第40号:環境・エネルギー特集Part 1-低炭素社会づくりを目指す
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地球温暖化の対応策について

2010年 1月12日

秋元圭吾

秋元 圭吾(あきもと けいご):
(財)地球環境産業技術研究機構 システム研究グループリーダー

1970年6月生まれ。1999年横浜国立大学大学院工学研究科電子情報工学専攻(工学博士)。 2009年東京大学公共政策大学院非常勤講師。専門はエネルギー・地球環境を中心としたシステム、政策の分析・評価。麻生政権の中期目標検討ワーキングチームおよび鳩山政権の地球温暖化問題に関する閣僚委員会・副大臣級検討チーム・タスクフォースのメンバー。1997年国際応用システム分析研究所(IIASA)Peccei賞受賞。著書に「低炭素エコノミー―温暖化対策目標と国民負担」(日本経済新聞出版社、共著)などがある。地球温暖化問題に関する講演も毎年多く行っている。

1.はじめに

 地球温暖化問題は長期でグローバルな問題であり、また、近代文明の基礎となっているエネルギー利用に伴っているため、その解決は容易ではない。更には、多くの意思決定者がいる中で、持続的に排出削減を続け、かつ長期的には大幅な排出削減を行っていく必要があるので、その解決は想像以上に難しい課題である。これを何とか解決していくためには、さまざまな技術、対策、方策を総動員しなければならないだろう。温暖化対策技術の面で言えば、省エネルギーのみならず、エネルギーの脱炭素化を進めていくことが求められる。そして、できる限り安価な費用で排出削減を実現できるように、さまざまな温暖化対策技術の技術開発および広範な技術普及を進める必要がある。本稿では地球温暖化の対応策について方向性を論じることとしたい。

2.地球温暖化緩和のために求められる技術進展

 昨今、先進国首脳会議(G8)などにおいて排出削減目標もしくはビジョンとして2050年までに世界の排出量を半減するという目標が議論に上がっている。現在、温室効果ガス排出は、先進国と途上国はほぼ半々であるため、仮に先進国が排出をゼロにしても、途上国は2050年に現状レベルに排出を抑制しなければならないことを意味する。そして、技術進展の視点からこの目標を見てみるなら、1970年頃からは、世界はCO2排出原単位(GDPあたりのCO2排出量)を年率1.2%程度で改善してきた。それは、通常期待されるGDPから数%以内のGDPロスに留めてこれを実現するにはCO2排出原単位の改善率(産業構造の変化を含んだ技術の進歩率)を過去の実績の4倍近くに引き上げる必要があることを意味する。逆に、過去の排出原単位改善率と同程度であれば2050年までの世界のGDP成長率はほぼゼロにしなければならず、これでは世界が協力して持続的に排出削減に取り組むことは不可能である。仮に2050年に現状の排出レベルにするとしても、排出原単位の改善率は過去の2.5倍程度に高める必要があり、いずれにしても温暖化対策の劇的な技術進展が不可欠である。

 なお、過去のCO2原単位の改善率である年率1.2%の内訳は、エネルギー効率の改善が年率0.9%、エネルギーあたりのCO2排出量の改善が年率0.3%である。大幅な排出削減のためには、省エネルギーの一層の推進のみならず、エネルギーの脱炭素化(エネルギーあたりのCO2排出量の大幅な改善)、すなわち、化石燃料から原子力、再生可能エネルギーへの燃料転換、そして、二酸化炭素回収貯留(CCS:Carbon Dioxide Capture and Storage)などが不可欠と見られる。

 温暖化緩和を強力に進めるには、温暖化緩和効果が大きい対策技術を国内外に広く普及させることが重要である。日本の場合、世界で最も優れたエネルギー効率を達成しているので、それらの技術を世界的に広く移転し、普及させる役割が重要である。そして、今後も環境先進国として世界の先頭を走るためには、長期的な展望に立って、省エネルギーおよびエネルギーの脱炭素化に関する革新的技術の技術開発を進めることが必要である。

3.CO2排出削減技術の技術展望

 CO2の削減技術としては、大きく分ければ、①CO2排出そのものを抑制する技術・方策、②CO2が大気に放出される直前に回収する技術、③大気中に出てしまった、もしくは存在するCO2を吸収させる技術に分けられる。①は、さまざまな省エネルギー、化石燃料間の燃料転換、原子力の利用促進、再生可能エネルギーの促進などであり、②は二酸化炭素回収貯留技術(CCS)、③は植林などによってCO2吸収を拡大する方策などである。しかし、ほぼすべての技術には長所と短所があり、温暖化対策として切り札となる技術はなく、これらさまざまな種類の技術・方策について費用効果性を考えて適切に組み合わせることが重要である。

