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ヒトがん免疫研究と免疫療法開発

2010年 6月21日

河上裕

河上 裕(かわかみ ゆたか):
慶應義塾大学医学部先端医科学研究所 所長

1956年1月生まれ。
1980年慶應義塾大学医学部卒業
1984年慶應義塾大学医学部内科(血液)助手
1985年南フロリダ大学免疫学教室
1987年米国NIH国立がん研究所(NCI)外科
1989年カリフォルニア工科大学生物学教室
1990年米国NIH-NCI外科 Visiting Scientist
1997年慶應義塾大学医学部先端医科学研究所細胞情報研究部門 教授
2005年慶應義塾大学医学部先端医科学研究所 所長
研究テーマは、ヒト疾患(がん、自己免疫、移植、感染症)の免疫病態の解明と免疫制御法の開発

はじめに

 がんに対する免疫療法は外科手術、化学療法、放射線治療という3大標準治療に次ぐ治療として、長年期待されているが、マウスなど異種動物への免疫で作製されたモノクローナル抗体治療以外の免疫療法はまだ十分に確立されていない。異物に対する生体防御機構として発達してきた免疫機構は、自分の体を攻撃しないが(免疫寛容、Immunological tolerance)が、遺伝子異常の蓄積により自己細胞から発生したがん細胞を攻撃排除できるのであろうか。特に、臨床で診断されたがんは、すでに長い年月を経て免疫防御をすり抜けて(tumor escape)増殖してきたわけで、そんながんに対して免疫療法の効果が期待できるのか。当然このような疑問が湧く。しかし、近年、ヒトがん細胞は、質的・量的に正常でない分子をも発現しており、条件さえ整えば、T細胞などの自己の免疫細胞が認識攻撃できることが明らかになり、実際、悪性黒色腫では、進行がんに対しても劇的な抗腫瘍効果が得られる、培養T細胞を投与する養子免疫療法も報告されている。ただし、がんワクチンなど、患者体内での抗腫瘍免疫の誘能を必要とする能動免疫療法では、十分な効果が得られておらず、さらなるヒトがん免疫応答の解明とその制御法の開発が期待されている。免疫療法を科学的に開発するためには、1) 自己がん細胞に対する免疫応答の解明、2) ヒト腫瘍抗原の同定、3) 強力な免疫制御法の開発、4) 腫瘍エスケープ機構の解明と克服法の開発、5) 臨床試験の実施評価などの基本課題を解決していく必要がある。特に腫瘍抗原の同定は、単に免疫療法の標的として利用できるだけでなく、体内の抗腫瘍免疫応答を測定できるようになり、免疫療法の問題点を明確にすることが可能になる点で重要である。本稿では、我々が取り組んでいる、がん免疫ネットワークの総合的制御による効果的ながん免疫療法の開発について紹介する。

抗腫瘍免疫ネットワークの総合的制御

 我々は 各種免疫療法の臨床試験の解析結果から、効果的な免疫療法の開発のためには、抗腫瘍免疫ネットワークの総合的制御が必要であることを提言してきた。そのためには、1) 症例毎に異なる適切な内在性腫瘍抗原を、免疫誘導が起こりやすい形で放出させる自己腫瘍破壊法の開発、2) がん細胞の増殖や生存に関わるために抗原消失を起こしにくい腫瘍抗原や、がん再発の原因になるがん幹細胞(がん始原細胞)に発現する腫瘍抗原の同定、3) 生体内樹状細胞に腫瘍抗原を標的化し、効果的に腫瘍抗原を取り込ませ、T細胞に効率的に腫瘍抗原提示させる方法の開発、T細胞の活性化のために樹状細胞を成熟活性化させるアジュバントやサイトカインの開発、4) CD8+細胞傷害性T細胞(CTL)、NK細胞、NKT細胞、gdT細胞、マクロファージなどの抗腫瘍エフェクター細胞の増殖活性化を促進するサイトカインや刺激分子の同定と適切な生体内増殖法の開発、5) 抗腫瘍エフェクターや樹状細胞の成熟を促進するヘルパーT細胞サブセットの解明と適切な生体内増殖活性化法の開発、6) がん組織、センチネルリンパ節、骨髄などのがん関連微小環境における免疫抑制機構の解明と制御法の開発 (図)などの、個々の要素技術を開発改良して、総合的に用いることが重要である。

