持続可能な発展と日中の役割

2010年 1月 5日

小宮山宏

小宮山 宏(こみやま ひろし):株式会社三菱総合研究所理事長

1944年12月生まれ。
1972年東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了(工学博士)。

専門

化学システム工学、地球環境工学、知識の構造化

職歴

1998.7.1 東京大学工学部教授
1995.4.1 東京大学大学院工学系研究科教授
2000.4.1 東京大学大学院工学系研究科長・工学部長
2003.4.1 東京大学副学長
2004.4.1 国立大学法人東京大学理事。東京大学副学長兼務。東京大学大学院工学系研究科教授兼務
2005.4.1 国立大学法人東京大学総長
2009.4.1 国立大学法人東京大学総長顧問
2009.4.1 株式会社三菱総合研究所理事長

著書:

「地球持続の技術」(岩波新書1999年)
「知識の構造化」(オープンナレッジ 2004年)
「東大のこと教えます」(プレジデント社 2007年)
「『課題先進国』日本」(中央公論新社、2007年) 
「知識の構造化・講演」(オープンナレッジ 2007年) 
「Vision 2050:Roadmap for a Sustainable Earth」(Springer 2008年) ほか多数

1.21世紀のパラダイム

 私の考える21世紀のパラダイムは、「有限の地球、高齢化する社会、爆発する知識」この3つである。最初に「有限の地球」。地球は膨張した人類の活動量に対して相対的に小さくなっている。20世紀の膨張に耐えられなくなった地球上で、環境問題、エネルギー問題、パンデミック(感染症)などが発生しているのである。次に、「高齢化する社会」。日本は2006年に既に人口のピークを迎え高齢化社会に突入しているが、中国も2030年ごろにピークを迎える。インドも2050年以前にはピークアウトとなるだろうと言われている。2050年までに全世界が高齢化社会を迎えると考えていい。最後に、「爆発する知識」。20世紀に知識の量が爆発的に増えたことで、様々なことができるようにもなったが、あまりにも知識が増えすぎて、誰にも全体像が把握できなくなったという問題がある。以上3つのパラダイムは21世紀が抱える困難であるが、逆にそれが潜在的な需要でもある。

2.ビジョン2050

 2050年が地球と人類にとって大きな岐路となることは間違いない。私は、1990年以前よりそう確信しており1)、拙著「地球持続の技術」2)の中で「ビジョン2050」を提案した。これは、途上国の成長と先進国の生活水準の維持、エネルギー資源問題、地球環境の保全、そして科学技術の可能性と限界を視野に入れた総合的ビジョンである。

 「ビジョン2050」の結論を要約すれば、①エネルギー効率を3倍にすること、②物資循環システムを構築すること、③自然エネルギーの利用を2倍に引き上げること、以上3点である。これらの目標は理論的、技術的に実現可能であるが、同時に国際的な合意を必要とするものである。

 理論的、技術的に可能なことを、例をあげて説明する。ガソリン1リットルで何キロ走れるかというレースがある。20年前500キロ、10年くらい前で1500キロ。最近では5,000キロを超えている。横軸に車の重量をとり、縦軸に燃費の逆数(1km走るのに何リットルのガソリンを使うか)をとって、車の重さと燃費の関係をみてみると、技術が同じなら理論的には直線に並ぶ。事実、米欧車、日本車は概ね直線状に並んでいる。しかも、同じ重さでは日本車は米欧車より20%ガソリン消費量が少なくなっている。今後、車の軽量化が進み、車の重さが半分程度になり、電気自動車が普及すれば、車の消費するエネルギーは10分の1になってしまうのである。将来、世界の車の台数が今の3倍に増えたとしてもガソリンの消費量が10分の1になれば、消費エネルギーは3分の1となるのである。

 エネルギー効率化ができないものもある。例えばセメントである。日本は1トンのセメントを生産するのに消費するエネルギーを1960年から30年の間に約半分に減らしてきた。これは日本のセメント会社が必死に生産プロセスの改良をしたからである。すでに、理論的なエネルギーの限界の1.6倍まできており、これ以上減らすのは困難というところまで減らしている。他のモノづくりでもほぼ同じ状況である。日本はエネルギーのほとんどを輸入に依存している。エネルギー価格が高いために逆にエネルギー効率の高い国になったのである。

 今、世界のセメントの半分は中国で生産されている。中国がセメントを使うのは都市や高速道路を建設するためであり、これを止めることはできない。しかし、一番効率のよい方法で作ってくれれば、中国のセメントを作るエネルギーは40%に減るということである。

 「ビジョン2050」は、自動車の数が世界で増える、都市が増える、これを否定していない。しかし、効率を3倍にすれば今と同じ量のエネルギーで済む、また、非化石系エネルギーを倍にすることで、CO2の発生量を抑えようという考え方である。

 このときに、先進国、途上国はどのようになるかというと、先進国では、すでに2人に1台、自動車を持っているので、これ以上、自動車が増えることはない。したがって、自動車のエネルギー効率が3倍になれば、エネルギー消費量も3分の1になる。そして、太陽電池、風力、バイオマスなどの非化石系エネルギーを必死で倍まで増やせば、CO2を発生する化石資源の部分が8割減るというのが、2050年に8割エネルギーが減るというモデルである。一方、途上国では、なりゆきにまかせるのではなく、良い技術、効率の高い技術を使って、CO2の発生量を抑えてくださいと要求することが、地球を守るための最適な方策である。これが途上国と先進国とが、合意可能なぎりぎりの線なのでないかと思う。

