次世代高効率太陽電池の開発と展望

2010年 2月26日

中野 義昭

中野 義昭(なかの よしあき):
東京大学先端科学技術研究センター 副所長

1982年東大・工・電子卒、1984年同大学院修士課程了、1987年同博士課程了、工博。同年東大・工・電子助手、1988年同講師、1992年同助教授、2000年同教授、2002年東大・先 端科学技術研究センター教授、2008年同センター副所長、現在に至る。この間、化合物半導体の結晶成長とそれに基づく発光デバイス、光制御デバイス、光集積回路、太陽電池の研究に従事。

1. 高効率太陽電池の必要性

 2050年に向けて、太陽光を人類の主要なエネルギー源とするためには、現在行われているような小規模分散型の太陽光発電だけでは間に合わず、大規模集中型の太陽光発電(メガ/ギガソーラー)が 多数必要とされる。このような大規模太陽光発電は、当初は発電量あたりのセル製造コストが低い化合物薄膜型太陽電池を用いて展開されるものと考えられる。しかし発電規模の増大にともなって、こ の方法は限界を迎えることとなる。なぜなら、広大な面積にパネルを敷き詰める建設コストとメンテナンスコスト、およびこれらから電力を回収する電気ケーブルのロスが顕在化してくるからである。さらに、パ ネル上の配線である銀材料やパネルを保護するガラス材料には資源制約があり、パネル生産量の増加に従ってこれら部材の高騰が予想される。

 従来の太陽電池技術開発は、大面積化を前提に、変換効率は犠牲にしても、セル単位面積当りの製造コストをいかに低減するかにその重点が置かれてきた。薄膜太陽電池や有機系太陽電池がその例である。し かしある程度セル単位面積当りのコストが低減できると、セル以外の部材やパネルの設置コストがコスト全体に占める割合が高くなり、これらのコストは面積に比例して増えるため、セ ルの単位面積当り製造コストをいくら下げても、全体のコストは下がらない。

 一方、逆に設置面積は増やさずにエネルギー発生量を増やすには、光電変換効率の向上が必須であるが、従来の常識では、変換効率の高いセル(例えば化合物半導体単結晶多接合セル)は、セ ル単位面積当りの製造コストが効率の増分に見合う以上に高くなるため、宇宙用や軍事用などの特殊用途以外は利用できないものと信じられてきた。しかるに昨今、 CSP(concentrating solar thermal power plant)などの太陽熱利用技術に関連して集光技術が進展し、この集光技術と太陽光発電を組み合わせると、上記の高コスト高効率セルを用いても、低 コストな発電が可能である見通しが立ち始めている。

 すなわち、集光倍率1000倍の光学系と組み合わせると、セル単位面積当りの製造コストを等価的に1/1000に下げられるのである。このような状況になると、も はやセルの製造コストはほとんど問題にならず、むしろ変換効率が1%でも向上すると、その分だけエネルギー製造コストが下げられることになる。またこのことは、従 来技術の大きな問題であった原材料の資源制約からの解放をも意味する。つまり、セルモジュールの必要サイズが集光倍率分の一に減らせるため、セル原材料、電極材料、セ ル実装材料の必要量も集光倍率分の一になるからである。

 さらには、ここで面積を占めるのは光学系だけなので、パネル間を電力ケーブルで繋ぐ必要もなく、ほとんど故障することもない。つまり建設コスト、メンテナンスコストも、薄 膜セルのパネルを敷き詰める場合に比べ、面積が減る分以上に大幅に低減できる可能性がある。CSPとの親和性も高く、CSP設備をそのままPV(太陽光発電)設備に転用できる。この場合、光 →熱→機械→電気のエネルギー変換プロセスを経ていたものが、光→電気の直接エネルギー変換プロセスになるので、著しい効率向上、エネルギーコスト低減の効果が得られる。加えて、集 光タワーに設置されたPVモジュールだけを最新式に交換するだけで、プラントのアップグレードが可能で、技術の進歩に合わせ発電設備を最高性能に保つことができる。

 以上のことから、太陽電池の研究開発の重点は今後、セル製造コスト低減から光電変換効率向上に移行すると考えられる。この流れを反映して、最近、化 合物半導体単結晶セルによる高効率化競争が世界中で活発化している。現在の集光時変換効率の世界記録は、41。6%(364倍集光、米国Spectrolab/NREL)である。

 さらに、化合物半導体量子ドット技術を導入して中間バンド型構造を形成すると、理論的には70%にせまる変換効率が予想されており、量 子ドット電池による光電流の増加が実験室レベルですでに観測されている。このように、従来の変換効率限界を越えることのできる新型の太陽電池が出現してきたことは、太 陽電池研究開発における大きなブレークスルーと言うことができよう。しかもこれらの太陽電池を形成する材料は、従来、大電流の発光デバイス材料、パワー電子デバイス材料として使われてきた実績があり、集 光時の強力な光に曝された際の信頼性は初めから確保されている。大電力発電にまさにうってつけな潜在能力を有している。

