第45号:悪性腫瘍および治療法に関する研究
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中国における臨床遺伝子治療の現状及び展望

2010年 6月25日

肖紹文

肖紹文(Xiao Shaowen):北京大学臨床腫瘍学院 副主任医師

1969年生まれ。1992年、蘇州大学放射線医学専攻科卒業、学士学位取得。2007年、北京大学医学部を卒業し、腫瘍学博士学位取得。現在、北京大学臨床腫瘍学院放射線療法科副主任医師、副教授、北京大学医学部労働組合宣伝委員、中華放射線腫瘍学会温熱療法専攻科委員会委員兼秘書、『中国医薬導報』、『癌症』、『山東医薬』、『基礎医学論壇』等雑誌の編集委員または特別招待編集委員を務める。1992年より、腫瘍の科学研究、臨床業務に従事し、1998年以降、一貫して遺伝子治療と放射線療法、温熱療法の併用による腫瘍治療の基礎及び臨床研究業務に従事。主要研究員として、国家自然科学基金テーマ、国家973プロジェクト、北京市衛生局科学研究基金等を含む、遺伝子治療に関連した多数の科学研究テーマの研究、及び我が国のⅠ類新薬組換えヒトp53アデノウイルス注射液による頭頸部扁平上皮癌のⅡ~Ⅳ期臨床研究に従事し、p53遺伝子の作用メカニズム、外来p53遺伝子の複製、純化、伝染、発現及び各種の腫瘍に対する作用について、深く掘り下げた理解を有し、この10年来、関連論文10編余り、遺伝子治療及び放射線療法に関する章節の編集または翻訳に参加した著作4冊を発表した。

共著者:張珊文

1.中国における遺伝子治療臨床研究の現状

 遺伝子治療とはヒトの正常な遺伝子または治療作用のある遺伝子を、一定の方式を通じて人体の標的細胞に導入することにより、遺伝子の欠陥を矯正し、あるいは治療作用を発揮し、それによって疾患の治療という目的を達成する生物医学の新技術を指す。作用する標的細胞の違いにより、遺伝子治療は体細胞遺伝子治療、生殖細胞遺伝子治療、幹細胞誘導遺伝子治療等に分けることができ、遺伝子治療の方法の相違により、体内遺伝子療法と体外遺伝子療法に分けることができる。現在、遺伝子治療は主に、人類の健康にとって深刻な脅威となっている疾患―遺伝病(例えば、血友病)、悪性腫瘍、心血管系疾患、感染性疾患(例えば、エイズ)などを対象にしている。

 1943年に科学者たちが、遺伝物質がDNAであることを実証して以来、遺伝子の研究は一貫して人々の関心の的となってきた。1990年、アメリカNIHのFrench Anderson博士は世界で初の本当の意味での遺伝子治療臨床試験をスタートし、ADA(アデノシンデアミナーゼ)遺伝子を用いて、ADA遺伝子の欠損により重篤な免疫不全(severe combined immunodeficiency, SCID)に陥っていた一人の4歳の女児を治療し、初歩的な成功を収めた。その後、世界各国で遺伝子治療の研究ブームが巻き起こった。2000年、フランス・パリのネッケル(Necker)小児病院は遺伝子治療を利用して、免疫不全のある数人の嬰児に正常な免疫機能を回復させた。この結果は、遺伝子治療の深く掘り下げた展開をさらに促した。

