第38号:中国の知的財産制度と運用および技術移転の現状
トップ  > 科学技術トピック>  第38号:中国の知的財産制度と運用および技術移転の現状 >  顧客のニーズに基づいた持続的イノベーションによる通信領域での知的財産権の蓄積-華為公司のイノベーションおよび知的財産権戦略

顧客のニーズに基づいた持続的イノベーションによる通信領域での知的財産権の蓄積-華為公司のイノベーションおよび知的財産権戦略

2009年11月30日

丁 建新

丁 建新(Ding JianXin):
華為技術有限公司知的財産権部部長

1995年、華為技術有限公司入社、2005年より知的財産権管理業務担当。その指揮の下に20数人の華為公司知的財産権部は数年で約200人の国際的知的財産権専門家集団となり、欧米支部を持つ世界的な知的財産権管理システムを形成。華為の特許出願数は長年連続して中国一位、2008年のPCT国際特許の出願数は1737件で世界一位。

要旨

 イノベーションと知的財産権は、企業の持続可能な成長とグローバル化した市場の開拓において重要な役割を果たす。そこで、華為技術有限公司(以下華為と記す)は一貫して他者の知的財産権を尊重し、自らの知的財産権保護を重視してきた。莫大な研究開発費の投入と持続的イノベーションによって絶えず知的財産権を蓄積し、競合企業とのクロスライセンスによってグローバル市場の開拓発展のための法律的保護を獲得してきた。また、華為は顧客のニーズに基づいた開放的イノベーションを堅持してきた。そして、イノベーションを国際的主流技術の規格と融合して、ハイクオリティ、ハイサービス、ローコストの製品とプログラムを顧客に提供することを目指し、大きな商業的成功を収めたのである。

 1978年より中国は怒涛の改革開放時代に突入した。中国経済成長の軌跡はこの瞬間から歴史に書き加えられることになり、今日まで30年余りもの年月が過ぎ去った。この30年を概観してみると、経済の一つの流れを読み取ることができる。すなわち、知識が経済発展に占める重要性が日々注目されるようになって、いつのまにか知識経済が避けることのできない世界的なテーマになっていた。

 中国は2007年にイノベーション型国家の建設という目標を提示し、2008年に中国国務院は国家知的財産権戦略要綱を公布した。これは、知的財産権がイノベーション型国家の建設においていかに重要な地位を占め重要な役割を果たすかということを明らかにしたものである。中国では、しだいに企業がイノベーションの主体となってきており、技術的イノベーションと知的財産権の領域においてますます重要な役割を果たし、重要な作用を及ぼすようになってきている。

通信領域における知的財産権の蓄積

 世界知的財産権機関(WIPO)の統計によると、2008年の華為のPCT出願数は世界第一位である。これは中国の企業として初めてPCT出願数一位となったものである。華為は長期にわたって売上高の10%をも研究開発に投入し、その研究開発費の10%をプレリサーチに活用して、絶えず新技術、新領域の研究および追跡調査を行っている。華為は6年連続発明特許出願数中国一位であり、3年連続特許出願数中国企業一位である。2009年6月現在、華為が中国内外で出願した特許は合計40000件近く、PCT出願は6667件であり、世界各国で12000件余りの特許が認められた。その90%以上が発明特許に属し、なかには国際規格または中国国内規格となって業界でいうところの「基本特許(essential patent)」となった特許もある。

 技術規格の制定と産業化の実施は現代工業技術の進歩の典型的なプロセスであり、特に通信領域では世界的ネットワークに相互に接続できることが求められる。技術規格の制定に積極的に参加して規格に合った製品をリリースして初めて、より広範な顧客を勝ち取ることができ、またより多くの産業リンケージを得ることができ、よってより大きな商業的利益を獲得することができるのである。このプロセスにおいて、規格と特許を総合的に運用することが商業戦略としてますます当然のものとなってきている。しかし、その本当の成果を収めるためには、企業が長期的な戦略を持って研究開発を行い、イノベーションプロセスを有効に管理することが必要である。

