第38号:中国の知的財産制度と運用および技術移転の現状
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中国の過去30年の知的財産権研究

2009年11月20日

呉漢東

呉漢東(Wu Handong):中南財経政法大学学長
法学博士、教授、博士課程院生指導教官

1951年1月生まれ。1995年に中国人民大学を卒業、法学博士号取得。現在、教育部人文社会科学重点研究基地及び国家知的財産権保護研究基地となっている中南財経政法大学知的財産権研究センターの主任・教授、民・商法専攻博士課程院生指導教官。教育部社会科学委員会法学学部委員、教育部大学法学学科指導委員会副主任委員、中国法学会知的財産権研究会会長、中国法学会民法学研究会副会長、最高人民法院特約コンサルティング専門家、最高人民検察院特約コンサルティング専門家、中国国際経済貿易仲裁委員会仲裁員を兼任。「著作権の合理的使用制度研究」、「知的財産権の多元的解読」、「無形財産権制度研究」(共著)、「知的財産権基本問題研究」(共著)等10冊の著書があり、他に「中国社会科学」、「法学研究」、「中国法学」等の刊行物に100編余りの論文を発表。専門書と論文は第1回全国優秀博士論文賞、司法部優秀科学研究成果1等賞、第1回中国出版政府賞図書賞、湖北省政府社会科学優秀科学研究成果1等賞、教育部人文社会科学優秀科学研究成果2等賞、全国法学教材・科学研究成果2等賞、第1回中国法学優秀成果賞専門書類2等賞等を受賞。2006年5月、中央政治局の第31回集団学習で国家指導者向けに「わが国の知的財産権保護の法律・制度整備」をテーマとして講義。2009年4月、「中国知的財産権風雲掲示2008」の選考活動における「2008年度の中国知的財産権事業で最も影響力のあった十大人物」の1人。2009年7月、英国誌Managing Intellectual Property(MIP)の「世界の知的財産権分野で最も影響力のある50人(2009)」の1人。

共著者:李 瑞登

序言

 知的財産権の研究は1つの学問分野であり、多次元の研究視野と多元的な分析方法が必要である。それは民法学の基本原理から逸脱することはできないが、伝統的な民法学の枠組みにこだわることもできない。この30年来、わが国の知的財産権研究者は多角的な視点から知的財産権の考察を行ってきた。政治学、社会学、倫理学、経済学、管理学及び政策科学等の理論と結び付け、学際的な研究に従事した研究者もいれば、憲法学、刑法学、訴訟法学、経済法学等の原理を用い、複数の分野に跨る探究を進めた研究者もいる。多くの著作、論文は複数の学問分野の知識を背景としたものであり、知的財産権制度について法哲学による考察、政策科学による分析、倫理学による探究、経済学による論証、管理学による研究を進めている。また、知的財産権と人権、知的財産権の刑事保護、知的財産権の独占禁止法による規制、知的財産権訴訟等のテーマを巡って議論を展開し、知的財産権問題の研究を深めるための斬新的な視点もある。知的財産権研究に従事するには、広い研究視野を持つと同時に、優れた修学方法をマスターしなければならない。過去30年間の知的財産権研究者の研究成果を見ると、歴史分析方法を用い、科学的な歴史観を生かし、法律制度の誕生、発展、変革の法則について縦分析と動的考察を行ったケースもあれば、比較分析法を試み、各国・地域の法律制度を対象とし、それぞれの法律制度のタイプ、伝統、理念、原則、原理、規範について比較研究を行ったケースもある。後者には各法律制度の相違点と共通点の分析、関連する法律制度間の矛盾及びその解決方法の分析等がある。

 中国の改革・開放の30年は、中国の知的財産権の法制整備が進んだ30年であり、また、知的財産権の研究が進歩を遂げた30年でもある。この30年間の知的財産権研究には理論分析もあれば、応用研究もあった。知的財産権研究者は知的財産権制度の基礎理論体系を探究する他、知的財産権研究の最先端の問題に注目し、知的財産権戦略の実現と知的財産権関連法の完備とその執行を推進することに尽力した。

1.理論研究:知的財産権基礎理論の充実

 知的財産権基礎理論は主に基本的概念、法律的価値、制度体系及び権利救済等の各分野に及ぶ。1980年代以降、わが国の研究者は知的財産権法分野で多くの基礎的・独創的な研究を進め、知的財産権基礎理論に対する認識を深めてきた。

 知的財産権の基本的概念について。1986年、中国初の知的財産権専門書となる「知的財産権法通論」が発表された。これは主な知的財産権を系統的に説明したものであり、筆者は次のような考えを示した。著作権、特許権と商標権はいずれも専有権であり、権利者の許諾がなければ、他の人は利用することができない。このような権利はそれが発生し、それを保護する法律が適用される地域内でのみ有効となる。特許権は新規性、実用性、先進性を備えた発明を保護する。著作権は作品の独創的な「表現形式」を保護するものであり、作品が反映する実質的内容には及ばない。商標権は商標を保護するものであり、商標の役割は異なる生産者又は販売者が生産又は販売する同類商品を区別することにある。1987年、初の知的財産権教材となる「知的財産権法概論」は知的財産権の理論的概念を打ち出し、知的財産権の本体、主体、客体、属性と基本的特徴について初歩的な線引きを行った。筆者は次のような考えを示した。知的財産権は伝統的な財産所有権とは異なる新しいタイプの権利であり、その本質の属性は客体の非物質性にある。その主体は行為能力の制限がなく、自らの創造者としての身分に基づき、国の主管機関の確認を得れば権利を取得することができる。外国人の主体としての資格については主に「条件付きの内国民待遇の原則」を実行する。その客体即ち知的生産物は創造性、非物質性、公開性、有価性等の主要な特徴を持つ。権利自体は財産権と人身権の二重の属性を備え、専有性、地域性、時間性の基本的特徴を体現している。1990年代中期以前、研究者の多くは知的財産権を人々がその創造的な知的成果に対し、法に基づいて獲得した専有の権利であると定義した。90年代中期以降、研究者は、知的財産権の名で統率される各権利はその全てが創造的な知的成果に基づいて発生した訳ではなく、このため、知的財産権を概括し直す必要があると考えるようになった。代表的な主な見方は次の3点である。(1)「知的財産権は創造的な知的成果と工商業の標識に基づき、法に従って発生した権利の総称である」。(2)「知的財産権は人々が自らの知的な活動で生み出した成果と経営管理活動における標識、信用に対し、法に従って享有する権利である」。(3)「知的財産権は民事の主体が法律の規定に基づき、知的活動に関係するその情報を支配し、その利益を享受し、他人の干渉を排除する権利である」。ある研究者は知的財産権の本質的属性に関し、知的財産権と他の財産権利との根本的な違いはそれ自体の無形性にあり、その他の法的特徴即ち独占性、時間性、地域性等はいずれもここから派生したものであるとの考えを示した。知的財産権の客体と対象の関係について、研究者の多くはそれを同じ概念として用いているが、客体と対象が異なる概念に属するとの見方もある。前者は知的財産権の対象に対する管理・利用・支配行為に基づいて発生する利害関係又は社会的関係を指し、後者は知識それ自体が「人類の認識に対する描写」に属することを指している。一部の研究者は客体の範囲に関し、発見権、発明権及びその他の科学技術成果権は知的成果に対する専有使用権でなく、それは栄誉を手に入れ、報奨を獲得する権利であり、この制度は科学技術法に分類すべきであるとの考えを示した。今世紀に入ると、研究者は民法学理論をベースに、知的財産権の本体、主体、客体等の基本的問題について認識を改めるようになった。具体的には次の通り。知的財産権は本質的には無形財産権であり、客体の非物質性は知的財産権が属する権利項目に共通する法律的特徴である。知的財産権の主体制度は原始取得、承継取得及び内国民待遇の面で一般的な民事の主体制度と異なる。知的生産物は各種の知的財産権の保護対象を見直して新たに生まれた概念である。その主な種類には創造的成果、経営上の標識と資産信用があり、客観性、有用性、希少性等の特徴を備えており、それは財産化された精神的生産物である。これと同時に、研究者は知的財産権の性格に対する解釈を深め、知的財産権の私権と人権の属性を提起した。