 今日、遺伝子治療の応用範囲はすでに相当広く、単一遺伝子病、腫瘍、心血管系疾患、感染性疾患などに及んでおり、そのうち腫瘍治療に的をしぼった試験は2/3以上を占めている。2007年初めまでに、世界の遺伝子治療臨床試験ですでに認可を取得したものは1192件に上り、うち認可済みのⅢ/Ⅳ期臨床研究事案は26件あったが、中国の「Gendicine」はその中の一つであり、他の25件はすべてアメリカの製品を中心として世界中で展開していたものである。中国は世界でも比較的早期に遺伝子治療の基礎研究と臨床試験を展開した国であり、早くも70年代には、中国医学科学院の呉旻院士が、遺伝子を用いて遺伝性疾患を予防・治療することを提起していた。わが国の遺伝子治療臨床試験は基本的に世界と同時に進んでおり、1991年に中国は初めてB型血友病の遺伝子治療臨床試験を行った。その後、中国はさまざまな重大疾患について遺伝子治療の基礎研究と臨床試験を展開し、「第9次5か年計画」及び「第10次5か年計画」期間中は、国家863、973、国家自然科学基金などが持続的かつ強力に、遺伝子治療基礎研究及び臨床試験に対する資金援助を行った。20年近くにわたる発展を経て、中国の遺伝子治療の基礎・臨床研究はともに目覚しい進展を遂げた。

 現在、中国の認可を経て臨床試験を開始している遺伝子治療プロジェクトは20件近くあり、また10件余りのプロジェクトがまもなく臨床試験に入ろうとしている。2004年3月、中国SFDAは世界初の抗腫瘍遺伝子治療薬―Gendicine(深圳賽百諾基因公司製)の販売を正式に認可した。大まかな統計によれば、2010年5月現在、国内外で「Gendicine」を採用して治療を行った腫瘍患者は、外国籍患者3000人余りを含め、20000人以上に上っている。

2.中国における腫瘍遺伝子治療臨床研究の現状

 遺伝子治療の展開は間違いなく、人類のさまざまな悪性及び難治性疾患、特に悪性腫瘍に対して治療の可能性と治癒の希望をもたらしてきた。

 腫瘍の遺伝子治療において、採用する方法には多くの種類があり、腫瘍細胞自体にねらいを定めたものも、腫瘍新生血管にねらいを定めたものもあり、さらには免疫機能にねらいを定めたものもある。すべての遺伝子治療研究の中で、癌抑制遺伝子は研究の重点の一つであり、また癌抑制遺伝子のうち、p53遺伝子はさらに重点の中の重点である。P53遺伝子は人類の腫瘍の中で突然変異率が最も高く、平均50~60%に達し、しかも腫瘍細胞の成長及びアポトーシスと明らかに関わっていることがすでに証明され[1,2]、癌治療の論理ターゲットとなる可能性があることから、p53遺伝子はスタートからすでに、人々が遺伝子治療を行うにあたり第一に選択する遺伝子となっている。

 現在、p53遺伝子治療にはその主な方策として、正常な野生型p53遺伝子を代替として、突然変異型p53遺伝子の発現を遮断する等の方法がある。

 臨床面では、野生型p53遺伝子による代替療法が最も多く見られる。現在、p53遺伝子治療が採用している方法は比較的多く、主なものとして腫瘍内注射、腹腔灌流、肝動脈挿管灌流等があり、静脈注入も部分的に採用されている。使用している遺伝子キャリアの約70%はウイルスキャリアで、中でも逆転写ウイルスとアデノウイルスが最も多く見られる。

 外国、例えば、アメリカ、ドイツ、イギリス等の国々では、腫瘍のp53遺伝子治療のほとんどがⅡ/Ⅲ期臨床研究に入り、多くは一部の晩期の患者の治療に用いられており、その結果は人々を鼓舞している。例えば、Rothら[3]は96年、気管支下で野生型p53の組換え逆転写ウイルス懸濁液を直接注射する方法を採用し、通常治療に失敗した9例の非小細胞肺癌患者を治療し、治療後は3例の腫瘍の体積が明らかに縮小し、3例の腫瘍が成長を停止した。その後、さらに試験規模を28病例まで拡大し、評価可能な25例のうち、8%が部分的に緩解し、64%の病状が安定し、28%だけが無効であった。Claymenら[4]は98年、難治性の局所再発または局所リンパ節転移の頭頸部扁平上皮癌患者33例を選び、p53ウイルス懸濁液の腫瘍内注射(手術併用または非併用)をたびたび採用し、結果は評価可能な17例中、2例で腫瘍が50%縮小し、6例の腫瘍が3~5か月間安定し、9例が進行したが、ただし、この進行した9例のうち1例の切除標本は病理反応を示していた。