 華為は2001年1月からITU部門への加盟を開始し、現在までにすでにITU、3GPP、3GPP2、ETSI、IETF、OMA、IEEEなど91の国際規格機構に加盟した。また、これらの規格機構において100以上の役職を引き受けている。さらに、2008年にはこれらの規格機構に合計4100余りの規格技術に関する論考を提出した。その中には光ファイバー伝送、ブロードバンド接続、インターネットに関する1300余りの提案や、無線通信と業務応用領域に関する2800余りの提案が含まれている。

 知的財産権制度とは本来保護主義的なものに限定されるものではなく、その最終的な目的は技術の共有、参照、使用の普及を促進することにあるということを、華為はしっかりと認識している。知的財産権を尊重するということは特許に尻込みをすることではなく、勇気をふるって特許を積極的に持ち込み、消化し、自ら用いることを言うのである。ましてや工業の規格化が進み大幅な産業資源の共有という状況がもたらされているのであるから、どのような企業であっても自らの特許のみに基づいて他社の特許技術をまったく用いず製品の開発を完成させることは不可能である。産業リンケージ上のパートナー企業、ひいては競合企業との特許のクロスライセンスによって法律的保護を獲得するという前提の下に、その他企業の知恵と技術資源を共有して使用することがすばやく市場に飛び込み商業的成功を獲得する早道となる。

 華為は業界のリーディングカンパニーの知恵と経験を幅広く吸収し、利用してきた。そして、製品の性能と特性に関して改善を進め統合能力を向上させて、プロジェクトの設計・実行など多方面において技術的イノベーションを実現した。さらに、これらのイノベーションを華為の自社特許に転化し、その特許技術を規格機構に持ち込んで顧客や競合企業とディスカッションを行い、再度改善・最適化を行った。こうしたワンサイクルを経て、再度スタートを切った。普通の応用型の技術的イノベーションでもともすれば数年の月日がかかることから考えれば、このようなイノベーションのプロセスは長くつらいものであった。しかし、その巨大な商業的価値が華為に尽きることのないエネルギーを与えてくれた。華為の知的財産権事業の戦略的目標の一つは、このような開放型イノベーションプロセスを通じて、3年~5年で所有する主流技術領域の基礎的知的財産権を業界のリーディングカンパニーの水準まで積み上げ、世界規模で急速に増加している製品の販売とサービスを効率よく支えていくことである。

顧客のニーズに基づいた持続的イノベーション

 顧客の求めるものは、ハイクオリティ、ハイサービス、ローコストの製品とプログラムである。ゆえに、企業のイノベーションは顧客のニーズを満たすことを目指さなければならない。すなわち、ハイクオリティ、ハイサービス、ローコストの製品とプログラムをリリースしていくことが、企業の生き残りの前提条件なのである。宗教を崇拝するようにひたすら技術を崇拝していると、往々にして企業は苦境に陥ってしまう。

 顧客のニーズを先取りするリーディングテクノロジーは人類の知力のたまものであることは言うまでもないが、一般的に自らを犠牲にして初めて完成するものである。21世紀初頭のITバブルの崩壊の結果、世界で一瞬にして20兆米ドルの富が失われたのであるが、統計分析の結果明らかになったことがある。それは、倒産した企業の大多数は技術的に落伍したために亡びたのではなく、技術的に先行しすぎたためにかえって市場のニーズに応えられなくなり、製品が売れず労働力と資本を消耗して亡びたということある。技術上のトレンドを追い求めすぎる多くの企業は、常に先頭走者の役割を果たすものの、往々にして1万メートル走の最後の勝者にはなりえない。新技術の開発は莫大な代価をともなうからである。