 知的財産権制度の価値選択方向について。法律が促す価値について言うなら、正義と効率は知的財産権制度全般の立法目的と機能目標にすべきである。知的財産権の正義の価値選択方向に関し、研究者の多くは論述の中でロックの労働価値理論、ルソーの社会契約理論及びヘーゲルの「財産と人格」理論等を根拠としている。しかし、正義の価値は知的財産権制度の効率価値を完全にカバーすることはできず、正義の目標は効率最大化とは異なる成果を最終的に実現するものである。経済生活に根差した知的財産権法は、社会正義を維持する機能を備えるだけでなく、知的資源の有効配置を実現し、社会の非物資的富の増加を促す使命を担うべきである。効率最大化の目標は、知的財産権分野においては知識、技術、情報の幅広い伝播であると読み解くことができる。これに対し、ある研究者は法・経済分析を踏まえ、実証研究の視点から、知的財産権制度における効率価値の顕著性を論証した。大筋で言うなら、知的財産権制度の趣旨は、創造者の合法的権利を保護し、知的生産物の広範な伝播を促進することにある。この制度の基本的機能は、創造者が「専有の権利」を行使することと知識の広範な伝播を促すこととの矛盾を調整し、創造者、伝播者、利用者三者間の利害関係の調和を図ることにある。これに基づき、ある研究者は著作権の合理的な利用制度を研究した際、「著作権法のバランス精神」という新たな理論的命題を提起した。即ちバランス精神が追求するのは実質的に、相互間の協調における各種衝突要因の調和のとれた状態であり、それには著作権者の権利と義務のバランス、創作者、伝播者、利用者三者間の関係のバランス、公共の利益と個人の利益のバランスが含まれる。この理論はその後の知的財産権研究において一段と系統化された。一部の研究者は知的財産権法の内在的価値構造を分析することを通じ、知的財産権の専門法律即ち著作権法、特許法、商標法、商業秘密法を例にきめ細かな分析を進め、知的財産権法の背後にある利益均衡メカニズムを掘り起こし、かなり系統的な利益均衡理論を確立した。

 知的財産権の権利体系について。知的財産権の体系化は権利の類型化問題に及び、知的財産権法の将来の立法スタイルの選択に関係するものである。知的財産権の権利のタイプは広義と狭義に分かれる。広義の知的財産権は著作権、隣接権、商標権、商号権、商業秘密権、地理的表示権、特許権、植物新品種権、集積回路配置設計権等の各種権利を含む。発明権と発見権が知的財産権に属するかどうかについては、研究者の間に異なる見解がある。1つの見解は発明権、発見権を知的財産権の範囲に入れるべきだとするもの。もう1つの見解は、科学的発見は知的財産権の保護対象とすべきでないとの考えである。この他、発明権、発見権及びその他の科学技術成果権は栄誉を手に入れ、報奨を獲得する権利であり、科学技術法に分類すべきだとの見解もある。狭義の知的財産権は文学所有権(著作権及びこれに関係する隣接権)、工業所有権(特許権と商標権)に及ぶだけでなく、工業著作権という新しいタイプの権利も含まれる。権利の類型化を踏まえ、一部の研究者は知的財産権体系の構築を試みている。将来の立法スタイルの選択について。知的財産権体系化の法律的変革に対応するため、大陸法系の一部の国は知的財産権制度を自国の民法典に編入することを試みている。フランスは法典化の道において新しい局面を切り開き、初の知的財産権法典を率先して制定した。フィリピン、エジプト、ベトナム等は競い合うようにその模倣をしている。大まかに言うなら、知的財産権制度のモデルは単行立法、民法編入から専門の法典編纂への過程を辿ってきた。中国の知的財産権法典化の問題は、1990年代末にスタートした民法典の起草作業によって引き起こされたものである。知的財産権を「法典に入れる」ことについては、立法関係者にも多くの研究者の間にも異論がない。しかし、知的財産権をどう「法典に入れる」かについては様々な意見がある。一部の研究者は、民法典の細則の中に知的財産権編を設けて、その権利に関する一般規定と共通の規則を主に定め、民法典の外にある知的財産権単行法の基本的形態は変えないようにすべきであると主張した。別の研究者は、「知的財産権法典」を編纂して初めて、マクロの指導的価値を備えた、各種の具体的な知的財産権全般に適用される原則を打ち出すことができ、この重大な法律的使命は「知的財産権法典」でなければ果たせないものであるとの考えを示した。その他、知的財産権制度の法典化は2段階に分けて進めればよいと提案した研究者もいる。第1段階は、民法典が知的財産権について一般規定だけを設け、単行法はそのまま残す。第2段階は、民法典の下で知的財産権法典を編纂するというものである。

 知的財産権の救済について。この分野における研究者の関心は主に権利侵害対象と責任帰属の原則の確定問題に集まっている。権利侵害行為が何を指すかについては、研究者の間に異なる見方がある。一部の研究者は、権利侵害行為は他人の知的生産物を勝手に使用することに現れると強調し、別の研究者は、権利侵害行為は本質的には他人の専有権利を勝手に利用することだと考えている。具体的に言うなら、著作権の侵害とは「著作権者の許諾を得ずに、法律の認める範囲外で、その著作権を勝手に使用する行為」を指し、特許権の侵害とは「特許権者の許諾を得ずに、その特許を実施する行為」を指す。商標権の侵害とは「他人の登録した商標権を不法に侵害する行為」を指す。また、権利侵害対象について言うなら、権利侵害行為は「知的生産物所有者の専有権利を勝手に行使又は利用する」ことだと説明する研究者もおり、これは「法律の保護を受けた知的生産物を勝手に使用する」という言い方に比べ一段と適切な表現である。知的財産権侵害の責任帰属の原則については、わが国の法学界でも意見が分かれている。一部の研究者は、知的財産権の侵害は一般の権利侵害行為に他ならず、過失責任の原則を適用するよう主張している。これは即ち一元的な責任帰属の原則である。一方、多数の研究者は過失責任の原則を採用することを基礎に、その他の責任帰属の原則を補充適用するよう主張している。これは即ち二元的な責任帰属の原則である。その中の代表的な見解は主に2種類あり、1つ目は無過失責任を補充原則とするもの、2つ目は過失推定責任を補充原則とするものである。