 現在の中国は確かにここでいう途上国ということになる。しかし「中国は果たしていつまで途上国なのか」という問題がある。中国の今の経済成長率でいけば、6年後には1人当たりGDP(国内総生産)が日本の6割に達する。ここまでくれば先進国と言っていい。急速な成長であちこちに歪みが出ることを斟酌する必要もあるが、先進国に仲間入りすれば、先進国のモデルが要求されることになる。

3.CO2の25%削減とプラチナシティ・ネットワーク構想

 鳩山首相は国連気候変動首脳級会合で2020年までに日本の温暖化ガスの排出を1990年比で25%削減すると表明した。産業界からは危惧の念が寄せられているが、要はやり方次第なのである。確かに、日本の製造業は石油ショックや公害問題の克服のための努力を行い、世界一のエネルギー効率を達成しており、これ以上の効率化は厳しいかもしれない。では、25%削減は不可能化というと、そうではない。製造業においても効率向上の不断の努力が必要だが、製造業以外の部分に大きく削減可能な部分がある。以下では、その内容を明らかにしていきたい。

 日本のエネルギー消費は、家庭、オフィス、輸送の「日々のくらし」が55%、素材、自動車、家電など「ものづくり」が45%を占める。「日々のくらし」で80%削減、これは我が家をエコハウスにすることですでに実証済みである。すなわち日本全体で44%削減が可能である。しかし、2020年までに全ての家をエコハウスにするのは難しい。進行率を4分の1として11%の削減を目指す。既にエネルギー効率の高い「ものづくり」に過度の負担を求めるのは得策でない。5%と想定する。原子力発電の稼働率を国際レベルまで高め、これに風力発電などを合わせて4%。森林保全による吸収源拡大、海外での省エネや新エネ投資などで5%。こうすれば、排出権購入によらず、25%削減の自力達成が可能である。

 この試算結果を検証するため、東京大学と三菱総合研究所のメンバーで様々なデータを用いて精査したところ、「日々のくらし」のうち、住宅・オフィスで6%、輸送部門で6%、両者合わせて12%となった。また、残りについては、発電・送電部門で、5%、森林の適正な手入れや耕作放棄地の緑肥生産などで5%、そして残る3%を「ものづくり」での省エネ努力という結果となった。さらに、海外CDM(クリーン開発メカニズム)の実施により5%の削減が見込まれ、合計で30%削減可能という結果が得られている。

 いずれにしても、「日々のくらし」での大幅な削減を実現することが重要なことは間違いない。また、「日々のくらし」での大きな削減は、省エネ、創エネの先端機器やサービスの購入を意味し、それが「ものづくり」のマーケットを育て、雇用を創出し、21世紀の世界が必要とする新産業を日本から生み出すことを可能にする。今こそ、前向き志向が必要なのである。

 日本は課題先進国であり、温暖化のみならず多くの困難を抱えている3)。これらを同時に解決するために、所得倍増計画、日本列島改造論に代わる新たな国づくりの方向性を示すビジョンをつくる必要がある。しかも、それは、政府が産業を興し国民のくらしをよくするという従来のものではなく、地域でくらしをよくすることで新たな産業を興すという先進国型モデルでなければならない。私は、このような考え方を基本として地域ごとに快適なくらしを実現しようとする社会をプラチナ社会とよんでいる。「プラチナ」にはエコ(グリーン)と高齢者(シルバー)、さらに生態系にもマッチした、様々な輝きを帯びた社会であるとの思いをこめた。

 プラチナ社会の実現に向けて全国の自治体と協働でまちづくりの実験を行なうのが、「プラチナシティ・ネットワーク構想」である。日本中に、エコでバリアフリー、ひとづくりと雇用で快適なまちを作っていくのである。すでに、青森県、福井県、千葉県柏市などが動き始めており、多くの都市から参加したいという声が寄せられている。国が動くのを待っていては間に合わない。地方のまちづくりから始めよう。各地のプラチナシティが共有する課題も多いと考えられるので、ネットワークづくりも大切だ。これにはITの活用が欠かせない。各地域の実験結果を要素分解して、全国各地で活用可能なものとしてプールし、自由にアクセスできるような環境を整備していこう。東京大学とフューチャーデザインセンターがその役割を果たす予定である。

 日本は小さな国ではあるが南北に長く、しかも中央に山脈があるために、各地で多様なくらしが営まれている。したがって中国とほぼ同緯度に位置する日本の多様なプラチナシティは、必ずや中国各地の都市にとって良いモデルを提供することができる。各自治体が中国をはじめアジアの各地の都市と姉妹都市提携を結び、21世紀の生活スタイルを率先して海外に提供することが可能となるのである。

 20世紀の生活向上のモデルはハリウッド映画だった。世界各地の人々がハリウッド映画をみて、豊かなアメリカの生活にあこがれ、アメリカの製品を求めるようになった。映画のイメージがアメリカのスタイルを世界中に広めるけん引役となった。これからは、日本がプラチナシティを通じて世界の人々に21世紀の理想の生活スタイルを提供することが大切である。日中で姉妹都市をつくることによって情報交換を行い、21世紀の新しいまちづくりをアジアで実現しようではないか。

主要参考文献:

  1. 「地球環境化問題ハンドブック」小宮山宏監修(アイピーシー1990年)
  2. 「地球持続の技術」(岩波新書1999年)
  3. 「『課題先進国』日本」(中央公論新社、2007年) 

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