 業界のニュートレンドをリードしようとやみくもに技術的イノベーションを試みると、その企業自体が苦境に陥る可能性が非常に高い。華為も初期には技術崇拝的な企業であり、やみくもにイノベーションを進めたエピソードも多く残っている。しかし、一定の授業料を支払った後は、時代に合わせて顧客のニーズを中心に考えるようになった。製品開発の前に顧客のニーズに真摯に耳を傾け、自らの技術的な理想ではなく顧客のニーズに合わせて製品を設計するようになった。その後も調整・努力を続けた結果、華為はついに中国の顧客の信頼を勝ち取り、世界最大のNGNネットワークであるチャイナモバイルのTネットワークなどのプロジェクトを請け負うようになった。現在華為はこの製品系列の世界市場で32%のシェアを占めており、世界一位である。2008年において、華為のモバイルソフトスイッチ合計出荷量は12億個を超え、世界のAll IPネットワークのモデルチェンジをリードしている。また、世界最大のIMS基盤のVOBBネットワークであるドイツテレコムのハンガリー・ネットワークを建設した。HLRの新規市場シェアは第一位であり、パキスタン・テレノールの世界最大のngHLR商用局を建設した。さらに、モバイルパケットのコアネットワークの新規市場シェアも第一位である。そして、チャイナモバイルの世界最大のモバイルネットワーク(ネットワークユーザー容量4億以上)を建設した。

 現在、すでに華為は顧客のニーズに基づいた企業基本経営戦略を確立し、技術と規格の方向性を選択する際には可能な限り業界のコンセンサスに従って主流となっている方向へ向かって進むこととしている。なぜなら、主流となっている方向とは何千何万の資源や要素が総合されたものであり、内容が豊富であるだけでなくコストも低いからである。顧客のニーズの分析を通してプログラムを見つけ出し、このプログラムによってハイクオリティ、ローコストの製品を開発する。すなわち、華為が再三顧客のニーズを強調するのは製品開発の道しるべとしてであり、逆に新しい技術手段は顧客のニーズを実現する手段に過ぎない。華為は新しい技術とは必ずハイクオリティ、ハイサービス、ローコストの実現を促すものであり、そうでないならば商業的価値がないと考えている。

 蒸気機関はワットが一番初めに発明したものではなく、ワットはこれを改良したに過ぎない。しかし、その改良によって、石炭消費の多すぎた蒸気機関は実際に幅広く用いることができるようなった。歴史に蓄積されてきた工業文明の成果はまさに今日のイノベーションの基礎であり、イノベーションというものは巨人の肩の上に立ってこそ可能なのである。技術には国境はない。前人の技術の成果を大規模に吸収してこそ不必要な重複と浪費を避けることができ、イノベーションはさらに価値のあるものとなって市場との結びつきがより容易になる。

 通信領域においては、中国の企業は欧米の企業と比較すると一般的に遅れており、華為が通信業界に参入したときには、中国国外の企業はすでにこの分野で数十年の成長を経て大量の知的成果を積み上げていた。この業界の後発者がもしも周囲の状況を見ずにやみくもにイノベーションを試みていたならば、これら既存の知的成果を自ら獲得しようと遠回りして、研究開発コストは高くなり難度も高くなっただけでなく、顧客から認められることも非常に難しくなっていたことであろう。華為のイノベーション観において最も重要なのは他者の優秀な知的成果を認め、受け入れることである。西欧企業との差を認め、受け入れることを恐れず、受け入れることに長け、他者の優秀な成果を受容することにおいて持続的なイノベーションを展開するのである。リーディングテクノロジーを学び、受け入れることによって、華為は最小の研究開発コストと最短の期間で業界をリードする製品を作り出し、顧客のニーズを満たした。

 工業化発展のプロセスとは規格化が絶えず発展深化するプロセスであり、規格化された技術はコストを絶えず引き下ろすため、さらに強い市場競争力を持つことになる。通信業界は国際化が比較的進んでいる業界であり、主流の規格がシェアの90%以上を占めている。華為が確立したイノベーションの方向とは主流の技術規格を追いかけこれと融合することであった。この戦略の結果、華為は商業的成功を収めた。

