第46号:免疫システムの究明およびワクチン開発
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自然免疫系の活性制御に関する研究

2010年 7月9日

竹田潔

竹田 潔(たけだ きよし):大阪大学大学院医学系研究科教授

1966年12月生まれ。
1998年 大阪大学大学院医学系研究科 修了  医学博士
1998年 兵庫医科大学生化学講座 助手
1999年 大阪大学微生物病研究所 助手
2003年 九州大学生体防御医学研究所 教授
2007年 大阪大学院医学系研究科 教授
2007年 大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授(兼任)

受賞暦

2004年 日本免疫学会賞 受賞
2010年 日本学術振興会賞 受賞

共著:香山 尚子(大阪大学大学院医学系研究科・免疫学フロンティア研究センター)

はじめに

 感染病原体の生体内侵入を非自己として感知し、それを排除することにより生体防御を司る免疫系は、自然免疫系と獲得免疫系の二つの柱から成り立っている。20世紀の免疫学研究は、リンパ球が抗原を非自己として認識する獲得免疫系を中心に展開されてきた。しかし、20世紀末に、獲得免疫系の存在しないショウジョウバエのToll受容体が真菌感染防御に必須であることが明らかになったことに端を発し、哺乳類でもToll-like receptor (TLR)が微生物に特有で生命維持に必須の構成成分を認識し、自然免疫系の活性化を導くことが明らかになった。さらに、自然免疫系による微生物(非自己そのもの)の認識が、獲得免疫系の活性化をも制御していることも明らかになり、免疫応答における自然免疫系の役割が急速に明らかになった(図1)。微生物の認識による自然免疫系、獲得免疫系の活性化は、もちろん感染症の防御に極めて重要な役割を果たすが、リンパ球系を中心とした獲得免疫系が暴走し、過剰に反応した場合には、種々の免疫疾患を発症することが知られている。自然免疫系の活性化機構の解明に伴い、免疫疾患が自然免疫系の過剰活性化によっても発症することが近年明らかになってきている。そのため、自然免疫系の活性は種々のメカニズムにより絶妙に制御されている。本稿では、日本から発信された、自然免疫系の活性化機構、活性制御機構に関する研究成果を中心に紹介したい。

図1 自然免疫系と獲得免疫系

図1 自然免疫系と獲得免疫系

 

自然免疫系による微生物認識

 TLRの各メンバーが、それぞれ細菌、ウイルスをはじめとした病原微生物の構成成分を特異的に認識しているが、この認識様式により、細菌のみの認識(TLR1, 2, 5, 6)、ウイルスのみの認識(TLR3, 7, 8)、両微生物の認識(TLR4, 9)に関与しているTLRに分類することができる。また、TLR以外にも微生物を認識する分子が存在することが明らかになっている。TLRは膜型蛋白質で、細胞外あるいは、エンドゾーム等の胞内で病原体構成成分を認識する。しかし、病原微生物には、例えば細胞内寄生菌などのように貪食胞から細胞質内に逃れて増殖するような微生物も存在する。ウイルスも宿主細胞膜と融合し細胞質内へ、あるいはエンドゾームから細胞質内にウイルスゲノム核酸が放出(脱核)される。そのため、細胞質内にも、病原微生物を認識するような分子が存在している。nucleotide-binding oligomerization domain (NOD)-like receptor (NLR)ファミリー分子は、TLRの細胞外領域と同じロイシンリッチリピート(LRR)をcaspase-recruitment domain (CARD)やNOD domainとともに有している細胞質内に局在する分子である。NLRファミリーのNOD1, NOD2は、ペプチドグリカンと呼ばれる細菌の膜を構成する層状構造物の核となる構造を特異的に認識していることが欧米のグループにより証明された。ウイルスについても、細胞質内でウイルス由来のRNAを認識する分子としてretinoic-acid inducible gene-I (RIG-I)やMelanoma differentiation-associated gene 5 (MDA5)などのCARD domainと DExD/H box RNA helicase domainを有するRNAヘリケース分子が同定されている。このように、自然免疫系による異物認識受容体が次々と同定され、さらにはそのシグナル伝達機構も明らかになり、自然免疫系の活性化機構の概要が明らかになっている。