 単独に晩期腫瘍に用いる治療のほか、p53遺伝子がさらに人々から有望だと見られているのは、それが放射線・化学療法と併用されて、腫瘍細胞の放射線・化学療法に対する感受性を高めることができるということである。アメリカでは、すでにp53遺伝子治療のⅡ期臨床試験を完了し、その結果、p53遺伝子は腫瘍の放射線化学療法による治療効果を約4倍に高め得ることを証明した。残念なのは、アメリカ・テキサス州のIntrogen社が「Gendicine」のアメリカバージョンAdvexinについて、10年の長きにわたり、多くの種類の癌の臨床実験を行った挙句、ずっとアメリカの新薬証書が取れなかったために、2008年、破産保護の申請を発表してしまったことである。

 腫瘍の遺伝子治療臨床研究の面で、中国はすでに世界のトップを走っている。中国のp53遺伝子についての臨床研究はおおよそ2つの段階に分けることができる。1998年~2003年が第1段階で、この段階は研究・模索段階であり、北京腫瘍医院、北京同仁医院、医学科学院腫瘍医院、福建省腫瘍医院の4つの病院だけが参加し、北京腫瘍医院がリーダー機関であった。2004年の「Gendicine」発売後は、普及段階であり、当時、全国で20軒近くの3級甲等病院(訳注:市衛生局や国衛生部直轄で、一定の医療環境基準を満たす病院)が頭頸部腫瘍のⅣ期臨床研究に参加し、北京腫瘍医院がやはりリーダー機関であった。現在、大まかな統計によれば、全国で300軒近くの病院がp53遺伝子治療プロジェクトを展開している。

 十数年来、中国はほとんどすべての充実性腫瘍の遺伝子治療の面で素晴らしい業績を収めてきており、とくに一部の難治性腫瘍の治療面における成果はさらに喜ばしいものである。この方面では、北京腫瘍医院の研究が最も深く高度である。2003年には、張珊文ら[5]が、北京腫瘍医院が組換えアデノウイルスp53遺伝子薬(SBN-1、のちにGendicineと命名)と放射線療法を併用して鼻咽頭癌を治療したⅡ期臨床試験の結果を報告したが、それによると、p53遺伝子は鼻咽頭癌の放射線治療の効果を約2.7倍に高めることができた。その後、張珊文をリーダーとする研究チームは、頭頸部扁平上皮癌、甲状腺癌、肝癌、肺癌、乳癌、胃癌、膵臓癌、軟部組織肉腫、子宮頸癌、卵巣癌、膀胱癌、前立腺癌、悪性胸腹水等について、それぞれ深く掘り下げた研究を行ったが、その結果はいずれも驚喜すべきものであった。例えば、「Gendicine」と局所放射線療法の併用によって治療した膵臓癌11例では、中位生存期間が14.7か月であり、うち膵臓癌の肝転移(単発巣)患者の原発巣1例がp53遺伝子の腫瘍内注射と局所放射線療法によって消失し、肝転移巣は放射線療法によって明らかに縮小し、現在すでに46か月生存しており、今日の通常の治療プランよりもはるかに優れている。また例えば、直視下での子宮頸癌内へのp53遺伝子薬(Gendicine)の注射と放射線療法を採用して進行期子宮頸癌を治療した25例は、結果的に5年生存率が85%となり、同期の通常治療の55%(内部資料、未発表)よりはるかに高かった。肖紹文[6]らの2007年の報告では、Gendicineと放射線療法を併用して晩期軟部組織肉腫を治療した13例は、結果としてCR15.4%、PR30.8%、SD53.8%であった。7例のSD患者においては、止痛、局所症状軽減という目的も達成した。1年生存率は61.5%、2年生存率は23.1%で、SD>6か月は4例、実質的臨床有効率(CR+PR+SD>6か月)は77%(10/13)であった。2007年、張珊文らはGendicineと温熱療法の併用によって晩期腫瘍患者を治療した50例の臨床観察資料を総括したが、その結果によると有効率は52.1%に達していた。2009年に張珊文らは再び、アメリカの『JOURNAL OF CLINICAL ONCOLOGY』において、組換えヒトp53アデノウイルス注射液(Gendicine)と放射線療法を併用して鼻咽頭癌を治療した5年間の追跡調査結果を報告したが、それによると、Gendicineと放射線療法を併用(GTRT)したグループの局所制御失敗率が4.4%であるのに対し、単純放射線療法(RT)グループは39.7%で、局所再発率は約10倍下がった。GTRTグループの5年総生存率は、RTグループよりも13.1%高く(p<0.01)、GTRTグループの5年無病生存率はRTグループよりも28.7%高くなっている(p<0.01)。