2.国際的な視野:知的財産権制度の一体化の動きへの順応

 経済のグローバル化と新たな国際貿易体制の確立は、20世紀後半の世界経済における時代の流れである。この流れは21世紀の枠組みに深い影響を与えるものである。経済グローバル化のプロセスを促す面で、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)及びその後継組織である世界貿易機関(WTO)は重要な役割を演じた。以前の国際組織や国際条約とは異なり、WTO及びその「知的財産権協定」は知的財産権保護を国際貿易体制の中に組み込んでおり、知的財産権制度の一体化、国際化には次のような新たな動きが見られた。(1)国際貿易体制の枠組みの下で、ハイレベルの知的財産権保護を進めること、(2)執行メカニズムと紛争解決メカニズムを後ろ盾として、ハイレベルの知的財産権保護を進めること。1994年にWTOがGATTに取って代わり、「知的財産権協定」が正式に発効して以降、知的財産権の国際的な保護制度はポストTRIPsの時代に入った。「知的財産権協定」が各締約国の間で一様に実施され、これによって引き起こされた利益のアンバランス、協定の実施過程における国際人権との対立・衝突、伝統的資源の保護に誘発された知的財産権制度の変革は、この時期の研究者が注目する主要問題となった。

 「知的財産権協定」の制度的欠陥及びその実施がもたらした東西の利益のアンバランスについて、わが国の研究者は早くから認識していた。「知的財産権協定」は目下の所、知的財産権の保護範囲が最も広く、保護基準が最も高い国際条約であり、「知的財産権保護の法典」と言えるものだが、合理性と適切性の問題が存在している。研究者は、包括的取り決めの立法モデルは東西の利益のアンバランス問題を解決していないとの考えを示した。包括的取り決めの利益交換モデルの下で、発展途上国が知的財産権の保護基準の引き上げにより、知的財産権を輸入することに伴う利益の損失は、彼らがWTOのその他取り決めで獲得する利益によって補うことができる。しかし、「知的財産権協定」の交渉及び締結において、先進国の絶対的な主導的地位は非常に顕著なものであり、これによって生まれた規則は明らかに不平等なものだ。発展途上国はハイレベルの知的財産権保護規則を認めることを代価として、WTOが与える最恵国待遇を手に入れなければならない。同時に、「知的財産権協定」の実体規則は明らかに知的財産権大国(先進国)に有利なものとなっており、発展途上国は協定を実施する上で多くの困難を抱えている。まさに研究者が指摘したように、「先進国は知的財産権の保護レベルを何度も引き上げ、一方、発展途上国は現代の文化及びハイテクの源泉を保護する問題を提起した」のである。「知的財産権協定」を中心とする現在の国際条約が定めている「最低保護基準」は、権利の大いなる拡大と権利のハイレベルの保護を体現しており、先進国の要求とやり方により多く配慮し、それを参照したものとなっている。統一的な保護基準を執行することで発展途上国にもたらされるコストはその獲得する利益を遥かに超えている可能性がある。なぜなら、これらの国々の発展は他国の知的財産権が含まれる技術と知的生産物にひどく依存しているからだ。

 「知的財産権協定」と国際人権の衝突については、わが国の研究者も注目している。ある研究者が述べているように、ドーハ会議で採択された「『知的財産権協定』と公衆の健康に関する宣言」から、カンクン(メキシコ)会議の前に合意されたこの宣言の第6段落に関する実施の決定に至るまで、「知的財産権協定」の法律的枠組みが整備されたことを示しており、その主な推進力は知的財産権と人権の衝突及びそのバランスである。また、ある研究者は、国際人権の基準に従うなら、知的財産権の国際保護制度には次のような顕著な又は潜在的な衝突があるとの考えを示した。即ち表現の自由と厳格な規制による知的財産権制限との衝突、プライバシーの権利と情報データベースの権利拡大との衝突、健康の権利と薬品特許利用の妨げとの衝突、及び発展権とノウハウ譲渡の制限との衝突等である。(1)著作権と表現の自由の権利との衝突について。ある研究者は、著作権の保護は言論の自由に一定の制限を与えているとの考えを示した。著作権は法で定められた権利であり、このため、自然の権利又は憲法の権利としての言論の自由に対するその制限は、より重要な公衆の利益を促進できるものでなければならず、そうしてこそ正当性を備えたものとなる。また、別の研究者は言論の自由と著作権保護の衝突について、米国の制度における判例法とメーカーの書式契約が当事者に与える直接的影響は成文法を遥かに超えるものだと述べている。将来、我々がこの2種類の権利の調和を図る時は、判例法とメーカー書式契約の重要な役割を際立たせるべきである。(2)プライバシーの権利と情報データベースの権利との衝突について。ある研究者は「社会は公民個人のプライバシーを保護するのに有利な方向に進んでいるのでなく、逆に、現代の科学技術特に電子情報技術の発達及びマスメディアは市民生活に深刻かつ広範な影響を及ぼしており、公民のプライバシーの保護は一段と差し迫ったものになった」と述べている。また、別の研究者はネットワークにおける個人情報の保護について、個人情報の権利をプライバシーの権利の重要な一部とし、個人情報の支配権、知る権利、守る権利、セキュリティ権を確認・保護するとともに、権利侵害責任の中でプライバシーの権利(個人情報の権利)侵害に対する民事責任を規定すべきであるとの考えを示した。(3)健康権と薬品特許権の衝突について。ある研究者は、「ドーハ宣言」が多くの発展途上国と後発開発途上国を悩ませ、苦しめている公衆の健康問題の深刻さを確認し、新薬品の開発における知的財産権保護の重要な意義を強調する一方、こうした保護が価格に及ぼす影響から生じた好ましくない状態を認め、「知的財産権協定」は締約国が公衆の健康を守る行動を起こす障害となるべきでないと述べていることに注目した。この研究者は、知的財産権の国際保護は知的財産権の保護基準を定めるだけでなく、各国間、特に先進国と発展途上国の技術発展・革新の利益分有におけるバランスを保障し、個人の財産権行使と公共の利益の間のバランスを保障することにその役割があると主張している。(4)発展権とノウハウ譲渡制限の衝突について。一部の研究者は、発展権は第三世代の人権即ち集団的人権の重要な内容で、全ての人々が経済、社会、文化の発展を自由に求める権利であり、それは第三世界の民族主義が台頭し、権力、富及びその他重要資源の世界的規模での分配を要求していることを反映したものだと主張している。また、別の研究者は次のような考えを示した。「知的財産権協定」は技術譲渡と知識伝播の促進について原則的な規定を設け、先進国は自国の企業と機関が後発開発途上国への技術譲渡を行うのを奨励すべきだと強調している。しかし、これらの原則的規定は余り実行に移されていない。発展途上国の多くは先進技術を利用するための施設と人材が不足し、科学技術の進歩がもたらす利益を十分に分かち合うことができないため、社会の発展問題において常に不利な立場に置かれている。

