第46号:免疫システムの究明およびワクチン開発
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腫瘍の臨床免疫療法における中医薬の役割

2010年 7月12日

名前

李萍萍:北京大学臨床腫瘍学院教授

北京大学腫瘍学院中西医結合科主任、主任医師、教授、博士指導。
1951年8月生まれ。1976年北京中医薬大学を卒業。中西医結合腫瘍治療の臨床と科学研究を中心に漢方と化学療法を結び合わせた方法により治療効果を向上させ、副作用の軽減、生活品質の改善、延命などにおける体系的な臨床観察と実験研究を遂行。同時に中国医学症状評価と治療効果判定の科学方法を積極的に追及。これまでに北京市重大科技プロジェクト、北京大学985研究テーマ、国家自然科学基金、北京市自然科学基金、北京市中医局などの多項目におよぶテーマを担当。国家中医局「第10次五ヵ年計画」、「第11次五ヵ年計画」などのプロジェクトに参加し30編あまりの論文を発表。そのうち一部はサイエンスに関わる雑誌に発表され、さらに一部は美国国立衛生研究所が権限を持つ雑誌INDEX MEDICUS、米国メッドラインデータベースと米国世界情報ネットワークに収載。監修者として『腫瘍によくある症状―中西医結合医療』を編著、2009年1月に人民衛生出版社から出版。現在は国家薬典委員会委員、中国抗癌協会臨床腫瘍学協力専門委員会(CSCO)常務委員、北京市抗癌協会副理事長、世界中医連合会腫瘍専門委員会副会長,中国抗癌協会腫瘍伝統医学委員会副主任委員、中国抗癌協会回復と姑専門委員会委員、ASCO美国臨床腫瘍学会会員などに就任。本学科領域における効果的で高い学術レベルと学術地位を保持。

 中医学は、中国数千年にわたる人々と病の闘いにおいて積み重ねてきた実践と経験の結晶である。この伝統的な治療方法は腫瘍を患う多くの患者から常に受け入れられてきた。腫瘍治療にもたらすその作用と效果は、古い歴史を持つ中国医学に旺盛な生命力を与えるものとなった。30年余りに渡る臨床治療の実践により、中医が腫瘍治療にもたらす作用に対しわずかながら本質的な理解を得ることができた。

中医の病気治療に対する考え方

 二千年も前に書かれた中国初の医学書である『素問』には「人以天地之気生、四時之法成(人は天地の気をもって生じ、四季の法をもって成る)」とある。中国医学によると人は自然界と統一体であり、宇宙万物の一部分であると考えられている。巨視的な観点から見ると、それは自然界の変化規律の観察により人体の病気の発生、変化を説明することであり、中医理論にはそのような素朴な哲学と弁証法的思想に満ちている。この思想は中医の弁証、治療法則に十分反映されている。例えば「去邪不傷正(邪気を取り除き、正気を傷つけず)」、「補陽不傷陰(陽を補い、陰を傷つけず)」という言葉があるが、これは正邪の関係、人体の陰陽二極の調整に注意するようにということである。また、「謹察陰陽所在而調之、以平為期(陰陽の所在を詳しく調べ、平衡を保つ)」(『内経』)という言葉があるが、これは病気治療の基本的思想を反映しており、臓器の陰陽のバランスを調整して病を除くことを重視しているのである。その調整により患者の体は新しいバランスに到達することができる。中医は治療も行うが、患者の人体の状態や精神状態などをより重視している。それでそのバランスを調節するという全体観は中医理論の核心ということができる。

 弁証論治は中医における病症診断の主な方法である。弁証とは患者が訴える症状に基づき、望(見る)、聞(聞く)、問(問う)、切(触る)の方法により病気の位置が表裏か内臓か、また病気の性質の寒熱や虚実を分析することである。「同病異治、異病同治(同じ病に異なる治療、異なる病に同じ治療)」という言葉があるが、これは同じような病気でも寒熱・虚実の違いにより異なる処方をし、異なる病気でも寒証のような同じ症状には同じ治療を行うことを指す。一人一人異なる状態に基づき行う弁証治療は中医の真髄である。

 「正気存内、邪不可干(正気が内にあれば、邪気は入り込まない)」という言葉があるが、これは外的要因、邪気が内的要因を通して与える作用を強調している。それで治療において正気を保護し、病気との闘いにおいて自分の抵抗力がもたらす作用に注意しなければならないのである。こうした認識は腫瘍の治療、回復などすべてにおいて重要な基本的意義をもたらすものとなっている。

中医の腫瘍治療に与える作用

1. 全体的観念と生活の質

 中医は患者の生活の質を重視しており、それは患者への治療方法に反映されている。患者の問診開始時から患者の主観的な症状に注意しており、不快な症状の解決から着手して治療效果の判断、症状改善から治療終了にいたるまで、そのすべてにおいて患者の主観的な感覚を重視するという内面が反映されている。弁証論治とは一人一人に生じる症状の具体的な原因に基づき調節していくことである。