 北京腫瘍医院のほかにも、中国内地の多くの病院がp53遺伝子治療の臨床研究を展開し、比較的良好な治療効果を上げてきた。北京同仁医院の韓徳明らは、98年、組換えアデノウイルスp53遺伝子薬(SBN‐1)と手術を併用して12例の晩期喉頭癌患者を治療し、その結果、SBN-1が安全無害であることを証明した。2003年の追跡調査の結果から、12例の患者は3年間再発がなく(一般に、中・晩期喉頭癌の術後1年以内の再発率は30%前後)、うち1例はこの時の治療までに5回の手術を受け(平均して9か月に1回再発)、6回目の手術後に遺伝子治療を受け、その結果、当時に至るまで再発のないことがわかった[8]。同病院の暁東ら[9]は、組換えヒトp53アデノウイルス注射液を採用して42例の晩期悪性腫瘍を治療し、患者を2グループ―Gendicine単独使用グループ15例、Gendicine・放射線化学療法併用グループ27例に分けた。その結果、Gendicine単独使用グループの臨床有益率は66.7%、Gendicine・放射線化学療法併用グループの臨床有益率は70.3%で、全体的臨床有益率は69.4%(29/42)であった。治療後、大部分の患者は病状が安定し、自覚症状が寛解し、精神状態が好転した。

 北京海淀医院の李定鋼らは、2004年5月、同病院に遺伝子治療センターを設立し、2007年6月までに、Gendicineと化学療法、温熱療法などさまざまな治療手段との併用治療を臨床応用して、アメリカ、カナダ、イタリア等を含む世界40か国近くから来た268例の各タイプの充実腫瘍患者を共同で治療した。うち大多数は晩期難治性患者であったが、結果は、一部の患者にかなり良好な治療効果が見られ、大部分の患者も止痛、局所症状軽減の目的を達した。

 福建省腫瘍医院の潘建基らは、2001年から、Gendicineと放射線療法の併用による鼻咽頭癌治療のⅡ期臨床研究及びその後のⅣ期研究に参加し、10年近くにわたり、頭頸部腫瘍の遺伝子治療・放射線治療併用の面で多くの研究を行い、p53遺伝子が放射線療法の治療効果を著しく高めることができることを実証した[7,10]。

 四川大学華西医院の官泳松らは、2005年から、Gendicineによる肺癌及び肝癌への治療介入を試験的に開始し、比較的良好な結果を得てきた。2007年10月のヨーロッパ遺伝子治療学会第15回年会での報告によれば、Gendicineと化学療法の併用により、気管支動脈を通じて晩期肺癌への治療介入を行ったところ、有効率は46.7%で、93.3%の患者に臨床症状の緩解が見られた。同時に、官泳松らの報告によれば、Gendicineの局所注射と化学療法を併用し、肝動脈を通じて晩期肝癌への治療介入を行った結果、単純化学療法の治療介入に比べ、併用治療では有効率が16.4%向上し、1年生存率が19.3%高くなった。

