トップ >第39号:中国の高等教育改革の現状および動向> 中国大学における産学連携の推進

中国大学における産学連携の推進

2009年12月21日

馬 陸亭

馬陸亭(Ma Lu Ting):中華人民共和国教育部(国家)教育発展研究中心高等教育研究室主任、研究員

 1963年8月生まれ。1999年、北京航空航天大学経営科学専攻、工学博士取得。かつては体制改革研究室副主任。現在、北京航空航天大学の兼職教授及び博士学生の指導教官、北京師範大学及び中国政法大学の兼職教授、中国工程院-北航工程教育研究中心の研究員、北京价値工程学会理事。中国における重大教育政策問題の調査研究及び文書作成業務に度々参加し、これらをサポートし、中国全土の教育科学計画の重点的課題を担当。専門書2冊、共同著書5冊、中国内外で200余りの研究論文を発表。主な代表作に『我国高等学校的分層与管理』(わが国における大学の分層と管理)、『Cultivating Competency in Engineering Students』(工科生の育成能力)、『高等教育資源優価配置的理論依拠及模式選択』(大学の資源割り当て最適化の理論根拠とモデル選択)、『学科費用係数的測算』(学科費用係数の計算)、『高等学校的科技政策』(大学の科学技術政策)、『論新時期的精英教育質量観』(新時期のエリート教育品質観を論ずる)、『建設一流的高騰学校体系』(一流の大学システムを建設する)等。

 産学官連携とは現代の生産と科学技術の発展に基礎を置く、現代高等教育における特徴で、中国全土で徹底的に実行されている教育方針であり、教育の質を向上させるにあたって重要な要素となっている。そこで1995年の『教育法』では、「教育は社会主義の現代化に貢献すべきものであり、生産労働と連携すべきものである」と規定されており、1998年の『高等教育法』では「高等教育の使命はイノベーション精神と実践能力を備える高レベルな専門的人材を育成し、科学技術の文化を発展させ、社会主義の現代化建設を促進することである」、「中国国家は大学と科学研究機関及び企業の事業組織間における連携発展を推奨する」と規定されている。また、1993年2月13日に中国中央政府が発布した『中国の教育改革及び発展概要』では、「高等教育は実践的な教育と訓練を強化し、社会における実際の業務部門との連携的育成を展開し、教育・科学研究・生産の3分野の連携を促進させなければならない」と指摘しており、さらに2006年1月16日に発布した『科学技術計画綱要と自主的イノベーション能力強化に関する決定』では、「自主的イノベーション能力の強化に当たって、企業の技術イノベーションにおける主要ポジションを強化させ、企業を主体とした、市場志向の、産学官が連携した技術イノベーションシステムを形成することが必要である」と指摘している。そして近年来、中国の産学官連携は種類ごとにゆとりを持った形式による組織・連携の発展を試みている。

1.中国における産学官連携の歴史

 中華人民共和国の産学官連携は1950年代に始まり、1980年代に発展を遂げている。建国後初の産学官連携はより直接的なもので、改革開放後に比較的大きな発展を遂げ、この数十年間で次第に理性を回復させ、新たな模索を開始した。

1. 大学の門戸開放時期

 中華人民共和国成立から改革解放までの期間(1949-1978)を指す。

 中華人民共和国は1949年10月1日に成立し、人民に依拠した革命による政権が樹立した。そのため、中国の国家政策は人民の利益を第一とし、国家の建設を第二としたものであり、当時「社会への学校門戸開放」という方針が強調されていた。例えば1949年12月に召集された第一回全国教育会議では、「教育は中国国家の建設に貢献すべきものであり、学校は労農大衆に開放されるべきである」ことが明確にされ、1950年8月14日に中央政府が承認した『大学暫定規程』では、「大学のモットーは、理論と実際が一致した教育方法によって、高レベルな文化水準を備え、現代の科学と技術を成就させることが可能で、さらに人民のために誠心誠意を尽くす高レベルな人材を育成することである」と規定している。

 その後、中国はソ連における学校運営方法に学び、業務と専門の一致性に焦点を当てた人材育成を始めた。そこで1952年-1957年に、大規模な大学学部調整を行い、総合大学と専門単科大学の性質と任務を明確にし、とりわけ工科大学の建設に力を入れ、初歩の中央直属の大学、職業部・委員会が属する大学と地方大学の3大構造を形成し、学校と産業の連携を密にした。1957年の中国全国の総大学数は229校だが、そのうち単科専門大学は211校で、その数は全大学数の92%を占めていた。当時は専門性の幅が狭いという欠点はあったものの、学生の業務に対する順応は速く、また実践も非常に重視されていた。

 1958年、中央政府は『教育業務に関する指示』を発布し、その中で「教育と生産労働の連携」という方針を提起した。さらに翌年の1959年には一歩進んで、教育、生産労働、科学研究の3連携体制を形成すべきであると提起し、教育を中心とした、教育を取り巻く生産労働及び科学研究を強調した。そこで1958年には、北京航空学院の教師と生徒が100日間を利用して当校内で「北京一号」という軽旅客機の設計・生産を行った。また、中国で大慶油田が発見された後の1959年には、北京石油学院の教師と生徒がその教室を大慶油田の調査現場に移し、700人余りの教師と高学年生徒が油田建設に直接参加した。そしてこの頃には農作業で働きながら勉強する大学も試験的に運営された。