 伝統的資源の保護と知的財産権制度の変革の問題について、わが国の研究者は多くの研究を行い、論文を発表している。伝統的知識、遺伝資源等の新しいタイプの財産権制度の出現は、国際知的財産権制度の発展を促す大きな役割を果たした。こうした状況により、知的財産権の保護範囲が知的成果そのものから知的成果の源泉へと広がり、発展途上国は知的財産権資源の国際競争での劣勢な立場を変えることが可能になった。わが国の研究者はこの問題についてかなり系統的な研究を進めてきた。その中には正式に出版された専門書もあれば、刊行物に発表された多くの論文もある。前者について見ると、民間文学芸術の法律による保護を検討し、民間文学芸術の専有権保護制度を確立すべきだとの考えを示し、関連の立法意見稿を出している。また、当面は既存の知的財産権法律制度を整備して民間文芸を保護し、長期的には民間文芸の特別な利益を保護するモデルを確立すべきだと提案している。一方、伝統的知識の法律による保護の研究で、ある研究者は派生的知的財産権の利益、消極的知的財産権の利益、積極的知的財産権の利益から成る伝統的知識に関する利益構造を示し、伝統的知識の知的財産権保護制度の枠組みを構築するよう提案した。別の研究者は現行の知的財産権制度を変革して、伝統的知識の私権保護の仕組みを創設し、その対象の違いに基づき、利用できる多種の権利保護モデルを提供するとともに、同一種類の権利保護モデルの中で多段階の保護措置を講じるべきだとの考えを示した。後者について見ると、研究者は民間文学芸術、伝統的知識の法律による保護を探究しただけでなく、無形文化遺産の法律による線引きとその保護モデルを分析し、さらには遺伝資源保護の客体の属性と権利形態を論じている。例えば、ある研究者は、現行の知的財産権制度は全ての形態の伝統的知識に保護を与えることはできず、しかもその実施過程では主体確認、客体保護条件、権利保護期間、利益分配等の面で多くの困難を抱えており、このため、現行の制度を適用して保護することは急場しのぎでしかなく、長期の計とは成り得ないとの考えを示した。伝統的知識と遺伝資源の保護に関し、国際社会は「伝統」の情報及び情報素材と関連し、文化及び生物の多様性目標とも一致する、但し「現代」の知的財産権とは区別される「伝統的資源権制度」の下準備を進めている。ある研究者は次のような考えを示した。伝統的資源権は「伝統的知識」(即ち知的創造の源泉)を保護する「新制度」である。こうした財産権は既存の知的財産権と関係があるが、違いもあり、専門管理(公法)と権利保護(私法)を結び付けた法律モデルを採用することができる。

3.時代のビジョン:知的財産権制度の近代化要請への回答

 人類社会は既に知識経済の時代に入った。1980年代に始まり、現在世界を席巻している「知識革命」は新技術革命の継続と発展である。その中で最も代表性を備え、最も影響力がある時代の技術はネットワーク技術と遺伝子技術である。新技術は人類の生存様式を変えただけでなく、現行の知的財産権法に試練をもたらした。知的財産権制度は科学技術、経済、法律が結び付いた産物である。それは資源としての「知識」の帰属問題を実質的に解決するものであり、利益の奨励・調節メカニズムとなる。この意味で言うなら、21世紀は知識経済の時代であり、また、知的財産権の時代でもある。知識革命は知的財産権制度の近代化を呼び掛けている。

 知識革命の出現は、新たな知的生産物を創造しただけでなく、知的生産物の新たな利用方式も提供した。こうした状況は、知的財産権法の内容を大いに充実させる一方、知的財産権法に多くの新たな問題をもたらしている。これに対し、わが国の研究者はタイムリーな回答を与えた。

 第一:新しい知的形態が伝統的な知的財産権の客体に挑戦を突き付けた。これは主に知的生産物の形態の変化と知的財産権の客体範囲の拡大に現れている。まず、著作権の客体は伝統的な「印刷作品」から近代的な「アナログ作品」、「電子作品」へ、さらに現代の「デジタル作品」と「ネットワーク作品」へと絶えず進歩してきた。デジタルネットワーク著作権については研究者の関連論文があり、作品デジタル化問題、ネットワーク伝播問題、技術秘密保持問題、権利情報管理問題及び法律救済問題等を論じている。近年はネットワーク環境での著作権制度について系統的に紹介した教材もあれば、学術専門書もあり、ネットワーク著作権の一部の問題で対策的な研究を進めた。次に、特許権の客体が従来の微生物、動植物品種から今日の遺伝子技術へと進化した。遺伝子技術の特許について、一部の研究者は「源泉」と「流動」の2つの側面から関心を寄せ、遺伝資源の法律保護問題を研究し、遺伝資源においては新しいタイプの特別な専有権を設けるべきだとの考えを示した。こうした専有権はバイオ技術知的財産権の先取権であるだけでなく、生物体所有権に類似した権利でもある。また、遺伝子技術の特許可能性の問題を検討し、遺伝子技術の保護範囲、遺伝子特許の排除分野及びバイオ情報技術のソフトとハードの知的財産権保護について論じている。その他、デジタル化された経営標識であるドメイン名が商業標識分野における最新の保護対象となった。ドメイン名の保護問題について、研究者の注目点はドメイン名の保護モデル、権利の属性及び商標権との衝突等に集中している。