 2007年、江蘇省腫瘍医院の陳世晞ら[11]は次のように報告した――Gendicineと化学療法の併用介入により晩期原発性肝癌30例を治療し、ランダムに治療グループ14例、対照グループ16例の2グループに分けた。治療グループの1回当たりの投薬量は1X1012VP+OPT20mg、毎週1回、3週間連用を1クールとし、うち12例は3クール以上の治療を受けた。対照グループはOPT20mg灌流、毎週1回、3週間連用を1クールとし、うち11例は3クールの治療を受けた。その結果、治療グループの有効率(CR+PR)は69.5%、対照グループは50.2%であった。治療グループの平均生存期間は238.1±119.9日、対照グループは80.7±35.9日であった。新郷医学院の路平ら[12]は、病理の実証を経た30例の食道扁平上皮癌をランダムに、p53遺伝子・放射線療法併用グループ(治療グループ)と単純放射線療法グループ(対照グループ)の2グループに分けた。治療グループは内視鏡下でGendicineの腫瘍内注射1回/週×6回を応用し、放射線療法はGendicine注射3d後に開始し、DT 65Gyとした。両グループの放射線療法の線量と方法は同じであった。その結果、治療グループの有効率は88.6%、対照グループは66.6%で、なかでも治療グループのCR率は対照グループの3.5倍の高さとなった。

 2008年に深圳賽百諾基因公司が開催した「遺伝子の発展動向及びGendicineの臨床セミナー」において、解放軍第421医院の張衛民らは、Gendicineの静脈投薬と化学療法の併用により、20例の晩期充実性腫瘍患者を治療した結果、完全緩解(CR)1例、部分的緩解(PR)4例、安定(SD)6例、進行(PD)9例となり、有効率25%、有益率55%であったことを報告した。また、遼寧省大連市友誼医院の張躍偉らの報告によれば、近年、Gendicineの経皮門脈穿刺連続注入と栓塞化学療法の併用により、門脈腫瘍栓を伴う原発性肝癌患者16例を治療し、門脈腫瘍栓を観察指標として短期的治療効果の評価を行った結果、患者16例の治療後、CR 6例、PR 9例で、有効率は100%となり、治療後、すべての患者の臨床症状にさまざまな程度の緩解が見られた。

 上記のすべての報告の臨床p53遺伝子治療において、深刻な有害副作用は発見されていない。有害反応は主に発熱だか、ほとんどは一過性の中等度・高度の発熱であり、最も高いものは40℃にも達するが、消炎鎮痛剤の投与により、その多くは制御可能である。アナフィラキシー及び動悸、吐き気といったその他の有害反応は発見されていない。その他の治療と併用しても、他の治療の有害副反応は増えておらず、反対に患者の全身状態が改善される傾向が見られた。

 上記の野生型p53遺伝子代替治療のほか、突然変異p53遺伝子に的をしぼった治療もまた、現在の腫瘍遺伝子治療の焦点の一つである。近年、国内外の研究が比較的盛んなのはE1B欠損型アデノウイルスOnyx-015である。アデノウイルスのE1B(55KDa)遺伝子産物は野生型p53と結合して、p53を抑制及び/または分解することができる。E1Bを除去すると、正常細胞のp53を不活性化してその中で複製することができなくなり、正常細胞に対して影響がなくなる。これと反対に、腫瘍細胞には正常なp53機能が欠損し、複製が依然として行えるので、結果として腫瘍細胞の溶解死亡を招くことになる。近年、一部の報告が、Onyx-015も野生型p53を含む細胞中で複製できることを発見しているが、腫瘍細胞中に比べて、その複製効率はずっと低い。欧米諸国では、Onyx-015はすでに頭頸部腫瘍、直腸癌など、さまざまな腫瘍のⅢ期臨床試験に用いられ、かなり良好な治療効果を上げている[13-14]。国内の上海三維生物技術有限公司のOnyx‐15に類似した腫瘍溶解性ウイルスH101も、すでにⅢ期臨床試験を終え、かなり良好な効果を上げている[15,16]。

