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光触媒との出会い

2010年 4月15日

藤嶋 昭

藤嶋 昭(ふじしま あきら):東京理科大学長
日本学術会議会員、中国工程院院士

昭和1942年3月東京で生まれ。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。神奈川大講師などを経て、1986年東大工学部教授。2003年東京大学大学院工学系研究科教授退官。2003年財団法人神奈川科学技術アカデミー理事長就任。2008年JST中国総合研究センター長兼任。2010年東京理科大学長就任。
主な著書:電気化学測定法(上、下)(1984年 技報堂)、光のはなし(1、2)(1986年 技報堂)、光クリーン革命 酸化チタン光触媒が活躍する(1997 シーエムシー)、図解光触媒のすべて(2003年、工業調査会)、くらべるシリーズ1(2004年 丸善)、光機能化学 光触媒を中心にして(2005年 昭晃堂)、ナノテクとエネルギー(2006年 丸善)、アサガオはいつ、花を開くのか?(2007年 神奈川新聞社)、絵でみる光触媒ビジネスのしくみ(2008年 日本能率協会マネジメントセンター)など多数。

受賞歴

  • 1975年 日本化学会進歩賞
  • 1983年 朝日賞
  • 1998年 光化学協会賞、
  • 1998年 井上春成賞
  • 1999年 電気化学会学会賞
  • 2000年 日本化学会賞
  • 2003年 第1回The Gerischer Award
  • 2003年 紫綬褒章
  • 2004年 日本国際賞
  • 2004年 日本学士院賞
  • 2004年 内閣総理大臣賞
  • 2005年 APA Award
  • 2006年 恩賜発明賞
図1ルチル単結晶 

図1ルチル単結晶

 光触媒の基本現象の発見からもう40年すぎた。1966年、東京大学大学院修士課程一年次生のとき、偶然にも酸化チタンのルチル単結晶に出会うことができた。図1はルチル単結晶の写真である。この結晶は、透明で硬くて屈折率が大きく、化学的に安定で、酸・アルカリに溶けない。ダイヤモンドに近い特性のため、装飾品としても用いられる。この結晶は、神戸のナカズミクリスタルが製造していたもので、中住社長に直接手紙を書いて、「結晶を使わせて欲しい」とお願いしたのが始まりであった。

図2.Nature(Fujishima, K.Honda,1972)に発表した水の光分解 

図2.Nature(Fujishima, K.Honda,1972)
に発表した水の光分解

 使わせていただくことができたこの結晶は、ベルヌーイ法で製造した単結晶で透明であるが、導電性が小さいため、私はこれを還元処理して導電性を上げたのち、単結晶の(001)面を切り出した。それを半導体電極として用い、対極として白金電極を使用して、図2のような閉回路をつくった。酸化チタンの表面に光を照射したところ、マイナス0.5ボルトから光の強さに比例して光電流が流れ始め、酸化チタン表面から酸素が発生した。光エネルギーがうまく吸収され、水を還元して酸素発生反応が起きた。葉の表面に太陽光が当たると、根から吸った水分を分解して葉の表面から酸素を出す、つまり光合成に近い反応が人工的に作り出せたことになる。白金側からは水素が発生した。このように、水を酸素と水素に分解することができた。

 1972年、指導教官の本多健一先生と連名でその結果を論文にまとめて『Nature』に出したところ、すぐに採択された。この論文の引用回数は図3に示すように最近著しく増加している。

 その翌年の1973年に第一次オイルショックが起こった。われわれの論文はとくにヨーロッパの方々により注目された。「日本人の論文によれば、水を原料にして、酸化チタン表面に光を当てると水から水素ガスという夢の燃料がとれる、石油がなくなっても大丈夫ではないか」とたいへん評価された。朝日新聞の科学部が取材に来て、元旦に朝日新聞の一面のトップ記事で紹介された。そのとき、この現象は朝日新聞によって「本多・藤嶋効果」と命名され、現在に至っている。

図3 引用回数の推移(Nature 238(1972)37-38)

図3 引用回数の推移(Nature 238(1972)37-38)

 太陽光を使って水から水素を取り出すことはできたが、残念ながら、太陽光に対するエネルギー変換効率は0.3%ほどにすぎなかった。そこで、なぜ効率よく水素が発生しないのかを考えた。水1モルは18グラム、そこには6×1023個の分子がある。しかし、酸化チタンが感じる太陽光の光子数は1平方メートル当たり1秒間に1019個しかない。1秒間では1平方メートルでも水1モルの分子の数よりも5桁も少ないわけである。つまり、1モル(18グラム)の水を分解して水素一モルをとるのに、1メートル四方の大きさの酸化チタンを用いても、105秒が必要である。このように太陽エネルギーの変換は難しいことを実感した。