自然免疫系と免疫疾患

 自然免疫系の活性化は感染防御に必須であるが、その過剰な活性化は、獲得免疫系の場合と同じように種々の免疫疾患の発症を導くことが明らかになってきている。核酸構造を認識するTLR7, TLR9が自己の核酸や核酸を含んだ抗体複合体を認識し、過剰なIFN-alphaの産生を誘導した場合、全身性エリテマトーデスの発症を導くことが欧米のグループにより証明されている。関節リウマチの発症にも、TLR9によるDNAの認識や真菌成分の認識による自然免疫系の活性化が関与していることが証明されている。消化管には、腸内細菌が存在しているが、通常腸内細菌は我々と共生し、お互い持ちつ持たれつの関係を構築している。自然免疫系が過剰活性化に陥ると、腸内細菌依存性に炎症性腸疾患を引き起こすことも証明されている。IL-10は、自然免疫系細胞の活性を抑制すること、またノックアウトマウスの解析から個体レベルで炎症性腸疾患の発症抑制に重要な役割を担っていることが明らかになっている。そして、自然免疫系細胞特異的にIL-10のシグナル伝達に必須の役割をはたすStat3を欠損したマウスが、IL-10ノックアウトマウスと同様の炎症性腸疾患を発症する。IL-10のシグナルが消失すると、自然免疫系細胞がTLRを介して腸内常在菌依存性に炎症性サイトカインを過剰産生する。その中で、IL-12p40がTh1/Th17細胞の分化を強く誘導し、T細胞依存性の炎症性腸疾患の発症を導いていることが示されている(図2)。一方、TLRを介したシグナルが消失するMyD88欠損マウスでは、腸管のホメオスターシスの破綻が起こっており、dextran sodium sulfate (DSS)誘導性の腸管炎症に対する感受性が極めて高くなっていることも示されている。このように、TLRを介したシグナルは、その過剰の刺激は炎症性腸疾患を誘導する一方で、腸管のホメオスターシスの維持にも関与しており、腸管免疫応答におけるそのTLRを介した自然免疫系活性化のバランスの重要性が示されている。

図2 自然免疫系に過剰活性化による炎症性腸疾患の発症

図2 自然免疫系に過剰活性化による炎症性腸疾患の発症

 

自然免疫系の活性制御

 自然免疫系が活性化される分子機構の解明に相まって、自然免疫系の活性を負に制御する機構にもさまざまなメカニズムが存在することが明らかになってきている。たとえば、TLRのシグナルを抑制する分子が次々と同定されている。TLRシグナルに関与する分子のスプライスバリアント、ユビキチンリガーゼなどに加えて、最近では、TANKと呼ばれるTLRシグナル分子に会合する分子が、TLRシグナルを負に制御していることが明らかにされている。実際、TANK欠損マウスでは、腸内細菌依存性に腎炎が発症することが示されている。また、シグナルの制御だけでなく、核内でTLRシグナルにより発現が誘導されるmRNAの分解を促進するZc3h12aと呼ばれる分子も同定されている。Zc3h12aは、zinc-finger領域とRNase活性をもつ領域を有する分子で、IL-6やIL-12p40のmRNAの3’領域を標的として分解を誘導している。さらには、遺伝子発現誘導を制御する核内因子も同定されている。TLR刺激で誘導される核内因子IkBNSは、転写因子NF-kBのサブユニットp50と会合し、IL-6, IL-12p40などの遺伝子にプロモーターのNF-kB結合領域に会合することにより、TLR刺激による転写活性化能をもつNF-kB複合体(p50/p65)の会合を阻害することにより、TLR応答性を負に制御している。実際IkBNS遺伝子欠損マウスでは、IL-6, IL-12p40の産生が亢進し、腸管炎症に対する感受性も高いことが示されている(図3)。