 もちろん、癌抑制遺伝子のほか、腫瘍血管に的をしぼった治療も腫瘍遺伝子治療の一つの大きな焦点であり、現在、多くのこの方面の試みがなされている。だが、より多くの研究はやはり、EGFR、VEGFR等の受容体型チロシンキナーゼに狙いを定めた相応の阻害剤、たとえばEGFRチロシンキナーゼ阻害剤Iressa、VEGFRチロシンキナーゼ阻害剤Su5416、Thlidomide等の調合であり、厳密に言えば、これら受容体型阻害剤の応用は遺伝子治療と呼ぶことはできない。

3.臨床腫瘍遺伝子治療の不十分な点と反省

 以上を要するに、腫瘍遺伝子治療の未来には人々を魅了するものがある。だが、10年余りの実践を経て、我々には反省し、注意すべき点も少なからずある。

 P53遺伝子治療を例に取れば、まず、p53遺伝子治療は投薬手段、投薬時期の選択、その他の薬品またはその他の治療技術と併用する場合の継続の問題等の面で、依然として不十分な点が存在している。十数年来、中国はこれらの方面ですでに多数の研究事業を行い、一連の治療基準案を一応作り上げたが、多くの細かい面で、まだ検討が必要である。例えば、放射線療法と合わせて応用する場合、放射線治療後にGendicineを使用するのがいいのか、それともGendicineを24時間使用してから放射線治療をするのがいいのか、定説がないのである。一般的に採用されているのは後者だが、だからといって前者がダメだというわけではない。投薬手段の面でも、随意性が存在している。例えば、多くの場所でGendicine静脈治療の採用が好まれているが、Gendicineのキャリアは組換え欠損型5型アデノウイルスで、これは肝臓親和性を有し、静脈注射後は肝臓に拡散しやすく、その他の部位は分布が比較的少ないこと、そのほかにも、Gendicine静注後はアデノウイルス抗体が生じやすく、次回の治療に影響が出る、ということ知らないでいる。したがって、現在の遺伝子キャリアについて言えば、一般的に静脈使用は主張していないのである。また、Gendicineと抗生物質または化学療法薬を同時に、もしくは続けて使用する者がいるが、これも正しくない。なぜなら、Gendicineはウイルスキャリアであり、Gendicineを使用してから一定期間内に抗生物質、抗ウイルス薬または化学療法薬を使用すると、必然的にその活性と伝染効率に影響を及ぼすからである。

 さらに、多くの人々は往々にしてGendicineの環境温度をおろそかにしている。実際のところ、アデノウイルスキャリアは温度に相当敏感で、その半減期は温度と密接に関連しており、一般に使用前は-20℃以下で保存し、使用時に再解凍することが必要である。腹腔灌流の際は特にGendicineの環境温度に注意しなければならず、患者に腹水がある場合は、必ず腹水をきれいにドレーンし、そのあと低温の生理食塩水(0℃が最適)を先に腹腔に1000ml灌流し、それからGendicine 1本+100mlを高速で腹腔に注入し、その後、患者の状況に応じてさらに生理食塩水500~1000mlを灌流しなければならない。腹水を抜かず、直接Gendicineを腹腔に注入した場合は、基本的に効果がない。筆者はかつて、Gendicineを4本腹腔に注入したが効果がなかったという例を聞いたことがあるが、実際のところ、この薬品に対する理解が欠けていたのである。