図

図1総合的制御な抗腫瘍免疫ネットワーク制御のために重要な改良ポイント

効果的ながん免疫療法の開発のためには、1) 生体内腫瘍破壊法の開発、
2) ヒト腫瘍抗原の同定、3)樹状細胞の抗原取り込み・プロセシング・成熟化法の開発、
4) 抗腫瘍エフェクター細胞やヘルパーT細胞の増殖活性化の開発、
5) 免疫抑制環境の制御法の開発が\重要である。

内在性腫瘍抗原に対する免疫誘導を可能にする生体内腫瘍破壊法の開発

 腫瘍抗原ワクチンの臨床試験で腫瘍縮小を認めた症例の解析から、免疫した抗原に対するT細胞ががん細胞を排除しているとは限らず、実際は複数の内在性腫瘍抗原に対するT細胞が誘導されて(抗原スプレッデイング)、腫瘍が拒絶される場合があることが分かっている。遺伝子変異に由来する自己腫瘍特異な固有抗原や、免疫原性が高い共通抗原などの症例毎に異なる腫瘍抗原に対して、免疫応答が起こりやすいように適切に腫瘍を生体内で破壊する方法の開発が重要である。生体内腫瘍破壊法としては、放射線照射・凍結融解法や熱凝固法・光線力学的方法などの物理的手段による破壊、化学療法剤・抗腫瘍抗体・オンコウイルスなどによる破壊が試みられている。それぞれ特徴をもつが、アンソラサイクリン系の化学療法剤は腫瘍破壊時にカルレクチンのがん細胞膜への移動を起こし、その受容体をもつ樹状細胞による腫瘍抗原の取り込みを促進することにより、免疫誘導作用が強いとの興味深い報告もある。我々は、マウス腫瘍モデルと一部臨床試験で、凍結融解法、単純ヘルペスウイルス(HSV)、光線力学療法などを用いた腫瘍前処置による内在性腫瘍抗原に対する免疫誘導増強作用を検討し、その効果を確認している。今後、どの方法が最もよいかを検討する必要がある。

がん幹細胞に発現し、がん細胞の増殖生存に関与するヒト腫瘍抗原の同定

 化学療法抵抗性でがん再発の原因になると考えられているがん幹細胞に対して、免疫療法が期待され、がん幹細胞発現抗原としてSOX2抗原などが報告され、一部臨床試験が開始されている。我々も、ヒト脳腫瘍幹細胞に発現するSOX6抗原や悪性黒色腫幹細胞に発現し、その増殖に関与する共通変異BRAF抗原を見いだし、臨床応用の可能性を検討している。しかし、同時に我々は、培養T細胞を用いた免疫療法で完全寛解になった後で、3年毎に再発する症例を経験しており、がん幹細胞は、化学療法と同じように免疫療法にも抵抗性である症例もある可能性を考え、その抵抗性機序の解明に取り組んでいる。

樹状細胞の抗原処理提示能とT細胞活性化能を増強する方法の開発

 抗腫瘍T細胞を活性化させる専門的抗原提示細胞である樹状細胞における、腫瘍抗原の取り込み・処理・提示を増強する方法が開発されている。Fc受容体などの樹状細胞に発現する分子に腫瘍抗原を標的化する技術はマウスモデルで検討されており、樹状細胞の抗原プロセスを増強する方法として、熱ショックタンパク質(Hsp)や各種ナノビーズなどの応用が試みられている。樹状細胞を成熟活性化しT細胞活性化能を増強する方法として、CD40アゴニストや、Toll 様受容体(TLR)などの危険センサーを刺激する天然や人工の分子(アジュバント)が探索検討されている。我々も新規BCG-CWS製剤やHSVタンパク質のアジュバントとしての可能性を検討している。