 このような背景のもと、経済産業省は2008年に「革新的太陽光発電技術研究開発」と称する7年間の研究開発国家プロジェクトをスタートし、東京大学・豊田工業大学を拠点として第三世代超高効率太陽電池( 化合物半導体ヘテロエピタキシャル多接合太陽電池および量子ドット中間バンド型太陽電池)の研究開発を推進している。第三世代の高効率太陽電池に関して今後克服すべき課題は、光電変換効率のさらなる向上(50%を 超え、70%を狙う)はもちろんのこととして、基板の大面積化、高倍率集光時・大電流動作時の信頼性の保証、熱放散・冷却構造の検討、広帯域無反射コーティングの開発、高信頼モジュール実装、低 コスト高精度集光光学系および追尾系の開発などがあげられる。さらに重要な点は、従来の化合物半導体エピタキシャル成長技術が少量多品種生産の高コスト製造技術であったものを、大 量生産の低コスト製造技術に転化する必要のあることである。そのための成長反応炉の抜本的見直し等が現在進められている。

 以下では、前述の国家プロジェクトで行われている次世代高効率太陽電池開発の中で特に、III-V族化合物半導体によるタンデム太陽電池の効率向上に向けた筆者らの研究を紹介する。

2. III-V族タンデム太陽電池の現状と課題

太陽から地上に降り注ぐ光子は、図1に示すように可視から赤外に至る広範なエネルギー分布を持っている。このような光子を可能な限り多く吸収し、光子が持つエネルギーを低損失で電圧に変換するためには、異 なるバンドギャップを持つ材料から構成されるpn接合を積層する、タンデム太陽電池が有効である。なかでも、化 合物半導体の持つ多様な格子定数とバンドギャップの関係を活用したInGaP/GaAs/Geの3接合セルは、結晶格子の大きさが揃った高品位な単結晶がもたらす高変換効率が特徴であり、現 在までに41%を超える変換効率が報告されている。InGaP、GaAs、Geで構成される3つのpn接合が直列に接続された状態となり、電流は単一セルで吸収する電流しか取り出せないものの、電 圧は3セルの合計が取り出せる。

図1 太陽光のスペクトルと、現行の3接合セルで吸収される光子エネルギーの領域

図1 太陽光のスペクトルと、現行の3接合セルで吸収される光子エネルギーの領域

上図には,各セルにおける光子エネルギーの最大利用効率を示す

図1に示すように、各材料のバンドギャップの関係から、GaAsで捕集できる光子のフラックスが小さい。この結果、原理的にはGaAsセルからの電流出力が他より小さくなり、タ ンデムセル全体の電流出力を決定してしまう。より高効率なタンデムセルを目指すためには、中間セルにGaAsよりも狭バンドギャップの材料を用いる必要がある。しかし、図2に示すように、狭 バンドギャップの材料はGeよりも格子定数が大きいため、エピタキシャル成長の最中に格子緩和を起こし、転位によるキャリア輸送特性の劣化を招く。このような材料上の制約を打破するためには、大 きく分けて3つのアプローチがある。(1) Geに格子整合しつつ狭バンドギャップをもつ新材料を探索する、(2) Geと上層セルとの格子整合を諦め、セ ルの特性を左右するpn接合の近傍以外に格子緩和層を導入してエピタキシャル成長を継続する、(3) エピタキシャル成長による積層を諦め、ウエハ貼り合わせ等のプロセス技術によりタンデムセルを作製する。

図2 III-Vタンデムセルに関係する化合物半導体の格子定数とバンドギャップの関係

図2 III-Vタンデムセルに関係する化合物半導体の格子定数とバンドギャップの関係

現在もっとも成功しているアプローチは(2)であるが、我々は(1)に注目し、エピタキシャル成長の高度化による効率向上を目指している。 結晶構造の他に、製造技術の観点からの検討も重要である。集 光下での利用を想定したIII-Vタンデム太陽電池であっても、年間1GWのモジュールを生産するためには、4 inch ウエハを年間2百万枚成長する必要がある。このような重要に対応するには、高 スループットの有機金属気相成長(MOVPE)を用いる必要がある。現状のMOVPE技術により大面積成長可能なのは、InGaAP系量子井戸である。したがって、我々は、M OVPEによるInGaAs/GaAsP歪み補償量子井戸の成長技術にフォーカスして研究開発を進めている。