 腫瘍の治療における中医の整体的観念には「扶正祛邪(正気を扶助し、邪気を取り除く)」という基本的思想が反映されており、治療を通して正気を回復し、病気に対する人体の抵抗力を向上させて邪気に打ち勝つというものである。つまり腫瘍の進行を抑えて患者の苦痛をさらに減らす、すなわち「治病留人(病を治して命を留める)」ことである。中医の「急則治標(急なればその標を治す)」、「緩則治本(緩なればその本を治す)」、「標本兼治(標と本を兼ねて治す)」という思想は、抗がん治療と人体機能の保護の弁証関係を適切に処理し、患者が臨床治療から益を受けるよう導くものである。

 形神合一の理論は中医におけるもう一つの重要な全体観を反映しており、「神附形而存(精神は形に付き存在する)」(『素問。上古天真論』)という言葉は、感情が人体の臓器機能に与える影響を強調するものである。現代医学では心理的活動が病気の発生に与える作用や、がんの心理的変化と社会的影響は治療効果と一定の関連性があると認識されている。ほとんどの腫瘍患者は同じような感情的刺激を経験している。例えば自分ががんと診断された場合、異なる治療手段による副作用が自分に生理的苦痛をもたらす場合、家族の感情的な配慮に満足できない場合などがある。中医では情緒変化が病気に与える影響を重視しているゆえに、「恬淡虚無,真気从之(恬淡虚無にて、真気これに従う)」を強調している。同時に薬で情調と臓器機能を調節し、患者の回復を助けることも全体調整の方法の一つといえる。

 全体調整は中医理論と弁証法の核心であり、人間本位という観念を反映している。患者が治療中に受ける益の程度は、往々にして医師の治療に対する基本的思想と関係している。この治療観念は腫瘍の治療に積極的な作用をもたらすのとなっている。

2. 漢方薬の補助的投与は化学療法に対する耐性を高め、化学療法による副作用を軽減する

 放射線化学療法の副作用を軽減することは、腫瘍治療において漢方薬を最も広範囲に応用できるものの一つである。西洋医学の薬ではすでにいくつかの方法がある。例えば白血球を増加させる顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、トランスアミナーゼを降下させる肝臓薬、化学療法における嘔吐を軽減する制吐薬、化学療法のシスプラチンによる腎毒性を予防する大量の水和物などがある。ではなぜ多くの患者は漢方薬を服用するのであろうか、漢方薬にはどんな作用があるのであろうか。

  1. 化学療法の耐性を高める。補助化学療法や姑息的化学療法は通常4-6の周期で行われ、期間が長い。多くの患者は漢方薬を服用すると服用していなかったときより反応が軽くなり、血液像の維持も良好で、体力状態と食欲がよいと感じている。化学療法の耐性が高まることで化学療法を順調に終了することができる。これは治療に有益である。
  2. 漢方薬は客観的指標を改善すると同時に、患者の不快な症状を改善することができる。例えば、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)は白血球の指標を正常にすることができるが一部の患者は疲労や無力さを感じる。また、制吐薬を使えば嘔吐はなくなるが依然として食欲不振となる。患者が中医に助けを求めるのは苦痛を軽減するためなのである。漢方薬は症状を改善し、患者自身の機能回復を助けることができる。例えば、西洋医学の制吐薬は嘔吐中枢に働き嘔吐を止める。中医では嘔吐は脾臓・胃の昇降機能の異常により引き起こされるものであると見なしている。このため脾臓・胃の機能調整の法則を採用して治療するのである。嘔吐症状が改善されると同時に胃の機能も回復し、同時に食欲改善の作用をもたらすことができる。
  3. 判定不可能な問題の治療。我々はかつてⅡ期の腸がんを患い、術後に化学療法を必要とする患者と出会った。化学療法を一回だけ行ったがその後下痢がひどく1日に10回ほどトイレに行かなければならない状態で、さまざまな西洋医学の下痢止め薬を使ったがすべてに効果がなく、化学療法を一時停止せざるをえなかった。ただし化学療法をあきらめると予後に影響を与えることになる。患者は中医の治療を受け、保養により身体をより早く回復させ、化学療法を続けることでその全過程を完了させることができた。下痢が再び生じることはなかった。これは臓器機能の保養が中医における治療の特徴であり、臨床における手に負えない難題を解決できることを説明するものである。

 もちろん骨髄抑制が深刻な場合など、ある状況においてG-CSFは患者をすばやく回復させることができ、安全を保証することができる。いくつかの化学療法薬は深刻な消化器系の反応があるため、化学療法と同時に制吐薬を使って予防することも必要である。漢方薬はこういった場合に無力である。中国医学と西洋医学はそれぞれにメリットを持っており、代替できないものである。双方のメリットを結合することでより良い治療効果を得ることができ、患者は益を受けるのである。