抗腫瘍エフェクター細胞やヘルパーT細胞を生体内で増殖する方法の開発

 抗腫瘍キラー細胞やヘルパーT細胞を生体内で増殖活性化する方法として、IL2, IL15, IL21などのT細胞増殖性サイトカイン、T細胞上の副刺激分子に対する刺激抗体などが検討されている。ヘルパーT細胞では、抗腫瘍応答に適切なTh1やTh17などのヘルパーT細胞サブセットの誘導が重要である。培養T細胞を投与する養子免疫療法では、進行がんに対しても劇的な抗腫瘍効果が認められる場合があるが、さらなる改良として、投与後に生体内での増殖能が高いT細胞の調製として、短期間培養、T細胞受容体遺伝子導入、IL2遺伝子導入、セントラルメモリー・ナイーブタイプT細胞の使用などが研究されている。また、投与したT細胞が生体内で強く増殖し強力な抗腫瘍効果を発揮できる生体内環境の整備法として、リンパ球抑制薬剤(cyclophosphamideやfludarabine)や全身性放射線照射などの生体前処置により免疫細胞を減少させておくと、IL7やIL15の産生が関与した恒常的増殖機構が作動して、投与T細胞の長期生体内増殖生存が可能なこと、腫瘍抗原による能動免疫やIL2などのT細胞増殖性サイトカインの併用がよいことなどが分かっており、さらなる改良が試みられている。

 最近の培養抗腫瘍T細胞を用いた養子免疫療法では、多発転移巣をもつ進行悪性黒色腫に対しても、RECIST基準で、長期生存の期待できるCR例を含む72%の奏効率が得られ、さらに、抗腫瘍T細胞から単離したがん細胞認識T細胞受容体遺伝子をレトロウイルスベクターで末梢血リンパ球に安定導入して作製した人工的な抗腫瘍T細胞を用いた養子免疫療法も開発され、悪性黒色腫だけでなく滑膜肉腫に対しても強力な抗腫瘍効果が得られることが報告され、肺癌などの主要ながん種に対する治療の可能が大変期待されている。

がん関連組織における免疫抑制環境の制御法の開発

 がん細胞は腫瘍抗原やHLAなど抗原提示に関わる分子の異常など、様々な原因により免疫抵抗性を獲得するだけでなく、TGF-bなどの多様な免疫抑制分子の産生や、制御性T細胞, 寛容性樹状細胞、骨髄由来免疫抑制細胞などの様々な免疫抑制性細胞を誘導して、抗腫瘍免疫応答に重要な組織である、がん組織、センチネルリンパ節、骨髄などのがん関連微小環境において、免疫抑制環境を構築し、抗腫瘍免疫応答を誘導相と効果相の両方で妨げ、特にがんワクチンなどの能動免疫法の効果を下げている。免疫抑制環境の制御法として、TGF-bや制御性T細胞やPD-L1/PD-1やIDOなどの除去や阻害が試みられているが、多様な免疫抑制機構が存在する中で、単独の免疫抑制因子の除去だけで抗腫瘍免疫を十分に増強できるかは疑問である。我々は がん細胞の存在を起点として起こる免疫抑制カスケードの上流での遮断を試みている。がん細胞における、MAPK, STAT3, NF-kB, b-catenin, Snailなどの遺伝子異常による恒常的シグナル活性化を、阻害剤などの分子標的薬で抑制することにより、複数の免疫抑制分子や免疫抑制性細胞の産生誘導を同時に抑制することができることを明らかにした。また、STAT3阻害は、がん細胞からの免疫抑制分子の産生を低下させるだけでなく、樹状細胞やマクロファージなど免疫細胞にも作用して免疫増強活性を上げることが明らかになり、シグナル阻害剤による免疫抑制環境の改善や免疫増強作用が期待できる。いわゆる分子標的薬ではなく、一般的な化学療法剤の中にも、Gemcitabineのように免疫抑制作用が比較的弱く、むしろ抗腫瘍免疫増強作用が期待されている薬剤もあり、我々は、様々な低分子化合物を併用した免疫療法の臨床試験を計画している。

おわりに

 現在の免疫療法は一部のがんと免疫療法を除いては、まだ確立されておらず。上記改良ポイントのさらなる研究による総合的な抗腫瘍免疫ネットワークの制御による免疫療法の改善が期待される。そのためには、基礎研究と臨床試験をサイクル的に繰り返して発展させるtranslational studyが重要である。

主要参考文献:

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