 第二:新しい知的財産が伝統的な知的財産権の枠を突き破った。これは従来の権利項目内容の拡大に現れ、例えば著作権分野に登場した情報ネットワーク伝播権、データベース製作者権である。また、新たな財産権の増加にも現れており、例えば著作権と工業所有権の間にある集積回路配置設計権、準特許的性格を持つ植物新品種権である。(1)情報ネットワーク伝播権。情報ネットワーク伝播権に関し、研究者がわが国の「情報ネットワーク伝播権保護条例」の公布を見据えて行った理論研究には、「条例」制定前の立法の見通しがあるだけでなく、「条例」実施後の制度評価及び将来の法律改正の提案も含まれている。前者について言うなら、一部の研究者は次のような考えを示した。現在のネットワーク環境の下、発展途上国の多くは「公衆」の役割を演じており、著作権法における作者の利益と公衆の利益とのバランスは先進国と発展途上国の利益バランスへと変化した。また、合理的使用制度にも発展途上国が先進国の科学・文化成果をどの程度合理的に利用できるかが含まれており、合理的使用制度の中身が濃いものとなった。別の研究者は、ネットワーク出版は著作権者と隣接権者の複製権に及び、著作権者の情報ネットワーク伝播権及び隣接権者の公衆への伝播権とも直接関係しており、権利侵害のリスクが比較的大きいと指摘した。一部の研究者は、ネットワーク伝播権の保護は著作権利益の実現に有利なものとし、その権利制限はネットワーク媒体と関連産業の発展に役立つようにすべきだと提案している。後者について見ると、研究者は現行「条例」にデジタル図書館関連の権利制限条項を追加し、デジタル複製を規制の範囲に入れるとともに、インターネットサービスプロバイダー特にP2Pサービスプロバイダーの責任条項を充実させるべきだと提案した。(2)データベース保護。データベースは著作権、技術措置、特別権利又は契約等の保護モデルを採用することができる。研究者はこれについて多くの紹介を行い、わが国のデータベース産業発展の現状に基づき、それぞれの立法提案を出した。例えば、一部の研究者は、データベース保護は特別権利のモデルを採用すべきだとの考えを示し、必要な投資保護基準を確定し、強制許諾を規定し、合理的使用の範囲を適度に拡大し、データベース製作者の製品品質責任を規定し、データベース登録制度を規定するよう提案している。(3)集積回路配置設計権。集積回路配置設計は国外で「機能作品」と呼ばれ、特許法が保護する意匠とは異なり、著作権という意味での図形作品にも属しておらず、各国は「工業著作権」即ちレイアウトデザイン専有権の保護モデルを採用している。2001年、わが国は「集積回路配置設計保護条例」を公布・実施したが、一部の研究者はこれについて次のような考えを示した。この条例は集積回路配置設計に対する保護レベルが国際基準に到達している。しかし、この立法モデルは中国さらには世界のその他の国々で集積回路配置設計権利者から冷たい目で見られている。その原因はこのモデルが権利者の要求を満たせないことにある。(4)植物新品種権。選抜育種と交雑栽培に代表される伝統的なバイオ技術、特に遺伝子工学を中心とする現代のバイオ技術は植物の育種で重要な応用価値を持つ。植物新品種の育成と普及は重大な現実的意義を持ち、その法律保護問題も多くの国から重視されている。植物新品種権の保護モデルの選択、権利取得条件、保護範囲、権利内容、権利制限等の問題について、わが国の研究者は系統的に論じている。

 第三:新しい知識利用方式が伝統的な知的財産権の規則を変えた。新技術は知的生産物を利用する新たな道を開き、法律でも必要な新しい規則を定めることが求められている。ネットワーク著作権の分野において、秘密保持のための技術措置の正当性、合理性を考慮し、ネットワーク作品の伝播者、消費者の責任範囲を画定するのはいずれも法律上難しい問題である。技術保護措置に関し、研究者の多くは比較分析法を用い、米国、欧州連合(EU)及びオーストラリア等の各国・地域の法律規定を紹介し、技術措置の主体、関連性、有効性及び目的の正当性等の構成要件を考察するとともに、合理的利用との関係を検討し、技術措置の合理性基準を最終的に打ち出した。ネットワーク著作権の権利侵害救済に関し、研究者の多くはインターネットサービスプロバイダーの間接的な権利侵害責任に注目している。権利侵害に対する責任帰属の原則では、損害賠償責任は過失責任の原則を適用することを踏まえ、過失推定責任の原則を補充適用すべきであるとの考えを示した。これには間接的な権利侵害の特徴、タイプ及び構成要件についての具体的な説明が含まれている。一方、ネットワーク商標の分野において、法律は商標権の地域性とインターネットの国際性との衝突、商標の分類保護とネット商標権の排他効力との矛盾に直面している。ネットワーク商標の使用と保護に関し、研究者は記号学、心理学等の視点から、商標法の基本的概念、特に商標の混同・希薄化理論を分析するとともに、ドメイン名と商標使用の衝突問題に注目し、ネットワーク環境下における商標の使用について司法の保護を行う合理的な道を探った。

 第四:新しい知的権利の意識が伝統的な知的財産権制度に動揺を与えた。バイオ技術の出現により、発見と発明の境界が曖昧になり、「特許は発明に与えられるだけで、発見に与えることはできない」という伝統的理論に疑問が突き付けられている。「伝統的資源権」の概念の出現により、人々は既存の知的成果の権利に関心を寄せると同時に、伝統的な知的資源の保護も考慮せざるを得なくなった。前者について言うなら、一部の研究者は次のような考えを示した。特許保護の第1のハードルは特許可能性の問題であり、即ち発明か発見か、公序良俗問題に及ぶかどうか、又は国の安全保障と公衆の利益に関係するかどうかである。第2のハードルは特許の構成要件問題であり、即ち特許の新規性、創造性、実用性である。遺伝子(ヒトゲノムを含む)に特許保護を与えるかどうか、また、保護を与える条件と範囲については世界各国の間で論争が絶えない。遺伝子技術は新たな最先端分野であり、遺伝子特許保護問題における各国の態度は、自国の関連産業の利益を考慮したものが多い。後者について言うなら、ある研究者は次のように主張している。遺伝資源及びそれに関係する伝統的知識は、保護条件に合致するなら、それ自体が特許権、植物新品種権といった知的財産権を取得することができる。遺伝資源及びそれに関係する伝統的知識は、バイオ技術の発明又は新品種の育成にとって重要な価値があり、その財産権のリンクについて言うと、遺伝資源の権利或いは農民の権利は幾つかの知的財産権の先取権となるケースが多い。このため、我々は物権、知的財産権及びその他専有権に関する法律の枠組み内で、この種の権利に関する学術研究と制度の構築を進めることができる。北米、西欧を含む先進諸国の多くは、現行の知的財産権制度は原則として伝統的知識の保護にも適用されると考えている。しかし、一部の研究者と非政府組織(NGO)は専門の制度、即ち伝統的知識の本質と特徴に見合う独立した法律制度を確立すべきだと強く主張している。ある研究者は、中国と発展途上国は制度刷新に尽力し、伝統的資源については現行の知的財産権制度と別の保護メカニズムを採用し、知的財産権の根幹を覆すような法律の変更は避けるべきだとの考えを示した。

4.政策への考慮:知的財産権制度の戦略化プロセスの推進

 現代の世界各国について言うなら、知的財産権戦略は知識経済時代の発展動向に応えるものであり、社会の重大な発展問題を解決するための措置でもある。各国の目的はいずれも知的財産権制度を通じて自国の知識イノベーション能力を引き上げ、コア競争力を作り上げ、社会と経済の飛躍的発展を実現することにある。中国について言うなら、中国は発展途上国に属するものの、経済、科学技術、社会の幾つかの分野で既に顕著な進歩を遂げ、知的財産権制度に対する強い要請があり、知的財産権の保護についても一定の調整・適応能力を備えている。これは知的財産権戦略策定の基礎となる。その一方、中国は資源が限られ、1人当たり占有率が低く、資源消費型の発展の道を歩むことはできない。対外的な技術依存度が高く、技術に頼る道を歩むこともできない。技術の優位性を保護し、ハイテク技術の移転を制限している欧米諸国の基本的立場を考慮し、また、経済の安全保障、文化の主権、科学技術の発展を必要としている自国の現状を考慮するなら、中国は知識イノベーション能力を高め、イノベーション型国家を築く発展の道を歩むしかない。これは知的財産権戦略を実施する政策目標の選択方向となる。このため、中国が知的財産権戦略を策定・実施するのは必然的な流れである。