 図1は、世界をエネルギー資源の賦存量や各国の経済成長の違いなどを考慮するために世界を詳細な地域に分割し、また温暖化対策技術を詳細にモデル化したエネルギー・CO2排出削減評価モデルを用いて、2050年に世界のCO2排出量を現状から半減するための費用効果的な排出削減を試算した一例である。各国においては、エネルギー資源の賦存量などの違いから、それぞれ適した削減対策が異なっている場合もあるが、少なくとも世界全体で見ると、この分析でもわかるように、さまざまな部門でさまざまな技術を適切に組み合わせることが費用効果的であることが示されている。

 省エネルギーについては、とりわけ世界的に見ると、エネルギー効率の高い設備・機器が十分に普及していない実態がある。例えば、エネルギー多消費産業の鉄鋼部門を見てみると、粗鋼生産の代表的なプロセスである転炉鋼生産におけるエネルギー効率は図2のように各国間で大きな差異がある。日本や韓国のエネルギー効率は高いが、ロシアは4割ほど効率が悪い状態にある。米国も3割ほど劣っていると見られる。中国は生産量の急激な拡大に伴い新規の技術導入が進み、2000~2005年にかけて比較的大きな改善が見られる。日本では、コークス乾式.消火(CDQ)、高炉炉頂圧発電(TRT)といった技術を導入し、エネルギーの回収・有効利用を徹底的に行い、高いエネルギー効率を達成している。このような高いエネルギー効率を有する粗鋼生産技術を世界に広く普及することによって、大きな排出削減を期待することが可能である。

図1

図1 2050年世界のCO2排出量半減のための技術方策例
(RITEによる試算例、ただし、植林などによるCO2吸収拡大についてはこの分析では評価していない。)

注)CCT:クリーンコールテクノロジー、SP/NSP:サスペンションプレヒーター/ニューサスペンションプレヒーター付キルン、FCV:燃料電池自動車

図2

図2 2000年および2005年における粗鋼生産(転炉鋼)におけるエネルギー効率の国際比較(RITEによる推定[1]

 また、原子力発電の利用拡大は比較的安価に排出削減を行うことが可能であり、重要な対策と見られる。例えば、国際エネルギー機関(IEA)の「エネルギー技術展望」[2]によると、2050年に世界の排出量を半減するとしたBLUE Mapシナリオでは、世界の原子力発電電力量は2005年の実績では2770 TWh/yrであるが、2050年には3倍以上になる9860 TWh/yrに増大させるシナリオとして描かれている。しかしながら、安全性・社会的な受容性、核廃棄物処理、核不拡散の問題などがあり、原子力発電による排出削減効果は大きいとはいえ、原子力発電のみで温暖化問題を解決することが難しいことも認識する必要があろう。

 再生可能エネルギーの拡大も大変重要である。持続可能なエネルギーという点でも、やはり再生可能エネルギーに注力を傾けていくべきだろう。同じく、IEAの「エネルギー技術展望」のBLUE Mapシナリオでは、風力発電は2050年には世界全体で5170 TWh/yr、太陽光発電は4750 TWh/yrを見込んでいる。これは、2050年に見込んでいる総発電電力量42340 TWh/yrのそれぞれ1割を超える量であり、大幅な拡大が求められることになる。しかし、その実現のためには、発電コスト、出力の間欠性などの課題を解決していく必要がある。

 図1でも見られるように、それ以外にも大きな削減効果が期待できる温暖化対策技術としてCCSが挙げられる。これは、発電所や製鉄所などの大規模なCO2発生源においてCO2を分離・回収し、地中深くに貯留する技術である。2008年の北海道洞爺湖サミットでは、2010年までに世界的に20の大規模なCCS実証プロジェクトを開始することが合意され、2009年イタリア・ラクイラサミットにおいても、改めてこの合意の確認がなされており、世界各国はこの技術の重要性を強く認識している。IEAのBLUE MapシナリオでもRITEの分析と同様に、CCSによる大きな排出削減が見込まれている。課題としては、実証試験を通して課題を克服しつつ技術の確立を目指すことが何よりも重要と見られるが、現在、1トンCO2を分離・回収するのに4000~5000円程度要すると見られるCO2分離・回収コストを低減することや、地中のCO2挙動の観測・予測手法の更なる進展などをあわせて図っていくことが必要であろう。