 WCDMAは第三世代モバイル通信の主流技術規格であり、世界のモバイル通信市場のシェアの80%近くを占めている。華為は10年前にこの規格を主要投資ポイントとし、毎年10億米ドルを超える持続的な研究開発費の投入によって、華為はWCDMA規格の領域において計100件もの基本特許を獲得した。欧州電気通信標準化機構(ETSI)において明らかにされた基本特許に関する統計によると、華為が現在WCDMA領域で所持している基本特許はすでに世界のWCDMA技術の全基本特許の9%を占めているという。また、全通信業界の全面的支持を受けている3.9世代技術LTE領域においても、華為は10%以上の基本特許を所持しており、これは業界上位である。

 長期にわたる懸命な努力を経て、世界的な3G市場の全面的発動とともに華為は現在その成果を獲得しているところである。華為の無線ハイエンド分野において、北米、日本、欧州の三大先進地域の3G設備市場への参入を果たした。WCDMA発祥の地である欧州では、世界最大のモバイル企業であるボーダフォングループが華為を選び、そのスペインでのWCDMA/HSDPA商用ネットワーク構築を請け負った。このネットワークはボーダフォングループ最良質、最重要のサブネットの一つである。また、世界で最も商用WCDMAが成熟し、ユーザーが最も集中している地域である日本では、華為はイノベーション型モバイル企業であるイー・モバイルと提携し、日本最初のHSDPA無線接続ネットワークを配置した。華為はWCDMA規格に莫大な研究開発費を投入し、顧客のニーズを深く理解してこれをすばやく満たすことによって、世界第二のWCDMA供給企業となったのである。

 モバイル通信領域全体で華為はGSM製品を合計300万台出荷し、2008年増加分は150万台で世界第二位である。WCDMA製品についても先進国市場で幅広くサービスを提供し、欧州で20以上のWCDMA/HSPAネットワークの建設に参画した。さらに2009年初頭にはノルウェーで世界初のLTE/SAEの商用設備を受注し、続けて北米初のLTE指向のWCDMA/HFPAネットワークの建設を落札した。また、各地域の市場に各種システムをLTEにスムーズに移行するプログラムをリリースした。

終わりに

 華為は知的財産権を尊重し、同時に国際的な知的財産権の規則を十分に重視・遵守してきた。また、莫大な研究開発費を投入することによって、核心領域での知的財産権を持続的に積み上げてきた。そして、業界内のバートナー企業や競合企業と特許技術の知的財産権のクロスライセンスに関する協議を成立させて調和のとれた商業環境を作り出し、さらに大きな市場を得て急速に成長した。

 顧客のニーズに基づいて開放的イノベーションを行い、根気強く努力を積み重ねて顧客価値を創造することによって、華為は世界の顧客から常に信頼を勝ち取ってきた。2008年、華為の売上高合計は233億米ドルであり、同46%増である。また、09年の華為の売上高合計は300億米ドルに達し、30%前後の増加を維持する見込みである。華為が金融危機の下でも持続的に成長できたのは、顧客のニーズに常に注目しIPR能力を持続的に積み上げてきたからである。


ファーウェイについて

 ファーウェイ(中国語表記:華為技術、英語表記:Huawei、HP: http://www.huawei.com/jp/ )は、次世代通信ネットワークソリューションの世界的プロバイダーである。現在では、世界のトップ50 にランクされる通信事業者のうち、36 社と取引実績があり、全世界で10 億人以上のユーザーに使用している。革新的でカスタマイズされた製品、サービス、ソリューションを提供し、長期的な価値と成長をお客様にもたらすことがファーウェイの使命である。

 中国本土から成長し国際的知名度を持つ通信設備供給企業である華為は、海外市場で急速に拡大する過程において欧米の巨大多国籍企業と何度も知的所有権をめぐる折衝と訴訟を経験してきた。そのうち最も有名なものは2002年の華為対シスコの訴訟であるが、これは双方が和解して終結した。華為が世界通信市場で何年も連続して30%以上の成長率で意気盛んに前進することができたことは、華為が長期にわたって顧客のニーズに基づいた開放的イノベーションを堅持して、通信領域で知的所有権の研究開発とイノベーション戦略を積み重ねてきたということと切り離して考えることはできない。華為はこのようにして中国ハイテク企業の成功モデルとなったのである。