 2005年1月、国家知的財産権戦略の策定作業が正式にスタートした。国家知的財産権戦略策定作業指導グループは全国から知的財産権分野のトップレベルの専門家数百人を選び出し、国家知的財産権戦略専門家バンクを結成し、これが戦略を策定するためのシンクタンクになった。戦略策定作業は20の専門テーマの研究と「要綱」の策定を含み、即ち「20+1」戦略である。「要綱」は国家知的財産権戦略の総論部分であり、20の専門テーマの研究は「要綱」を策定するための土台作りをし、論証に備えるものである。

 知的財産権の公共政策の属性について。ある研究者は、知的財産権は多重の属性を備えていると指摘した。個人レベルから見ると、知的財産権は知的財産私有の権利形態である。世界貿易機関(WTO)は「知的財産権協定」の序文で「知的財産権は私権である」と宣言し、即ち私権の名で知的財産私有の法律的性格を強調している。一方、国家レベルから見ると、知的財産権は政府の公共政策の制度的選択である。知的財産権を保護するかどうか、どの知識に個人所有権を与えるか、どのような水準で知的財産権を保護するかは、その国が現実の状況と将来の成長の要請に基づいて行う公共政策の選択・配置となる。知的財産権の制度、政策、戦略三者の関係について見ると、知的財産権制度は知的財産権の公共政策に関係する重要な一環であり、知的財産権政策は国が社会の成長目標を実現するために定める知的財産権の行動基準である。また、知的財産権戦略は知的財産権政策を推進し、知的財産権制度を実施するための基本綱領である。ある研究者は、公共政策はメタ政策、基本政策、部門政策に分けることができ、効力のそれぞれ異なる各公共政策が1つの統一された政策体系を構成すると述べている。メタ政策、基本政策、部門政策の間には派生と非派生、統轄と非統轄の関係が存在している。国家知的財産権戦略はわが国の知的財産権公共政策のメタ政策に属し、総政策(又は総路線、総方針)とも呼ばれるが、それは政策体系の中で統轄性を備えた政策であり、その他諸政策に対し、指導と規範の役割を果たすものだ。それは政策主体が一定の歴史的時期の大局的行動を導くのに用いる高度な原則的指針となる。

 中国の知的財産権戦略の策定と実施は、1つのシステムエンジニアリングである。知的財産権の種別に基づき、戦略内容は主に特許戦略、著作権戦略、商標戦略等の分野を含んでいる。これに対し、わが国の研究者は逐一検討を加えた。特許戦略に関し、「国家特許戦略研究」報告は、国家特許戦略は国家発展戦略の一部であり、それは国が立法、行政、司法等の手段を通じて公権力を行使し、良好な市場メカニズムと法律環境を作り出し、権利の主体が特許権を取得・使用するむのを手配、誘導、保護し、イノベーションを奨励し、競争の優位性を確保し、より多くの富を生み出すための政策及び総合戦術・措置であると述べている。国家特許戦略を実施するには、大局性、制度性、政策性の問題を着眼点とし、競争の優位性向上、国の総合競争力向上を目標としなければならない。著作権戦略に関し、一部の研究者は次のように提案している。1.国際的な著作権交渉における主導的地位を目指し、民間の文学芸術作品を保護する法律・法規を確立・整備しなければならない、2.自国の経済・文化発展レベルを参照し、作品別にそれぞれの段階において異なる度合いの保護措置を講じなければならない、3.作品創作者の利益を保護することを中心とし、著作権の集団管理に関する立法を急がなければならない、4.著作権産業の国際競争力向上を目標とし、文化イノベーションを強化し、著作権の保護に一層の力を入れなければならない。商標戦略に関し、ある研究者は、わが国はブランド保護意識を確立し、ブランド創設プロジェクトを推進し、品質戦略、商標戦略、ブランド戦略を実施すべきであるとの考えを示した。

 戦略の主体という視点から見ると、戦略体系は国家知的財産権戦略、地域知的財産権戦略、業界知的財産権戦略、企業知的財産権戦略の4つの側面を含めることができる。国のレベルから見るなら、国家知的財産権戦略は政府が国家の名で、制度と政策を通じ、知的資源の創造、帰属、利用及び管理等について指導と規制を行うものである。地域レベルから見ると、1.各地の自然・地理資源を十分に利用し、地理的表示の保護方式により特色ある産品の競争優位性を確保する、2.産業クラスターの優位な科学技術力を生かし、自主知的財産権を確立する、3.伝統的知識の商業価値を掘り起こし、民間文学芸術の表現と伝統的技芸を利用・保護するよう研究者は提案している。業界知的財産権戦略について言うなら、研究者の多くは典型的な国家、特に先進国の業界戦略の経験を参考にし、業界戦略の策定と実施において業種協会の中核的役割を際立たせるべきだと考えている。業種協会は対内的には自律(自己規制)と誘導の機能を発揮し、企業の業界戦略実施を監督すると同時に、企業が技術研究開発を進めるのを支援・誘導し、国内の同類企業製品の技術レベルと市場競争力を高めなければならない。対外的には代表としての職責を果たし、管理と統制を重視する行政的役割から、調整機能、交渉機能、制約機能を備えた経済共同体への転換を図る必要がある。また、企業知的財産権戦略について言うなら、研究者の多くは経済のグローバル化、知的財産権の一体化を背景に、法学、経済学、管理学等の研究方法を総合的に運用し、企業の特許戦略、商標戦略、著作権戦略、商業秘密保護戦略及び知的財産権の統制・管理戦略について理論的探究と実証分析を行った。研究者は4種類の戦略の間の関係について、国のマクロ戦略と企業のミクロ戦略を結び付け、業界間の戦略と地域間の戦略の調和を図らなければならないと考えている。国家戦略は地域戦略、業界戦略、企業戦略の策定と実施を導く方策であり、企業戦略は国家戦略、地域戦略、業界戦略を最終的に実行に移すための基礎となる。一方、業界戦略と地域戦略は他の戦略を連係させ、又は指導する架け橋・きずなである。

 戦略の内容という視点から見るなら、知的財産権戦略は創造戦略、保護戦略、管理戦略、運用戦略の4大側面を含むべきである。知的財産権戦略は創造、運用、保護、管理を重要な内容とする全体戦略であり、これは法律問題にとどまらず、国の科学技術政策、産業政策、文化政策、教育政策等の公共政策と強く結び付いている。このため、研究者は、中国は知的財産権を導き手とする公共政策システムを確立するとともに、文化政策、財政政策、租税政策等の面から国家知的財産権戦略の実施を促す提案を出すべきだと述べている。