図3 自然免疫系の活性制御に関わる分子

図3 自然免疫系の活性制御に関わる分子

 

腸管免疫系を構成するユニークな自然免疫系細胞群

 腸内細菌が共生している腸管における免疫系は、他の組織と異なる特有の粘膜関連リンパ組織(パイエル板、孤立リンパ小節、クリプトパッチなど)が存在している。この粘膜関連リンパ組織ではIgAが産生されるが、IgA産生細胞への分化にTNF/iNOS産生性樹状細胞(Tip DC)から産生される一酸化窒素(NO)が重要であることも報告されている。

 上記の腸管粘膜のリンパ組織だけでなく粘膜固有層にも、腸管特異的な樹状細胞がいくつか存在していることが示されている。細菌の鞭毛たんぱく質TLR5を発現する腸管粘膜固有層の樹状細胞は、B細胞のIgA産生細胞分化および、ヘルパーT細胞の一種Th17細胞への分化という液性免疫、細胞性免疫の両者を制御していることが示されている。また、大腸粘膜固有層では、CD70を高発現する樹状細胞が、腸内細菌由来のアデノシン3リン酸(ATP)依存性にTh17細胞の分化を誘導することも示されている。腸管粘膜固有層には、制御性T細胞の分化に関与するCD103陽性樹状細胞、および炎症反応を誘導するCD11b+CX3CR1+樹状細胞の二つの大きな樹状細胞亜集団が欧米のグループにより同定されているが、CD70を高発現する樹状細胞は、CD11b+CX3CR1+樹状細胞の集団に属するものと思われる。さらに、樹状細胞に限らずリンパ球集団にも、腸管関連組織には自然免疫系に属する新規細胞サブセットnatural helper細胞が最近同定された。この細胞は、IL-33に反応してIL-5, IL-13などのTh2関連サイトカインを産生し、腸管ぜん虫の感染対する防御反応を担っていることが示されている。Natural helper細胞は、同じくリンパ球でありながら自然免疫系に属するnatural killer細胞に対し、helper T細胞のような機能を有する自然免疫リンパ球として名付けられた。このように、種々の腸管特有の自然免疫系細胞が同定されていて、それぞれが腸内細菌依存性に活性化あるいは活性制御を受けて、腸管粘膜特有の免疫応答を演出していることが明らかになっている。

おわりに

 本稿では、日本から発信された自然免疫系の活性制御に関する最近の研究成果を紹介した。20世紀後半にTLRの機能解明をブレイクスルーにして、次々と自然免疫に関与する免疫機構の新知見が次々と日本から発信されている。ここに紹介しきれなかった成果もあり、ここにお詫びして、この稿を閉じたい。

図説:

図1 自然免疫系と獲得免疫系

 自然免疫系に属するマクロファージや樹状細胞は、病原体に曝されると、貪食により病原体を取り込み消化分解するとともに、病原体由来のペプチド抗原をMHC抗原と共にT細胞に提示する。さらに、TLRが病原体構成成分を特異的に認識し炎症性サイトカインや副刺激分子などの遺伝子発現を誘導する。貪食による抗原提示、TLRを介した炎症性サイトカイン、副刺激分子などの遺伝子発現の全てが相まって、抗原特異的な獲得免疫系を誘導する。

図2 自然免疫系に過剰活性化による炎症性腸疾患の発症

 IL-10のシグナルに必須のStat3が欠失すると、マクロファージ(Mf)、樹状細胞(DC)などの自然免疫系細胞が異常活性化され、TLRによる腸管内細菌叢の構成成分認識により炎症性サイトカインを過剰産生する。その中で過剰産生されたIL-12p40が、T細胞をTh1型あるいはTh17型へ強く誘導することにより、T細胞依存性の炎症性腸疾患の発症にいたる。

図3 自然免疫系の活性制御に関わる分子

 IkBNSは、TLR刺激により誘導される遺伝子の中で、NF-kB依存性に遅れて誘導される遺伝子の発現を抑制する。そして、これら遺伝子発現の抑制を介して、個体レベルで炎症反応を負に制御している。