抗エイズウイルス薬の現状及び展望
2010年 7月28日
張 林琦:清華大学及び北京協和医学院教授、
博士課程指導教官、エイズ研究センター主任
1993年、イギリス・エジンバラ大学分子遺伝学専攻博士学位取得。1993年より、エイズのカクテル療法の創始者デビッド・ホー博士に師事。さらに、1993~1997年にかけて、ニューヨーク大学でポスドク研究に従事、1997~2007年、アメリカ・ロックフェラー大学の助教及び准教授。科学研究の重点は、HIV疾患進行過程におけるウイルス学、免疫学及び両者の相互作用のメカニズムに的をしぼっての研究。2003年、「海外傑出青年基金」を獲得、2007年には国家「傑出青年科学基金」の資金援助を得るとともに、教育部「長江学者」特別招聘教授。国家「第11次5か年計画」中・長期計画において、国家重点基礎研究発展計画(「973」計画)の「ヒト免疫不全ウイルス生物学・免疫学応答メカニズム研究」の栄えある首席科学者。国家「第11次5か年計画」科学技術重大特定プロジェクトである「エイズ及びウイルス性肝炎等重大伝染病の予防治療」プロジェクトにおける「革新的HIV粘膜ワクチンの研究」の首席科学者。
張福傑:中国疾病・予防制御センター、
性病エイズ予防制御センター治療・配慮室主任
1985年、首都医科大学臨床医学専攻卒業、その後さらに流行病学及び統計学修士学位取得。1985~2001年、北京地壇医院感染科にて伝染病臨床、教育、科学研究業務に従事。2001年末、エイズ性病予防・制御センター治療・配慮室の設立に参加し、主任を務める。さらに衛生部エイズ臨床専門家工作グループリーダー、アメリカ国立衛生研究所(NIH)データ安全性モニタリング委員会(DSMB)委員など、国内外の学術社会団体及び学術刊行物編集委員会の社会的職務を担当。衛生部の指導の下、中国のエイズ無料抗ウイルス治療の組織、調整に当たる。我が国の第1次、第2次『中国エイズ予防制御5か年行動計画』の制定に参加、我が国初めての『国家エイズ無料抗ウイルス医薬治療ハンドブック』の編集を主宰、国家初のエイズ母子間伝染遮断プロジェクトを指導。すでに国内外の学術刊行物に論文50余編を発表。国家「第10次5か年計画」及び「第11次5か年計画」科学技術重大特定プロジェクト「小児抗ウイルス治療研究」など、国内外の多数の科学研究事業を担当。
1.概要
今日広く臨床に応用されている抗エイズ薬は、主にウイルス複製のさまざまな段階に作用する。米国食品医薬品局(FDA)は抗エイズ薬について専門のグリーンルートを持つことによって、審査認可を加速している。今年5月現在、FDAは計31種の抗エイズ薬を認可しているが、それらは大きく次の6種類に分けられる。1)ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤(NRTIs) 2)非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤(NNRTIs) 3)プロテアーゼ阻害剤(PI) 4)融合阻害剤 5)コレセプター阻害剤 6)インテグラーゼ阻害剤。目下、臨床的に広く使用されている抗HIV/AIDS治療案は、最低3種類の薬品の組み合わせであり、よく用いられるファーストライン推薦案は2種類のヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤に1種類の非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤、またはリトナビル作動を有するプロテアーゼ阻害剤か、インテグラーゼ阻害剤を加えたものである。これらの治療案はエイズウイルス(HIV)を血漿、精液等では測定できないレベルにまで抑制し、損なわれた人体の免疫機能を維持し、または回復させ、患者の寿命を延ばし、生活の質を高め、HIVの伝播を減らすことができる。だが、今のところ、抗ウイルス治療はエイズを根治することはできず、さまざまな程度の薬物有害副反応があり、耐性株の出現を誘導してしまう。とはいえ、それが最も有効な治療制御手段であることは実践により明らかである。1995年に効果の高い抗ウイルス併用療法(カクテル療法またはHAART)が使用されて以来、エイズの発病率と死亡率は持続的に70%も下がり、一種の死刑宣告ともいうべき疾患から、治療可能な慢性疾患へと変わった。しかしながら、特許や高い価格などの面の制限により、効果の高い抗ウイルス併用療法は第三世界の絶対多数のエイズ患者にとっては、望んでも手の届かないものとなっている。中国は2003年に国が無料の抗ウイルス治療を開始して以来、累計ですでに9万の成人・小児エイズ患者が政府の提供する無料治療を受け、うち80%を超える患者が現在治療中であるが、一部は死亡し、あるいは追跡不能となっている。治療のカバー率は60%である。