 そこで「水を分解できるほどの強い力を用いて、微量でも問題になっているものを相手にした方がよいのではないか」と思い立った。何をターゲットにするか。やはり、快適な空間を作るためのもの、たとえば、大腸菌を殺す、徐々に生ずる油汚れを分解してきれいな表面をつくる、タバコのにおいをとる、など微量物質を相手にするのが最適ではないかと考えた。酸化チタンの表面に大腸菌が百万個(106個)あるとしても、光子1個に対して1個の大腸菌を殺すことができれば、百万個の光子があれば十分である。いま、酸化チタンが吸収できる太陽光の中には、1平方センチメートル当たりでも1秒間に1015個の光子もある。水から水素を発生させるケースに比べて、光子数は十分に多い。細菌などの光触媒反応による分解に用いることに方針を変えた。20年近く前、図4のようにまず殺菌効果を調べた。大腸菌、MRSA、緑膿菌を酸化チタンにコーティングしたタイルの上につけて蛍光灯の光をあてた。すると、すべての菌が死滅した。微量のものを相手にすれば、すぐに応用できそうであることが分かり、光触媒の環境問題への応用としての研究を始めた。

図4 光触媒タイルでのバクテリアなどの分解実験/図5 超親水性効果の反応機構

図4 光触媒タイルでのバクテリアなどの分解実験/図5 超親水性効果の反応機構

 いまから15年ほど前に、鏡のガラス上に酸化チタンをコーティングしたところ、鏡が曇らない現象を見つけることもできた。最初は、目に見えない油汚れがなくなったことによって曇らなくなったのではないかと思ったが、しかし、その反応機構は、強い酸化力ではなく、もう一つの新しい機構が酸化チタン表面にあることが分った。それは、強い光をあてると表面の酸素が一部とれて、そこに水が吸着しやすくなり、水に馴染みやすい、水滴がフラットになるような表面になるということである。これも1997年に『Nature』に発表した。この超親水性という反応機構については図5に示している。

 建物の外装が汚れなくなるセルフクリーニングは、酸化分解反応による汚れや病原菌の分解とともに、超親水化効果による水膜の形成と洗浄効果を利用している。その方式は図6に示している。

図6 光触媒によるセルフクリーニング

図6 光触媒によるセルフクリーニング

 横浜みなとみらいのMMタワーズの表面に貼ってあるタイルすべてに、透明な酸化チタンがコーティングされており、晴天時の日光と雨天時の雨水によって汚れを分解・洗浄して、メンテナンスを必要とせず、汚れない建物になっている(図7)。また、いろいろな建築業者が光触媒タイルを使った建物を販売している。たとえば、パナホーム(株)は年間で光触媒付タイルを使う家を約8000棟建てており、非常に評判が良いということである。また、2005年、2月にオープンした中部国際空港の2万平米あるガラスすべてに光触媒がコーティングされている(図8)。つい最近では、関東地方では、田園都市線、東横線の駅でもホームに光触媒付テントを用いている。外装材としての応用はますます広がっている。

図7 横浜みなとみらい21MMタワーズ/図8 光触媒付ガラスの中部国際空港

図7 横浜みなとみらい21MMタワーズ/図8 光触媒付ガラスの中部国際空港

 もう一つ、この超親水性効果は、自動車のサイドミラーにも使用されている。このとき、酸化チタンだけをコーティングすればよいかという問題があった。酸化チタン表面に水が平らにつくという状況は不安定なので、暗いところに置くと、また本来の酸化チタンの表面状態に戻ってしまう。数日間、たとえばガレージに入れておいてもこの超親水性の状況を保つためにはどうすればよいのかを考えた。思いついたのはシリカと酸化チタンを同時にコーティングする技術であった。シリカは水を蓄えやすいので、酸化チタンと同時にコーティングすると相乗効果が得られる。この超親水効果の発明で、2006年6月19日に恩賜発明賞をいただくことができた。

 現在、光触媒は主に4つの領域に応用されている。つまり空気浄化、セルフクリーニング、水浄化、そして抗菌・殺菌である。その光触媒製品の実用化例を表に示す。

表1

 最も応用が進んでいるのが、セルフクリーング作用の外装建材への応用である。空気浄化への応用が展開しつつある。2007年から営業運転を開始した東海道新幹線の新型車両N700系に、光触媒技術を応用した脱臭装置が喫煙デッキに設置されたことも大きなインパクトを与えた。その天井に、光触媒式空気清浄機が設置され、タバコ臭に含まれるアセトアルデヒドやアンモニアなどは光触媒によって分解され、客席に到達しないようになっている。また、光触媒系と電解系とのハイブリットによる水処理の分野でも活躍ができる。水汚染が重要な問題になっている。特に中国での工場排水問題は深刻であることはしばしば、報道されている。我々は北京の中国科学院の研究所や南京の東南大学の教授達と共同で、光触媒系を用いた水浄化の課題に取り組んでいる。光触媒系にさらにダイヤモンド電極系を付加して用いたハイブリット系を組み、しかもこれらを作動させる電力源として太陽電池を用いる自律型水処理システムを開発している。この装置は光触媒コーティングしたガラス繊維を回転筒に充填し、その中を排水が循環する構造である。導電性ダイヤモンド電極による電気分解は、高濃度の難分解性化合物も迅速に分解できるため、浄化対象となる廃水をある程度処理したのちに、光触媒反応によって完全に分解することができる。