 わが国の研究者は知的財産権戦略の策定を理論面から支えたばかりでなく、戦略実施後直ちに関連の調整プランと効果評価方法を提案した。2008年6月、国家知的財産権戦略要綱が正式に発表・実施されたが、これは中国の30年間に及ぶ知的財産権法制整備において最後の、また、最も重要な成果となる。これを目印として、中国の知的財産権事業は新しい重要な歴史的時期に入った。しかし、2008年9月の国際金融危機発生以降、中国が知的財産権戦略を実施する上で、その国際的背景は一層複雑なものとなった。研究者は、我々はこうした特殊な環境の下、伝統的な成長モデルの「ピンチ」を十分に認識する一方、科学的発展パターンの「チャンス」を冷静に見てとらなければならないと主張した。「危機」を「勝機」に変える過程では、知的財産権戦略実施の質と効果を特に強調すべきである。現在、中国は特許と商標の出願大国であるが、とても特許強国とは言えず、ましてやブランド強国ではない。このため、我々は知的財産権戦略実施の政策目標を特に強調し、自主知的財産権の質の面でより多くの努力を払わなければならず、知的財産権の数量を一面的に追求してはならない。第1に特許技術の有効応用率と特許製品の付加価値を高める。第2に国際有名ブランドの伸び率と有名ブランドの国際市場競争力を高める。第3に文化製品の国際市場シェアと著作権産業の経済発展寄与度を高める。研究者は国家知的財産権戦略の実施効果の評価に関し、1.国の科学研究への資金投入を考察するだけなく、企業の研究開発への資金投入を考慮すべきであり、また、国際競争力の向上を戦略の重要目標としなければならない、2.総合評価方法を用い、「知的財産権戦略実施の総合評価指数」を設けることができる、との考えを示した。この指数には知的財産権制度の整備、知的財産権規則の運用、知的財産権資源の創造、知的財産権資源の活用、市場主体の状況等の6つの1級指標及び4項目の2級指標と65項目の3級指標がある。その他、わが国の知的財産権戦略実施におけるソフト環境を対象とした評価指標システムを設けることができる。このシステムは毎年新しく増える法律・法規と知的財産権政策を知的財産権関連の法律と政策を評価する主な指標にするというものである。研究者は既に定性分析、定量分析、比較分析、事例分析の各方法を用い、中国各地の知的財産権の発展レベルと差異を考察することを踏まえ、31省・市・自治区の知的財産権の進展状況について客観的な推定と評価を行うとともに、知的財産権分野に存在する主な問題点を整理・研究し、戦略を推進するための政策提言を出した。

5.実践への参画:知的財産権の応用研究水準の向上

 わが国の知的財産権研究は2つの大きな任務に直面している。1つ目は知的財産権制度の基礎理論体系を構築すること、2つ目は知的財産権制度作りの現実問題に関心を寄せることである。このため、知的財産権の学術研究は机上の空論であってはならず、また、事物それ自体にとらわれてもならず、理論研究と応用研究の両者を結び付けるべきである。知的財産権の応用研究は一定の学理を指針としなければならず、深い理論を欠いた応用研究では、前進を続ける学術生命の基礎が失われてしまう。しかしその一方、知的財産権の理論研究も又、応用を目標としなければならず、応用目的を失った純粋な理論的探究では、若々しい学術生命の活力をなくしてしまう。この30年来、わが国の知的財産権研究者は学理研究に従事するだけでなく、応用研究も繰り広げ、中国の知的財産権法律制度の完備を促してきた。彼らは制度の立法体系に関心を寄せるだけでなく、法律の解釈と運用を重視し、現実生活における知的財産権問題の解決に尽力したのである。

 知的財産権の立法過程で、研究者は積極的に参画し、専門家としての役割を発揮した。知的財産権研究者はかつて中国の「著作権法」、「特許法」、「商標法」、「不正競争防止法」、「コンピュータソフト保護条例」、「情報ネットワーク伝播権保護条例」等の法律・法規の起草・改正作業に参加したことがある。彼らが出した多くの意見と提案は国の立法機関に採用されている。例えば、現行契約法の起草過程で、ある研究者は「著作権契約は多くの特徴があるため、これを契約法に入れるのはよくない。商標契約は逆に特徴が少ないため、契約法の中に『商法契約』の細則を設ける必要は全くない。特許契約は『技術契約』の章に入れてもよいが、『特許の単行法の規定が契約法と異なる場合は、その規定に従う』と注記するのがよい」と主張した。この意見は最終的に契約法の中に書き込まれることになった。1990年代末にスタートした民法の起草作業過程で、ある研究者は1.民法は知的財産権について一般規定だけを設け、単行法はそのまま残すべきである、2.このような立法スタイルにすれば、法律の適用面で比較的都合がよく、民法の審美要求が損なわれることもない、3.この他、知的財産権法律体系の系統化にも有利であり、その内部矛盾を減らすことができる、と主張した。この提案も立法の実践において採用された。

 現在、わが国では「商標法」、「著作権法」の新たな改正作業が全面的に進められており、研究者は今回の法律改正を注視し、立法機関に積極的な提言・献策をしている。ある研究者は、1.今回の法律改正は国内に足場を置き、国際的な発展動向に順応し、実体の規定では最低保護基準に関する国際条約の基本規定を順守し、手続き面では国外の立法の先進的経験を参考にし、国内規定と国際化の調和を重視しなければならない、2.わが国の知的財産権法の現状に基づき、新技術がもたらす挑戦に対応しなければならない、3.「国家知的財産権戦略要綱」の「知的財産権法律・法規の一層の完備」に関する政策目標を軸に、戦略の実施における知的財産権法の基礎的役割とサポート機能を発揮しなければならないと提言した。「著作権法」の改正について言うなら、わが国の研究者が出した提案・意見には次のようなものがある。制度設計を通じて著作権の内容を総合的に点検し、著作権法とその他法律・法規の整合性を図る。著作権法における作品の概念を一段と明確にし、実用的な芸術作品とスポーツ競技の実演作品を保護範囲に入れる。インターネット上のダウンロード、個人の複製、影印及び複写が「複製権」の範疇に属するのかどうかを確定し、コンピュータソフトの「機能的複製」を残すことを例外として、頒布権行使の原則を一段と明確にする。法定許諾の内容を慎重に規定しなければならず、その中で市場が調整するものの、公民の情報取得権に影響しないケースは法定許諾とする。権利侵害の損害賠償については過失責任の原則を明確にし、精神的損害賠償の規定を追加する。作品の完全権を保護する内容の線引きを行い、作品の将来の譲渡・使用許諾問題を明確にする。また、「商標法」の改正について言うなら、その提案・意見には次のようなものがある。今回の商標法改正では改正の重点をつかみ、手続きの最適化、権利衝突の調整及び商標権保護の面でより一層の努力を払うべきだ。「商標法」の改正では市場の公正な競争を守ることを強調し、商標法第1条に「市場の公正な競争を守る」との規定を追加しなければならない。「商標法」の改正では調整対象を「登録商標の法律関係」から「商標の法律関係」に手直しし、保護範囲を「商標専用権」から「商標権」に改める。商標と各種の標識は「商標法」体系内に統一させ、現行「商標法」の名称を「商標及びその他標識法」に改める。