3. InGaAs/GaAsP歪み補償量子井戸太陽電池

 格子定数の異なる結晶を臨界膜厚以下で積層し、面内方向の格子定数を揃えて積層方向の格子間隔を変調させる擬格子整合成長は、半導体レーザ等の光デバイスに古くから用いられてきた。各 層の歪みを層厚に関して加重平均した値をゼロに近づけると、格子緩和を回避し、転位を導入せずに多層の積層が可能になる。このような歪み補償量子井戸は、高 出力半導体レーザやカスケードレーザなど多数の量子井戸を必要とする光デバイスに不可欠なものとして研究が進められてきた。太陽電池への応用には、十分な光吸収を得るため、とくに多層(50層以上)の 積層が必要となるため、より精細な歪み制御を必要とする。

 InGaAs/GaAsP量子井戸により1。2 eVの吸収端を得るためには、各層10 nm程度の厚さとして、In、Pともに0。2程度の組成を必要とする。Geとの格子定数差は1%強になる。こ の程度であれば、入念な成長条件の調整により多層の量子井戸が成長可能である。図3は、試みに成長したIn0。16Ga0。84As (7。6 nm) /GaAs0。79P0。21 (11。6 nm) 100層の量子井戸である。タンデムセルに量子井戸を導入する際にはGaAsのpn接合中に挿入することになるので、ここではGaAs基板上に成長している。X線回折から、平均歪みは-21 ppmと計算されている。精緻な歪み補償を用いれば、100層成長しても転位はまったく観察されないことがわかる。

図3 MOVPEで作製したInGaAs/GaAsP歪み補償量子井戸の断面TEM像

図3 MOVPEで作製したInGaAs/GaAsP歪み補償量子井戸の断面TEM像

4. 高効率化への展望

 タンデムセルでは、結晶成長およびプロセス技術の制約のなかで接合数を増やすことにより効率向上が可能であるが、変換効率50%を超えることは難しい。この壁を超えるべく、い くつかの新原理に基づく太陽電池が提案されている。

(1) 中間バンドセル:

 バンドギャップの中央付近に孤立したエネルギー準位(中間準位)をつくり、バンド間遷移に加えて、伝導帯→中間準位→価電子帯という遷移を2つの光子で逐次的に行う。これにより、バ ンドギャップよりもはるかに低エネルギーの光子を、バンドギャップのエネルギーを持つ電子・正孔対にアップコンバージョンし、高変換効率を達成する。

(2) ホットキャリアセル:

 光吸収層の伝導帯端よりも一定値だけ大きなエネルギーを持つ電子を、エネルギーフィルタ層を通して電極に取り出す。透過帯域よりも大きなエネルギーをもつ電子は、過 剰なエネルギーを伝導帯端付近の低エネルギー電子に伝達する。このような散乱過程により、伝導帯にあるエネルギー分布を持つ電子すべてをエネルギーフィルタ層を通して取り出し、バ ンドギャップよりも大きな出力電圧を得ることで、バンド端への緩和によるエネルギー損失をなくし、高効率を達成する。

(3) マルチエキシトンセル:

 バンドギャップよりもはるかに大きなエネルギーの光子により発生した電子・正孔がバンド端に緩和する際に、インパクトイオン化により別の電子・正孔対を生成する。すなわち、エ ネルギー保存則の範囲で1光子から複数の電子・正孔対を形成することで、高効率を達成する。

 これらのセルは、キャリアの中間準位あるいは高エネルギー状態からの緩和が遅いことを利用している。したがって、離 散的なエネルギー準位を持ちフォノン散乱による緩和が起こりにくいとされるナノ粒子あるいは量子ドットの集合体により、これらの原理を実証するための研究が行われている。しかし、ナ ノ粒子の集合体に関しては粒子間のキャリア輸送に問題があり、キャリアの空間輸送に優れた量子ドットについてはドットのサイズと配列状態の制御が発展途上であるなど、超 高効率セルを実現するためのナノ構造形成に多くの努力が割かれているのが現状である。

5. むすび

 集光型の多接合セルを用いた大規模太陽光発電ステーションはすでに実用レベルに達しているが、その低コスト化の鍵を握る変換効率の向上には、非格子整合系の結晶成長、新材料や量子構造の導入、ウ エハ接合や基板剥離など、基礎的な研究開発が不可欠である。なかでもIII-V族化合物半導体の結晶成長技術は、変換効率や生産性向上の中心課題である。

 一段と高い効率を有する次世代セルに対する期待は大きいが、それを実現するための積層量子ドット構造形成技術の水準、さらに太陽電池に求められる生産性まで考慮したとき、本 稿で紹介した量子構造多接合セルが近い将来の高効率セルの本命となる可能性は高いと思われる。最後に、共同研究者の杉山正和、種村拓夫、肥後昭夫、渡辺健太郎、杉田憲一の各氏に深謝して本稿を結ぶ。


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