 1961年に中央政府が直接発布した『教育部直属大学の暫定業務条例』では、大学生が生産労働に参加する目的を、労働習慣を育成し、労農大衆と密接に関わりあうこととし、理論と実際を結びつける原則を一層徹底させた。また、各専門の特徴に基づいて、教師と生徒が参加する生産労働の内容、方法及び時間をそれぞれ決定した。そして1966-1976年の「文化大革命」時期には、学校の門戸開放は極端に走り、大学を工場・農村に移すことを主張し、理工科大学は生産・科学研究の任務におけるモデルプロジェクト、モデル製品、モデル技術及び技術イノベーションと連携した教育を実施しなければならなかった。当時は重点を最優先し、必要なことは先に学び、実践しながら学ぶという教育方針が実施されていたが、これは理論の基礎性や系統性を無視するものでもあった。

2. 産学官連携の発展・繁栄期

 改革開放の初期から20世紀終わり頃までを産学官連携の発展・繁栄期という。1978年、中国は改革開放の基本的国策を開始した。大学は次第に「教育、科学研究、サービス」の3大機能を完全化し、中国現代化を支える重要な柱となり、それと同時に全面的な発展を望む人々の要求を満たした。

(1) 大学の科学研究と技術開発の成長

 改革開放以前の中国の大学では、教育による人材の育成を主としていた。当時、中国はソ連の体制モデルに学び、人材育成を主とした大学体系と科学研究を主とした科学研究院システムをそれぞれ樹立した。そのため当時の大学の研究は非常に補助的な位置にあった。

 しかし、大学の科学研究は次第に重視され、「2つの中心」説が生まれた。その例として、1978年3月18日の全国科学大会の報告の中で、中国の国家指導者は「大学は科学研究における一つの重要な軍隊であり、大学は教育の中心であると同時に科学研究の中心でなければならない」と提起している。

 1985年3月、中央政府は『科学技術の体制改革に関する決定』の報告の中で、「大学と中国科学院は基礎研究と応用研究の方面で重要な任務を担っている」、「基礎研究と応用研究は人材育成と密接に結ばれていなければならない」と指摘している。また、同年5月に中央政府が『教育体制の改革に関する決定』の報告の中で、「大学は高レベルな専門的人材の育成と科学技術文化の発展という重大任務を担っている」、「重要な学科が比較的集中している大学は将来、自然と教育の中心、そして科学研究の中心となるだろう」と指摘している。

 また1993年に中央政府が発布した『中国の教育改革と発展綱要』の中でも、「大学教育は高レベルな専門的人材と科学技術文化の発展及び中国の現代化という重大な任務を負っている」と重ねて述べられている。そして1994年、中国国家は「211プロジェクト」の建設を開始した。また翌年の1995年、中央政府は「科教興国」戦略を打ち出し、さらに翌年の1996年に国務院が発布した『「九五」期間における科学技術体制改革の深化に関する決定』では、「中国の科学技術体系は『企業を主体とし、産学官が連携した技術開発体系と、科学研究員及び大学を主とした科学研究体系、及び社会化された科学技術サービス体系、である』」と提起している。また、1998年に中央政府は「985プロジェクト」建設の実施を決定した。

 この頃大学側もますます研究業務を重視するようになり、科学研究、人材育成及び社会サービスは3大基本機能となった。そして中国全土の多くの大学で、その教育任務を完了させると同時に、様々な形式による科学研究と技術開発が展開され、一部の単科専門大学では、教育と科学研究を同様に重んずる構造が形成され、中には次第に研究型大学へと成長を遂げた大学もあった。

(2) 良い成長環境にある産学官連携

 産学官連携を取り巻く良好な環境の一つとして、大学の科学研究と技術開発の強化を目的として産学官の連携を緊密にするための基礎がすでに築かれていることが挙げられる。

 第二に、大学と企業の自然な結びつきが非常に緊密であることが挙げられる。当時、中国の大学教育の管理体制における計画経済の存在は未だ色濃く、条件が比較的良い大学の多くは各業種の中央業務部門による直接管理を受けていた。これらの大学は当業種のための人材育成を主として行い、部門と商品経済に貢献するという特徴を反映していた。そのため当時単科専門大学が比較的多かったにも関わらず、人材育成モデルは単一であった。だがしかし、これは産学官連携に有利な環境を提供していた、なぜなら一業種内の大学、研究機関及び企業が全て同じ部門の管理下に置かれていたことから、制度上の推進提携に当たって都合がよかったためである。

 第三に挙げられるのは、大学と企業のエネルギーが増強されていることである。1978年、中国は改革開放を開始し、1992年には社会主義市場経済体制への移行を開始した。これらの出来事によって企業と大学は触発を受け、企業は急いで技術サポートを探索し、大学は企業と提携した学生実習の強化と研究活動の展開を渇望し、政府はこれらの提携を喜んで促進させた。

(3) 効果的なサポートを獲得する産学官連携

 政府及び企業、大学は産学官連携の重要性に気づき、政策上多くの有益な模索を行い、産学官の発展を有効に促進させた。そして大学は生産実習と社会実践を教育計画に組み込み、これらは教育課程の重要部分となった。また、中国国家は「全ての中央及び地方の工業、農業、商業等の部門は教師と生徒の社会実践及び業務実習への参加をサポートし、これを受け入れることを自己の社会義務として捉え、積極的に必要な条件を提供するべきである」と規定した。こうして産学官連携は最初に提唱されたプロジェクトの提携を行うフェーズ1から、80年代には教育、科学研究、生産の共同体を推進するフェーズ2に移行し、さらには「産学官共同開発プロジェクト」が国家レベルで実施されるフェーズ3まで発展を遂げた。

 中国国家は科学研究の発展における大学と企業の横断的な協力を積極的に提唱した。1982年10月、中国政府は全国科学技術奨励大会で、「経済建設には科学技術の力を欠かすことができず、科学技術は経済建設を目標としたものでなければならない」という方針を打ち出し、大学と同生産部門の横断的な連携研究を迅速に促進させた。また、1990年代の初めまでは、研究成果の評定方法における改革までをも行い、多くの研究成果に対して経済効果を持たせることを要求した。そしてこの横断的協力を基礎とし、多くの大学と企業がより密接な教育・科学研究・生産の共同体を築きあげ、当時の109校の工科大学を対象とした不完全な統計にながら、1981-1983年には40の共同体が存在し、1984年には新たに131の共同体が成立し、さらに1985-1986年には161の共同体が新たに成立した。