中国が現在生産している5種類の抗エイズ薬は、いずれも特許権保護期間の過ぎた外国の薬品を真似て生産したもので、患者の症状を緩解させ、ウイルス複製を減少させるうえで一定の作用があり、中国の当面のエイズ患者治療という急務をとりあえず解決することができている。特にわが国の抗ウイルス治療のスタート段階では、4種類のジェネリック製剤から成る2種類の組み合わせ案がすべてであった。だが、特許権保護のせいで、我々には抗ウイルス作用のより強い、副作用のより小さな新しいタイプの薬品を模倣製造することができない。また2種類、3種類の薬品の複合製剤も生産することができない。もう一つの問題は、ファーストライン薬に薬剤耐性が生じて治療に失敗した場合の、セカンドライン薬への取替えである。薬剤耐性とは、治療を受けている患者における大量の薬剤耐性株の出現と伝播である。最新の小規模の調査研究の示すところによれば、さまざまな地域で、さまざまな薬剤の組み合わせを使用し、治療期間が長くなればなるほど、さまざまな程度の薬剤耐性が出現し、ごく一部の地域では20%を超えている可能性があるため、わが国の元々非常に限りある抗エイズ薬が、これらの患者においては治療効果を失うことになり、薬剤耐性株の持続的な増加と伝播をともなっている可能性も大いにある。このような困難に直面して、政府の無料薬剤治療のファーストライン薬についても、速やかに相応の調整が行われ、ブランド薬の比率が拡大されてきた。現在すでに5種類の輸入新薬があり、2007年にセカンドラインの治療モデルケースも開始され、2009年にはセカンドライン治療が全面的にスタートした。しかしながら、セカンドライン薬はファーストライン薬に比べて費用が高いため、政府の負担を増やし、さらなる医療資源の投入が増している。
これまでのところ、先進国においてさえ、現有のエイズ薬については多くの不十分な点が明らかになっている。例えば、1)徹底的に体内からエイズウイルスを取り除くことができず、投薬停止後はウイルス量の急激なリバウンドを招くため、患者は生涯にわたって服薬が必須となる。2)薬剤によってさまざまな有害副作用がある。例えば、吐き気・嘔吐などの消化管反応、骨髄抑制による血色素低下、肝機能障害、体内脂肪代謝の部分的障害、皮疹、めまい、熟睡できず夢ばかり見る等、さまざまな程度の有害反応。3)広範な薬剤耐性の問題があり、単独剤または2剤の使用ができず、必ず最低3種類かそれ以上の薬剤の併用としなければならない。エイズウイルスはひとたび薬剤耐性の突然変異を生じると、同一系統の薬剤に対しさらに交差耐性反応を起こす可能性があり、それによってその系全体の薬剤の薬効喪失を招く結果になる。4)抗エイズ薬と多くのその他の薬剤には薬剤相互作用があり、例えば、抗結核薬リファンピシンの血中薬物濃度を大きく下げて、併用調剤と投薬の過程を相当複雑にすることから、患者の依存性を直接悪化させてしまい、治療が所期の効果を上げられなくなる等のデメリットがある。現有薬剤のこれらの欠点は、HIVの新たな治療ターゲット及び新たな総合治療案についての絶え間ない模索を、人々に強く求めている。
2.HIVの複製メカニズムと薬剤の新たなターゲット
エイズはHIV感染によって引き起こされる。HIVはレトロウィルス科レンチウイルス亜科に属し、現在すでに2つの種類、すなわち世界中に蔓延しているHIV-1とアフリカ西海岸だけにあるHIV-2が発見されている。病原性と伝播力の面で、HIV-1はHIV-2よりも強い。HIVウイルスはCD4レセプターを発現するT細胞、マクロファージ、樹状細胞に感染することができる。感染プロセスの主なものとしては、ウイルスの細胞侵入、ウイルスの細胞内における複製、最終的な組み立て・放出である(図一)。HIVが人体に感染したとき、HIVはまずエンベロープ上の糖タンパク質gp120を利用して、宿主細胞表面のCD4レセプターと結合し(第1レセプター)、ウイルスが細胞表面に付着するとともにgp120を誘導して一連の立体構造上の変化を起こさせ、gp120をさらにケモカインレセプターCCR5またはCXCR4と結合させ(第2レセプター)、さらに立体構造に変化が発生するよう誘導し、もう一種類のウイルスエンベロープタンパク質gp41が露出できるようにする。