起する非溶媒誘起相分離法(NIPS法、Nonsolvent Induced Phase Separation)と、冷却により相分離を誘起する熱誘起相分離法(TIPS法、Thermally Induced Phase Separation)に大別できる。両手法で用いる高分子溶液の典型的な相図と膜作製の組成変化パスを図2に示す。我々の研究室では「多孔膜の作製とその微細構造制御」の一つの研究の中心としており、両手法を用いて数多くの中空糸膜の作製を行っている。

効率的な水処理プロセスの構築に向けた、膜開発および膜プロセスの現在の課題は以下の点であろう。

  • 製膜プロセスと得られる膜構造の関係の解明
  • 得られた膜構造と膜ファウリング特性の関係の解明

 この内、製膜プロセスと膜構造の関係に関しては、多くの研究が行われ、相分離プロセスの熱力学的相平衡及び動力学的な解析を行い、定量的な膜構造予測が可能になりつつある。例えば図3は、我々の研究室で行ったTIPSプロセスでの膜構造成長の解析結果である2)。黒い部分が孔であるが、初期の二相連続構造から海島構造へ移行し、その後孔は成長している。製膜は従来、試行錯誤法に頼っていた場合も多かったようであるが、このような解析を通して、製膜プロセスの定量的な解明がなされつつある。

 ポリフッ化ビニリデン(PVDF)は、耐薬品性や機械的強度に優れた高分子材料であり、膜素材としては最も関心を集めている材料の一つである。フタレート系溶媒を用いた場合には、通常はPVDFの結晶化(固―液相分離)により球晶の多孔構造が得られる。著者らは中空糸膜作製において融解温度の影響を検討した3)。図4に各融解温度で得られた中空糸膜断面構造を示す。高い融解温度では通常の球晶構造であるが、低い融解温度では網目状構造が得られた。この構造はスピノーダル分解機構(液―液相分離)に基づく構造に類似しているが、詳細な熱分析の結果、相分離機構は液―液相分離型ではなく、残存の結晶が核となる固―液型の相分離であることがわかった。網目状構造膜では水透過係数は低下するものの、膜の引張強度や伸び率は5倍以上向上することが明らかとなった。

 PVDFの結晶化が起こる系について、新たに第3成分を添加することにより液―液型の相分離を誘起させることができる4)。たとえばPVDF/グリセロールトリアセテート系に、グリセリンを添加することにより、明確な曇り点(binodal線)が現れる。10 wt%のグリセリン添加の場合に得られた中空糸膜構造を図5に示す。興味深いことに相図では明確なbinodal線が現れているにもかかわらず、膜断面の大部分はS-L型相分離に基づく球晶構造である。外表面近傍にのみL-L型相分離に基づく連結構造が得られた。従って同一膜内に二つの構造が混在する興味深い膜が作製できたと言える。このような構造は透水性の増大に効果的であった。

図5 PVDF/グリセロールトリアセテート/グリセリン系により作製した中空糸膜構造

図5 PVDF/グリセロールトリアセテート/
グリセリン系により作製した中空糸膜構造

図3 TIPSプロセスでの膜構造成長の解析

図3 TIPSプロセスでの膜構造成長の解析

図4 膜断面構造に及ぼす融解温度の影響

図4 膜断面構造に及ぼす融解温度の影響

 処理対象液(海水や河川水等)を膜で処理した場合、ファウリング(性能低下)により透水性能は初期性能から大幅に低下する場合が多い。この様なファウリングと膜構造との関係は以前より数多くの研究がなされているにもかかわらず、現在でも完全には解明されていない。膜のファウリング現象には、膜の親水性、表面電位、膜構造が大きな寄与を与えるとの指摘はなされているが、これまでは市販膜を用いて検討する場合が多かったため、3つの要素を個別に評価することが難しかったと言える。つまり異なる膜を用いれば、膜の親水性が変わると同時に膜構造も変わってしまうようなことが起こる。我々は同一の膜材料を用いて、TIPS法およびNIPS法を用いて種々の構造を有する膜を作製することにより、膜構造と膜ファウリング性の相関について検討を行った5)。ファウリング実験を行った結果の一例として、フミン酸を用いて場合の透水量と溶質阻止率の経時変化を図6に示す。これら3種類の膜では初期の透水量はほぼ同じであったが、膜性能の低下の度合いは明らかに異なる。また図中の矢印の部分で逆方向に純水を流す操作(逆洗)を行ったが、この逆洗による透過性能の回復にも差異が認められる。これら3種類の膜の表面構造と表面粗さを図7に示した。表面構造が緻密で溶質が膜内部に堆積しないTIPS1膜や、表面多孔度の高いTIPS3膜が良好な低ファウリング特性を示したことになる。今後はさらに多くのこのような知見の蓄積を行い、膜材質、膜構造等に関して低ファウリング性を達成させるための設計指針を確立したい。

図6 膜ファウリング結果の一例

図6 膜ファウリング結果の一例

図7 ファウリング実験に用いた膜の構造

図7 ファウリング実験に用いた膜の構造

4. 神戸大に先端膜工学センターを設置

図8 先端膜工学センターの活動内容

図8 先端膜工学センターの活動内容

 平成19年4月、神戸大学大学院工学研究科に「先端膜工学センター」(略称:膜センター)が設置された。大学における膜工学に関する本格的なセンターとしては、日本初の膜センターと言える。現在センターは総勢12名の教員および110名以上の学生で構成されている。膜工学に関するあらゆる情報の集約、発信を積極的に行い、膜工学研究の世界的拠点形成を目指している。本センターの活動内容を図8に示した。

 センターと連携して、膜工学に関する先端研究と人材育成の両面で産学連携を推進することを目的として、先端膜工学研究推進機構(略称:膜機構)を平成19年7月に設立した。膜機構は主に企業会員(現在23社)で構成され、その具体的な活動内容は、膜工学に関する勉強会、講演会・膜工学サロンの実施、ニュースレターの発行等である。また産学連携のコーディネートを行い、産学連携プロジェクトの立案や公的研究予算の申請も行う。本膜機構への企業会員を広く募集しているため、興味を持たれた方は膜機構のホームページ(http://www.research.kobe-u.ac.jp/eng-membrane/)を参照していただき、入会申込みやお問い合わせをいただければ幸いである。

5. 終わりに

 昨今膜技術を用いた水処理には大きな期待と注目が集まっている。現在使用されている膜では必ずしも十分とは言い難い面もあり、益々の研究開発が必要と言える。新しく設立した膜センターや膜機構の活動を通して有効な膜技術を確立することにより、水不足問題の解決に向けてぜひとも先導的な役割を果たしたいと考えている。

参考文献:

  1. ニューメンブレンテクノロジーシンポジウム2008 講演要旨集、S4-1
  2. 高地健太、牧泰輔、松山秀人、寺本正明、化学工学論文集、29、673(2003)
  3. Matsuyama,H. and Teramoto,M.:Proceedings of 10th APCChE Congress, 292 (2004)
  4. Maruyama,T., Sotani,T. and Matsuyama,H.:Sep.Prurif.Technol., 63, 415 (2008)
  5. X.Fu, T.Maruyama, T.Sotani, H.Matsuyama, J.Membr.Sci., 320, 483 (2008)