 そして1991年、中国は産学官合作教育協会を設立し、その翌年の1992年4月には、国務院生産弁公室、国家教委及び中国科学院が共同で、中国全土を範囲対象とした「産学官共同開発プロジェクト」の組織・実施の通知を出し、8月には第一回目の「産学官共同開発プロジェクト」の業務会議を招集した。このプロジェクトの目的は「国営の大・中企業と大学、科学研究院間に密接かつ安定した交流や提携制度を構築し、徐々に産学官の共同発展を目的とした運営構造を形成すること」であった。そして1997年10月、中国国家は3つの部と委員会、2つの直轄市にある28校の大学の提案による産学官連携業務の実施を決定した。こうしたことから、産学官合作教育はすでに中国国家の教育改革における全面的計画となっていることが伺われ、民間が共同で試験をし、政府がそれを組織するという形が形成されていた。

 こうした全てのことが大学の積極的な産学官連携の発展を根本から推し進め、1993年には北京大学が南壁を取り壊すという一大センセーションが巻き起こり、象牙の塔の美名を持つ大学機関がそれを抜け出し、中国で始まってまだ間もない市場経済体制に乗り出すというシンボリックな事件が起きた。2000年当時の中国全土の大学の科学技術経費は合計142億6928万9000人民元に達し、そのうち政府資金は76億4275万5000人民元で全体の53.56%を占め、企業・事業機関の委託研究費用は53億5755万2000人民元で37.56%を占めた。

3. 産学官連携における組織形式の新たな模索

 中国は20世紀末から産学官連携の組織形式において新たな模索を開始した。その一つ目の理由として産学官連携が経済発展と大学の人材育成に与える影響がますます大きくなっていること、二つ目の理由として大学教育の管理体制に根本的な変化が生じたこと、が挙げられる。

 1992年から2000年にかけて、中国は経済体制に伴い計画経済から市場経済に移行し、中国の大学の教育管理体制における改革は飛躍的に発展し、「中央・省級政府の2級管理で、省級政府管理を主とする」新体制が形成された。「合作」は主な4つの改革形式の一つで、241校の大学と5千余りの企業・事業機関及び科学研究院が実質的な合作学校運営を実行し、産学官連携を進めた。そしてその結果として、この体制改革によって200余りの中央部・委員会の単科専門大学と産業間の直接的行政関係が断たれた。

 その後、政府の各関連部門は新たな情勢の下、産学官連携を促進する組織形式と政策を模索した。教育部は部・省の産学官連携の推進に力を入れ、大学の科学研究成果を企業に役立てることを推奨し、国務院国資委は中央企業の様々な形式の産学官連携の発展を積極的に促進し、財政部は産学官連携の促進に関連した財政政策の検討と制定を行った。また、国家開発銀行は政策的貸付によって産学官連携をサポートし、政府の科学技術資源割り当ては産学官連携の方向に傾き始めた。さらに、科学技術部は関連部門と共同で「技術イノベーション誘導プロジェクト」を実施し、産業技術イノベーションにおける新たな戦略同盟を構築し、産学官連携を促進する有効な方法を模索した。そして2006年12月28日、科学技術部等の上記の国家部門は合同で「産学官合作業務の協調的関係を推進する指導グループ」を設立し、政策と業務の計画・案配を強化させた。さらに2009年2月には、教育部が『大学本科のさらなる教育改革と教育品質の全面的向上に関する若干の意見』を発布し、「産学官の密接な合作を強化させ、大学生の校外における実践場所を開拓し、教育と生産労働及び社会実践の緊密な連携を推進すべきである」ことを明確にし、中国国家の教育行政部門が一貫して産学官合作教育を重視している姿勢を見せた。

 『国家中長期科学及び技術発展計画綱要(2006-2020年)』では、産学官連携の政策措置を研究・制定すべきことを明確にしており、「企業を主体とした産学官連携の技術イノベーションシステムを形成し、それによって中国国家のイノベーションシステム形成を全面的に推進する突破口を見出すこと」、「産学官連携があってはじめて、より効果的な科学技術資源割り当てが可能になり、科学研究機関のイノベーションエネルギーが刺激され、企業が継続してイノベーション能力を獲得することができること」を提起した。そして2007年、中国国家の六部門が合同で産学官連携調査研究グループを組織し、中国全土の100余りの企業、大学及び科学研究機関を視察し、問題の研究と対策の考察を行った。また2009年の初めには、この六部門が「技術イノベーションプロジェクト」の共同実施を決定し、これは産学官連携業務推進に当たっての重点となった。本プロジェクトの内容には重点産業の振興を目的とした、産学官連携の産業技術イノベーション新戦略同盟の構築、産業技術イノベーションにおける新たなチェーンの形成、科学技術研究成果の移転の推進、及び企業の技術イノベーションに公共のサービス及びサポートを提供することを目的として企業の技術イノベーションの新たなサービスプラットフォームを迅速に建設すること、また企業の技術イノベーションに新たなサービスを提供することを目的として大学や科学研究院がその科学研究機器や設備等の施設資源を公開するように指導すること等がある。

 多くの地方政府もまた一連の文書を発布し、産学官連携をサポートすることに決定した。例えば上海市では『国家中長期科学と技術発展計画綱要』に基づき、イノベーション、科学技術、人材等を中心とした一連の関連ソリューションを発表し、深セン市はイノベーション型都市建設を率先して提起し、産学官連携合作における土地、人材、知的財産権等の方面に関する許可を与えた。また、杭州市は『杭州市産学官合作プロジェクトの奨励規則』を発布し、産学官合作プロジェクトの管理規則を構築し、企業と大学及び科学研究院の産学官合作をサポートした。