 学術研究が立法に与えた影響は、研究者の立法への直接参画に由来するだけでなく、立法関係者が理論を吸収・応用した結果によるものでもある。例えば、鄭成思教授が執筆した書籍「版権法」は、わが国の「著作権法」の起草・改正作業に大きな影響を与えた。呉漢東らが執筆した「知的財産権基本問題研究」も、わが国の政府部門と立法機関から認められた。近年、研究者は基本理論を探究すると同時に、現行の知的財産権法に対する制度的評価を重視しており、必要な立法提案を行った。中国の現在の知的財産権全体の保護レベルについては、研究者の間に意見の違いがある。ある人は、中国の知的財産権保護レベルは高くなく、非常に不十分なものだと考えている。一方、わが国は知的財産権の保護において「国際基準超過」の問題が存在し、即ち現行の知的財産権保護の一部規定は国際条約の関連要求を過度にオーバーしていると述べた人もいる。また、ある人は、定量分析に基づくと、中国の知的財産権保護レベルは早くも1993年に一部先進国の得点を超えて3.190に達し、2001年にはその得点が4.19となり、ほとんどの先進国及び発展途上国を上回った(米国の知的財産権保護レベルの得点4.52にはやや及ばない)と述べている。中国の知的財産権保護レベルを確定する時は、国際要因と国内要因を総合的に考慮すべきである。国際レベルから見ると、国際条約に定める最低保護基準に比べ、わが国の知的財産権保護レベルは低くない。先進国の知的財産権立法に比べると、わが国の保護レベルはなお一定の開きがある。一方、国内レベルから見ると、知的財産権の保護レベルは徐々に向上しているが、業種と地域の面で不均衡が存在する。知的財産権制度の具体的な完備に関しては、専門の著作が既に現れ、わが国の特許権法、著作権法、商標法、集積回路配置設計保護条例等の法律・法規について立法評価を行い、各種の制度に存在する問題点を検討し、関連の立法提案を出している。また、知的財産権法の個別的制度を研究対象として、現行法律規範の欠陥を分析し、関連の立法対策を論証した論文もある。例えば、ある研究者は、情報ネットワークの時代においては放送組織の権利保護制度を作り直すべきだと提案している。別の研究者は、わが国の特許実施の強制許諾規範には概念が曖昧で、盲点が多く、取り扱いにくいといった問題があり、一層の細分化と整理統合が必要であるとの考えを示した。一部の研究者は比較分析法を用い、特許権と商標権の権利確認の仕組みを改革するための道筋を探った。また、司法と結び付けて各種商標の混同タイプを分析し、わが国の商標権制度の完備のために参考資料を提供した研究者もいる。

 わが国の知的財産権研究者は現行制度の再考と再構築に止まることなく、理論的解釈の研究を積極的に進め、司法解釈の仕事に参画し、実践過程での知的財産権の難題にタイムリーな回答を与えている。理論的解釈の面で、ある研究者は現行の著作権法、特許法及び同実施条例の法律条文について逐一説明を行った。また、知的財産権の個別的な法律条文について詳しく説明した研究者もいる。司法解釈の仕事への参画について、例えば、最高人民法院は「有名商標保護の民事紛争事件審理における法律適用のいくつかの問題に関する解釈」(2009年4月23日公布)の発表に先立ち、関係研究機関に対し、その解釈の波及問題について検討を進め、解釈文書の草案を作成するよう依頼した。2008年9月5日、最高人民法院知的財産権法廷が主催した知的財産権侵害調査研究課題の成果論証会で、知的財産権研究者は、1.責任帰属の原則における「責任」とは損害賠償の責任を指し、言い換えるなら、伝統的な権利侵害損害賠償の債務である、2.絶対権・請求権には過失責任又は無過失責任の原則の問題は存在せず、権利侵害責任法は絶対権・請求権と損害賠償請求権を厳格に区分しなくてよい、3.但し、権利侵害者に過失がある場合は、賠償責任を負うべきことを明確にしなければならないとの意見を出した。知的財産権を巡る現実の事件について、2008年10月21日、「マイクロソフトのブラックスクリーン」事件が起きた後、国内の知的財産権研究機関は専門家による座談会を何度も開き、この事件が及ぼす知的財産権問題について検討を重ね、出席者が自らの見解を次々と発表した。また、近年現れた「山寨文化」現象に対し、知的財産権研究者は次々と見解を発表し、国内の大規模な知的財産権学術会議でもこの問題が取り上げられた。

結びの言葉:

 この30年来、中国の知的財産権研究者は「学は必ず術を借り以て用に応じ、術は必ず学を以て基本と為す」という研究理念を受け継ぎ、多元的な研究方法を用い、知的財産権の基本理論問題と実践問題を探究し、長足の進歩を遂げた。全体として言うなら、知的財産権の基礎理論に対する学術研究は、1980年代の初歩的探究、1990年代の反省から21世紀初めの再認識を経て、徐々に成熟したものになりつつある。知的財産権の国際化への動きに対する関心は、Trips協定の実施が引き起こした東西の利益アンバランス、知的財産権と人権の衝突、伝統的資源の保護がもたらした制度変革等の問題に集まり、ますます主体的になっている。知的財産権の近代化要請への回答では、ネットワーク技術と遺伝子技術が現行の知的財産権制度に突き付けた様々な挑戦に真正面から取り組み、徐々にタイムリーなものとなっている。知的財産権戦略化プロジェクトの推進については、戦略の策定と実施の各段階に及び、力強くフォローアップしている。知的財産権制度の完備と法律応用に対する後押しでは、立法提案もあれば理論的解釈もあり、その功績は消し去ることができない。中国の知的財産権研究は理論分析と応用研究が同時に進む二重軌道に入った。

 将来を展望すると、中国の知的財産権研究は新たな試練に直面することになろう。経済グローバル化のプロセスが加速しており、ポストTripsの時代に入った東西の国々はそれぞれの立場に基づき、知的財産権利益の調整と分有について新たな要求を提出する。中国は発展途上国として、知的財産権の国際交渉の中でより多くの発言権を如何に確保するのか。知識革命はますます激しさを加え、ネットワーク技術、遺伝子技術の登場により、知的財産権制度は近代化を迫られている。どのようにして制度を刷新し、文化と技術革新を促し、また、自国の関連産業の利益を守るのか。国家知的財産権戦略は全面的に実施され、中国の知的財産権事業は新たな重要な歴史的時期に差し掛かっている。どのようにして知的財産権制度をよりよく運用し、「法」の効果を十分に発揮させ、イノベーション型国家の建設を制度面から支えていくのか。知的財産権の体系化・法制化活動は既に目鼻が付き、知的財産権の制度モデルは単行立法、民法への編入から専門法典編纂へのプロセスを辿ってきた。わが国の知的財産権制度の体系化のレベルを如何に引き上げ、将来の法典化において理性的な選択を行うのか。これらの問題は中国の今後の知的財産権研究における重点であり、かつ難点になるだろう。