gp41自身は6ヘリックスバンドルを形成し、細胞膜を透過し、HIVをしっかりと細胞に固定させることができ、さらに超ヘリックス構造を形成することにより、ウイルスと細胞を引き寄せ、最終的に両者の融合を招き、ウイルスゲノムが宿主細胞に注入される。ウイルスは細胞と融合した後、エンベロープを脱ぎ捨て、逆転写複合体を形成し、ウイルス逆転写酵素の触媒によりDNA二重鎖を合成し、HIV統合前の複合体を形成し、核膜孔に侵入し、ウイルスインテグラーゼの作用の下で、HIVのDNAが宿主ゲノム中へと統合される。宿主細胞が活性化している状況の下で、宿主ゲノム中に統合されたHIVのDNAは、細胞の転写システムを利用してウイルスRNAを転写する。さらにウイルスRNAを鋳型として、細胞質内においてGag、Pol、Envなど多くのウイルス構造タンパク質及び調節タンパク質に翻訳し、ウイルスプロテアーゼによる切断処理を経た後、各種のビリオンタンパク質を生成し、出芽部位の膜上に成熟したウイルスを組み立て、同時に細胞膜と再度結合した後、成熟したウイルスが出芽し、最終的に次世代のウイルス粒子を形成する。成熟したHIVは新しい細胞に再感染する。
図1 エイズウィルス宿主細胞内の複製メカニズムと薬剤ターゲット
HIVの細胞内における複製メカニズムについての理解に基づき、研究者たちは過去20数年間に、大きく分けて次の6つの研究開発を行った。1)ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤(NRTIs) 2)非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤(NNRTIs) 3)プロテアーゼ阻害剤(PI) 4)融合阻害剤 5)コレセプター阻害剤 6)インテグラーゼ阻害剤。現在最もよく使用されている抗ウイルス薬は通常、ウイルスの2種類の酵素を阻害する。一つは逆転写酵素であり、それはウイルスの遺伝物質を、細胞のゲノムに挿入するために、RNAからDNAに変えることができる。もう一つはプロテアーゼで、それは新しく生まれたウイルス粒子の成熟を助ける。感染者が抗ウイルス治療を受けて数週間後、その血液中のウイルス量は測定不可能なレベル(<50キロコピー/mL)にまで低下することがある。近ごろ研究開発されたインテグラーゼ阻害剤またはウイルス侵入阻害剤と現有の薬剤との併用は、ウイルス量の低下スピードを大きく速めることができる。これは感染を受けた細胞がより速く、より効果的に薬剤によって阻害され得ることを示している。抗HIV治療の強化後は、より効果的に既存ウイルスの複製を抑制し、リザーバーの大きさを制限し、その後の補充を阻止することができるようになった。我々は、ウイルスの複製を十分低いレベルにまで下げることができる状況の下で、免疫系統に十分な回復と補充をもたらし、ひいては体内のすべてのウイルスリザーバーが除去できることを期待しているのかもしれない。
ウイルス学研究が一歩一歩深化するのにともない、研究者たちはHIVの細胞内における複製メカニズムについて、より深く認識するようになり、新たな薬剤ターゲットの発掘と研究のために確固たる基礎を築いてきた。以下、近年の際立った成果について簡単に紹介する。
2004年にMatt Stremlauらが、TRIM5alphaがHIV-1の旧世界サル細胞内での複製を阻害する主要な因子であることを初めて実証して以来、さまざまな種属のTRIM5alpha及びTRIMファミリーメンバーの構造、機能と抗HIV/SIV等ウイルス活性に関する研究は、日増しに人々の関心を集めてきた。さらに、その抗ウイルス機能は直接、HIVエンベロープタンパク質及びCyclophilin Aの相互作用と関係があることも発見された。したがって、さまざまな種属のTRIM5alphaのウイルス複製を阻害する機能構造ドメインについての研究は、抗ウイルス新薬の分野における研究の焦点の一つとなっている。報告によれば、TRIM5alphaには、RING、B-Box2、coiled coil、B30.2(PRY/SPRY)の4つの機能構造ドメインが含まれている。