 こうした産学官連携の絶え間ない推進により、大学の科学技術能力は顕著に向上し、学生の実践能力の育成を確かなものにした。そして2007年、中国全土の一般大学は合わせて545億3556万9000人民元の科学技術経費を獲得し、これは2000年の2.82倍であり、そのうち企業・事業機関の委託研究費用は209億5540万3000人民元で全体の38.43%を占めた。また、締結した技術移転契約は6920件、獲得した知的財産権は14111件で、711件の特許権も獲得した。さらに、中国国家の依託により、102ヶ所の国家プロジェクト(技術)研究センターと69ヶ所の大学サイエンスパークが成立し、2008年の科学技術経費は600億人民元を上回った。

2.産学官連携の基本モデル

 中国の産学官連携は長年の発展を経て一定の業績を獲得し、さらに幾分特徴的なモデルを形成してきた。こうしたモデルは自然と形成されたものもあれば、学校や政府が努めて推進したものもある。しかしどのモデルにおいても、これらのモデルは企業の積極的な関与無しに実現することは不可能であり、企業が関与することを望まなければ、産学官連携の成功は非常に難しくなるだろう。

1. 自然に形成された産学官連携モデル

 これらのモデルは、教育界と産業界の共通のニーズを体現したものである。学校側において言えば、一般的に彼らは自己の優位性を利用して社会に貢献したいという強烈な願望を抱いている。そして経済や社会の発展に関する問題を積極的に解決することで、次第に教育、科学研究及び生産間の連携関係が形成される。以下にこういったモデルの具体例を示す。

  • 中国国家の重要な科学研究課題を受け持つ:国家の科学技術発展や大学の科学研究のサポートを目的とし、国家は様々な種類の科学研究プロジェクトを設け、これらのプロジェクトを全社会に向けて公開競争方式によって行っている。この例として五ヵ年計画の重点科学研究プロジェクト、基礎研究を対象とした国家自然科学基金、ハイテク開発を対象とした「863」プロジェクト等が挙げられる。大学はこれらのプロジェクトに積極的に参加することで、科学研究経費を得るばかりでなく、科学技術の難題を攻略し、その研究によって人材育成モデルを拡大し、人材育成の品質向上を促進させてきた。例として北京大学のレーザー漢字写植機と電子出版システムが挙げられ、これらの研究成果は中国国家による長年の科学研究援助の末実現し、高レベルな研究成果を獲得するだけでなく、産業化にも成功した。
  • 目標が明確なハイテクノロジーの開発を展開する:近年来、大学は次々とハイテクノロジー研究の展開に積極的に取り組んでおり、さらにその研究成果はハイテクノロジー製品の開発に応用され、こうしたプロセスの中で産学官連携が実現している。例として清華大学のコンテナテストシステム、東北大学の組み込み式ソフトウェア、上海交通大学のバイオ医薬等が挙げられ、これらのハイテクノロジーは伝統産業で応用され、企業の技術進歩を促進し、学校にも比較的良い経済効果と利益をもたらした。
  • 企業と多方面に亘る技術合作を展開する:これには主に技術開発、技術転移、技術コンサルタント、技術サービスの4種類が含まれており、中でも技術開発を主として展開され、明確な市場志向を持つ。企業は自身の発展ニーズに基づいて明確な技術ニーズを提出し、大学或いは科学研究院と横断的な共同科学研究を行い、技術或いは製品の更新を実現させている。近年来では、江蘇省や浙江省等の一部の発展した省の大学の横断的科学研究費が中国全体の経費の50%以上を占めている。このモデルの例として、奇瑞汽車公司が一流大学と科学研究機関との合作を通して自社内外の連携及び優勢を補い合う研究開発設計システムを形成したことが挙げられる。また、清華大学は中国国家が重点的にサポートする「985プロジェクト」を実施する大学の一つであるが、その毎年の科学研究経費は15億人民元を上回り、その1/3は自企業の委託によるものである。
  • 企業が学生の実習を受け入れる:中国の関連法律では、企業が学生の実習を受け入れること、大学が学生の生産実習と社会実践を人材教育の一環とすることを義務付けている。そのため、毎年百万人にも及ぶ大学生が企業・事業機関で各種の実習活動に参加し、その実習状況は評価の対象とみなされ、履修単位にも組み込まれている。

2. 大学の積極的な活動によって形成された産学官モデル

 大学がその戦略目標を実現させるために、関連の産学官連携業務を手配し、形成されるモデルである。このプロセスにおいて、大学はその科学技術優位性を発揮することにより力を入れ、職業技術学院はその応用力のある人材育成能力を発揮することにより力を入れている。以下にこういったモデルの具体例を示す。