 次に、腫瘍治療の方法選択の面で、多くの人々にはなお誤ったやり方が存在している。現在、もっとも常用されているp53遺伝子治療プランは毎週1~2回、腫瘍内に注射し、4~8回を1クールとしている。治療投薬量は腫瘍の種類、大きさと関係があるが、実際の取扱いにおいて、多くの人々は腫瘍の大きさについてあまり関心を払っていない。中にはGendicineを単独使用して晩期の巨大な腫瘍を治療し、結果的に腫瘍内部の局所壊死または縮小だけが出現したが、腫瘍全体はなお増大しつつあったことから、p53遺伝子治療は無効だという結論を出した者もいる。実際、これは一つの間違った結論である。その間違いは、Gendicineの治療力価に対する理解が不十分だったことにある。実際には、現在のGendicineの規格は、1本(2mlの液体中)に1x1012VP(ウイルス顆粒)を含有するが、ただし、そのうち生ウイルスは≦1×1011VPであり、一方、実験・研究によって、p53遺伝子の単独治療を採用する場合は、感染多重度(multiplicity of infection, MOI。腫瘍細胞1個当たりの平均ウイルス感染数)が50~100に達した時に初めて明らかな治療作用があること、放射線・化学療法と併用する場合は、投与量は相対的に低くてよく、MOIは10~100、極端な場合は10より低くてもよいことがわかっている。つまり、1本の薬では直径1cn前後(腫瘍細胞数 1×109)の腫瘍にしか治療作用を果たすことができず、腫瘍が2cmを超える場合、その作用は明らかに弱くなる。一方、翻って臨床における腫瘍について考えると、直径はほとんど3cm以上を超え、10cmを上回る場合さえあり、これでは治療効果が芳しくないのも当然である。したがって、腫瘍が比較的大きい場合には、Gendicineの単独使用による治療は提案しない。

 さらに、患者選択の面で、あまりにもいい加減か、そうでなければ消極的になる傾向がある。伝統的な倫理原則は、現段階においても遺伝子治療に対し依然として規範作用を有しているが、改めて解釈をし直さなければ、遺伝子治療臨床応用の特殊性に対応することはできない。これらの原則には、安全性の原則、インフォームドコンセントの原則、秘密保護と公正の原則、最終手段の原則が含まれている。以前は、最終手段の法則が比較的強調され、やむをえない場合にのみ、患者の同意を得て初めて遺伝子治療を行うことができるとされていたが、実際のところ、Gendicineの有害副作用をきちんと理解したあとでは、このような選択は消極的に過ぎ、腫瘍の治療にとって不利である。もちろん、現在の遺伝子治療はまだあまり完全ではなく、選択を経ずに使用するのでは、あまりにいい加減であるし、役にも立たない。

 最後に、遺伝子治療普及の面で、政府、投薬機関、メーカーの間に依然としてインタラクションと暗黙の了解が欠けており、それ以上に、ある種の恒久的な決定策が欠けている。特に指摘すべきことは、この製品に対するメーカーの宣伝が、力の入れ具合が足りないか、誇大過ぎるかのどちらかで、そのためGendicineが今なお決して大衆に広く受け入れられてはいないという事態を招いていることである。もちろん、メーカーの頻繁な変更、再編も重要な原因の一つであり、この点は熟考に値しよう。

4.腫瘍遺伝子治療の展望

 腫瘍治療は今日まで百年余りにわたる発展を経て、すでに相当完全なものとなっており、通常の手段で更なる突破口を開くのは非常に難しいと言うことができる。そのため、人々はすでに希望をますます遺伝子治療に託すようになっている。「遺伝子治療の父」W. French Anderson博士は、遺伝子治療のように、人類の健康を脅かす重大な疾患(例えば、癌)に打ち勝つために治癒の可能性を提供することのできる療法は、他に一つもない、とまで断言している。

 腫瘍の遺伝子治療は現在なおスタート段階にあり、目的遺伝子の有効性及び作用の持久性、キャリアの標的性と遺伝子転移システムの制御可能性、通常治療手段との相互関係などの面には、一連の解決すべき問題が存在しているが、しかしながら、遺伝子治療はますます人間に近しいものとなり、特に世界初の癌遺伝子治療製品「Gendicine」の登場は、疑いなくこのような情勢を大きく推し進めるに違いないと予想することができる。世界の権威ある専門家の推計によれば、2020年までに、遺伝子治療産業はバイオ医薬業界の主力となり、さらに100種類の遺伝子治療薬が登場するという。我々は、遠くない将来、遺伝子治療は腫瘍治療において極めて大きな役割を発揮するに違いないと信じている。

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