 先述のように、製鉄プロセスにおいては、日本では利用できるエネルギーをほとんど利用しつくしている。しかし、鉄を作るには、酸化鉄の還元に石炭由来のコークスを利用するため、大きなCO2排出が不可避となっている。このコークスの一部を水素に置き換えることによってCO2の大幅な削減を目指す取り組みも始まっている。このプロセスでもCCSを合わせて利用することが想定されている。ただし、水素還元製鉄の技術的な難易度は高いと見られ、少し長い時間軸の中でこの技術の進展に期待したい。

 また、品種改良によって半乾燥地などにも適した植物を開発しCO2吸収固定量を増す方法や、バイオ燃料生産に適した植物の開発、多様なバイオマスからの効率的なバイオ燃料生産技術の開発なども温暖化対策として重要である。

4.CO2削減技術のシステム化とコベネフィットの追求に向けて

 前節ではそれぞれのCO2排出削減技術の役割について見てきたが、個別の技術のみならず、さまざまな技術をシステムとして働かせ、価値を高めることも重要である。例えば、CCSにしても先進的な原子力発電にしても、これらによって大幅に低炭素化された電力は、電力を利用する技術の温暖化対策効果を高め、例えばプラグインハイブリッドや電気自動車、ヒートポンプなどの価値が更に高まる。また、太陽光や風力発電のように間欠性の高い電源の価値を高めるには、安価で大容量の革新的な電力貯蔵技術の開発が重要になる。

 また、温暖化対策としてだけではなく、別の付加価値をつけることを念頭においた技術開発も求められる。仮に温暖化影響の低減という役割を抜きに考えれば、エネルギーの低炭素化というだけでは同じエネルギー量を高いコストで利用することでしかなく、基本的には社会効用は低減してしまう。温暖化対策にもなり、同時に広い消費者の効用を大きく高めることができるシステム技術を創造し、その技術開発にも注力すべきである。ITと結びついた交通流対策は渋滞の緩和や交通事故の低減などと同時にCO2排出削減にもつながるし、また、快適で住みやすい都市の再開発を、省エネルギー都市の構築、植林による緑化などと同時に進めることなどは、こういったコベネフィット追求によるCO2削減対策の例として挙げられる。米国のグリーンニューディールも温暖化対策の面以上にエネルギーセキュリティを高めるという点に重きがおかれていると見ることもでき、これもコベネフィットの追求とみなせる。こうすることによって、実質的により小さな削減費用で温暖化対策が実現可能になる。

 また、制度面の整備を含めて革新的技術の開発・普及を促す様々な社会基盤整備もあわせて考えることも忘れてはならないだろう。

5.おわりに

  地球温暖化緩和のために求められている排出削減は、温暖化対策技術の劇的な進展、社会の大変革を必要としている。そして、CO2排出削減のためには、さまざまな種類の技術・方策を費用効果性を考えて適切に組み合わせることが重要であり、既存の費用対効果の高い省エネルギー技術の広範なる普及とともにエネルギーの脱炭素化を図っていくこと必要である。また、個別技術の技術革新、技術進展が必要であるとともに、それらをシステム的に利用する対策も追求していくことも重要である。

 革新的温暖化対策技術は、長期の技術開発投資が必要でリスクも大きく、また開発に成功したとしても適正なリターンが企業にもたらされないリスクもある。そのため、技術開発に対する財政的な支援や長期的な技術開発を促す安定的な制度の立案など、政府の役割は重要であることは指摘しておかなければならない。

 人類は過去に驚くべき知恵を出し、技術進歩を成し遂げてきた。楽観的になることは危険であるが悲観的になってもいけない。温暖化問題も人類は必ず克服できるはずである。しかし、そのためには全体を俯瞰した上でのバランスの良い技術ポートフォリオと政策ポートフォリオが必要である。地球温暖化問題という人類につきつけられた大変困難な問題に対し、適切な温暖化対策技術の技術展開と革新的な技術の技術開発戦略をもって、これにあたっていくことが求められる。

主要参考文献:

  1. RITEシステム研究グループ、「2005年時点のエネルギー効率の推計(鉄鋼部門)」(2009)http://www.rite.or.jp/Japanese/labo/sysken/systemken.html
  2. IEA, Energy Technology Perspectives 2008, OECD/IEA (2008)