RINGはE3ユビキチンリガーゼ活性を具え、B-Box2はE4活性を具え、両者はユビキチン‐プロテアソームシステムの分解過程に参与し、coiled coilはホモポリマーまたはヘテロポリマーの形成に参与し、B30.2構造ドメインはウイルスエンベロープと結合して、抗ウイルスの特異性を決定付けると考えられている。現有の報告はすでにTRIM5alpha機能ドメインについてかなり詳しい研究を行っているが、しかし、さまざまな種属のTRIM5alphaのHIVを阻害する機能構造ドメインとそのポリマーとの関連性については、さらに深く掘り下げた系統的な研究が必要である。その結果は新薬の研究開発にとって極めて重要な役割を果たすであろう。
イギリス・ロンドン大学キングズ・カレッジのMichael Malim博士が指導する研究チームは、A3Gと呼ばれる、もう一つの細胞制限因子を発見した。このタンパク質はマクロファージとリンパ球の中に大量に存在し、ウイルスの複製に対し広範な阻害作用を有している。研究により、HIVはそのVifタンパク質を利用してA3Gの阻害作用に直接対抗することがわかった。HIVがコードするVifのタンパク質はA3Gの分解を誘導することができる。したがって、いかにしてVifタンパク質のA3Gに対する分解を遮断するかということは、ウイルス学及び全く新しい治療標的研究の新たなテーマとなっている。新薬の研究開発という角度から見ると、Vifを直接阻害するにせよ、A3Gが分解されないよう保護するにせよ、いずれも理論的には人体細胞にHIV感染を防ぎ止めさせることが可能である。
アメリカ・ロックフェラー大学アーロン・ダイアモンドエイズ研究センターのPaul Bieniasz博士とカリフォルニア大学サンディエゴ分校のJohn Guatelli博士の研究チームは、もう一つの細胞制限因子、Tetherin(BST-2/CD317とも呼ばれる)を独自に発見したが、その機能は、物理的作用によって、包膜を持つ各種のウイルス(HIV、エボラウイルスを含む)が細胞表面に縛られて正常に放出できないようにするものである。研究結果から明らかなのは、Tetherinはそれ自身の立体構造によって直接ウイルス粒子を細胞表面に縛り付けるということである。Tetherinの作用するターゲット燐脂質包膜は宿主細胞自身から来ていて、ウイルス自身のタンパク質または核酸ではないため、ウイルスは自身の突然変異によってTetherinの阻害作用から逃げるということが非常に難しい。このメカニズムは、なぜTetherinがヒト免疫不全ウイルス(HIV)、サル免疫不全ウイルス(SIV)、エボラウイルス(EBOV)、カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス(KSHV)を含む一連の包膜を有するウイルスを広く阻害することができるのか、ということを説明している。進化の過程で、各種のウイルスは一連のTetherin因子に拮抗するタンパク質、例えば、HIV-1のVpu、HIV-2のRod Env、SIVのNef、KSHVのK5、EBOVのGPを独自に進化させてきた。Tetherinは分子ブリッジとしてウイルス包膜と細胞膜をつなぐので、包膜を持つウイルス粒子でさえあれば、いずれもTetherinの潜在的ターゲットである。このプロセスにおける詳細については依然として探究が必要であり、また抗ウイルス新薬についての研究は非常に大きな推進作用を果たすであろう。
基礎科学研究は引き続き新たな治療ターゲットを発見し、それによってさらに多くの抗HIV新型薬剤の研究開発を促す可能性がある。現有の治療法の効果を補い合い、協同で増強することの可能な薬剤を設計することができれば、我々もまたウイルスリザーバーの除去とウイルスの除去という目的を達成することができるかもしれない。
3.HIVの細胞内における潜伏