  • 大学発科学技術型企業:技術が高く、技術更新が速い科学技術成果を大学が選択し、それを学校でインキュベーションさせ、それが次第に成長し、一つの科学技術企業になることを指す。1987年は大学による科学技術企業建設の第一次ピークで、技術開発、技術コンサルタント、技術トレーニング、技術サービスを主とした多くの科学技術開発会社が成立した。そして1994年、中国政府が『大学発科学技術産業に関する若干の意見』を発布し、これによって下火になっていた大学の科学技術企業建設が復興し、第二次ピークが訪れた。さらに2000年に教育部が召集した全国高等学校技術イノベーション大会では、科学技術成果の移転とハイテクノロジー産業化が教育、科学研究等と同等の重要な地位に置かれ、これによって大学の企業建設は第三次ピークを迎えた。しかし、テクノロジー企業の高度成長は経営リスクという問題を大学にもたらし、2001年以降、北京大学清華大学は「校弁企業管理体制の規則化」試験業務を実施し、現代の企業制度を全面的に普及させた。科学技術企業は大学の教師と生徒が社会実践に参加する環境を作り出し、これによって毎年百万人近くの実習学生の受け入れが可能になり、一万人に及ぶ研究生の育成に関わった。
  • 共同実験室:大学と企業が共同で実験室を運営し、長期合作と産学官一体化に着目した、有効的なモデルを作ることを指す。共同実験室における最も重要な業務は、企業が開発立案した技術製品に対する、専門家による実行可能性の研究、重要な技術問題への取り組み、要員に対するトレーニング、を大学が組織し、研究開発技術報告書とサンプル機械、サンプル品を提供し、企業の迅速な市場占有を可能にすることである。このモデルによって、企業による単科専門大学の専門領域におけるイノベーションへの継続的投資が可能となり、現在では多くの有名企業が中国の大学に投資し、次々と共同で実験室を建設している。例として、神州数碼と北京航空航天大学計算機学院が共同建設した「インターネット共同実験室」や、中興通訊と北京郵電大学が共同建設した「北郵-中興合同実験室」が挙げられる。
  • 企業と協力して中間試験基地を建設する:中国の大学の科学研究成果の移転率は一貫して低く、生産して広く応用され、かつ著しい経済効果を得ているのは10%ほどである。これは大学の研究成果が実験室の規模に頼るものであることを主な原因としており、中間的試験というプロセスを経てやっと工業生産への移転を図ることが可能になってくることが分かった。そこで大学と企業は、中間試験基地を築いて3結合を実現し、科学技術成果の移転を有効に促進させた。
  • 地方政府或いは企業が長期的・全面的協力協議を締結する:多くの産業部門、企業グループが有名大学や、業種的な特色を持つ大学の共同建設に参加し、大学が企業の発展に全面的に関わっている。例えば、中国農業大学では河北で農民のアルカリ土壌の整備に助力しており、河北農業大学では太行山エリアの農民達の経済的生活をサポートしており、北京林業大学では黄土高原等のエリアで新しい乾燥地帯造林技術を普及させている。また近年来では、筆者と浙江省の湖州職業技術学院が密接な合作関係を結び、政府主導の下、湖州職業技術学院を主導企業とし、中核企業と職業協会等を中堅とした、ローカルの職業教育グループを組織し、産学官合作の長期有効的なメカニズムを模索している。
  • 理事会モデル:これは産業界が大学の管理、発展、人材育成に全面的に関与するタイプのモデルである。1994年1月、中国国家教委は重慶大学が国立大学初の理事会を設置することを承認し、当時14社の有名企業と産業機関がこれに参加した。そして現在では、理事会メンバー機関は大・中企業グループ、科学研究院及び金融機関等の30社にまで増加している。理事会の設置は産学官の新たな管理体制の構築を促し、多くの大学が理事会設置によって産業界との関係を深めた。
  • 学生による科学技術イノベーション、創業教育及び社会実践活動:この3つの活動は、近年の大学における学生の課外活動指導の主な形式である。学生による科学技術イノベーション活動とは、学生が学んだ全ての知識を結合させ、個人の興味を発揮・展開させる大衆的科学技術活動を指す。関連部門はこれらの活動をサポートし、「挑戦杯」(中国全土の大学生が課外活動によって製作した技術作品を競い合うイベント)を主催しており、現在までに11回の挑戦杯を開催している。創業教育とは、近年政府と学校が積極的に提唱・支持している、学生が学んだ知識を利用して行う、科学技術と市場を結合させた活動を指す。1998年、第一回創業大試合が清華大学によって開催されてから、その後多くの大学が相次いで学生の創業を奨励する政策や規定を出しており、例えば資金や場所を提供して、学生の科学技術発明成果やイノベーションアイデアの積極的なインキュベーションを行ったりしている。そして2006年5月30日、上海市の市政府は、特定分野のテーマ研究を行う大学生による科学技術創業をサポートする、上海市大学生科技創業基金会(天使基金)を設立し、2006年から5年間に亘って財政部の専門プロジェクト基金から毎年1億人民元を拠出し、大学生による科学技術創業をサポートしている。社会実践活動とは、私達が常に提唱し続けている活動を指し、大学生が夏・冬休みを利用して、様々な形式の社会実践活動を行うことを奨励している。その目的は、大学生が社会に触れ、国情を把握することで、理論と実践の結びつけを促進させることである。
  • 企業と共同で学生実習基地を建設する:学生実習は人材育成の重要な一環であり、そのためほぼ全ての大学が決まったいくつかの提携実習先を持ち、一定の教育が終わった時点で実習を案配している。こうすることで大学は企業とより深く、多様な提携関係を築き、多くの職業技術学院ではこうした前提の下、ワークスタディによる「三明制」学生育成モデルを実施している。
  • 指向性のある、注文による人材育成:ここ数年大学の職業教育の中で発生したモデルで、学校が企業の募集条件に基づいた人材育成を行うことである。これはただ単に企業が1枚の人材募集表を大学に提出することを示すのではない。企業は人材基準、課程計画、評価考査基準にも関わり、焦点を合わせた学生の職業的責任感を育成し、人材育成と社会のニーズの一致性を確保している。

3. 政府主導の推進により形成された産学官連携モデル

 産学官連携は、学生の実践能力とイノベーション精神の育成や、大学における科学研究成果の産業界への移転の推進に、重要な役割を果たしている。そこで政府もまた、産学官連携の更なる展開の推進を様々な方面から組織している。以下にこういったモデルの具体例を示す。