 そのほか、私がいる神奈川サイエンスパークの光触媒重点研究室では光触媒によるガン治療の研究も行っている。つまり、酸化チタン上のガン細胞が光を当てると殺されるという研究である。これらの研究成果および光触媒の製品をすべて神奈川科学技術アカデミーにある光触媒ミュージアムに展示している。光触媒という言葉は、近年テレビ、新聞・雑誌のほか、中学校や高校の教科書にも登場するようになり、だんだんと一般にも知られるようになってきた。また、今年開催する上海万博の日本館では、光触媒による放熱・浄化作用を利用する最先端技術が利用されている。

 最近、地球温暖化対策の国際的枠組みの構築が求められる中、鳩山首相は昨年の気候変動サミットでの演説で日本は2020年までに1990年比25%の温室効果ガス削減の中期目標を「国際公約」として表明した。これは、オバマ大統領の環境エネルギー政策への取組みへの強い決意と呼応するものである。日米両国が世界的な地球温暖化の脅威が深刻かつ切迫していることを共通認識とし、科学技術の総力をあげてこの人類の直面する未曾有の危機に立ち向かうことに対して強いイニシアチブを発揮しようとしている。酸化チタン光触媒の研究は再び脚光を浴び、産業への応用に追い風になり、一段と注目されている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は「光触媒高機能住宅用部材プロジェクト」につづいて、「省エネ循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト~国際競争力のある光触媒新産業の育成」をスタートさせた。酸化チタン光触媒技術を国際競争力のある産業に育成する狙いだ。いままで、酸化チタン光触媒は波長の400nm以下の近紫外光しか応答しないので、紫外光が微弱な室内では光触媒効果が十分発揮できなかった。しかし、2009年NEDOは従来の10倍以上の活性を持つ可視光(波長領域:400nmから800nm程度の光)型光触媒の開発・量産化に成功した。新しい光触媒は、酸化タングステンに銅イオンを添加して製造された。酸化タングステンから銅イオンへ電子が移動し、銅イオンが電子を貯蔵して効率的な還元反応を行うと考えられる。高性能な可視光型光触媒は、室内において、空気浄化・防汚・抗菌・抗ウイルス等の機能を発揮でき、さらなる実用化への拡大が期待される。近年、住宅外装材、内装材、道路関連、車両関連、医療関連、電気製品、生活用品など多様な分野で製品開発が進み、日本国内のみならず、海外にも市場が広がりつつある(図9)。光触媒の市場は世界で年間1,000億円になっている。光触媒の可視光化が実現されると3兆円規模の市場になる可能性があるとNEDOが予想している。

図9 光触媒市場動向 出典:光触媒工業会資料2008年度

図9 光触媒市場動向 出典:光触媒工業会資料2008年度

 酸化チタン技術を利用する製品が増えるにつれ、まがい物が出ていることは問題となっている。たとえば、造花の葉の上に酸化チタンをコーティングすれば、部屋の空気中のタバコの匂いが取れるというふれこみの造花がたくさん出ている。ほとんどがまがい物である。それを防ぐため、経済産業省が主体となって光触媒製品性能評価試験方法についてJIS標準化つくりが2002年度から開始され、わたくしがJIS規格を決める委員会の委員長になり、2008年末までにJIS標準化を完了させた。同時に、JIS規格のISO標準化が進められ逐次制定されつつある。

 また、光触媒市場の拡大に伴い特許出願数も年々増えている。光触媒技術は日本で発見され主に日本で製品化が進んだことから、日本のオリジナル技術として、光触媒市場および特許申請は国内が大半を占めている。特許庁から出された光触媒の特許出願数の推移は図10に示している。この推移グラフから超親水性が発見された1994年から出願件数が急増し1999年には国内で1000件を越える出願件数に達している。2001年までは日本への出願件数が90%以上占めていたが、2002年以降は海外への出願件数が増加している傾向にある。

図10 光触媒に関する特許出願推移

図10 光触媒に関する特許出願推移 出典:特許庁 特許出願技術動向調査報告書(光触媒)

 二十一世紀は環境の時代と言われている。光触媒の大きな特徴は主なエネルギー源として太陽光や雨を利用することで、環境に負荷をかけないということである。また、高性能な可視光型光触媒の開発の成功に伴い、光触媒への関心がますます高まっている。酸化分解力によって大気汚染物の分解除去・無害化や室内空気中の揮発性有機化合物(VOC)や悪臭の分解除去、感染症パンデミックの防止など日本国内だけではなく、広く世界的に光触媒技術の利用拡大に大いに期待している。


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