HIVの感染過程において、ウイルスは活動・静止という2つの異なる状態で宿主細胞中に存在している。ウイルスが活動状態にあるとき、ウイルスは高レベルの複製を行う。ウイルスの複製繁殖にともない、感染を受けたリンパ球は絶え間なく破壊され、新しい細胞もまた絶えず感染を受け、生体免疫系統の重要な役割を果たす細胞の数をどんどん減少させ、直接、免疫系統が絶え間なく破壊を被り、徐々に悪化する事態を招き、しだいに免疫機能が極度に衰弱することになる。最終的に、各種の疾患と合併症を引き起こし、最後には個体の死亡を招くことがある。一方、静止状態にあるウイルスは主に、活性化していない宿主細胞の中に潜んでいる。通常の場合、いかなるウイルスタンパク質も発現しない。だが、ひとたび活性化された後では、マイトジェン、抗原または同種異体遺伝子及び多種の感染因子等の刺激を受けると、同様に大量のウイルスを複製産出することができ、ひいては免疫系統に対し破壊作用を及ぼす。最新の研究統計によると、一人のエイズ患者の体内には約100万個の静止状態にあるエイズウイルスが潜んでいる。これらの静止状態にあるウイルスは、我々がエイズを根治するうえでの最大の障害である。それは主に、それらが絶対多数の期間には隠れて姿を現さないため、免疫系統及び抗ウイルス薬はそれらを識別し、阻害することができないからである。
完全に感染者の体内からHIVを取り除くには、潜伏ウイルスの感染しているすべてのTリンパ球を除去しなければならない。現在、研究者は薬剤を使う方法によって、感染を受けた静止期Tリンパ球を活性化しようと模索しているところであり、これらの細胞がウイルスを産出できることで、抗ウイルス治療に対して敏感になるのを期待している。そのうちのいくつかの薬剤については、すでに小規模な臨床試験が行われたが、しかしこれらの薬剤の非特異性のため、試験結果は満足のいくものではなかった。理想的な薬剤は静止期Tリンパ球があらためてウイルスタンパク質を生み出すよう十分活性化することができなければならないが、また細胞が新しいウイルスを生み出すほどに激しく刺激を与えてもならない。現在、研究者は静止している被感染Tリンパ球の染色質の構造を変えることによって、静止期Tリンパ球を活性化する働きを達成しようと研究しているところである。だが、これらのいわゆる染色質の改造者が、Tリンパ球の中でしか役割を果たすことができないとすれば、ウイルスは同時にマクロファージ中にも存在しているので、これらの薬剤の作用はかなり限定的となる可能性がある。したがって、体内からHIVを除去することの難しさは、依然として極めて大きい。
4.中国におけるエイズ新薬の開発
現在、中国には自主知的財産権を持つ抗エイズ薬がなく、特許期間の過ぎた薬剤の模倣製造に頼り、輸入に依存することを余儀なくされている。これまでに、中国国家食品薬品監督管理局は外国の特許期間の過ぎた5種類の抗HIV薬、すなわち、ジドブジン、ディダノシン、スタブジン、ネビラピン、インジナビルのジェネリック薬の製造を認可し、基本的なカクテル療法案を組み立てた。薬剤の国産化により、患者の投薬費は1995年の8万元/年から3,000~5,000元/年に下がり、患者の負担が大きく軽減した。だが、国産化した薬剤はいずれも伝統的な逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤であり、しかも臨床においてすでに長年使用され、一連の薬剤耐性株が生まれており、その治療効果はすでに大きく割り引かれている。一方、輸入薬剤の高い価格(患者一人当たりの年間治療費はいずれも20,000米ドル以上)もまた患者にとっては受け入れがたく、薬価の高さからすでに絶対多数のエイズ患者は有効な治療が受けられなくなっている。したがって、自主知的財産権を持つ薬剤の欠乏のために、わが国のエイズ予防治療事業は苦しい局面に陥っている。
中国初のアメリカで特許授権を得たエイズのバイオ医薬品―Sifuvirtideはすでに天津市扶素生物技術有限公司が開発に成功し、国家食品薬品監督管理局の認可も得て臨床試験に入っている。Sifuvirtideは化学合成を経た、36のアミノ酸残基を含有するポリペプチド類化合物で、主にエイズの治療に使用する。Sifuvirtideはエイズウイルス膜融合タンパク質gp41の立体構造を拠り所として、全く新しく設計、合成された抗エイズウイルスの次世代膜融合阻害剤である。Sifuvirtideはgp41との特異的な結合によって、ウイルス包膜と宿主細胞膜との融合を阻止する作用を果たし、ウイルスRNAの宿主細胞への侵入を食い止める。現在、Sifuvirtideはすでに中国、アメリカ、ヨーロッパ等の国及び地域の発明特許授権を得ている。既存の伝統的な抗ウイルス薬と比べて、Sifuvirtideは低薬剤耐性、低副作用、抗ウイルスの早期性、細胞外での作用発揮という優位性を具えている。同系薬剤T20に比べ、細胞薬効学の実験によれば、その抗エイズウイルスの力価はT20より20倍も高く、しかもT20薬剤耐性株に対しても依然として優れた阻害効果を有していることが明らかである。