  • ハイテク産業開発エリア:中国国家は特定のエリア内に向けて専門的特恵政策を与え、ハイテク産業の成長をサポートしている。中国のハイテク産業開発エリアは1988年に建設され、大学の創設や建設プロセスにおいて重要な役割を果たしている。その例として、中国の54の国家級ハイテク開発エリアのほとんどは大学が比較的集中しているエリアに建設されている。また、多くの省、市でもローカルのハイテク産業開発エリアが建設されている。
  • 大学サイエンスパーク:1990年に建設され、初めは大学の試みによって建設されたが、1999年からは政府が管理している。2001年、科学技術部と教育部が第一期の発動試験場所として建設された国家大学サイエンスパークの審査・評価を行い、22の大学サイエンスパークを「国家級大学サイエンスパーク」と認定し、現在では69の大学サイエンスパークが国家級大学サイエンスパークと認定されている。この他に、大学と地方政府が独自で設立した大学サイエンスパークも少なくない。大学サイエンスパークは、中国の大学、中でも研究型大学の社会貢献の窓口であり、産学官連携がその基本的特徴といえる。
  • 国家重点実験室:1984年に成立。国家計委の承認を経て、科学技術発展と経済建設にとって重要な意義を持つ学科領域内に、比較的先進の国家重点実験室を建設することが決定された。国家重点実験室では、主に基礎研究と応用研究における基礎的業務が行われているが、それと同時に、次第に高度のレベルの開放型教育及び科学研究の基地への成長を遂げている。2008年、中国国家の委託によって大学が運営している、及び建設中である国家重点実験室の数は173にまで達しており、この他に189の教育部重点実験室、11のさらに高クラスの国家実験室がある。
  • 国家工程研究センター:1992年に運営が開始され、国家計画委員会が組織・実施している。当センターの主な運営目的は中国国家と職業利益を出発点とし、工程開発及び中間試験を実施する環境を構築し、産業と科学研究の架け橋を形成し、産業のキーポイントとなる共通技術の研究開発を行うことである。2006年、中国全土における国家工程研究センターは全部で99ヶ所で、そのうち42ヶ所のセンターが大学に委託して建設された。長年の発展を経て、工程研究センターは積極的に産学官連携モデルの探索に力を入れ、現代のハイレベルなイノベーション人材を育成する産学官基地を構築した。
  • 国家工程技術センター:1990年代以来科学技術部が組織・実施しているセンターで、主に業種内で実力豊かな研究機関、科学技術型企業及び大学に建設を委託しており、市場構造への働きかけを重視し、開放的及び有償的なサービスを提供し、科学技術化を実際の生産に移転させることを推進しており、企業が先進技術を吸収し、製品品質を向上させることができる技術委託機関である。2006年の中国全土における国家工程技術センターは全部で148ヶ所で、様々な業種領域に分布し、全国20余りの省級エリアに普及されている。また、そのうち37ヶ所のセンターが大学に委託して建設された(2008年、新たに10ヶ所のセンターが承認された)。
  • 専門学位:ハイレベルで応用力のある人材育成のために、現在では19種類の専門学位が設置されており、修士学位を主とした、博士、修士、学士の3レベルが共存する専門学位教育システムが形成されている。例えば工程修士においては、大学と大・中企業が共同で、技術の素質と技術の実践能力の育成に重点をおいた人材育成を行い、企業が学生を選抜推薦して大学に送り、卒業後に学生は元の職場へ戻る。「学校が用意するメニューの中から、企業が商品を選ぶ」という育成ソリューションが主とされており、産学官連携そのものと言える。また、学生は実際の技術プロジェクトを背景にして論文を展開・研究し、ダブル指導教官制が実施されている。
  • 大学と企業の共同博士研究院ワークステーション:1997年に成立し、中国の博士研究院制度の重要な要素を担っている。2008年までに、国有の大・中企業、特大企業やハイテク企業が中国全土に1024ヶ所のワークステーションを建設している。ワークステーションはハイレベルな人材による産学官連携の新モデルである。企業がその製品開発ニーズに基づいて科学研究プロジェクトを提出し、企業が経費を負担し、主に企業で研究プロジェクトを進める。
  • 国家による大学生教育実習・社会実践基地:主に教育部が、先進技術を有し、科学管理を行い、優秀な企業文化を持つ国有の大企業に依託して建設している。この他に学生教育実習訓練基地があり、地方の教育主管部門が先頭に立ち、国家、地方、業種及び学校が共同で投資しており、主に高等職業教育の学生を対象としている。実習訓練基地の建設もまた、中央財政が重点的にサポートしている模範高等職業大学100校建設プロジェクトの一つで、これらの大学における人材育成モデルの改革は「ワーク・スタディ結合と大学と企業の合作」を目指して進められている。
  • 戦略産業向けの教育基地:ソフトウェア学院の建設、国家のIC人材育成基地、生命科学基地等がある。モデルとされるソフトウェア学院は主に工程開発教育を主として、産学官合作教育を強化し、ソフトウェア工程本科とソフトウェア方向の第二学士学位と工程修士コースで生徒を募集しており、2001年には清華大学等の35校の重点大学が試験的運営を開始した。その翌年の2002年、教育部と国家発展計画委員会は36校の大学に国家生命科学と技術人材育成基地を建設し、教育、研究開発及び産業化の機能を一体化させ、生命科学領域における人材育成の模範を示した。その影響を受けて、2003年には教育部と科学技術部が9校の大学に国家IC人材育成基地を建設し、ハイテク人材育成の新たな学校運営モデルと管理体制の探索を希望し、かつこれを形成した。
  • 国家の産学官プロジェクト建設:このモデルの目的は、大・中企業、大学及び科学研究院の交流と合作を促進させ、教育、経済及び科学技術の一体化を推進することである。企業を主体として、大学(単科・総合)、研究院(所)、技術サービス機関が共同で推進しているイノベーションシステム及び有効的な運営構造を次第に形成している。現在は中国全土の40余りの省(自治区、直轄市)と中心都市で産学官プロジェクト指導グループが成立しており、各地方政府も積極的に産学官連携を促進する政策措置を制定している。例えば上海市では、産学官戦略同盟プロジェクトを設置し、さらに2009年には産学官連携を促進するための、年中設置の公共サービスプラットフォーム-「上海高校技術市場」が建設された。また広東省では、教育部と科学技術部の省・部の産学官協力を強化するために、省・部の産学官連携発展計画が公布され、省・部の産学官連携専門プロジェクト資金が設立され、2008年までに112ヶ所の省・部の産学官連携モデル基地が成立した。