3. 中医薬と放射線、化学療法の組み合わせが腫瘍治療に与える相乗作用

 中国医学と西洋医学を結合する腫瘍治療作業が深まるにつれ、漢方薬と放射線、化学療法が組み合わされるようになり、こうして副作用が軽減されると同時に治療效果も向上することがわかってきた。それで西洋医学がさまざまな方法を用いて腫瘍治療をする際、臨床医も異なる法則の漢方薬と組み合わせて臨床観察と前向き臨床試験を行うことで優れた治療效果を得てきた。例えば漢方薬と化学療法と組み合わせて末期の非小細胞肺がんを治療する場合、生活の質と腫瘍の温存期間において共に良い効果が得られた。

4. 免疫増強作用

 漢方薬の人体の免疫力向上、生存期間の延長作用は、臨床的に一定の効果を得ただけでなく、実験室においても一歩進んだ実証を得ることができた。常用する漢方薬には人参(ニンジン)、党参(トウジン)、黄芪(オウギ)、女貞子(ジョテイシ)、当帰(トウキ)、地黄(ジオウ)などがある。これら「補気養血(気を補い血を養う」」の代表的な薬は共に強い免疫増強作用、増血作用、肝臓・腎機能保護および老化防止作用があり、さらに腫瘍細胞を直接あるいは間接的に抑制する作用がある。これらの薬を含む代表的な処方には「補中益気湯」、「四君子湯」、「八珍湯」、「六味地黄丸」などがある。現在生産している売薬には「貞芪カプセル」、「人参養栄丸」、「参芪片」などがある。

5. 末期の腫瘍患者に対する漢方薬の治療効果

 手術、化学療法、放射線治療を受けることができない多くの末期がん患者は中医の漢方薬治療を選択している。長年に渡る臨床結果は、中医と漢方薬が末期腫瘍の治療においてその症状を改善し、進行を遅らせ、延命する効果をもたらすことをはっきり示している。特に末期の腫瘍において姑息的医療を中心とする保養、抵抗力向上はより重要なのである。ただし中医は異なる人体に対し弁証法治療を行うことをその治療特徴とするが、臨床は依然として経験を主としているため再現性に劣り、普及しにくい。現在、国家が臨床用として許可している漢方薬製剤の一部はすでに良い兆候が見られているが、大量の臨床資料による一歩進んだ実証がまだ必要である。

 中国医学と西洋医学の結合させて、さらに多くの患者が益を受ける。

 中国医学と西洋医学が結合した腫瘍治療は、一世代前の中国医学と西洋医学の腫瘍専門家の努力のもと、すでに半世紀近くも奮闘している。この半世紀の道程にはその一世代前の努力と経験が記載されており、我々に思考と啓発を残している。

 50年代、中医による腫瘍治療は「個人の戦い」という初期段階にあり、臨床とは民間療法の収集と観察を主に行う個別案の総括であった。60、70年代より全国腫瘍予防・治療研究弁公室の設立により、全国規模あるいは地域規模の特別協力が組織され、異なる腫瘍に対して弁証分型の体系的研究が行われ、中医弁証法治療の理論と方法が中医腫瘍学において体系化、基準化された。80年代に入ると前向き臨床試験が始まり、対応する実験研究が行われるようになった。特に扶正培本法(抵抗力を強め、生理機能の回復を促進する)の臨床と実験研究により代表的な「貞芪扶正カプセル」、「猪苓多糖」など免疫力を高める漢方製剤が開発された。腫瘍の温存状態での延命、人体免疫力の向上、放射線化学療法による副作用の軽減など、免疫学方法は漢方薬の研究において発揮されており、そのメカニズム研究においても新たなレベルに達している。90年代後半になるとより進んだ抗がん漢方製剤の研究開発と臨床治療効果の観察がさらに展開された。漢方の新薬臨床基地の設立は新薬観察を標準化し、特に化学療法と結び合わせた前向き対照研究は、中国医学と西洋医学が結合した腫瘍治療を一種の治療法としており、中国医学と西洋医学の腫瘍専門家からも評価され提唱されている。

 よって中国医学と西洋医学が結合した腫瘍治療は中国医療従事者の長期に渡る医療実践において探求を総括したものであり、成熟した独特の治療法である。同時に中医腫瘍学の発展は現代医学の発展と切っても切れないものである。

 中国医学と西洋医学は異なる医学体系でありそれぞれに特徴がある。しかし中国医学と西洋医学のメリットを結合させることで臨床問題をより適切に解決できるのである。中国の一世代前の腫瘍専門家はこの点に注目し、数十年にわたる努力の結果、中国医学と西洋医学が結合した腫瘍治療のモデルを徐々に完成させてきた。また中国医学と西洋医学の腫瘍専門家の共通認識もすでに得ている。ここ数年、西洋ではますます多くのがん患者が漢方薬治療を採用しており、腫瘍治療における伝統的な中医薬の効果も国外専門家に重視されている

 腫瘍の治療、生活の質の重視、延命の向上が我々の最終的目標である。人々の健康に対する考え方が変化し、腫瘍患者の生活の質が向上するにつれ、生存期間の延長はますます人々の注目を受けている。中医のメリットおよび中国医学と西洋医学が結合した医療のメリットを一歩進んで発揮させることにより、より多くの腫瘍患者が中国医学と西洋医学を結合した治療から利益を受けるであろう。