3.経験、問題及び展望

 この数十年、中国は産学官連携の促進において一定の経験を蓄積してきたが、絶え間ない環境の変化により、未だ多くの新たな挑戦に立ち向かっている。

1. これまでの経験

 産学官連携は、中国国家、企業、大学の発展、学生の全面的成長、どれにとっても積極的な意義を持っている。もちろんこれはマクロな視点から見た場合であって、ミクロな視点から見ると、そこには利益構造の問題がある。そこで、大学の角度から産学官連携においてこれまでに獲得してきた経験を考察し、以下にまとめる。

 まず第一は主導的貢献である。大学は自己の実際状況を結合させて、産学官連携を推進してきた。大学は科学技術と人材を蓄えているという面で優位にあり、企業は市場に潜在する技術及び人材を求めている。大学と企業には産学官連携の学術的基礎は存在するものの、重要なのは両者のミーティングポイントである。中国の現代化工業発展はまだ日が浅く、報恩教育の観念も未だ植え付けられていない。大学が積極的に貢献し、企業が抱える現実的問題や成長問題を解決し、企業のニーズを最大限満足させて、はじめて互いに信用を築くことができる。もちろん、大学側も為すところあり、為さざるところありで、自身の長所やニーズに基づいて、自己のレベルとタイプに合った産学官連携モデルを追求しなければならない。 

 第二に、大学は人材育成品質の向上を中心とし、大学の3大使命を履行する中で産学官連携のミーティングポイントを求めた。大学は人材育成、科学技術文化の発展、社会への直接的貢献という3つの使命を背負っているが、根本は教育による人材育成である。大学は歴史から経験や教訓を総括し、産学官の関係を正確に扱い、教育を根本とする原則を貫かなければならず、人材育成を最も重要な任務とし、三者を有機的に結合させなければならない。また、専門や学習段階が違えば、産学官連携の連携形式も異なるべきである。

 第三に、大学にとって政府のサポートは欠かせないものであり、適正な産学官連携プラットフォームの建設は非常に大きい。産学官連携は科学技術イノベーションと人材育成にとって有益であるため、最大の利益を受けているのは中国国家である。中国では、政府の産学官連携における提唱や支持の影響が非常に大きく、市場に存在する多くの欠陥を補うことができる。政府は政策、法規、行政、財政等の手段によるサポートを行ってきたが、プラットフォーム建設の効果が最も高いと言える。政府は現地の産業発展計画に基づいて、政策誘導や経費サポート等の方法によって、大学、科学研究機関及び企業の交流・合作の場となるプラットフォームの骨組みを形成し、企業にかかるリスクやプレッシャーを分散させ、産学官連携による受益者の増加を実現させている。

 第四に、大学は学科の建設を中心とし、関連のある課題を選択して産学官連携を実行してきた。中国の科学研究は大きく三段階に分けることができ、その一つ目は中国経済をサポートする「主戦場」を建設すること、二つ目は未来の新興産業のためにハイテク研究の基礎を打ち立てること、三つ目は新たな知識を獲得し、新たな法則による基礎研究を探究すること、である。私達は産学官連携の形式がいつも同じであるとは思ってはいけなく、様々なルート、形式、レベルで産学官連携を展開していかなければならない。だが、学科、専門の設立を中心とし、経済と社会発展における重大な課題をしっかりと選択して「三結合」を実施すれば、最大の効果を獲得することができることが今までの経験から分かっている。事実、長期に亘って堅持されてきた産学官連携モデルはみな、下から上へ、表面から内部へと、徐々に発展を遂げるプロセスを経験している。そこで私達は産学官連携において、幅広い探索を奨励するのはもちろんのこと、学科建設を中心とした掘り下げた展開をより奨励しなければならない。

2. 主な問題

 問題は大きく二種類に分けることができる。一つは産学官連携における普遍的問題で、これは一種の永久不変の問題でもあり、あらゆる段階において、あらゆる国々が遭遇する問題である。そして二つ目は、中国が現在局面している問題である。

 まず一つ目に分類される問題をいくつか挙げると、産学官連携の形式の中には、バラバラで、短期的、まとまりがない、等の形式が多く、総合的、長期的、緊密な形式が比較的少ないこと、大学間や大学内部の各学部、学科間の発展がみなバラバラであること、異なる大学や学科がそれぞれの実際の状況を出発点として教育、科学研究、生産の三者の関係を扱っているが、それが時に不適当であること、企業や社会の人事部門をサポートする教育や、大学との緊密な連携を促進する有効的な構造が未だに形成されていないこと、等がある。この種の問題は産学官連携の利益構造にも影響を及ぼしており、特に異なる利益主体が求める異なる目標(学校は成果を重視、企業は利益を重視)のバランスを取るのが難しく、協力して解決しなければならない問題である。そこで、私達は自己の経験や参考になる外国の経験をさらに総括して、健全な関連政策、法規を設立し、産学官連携の発展を絶えず促進させていかなければならない。

 二つ目に分類される問題は、産学官連携には統一的な計画・案配が必要であることを政府が気づいていながらも、有効な手段が不足していることである。特に、世紀の変わり目の体制改革以後、大学は産業との直接の行政的関係を失っており、管理手段の革新が必要である。そしてこの種の問題は、産学官連携が新たな情勢の下でいかに掘り下げた展開を広げるか、政府の参加する効果に関わってくる問題である。現在の中国の実情では、産学官連携は政府の関与無しには更なる成長は非常に難しく、だからといって政府による行政手段ばかりに頼っていてもいけない。私達は政府が市場体制の条件下で産学官連携を促進することができる有効な構造を見つけなければならない。

3. 展望

 一昔前の中国は主に投資に頼って成長を進めてきたが、投資と資源の消費は密接に関連しており、私達は持続可能な開発の道を歩き始めなければならない。だが、企業の技術イノベーション能力は一貫して高いとは言えず、中国全土の大・中企業において技術開発機関を持つ企業の割合はわずか1/4で、大・中企業の研究開発費用が企業の販売収入に占める割合はわずか0.71%である。企業の知的財産権の所有率は低く、労働生産率も比較的低い。一方、近年の大学の科学研究成果は決して乏しくない。2009年9月30日の建国60周年記念の教育部成果発表会では、「SCIデータ統計によると、科学技術に関する論文に関して言えば、2004年以来中国の大学の科学研究能力は世界第五位である」と教育部の副部長が発表している。だが、ここでの問題は技術移転がしっかりと確立されていないことである。

 中国国家が産学官連携を強調するということは、つまりは大学と企業の相互作用によって、企業の技術イノベーションシステムの構築を促進すること、学校の人材育成の最適化を実現すること、を中国国家が希望していることを意味する。さらに一歩進んだ政策として、政府は具体的な措置を用いて大学の経済建設の実践や人材育成及び技術開発に従事すべきであり、大学は企業との交流・協力の強化に特に力を入れなければならない。

 政府の産学官連携促進への貢献方法は主に政策と経費によるものであるが、さらに一歩進んだサポートが必要である。例として、中央政府が大学と産業の合作のためのプラットフォーム構築に力を入れたり、地方政府が大学とそのエリアの合作のためのプラットフォーム構築に力を入れたり、産学官同盟の確立を積極的に促進したり、等が挙げられる。この他にも、分類指導の原則を発揮したり、技術イノベーションの促進を出発点として現在行われている大学の重点建設プロジェクトに調整を加えたり、高度のレベルの大学によるイノベーション型企業の試験業務への積極的な参加を奨励したり、応用的な学科設立を促進したり、等があるだろう。また、大学と企業間の緊密な交流と協力の展開をサポートしたり、科学研究の評価システム、重点学科の建設、専門学位の発展、特許権評価・政策等の方面における改革を推し進めたり、技術移転を促進したり、等も挙げられる。さらに、大学と企業の合作や人材育成における長期効果的な構造を探索したり、これによって高等教育資源の合理的かつ最適な割り当てを実現させたり、等もさらに一歩進んだサポートの手段として挙げられる。

 一方、大学は積極的に企業との協力により一層の力を入れ、人材育成モデルの改革を重点的に展開していかなければならない。そして積極的な措置を用いて、企業が技術イノベーション分野において主要ポジションを獲得できるようにサポートし、産学官連携を通して技術移転能力と企業をサポートする技術開発能力を強化させなければならない。この他にも、企業を主な貢献対象者とする大学もあるべきであり、人材育成における目標、モデル、教員、課程、教材、実験、実践等の多くの面において全面的調整を行い、産学官連携を基本とした学校運営を行わなければならない。また、産業界との交流を強化する課程改革を行ったり、関連の人材募集機関の意見を多く取り入れた教育計画を制定したり、企業が大学の教育改革に関与するように努力しなければならない。さらに、応用性が高い大学や学科は、実践経験を持ち、学術標準が一致する企業から技術員を積極的に招き、社会との密接な関係を強め、大学の人材育成モデルの改革を促進しなければならない。 


さくらサイエンスプランウェブサイト

さくらサイエンスプランウェブサイト

 

中国関連ニュース 関連リンク

オリジナルコンテンツ

柯隆が読み解く

2014/2/18更新
「中国の歴史問題」

富坂聰が斬る!

2013/12/27更新
「中国賃金事情」

和中清の日中論壇

2014/2/3更新
「失望」に潜む米国のメッセージと日本の「積み木崩し」

田中修の中国経済分析

2014/2/7 新コーナー開設
「中央経済工作会議のポイント」

服部健治の追跡!中国動向

2014/2/27 新コーナー開設 「安倍総理の靖国神社参拝に想う(上)」

川島真の歴史と現在

気鋭の研究者が日中関係を歴史から説き起こす。幅広い視点から新しい時代の関係を探る。

科学技術トピック

New

2014/3/5更新
「赤外線カメラと簡牘資料の日中共同研究」
工藤 元男

取材リポート

New

日中関連、科学技術関連のシンポジウム・講演等を取材し、新鮮なリポートをお伝えします。

中国の法律事情

New

2014/3/7更新
「百度(バイドウ)の著作権侵害をめぐる攻防の結末」朱根全

日中交流の過去・現在・未来

日中交流のこれまでの歩みとこれから

日中の教育最前線

日中の教育現場の今をレポート

中国国家重点大学一覧

 

中国関連書籍紹介

New

2014/3/12 書評追加掲載

文化の交差点

New

2014/3/18更新
「日本における中国古代絵画」朱新林

中国実感

日本人が実感した中国をレポート

印象日本

中国が日本に滞在して感じたことをレポート

CRCC研究会

過去の講演資料、講演レポート

CRCC中国研究サロン

過去の講演資料、講演レポート

最新イベント情報

アクセス数:31043468