現在、Sifuvirtideはすでに前臨床研究及び臨床Ⅰ期・Ⅱ期試験を済ませている。臨床研究の結果によると、Sifuvirtideの臨床投薬は安全性が高く、そのエイズウイルス感染者における除去半減期は39時間にも達した。単一薬治療については、毎日1回20mgのSifuvirtideの薬効は、毎日2回、毎回100mgのアメリカの同系薬剤T20と同じであった。Sifuvirtide併用のHAART療法によりエイズウイルス感染者を治療し、24週間連続投薬を行った臨床試験の薬効学的結果によれば、伝統的なHAART療法の単独使用に比べて、Sifuvirtideは抗ウイルス治療効果を著しく高めることが可能である。
HIV第2レセプターCCR5及びCXCR4についての研究もまた、中国において積極的に展開されている。なかでも、CCR5のNifevirocと名づけられた小分子化合物に的をしぼった臨床研究は、相対的に他をリードする地位にある。Nifevirocは一種の全く新しい構造の小分子CCR5レセプター阻害剤である。これは複素環式化合物で、分子量は590.71である。体外研究の示すところによれば、NifevirocはCCR5レセプターと天然リガンドRANTESの結合を著しく阻害することができ、IC50=1.4nMである。Nifevirocは特異性が比較的強く、CCR1 -CCR4、CXCR1-CXCR4を含むその他のケモカインレセプターに対しては、いずれも明らかな阻害作用はない。Nifevirocはさまざまな亜型のR5指向性HIVウイルスの体外培養したヒトPBMCへの感染を阻害することができ、ヒト血清の40%に存在する環境下ではEC50は9.9nMである。このほか、多剤耐性株J18に対してもなお、比較的高い活性を維持している。同系薬物Maraviroc(Pfizer)の薬剤耐性株に関する研究において、Nifevirocの最も高い阻害活性は95%に達することができた。前臨床研究から明らかになったところによれば、Nifevirocは安全性が比較的高く、内服後の吸収が速く、血漿タンパク結合率が比較的高く、絶対生物学的利用率はそれぞれ41.2%(マウス)、21.6%(イヌ)で、T1/2は約2~4hであった。現在、すでにNifevirocのⅠ期臨床研究が完了し、人体の400mg以下の投薬量に対する耐性は良好である。現在、当該薬はまもなくⅡ期研究に入ろうとしており、定められた治療案は毎日3回、毎回<400mg/kg、1回ごとの治療周期約7~10日である。
このほか、その他のいくつかの抗エイズウイルス薬の研究開発も、積極的に進められているところである。これらの薬剤のターゲットは、逆転写酵素、プロテアーゼ、インテグラーゼなど、すでに実証済みの伝統的ターゲットもあれば、上に述べたような全く新しいターゲットもある。中国政府の「革新的医薬重大特定プロジェクト」の支持の下、これらの前臨床研究プロジェクトは、さらに速いスピードで臨床試験に入り、それによって中国のエイズウイルス薬の研究開発及び治療における全体的能力を高め、感染者のためにさらに役立ち、強力なサポートを提供するであろう。
5.抗エイズ新薬の展望
エイズウイルスの標的細胞内における複製過程に対する認識がさらに深まるにつれ、研究者たちはさらに速いスピードで、より多くの新たなターゲットと、より有効な抗ウイルス薬を発見するであろう。これらの薬剤の最適な組み合わせと使用は、まちがいなくより効果的にウイルスの体内における複製を阻止するであろう。だが、ウイルスがヒト細胞染色体に統合されることや、それが体内に潜伏すること等の生物学的特徴から、単に抗ウイルス治療だけに頼ってエイズを根治できるという可能性は極めてわずかである。そのため、科学者たちはいかにして抗ウイルス治療をベースとして、人体の免疫系統を最大限度まで、最も効果的に動員し、抗ウイルス薬と一緒になって、ウイルスの体内における複製に対し、より大きな阻害効果を上げさせるか、研究を進めているところである。また、免疫系統を一定程度まで回復させたあと、たとえ抗ウイルス治療を停止しても、免疫系統は依然としてウイルスの体内における複製を阻害できるのかどうかについても、積極的に研究を行っているところである。簡単に言えば、抗ウイルス薬と免疫調節を組み合わせた応用は、一つの非常に重要な、チャレンジ性のある研究方向となり、エイズを根治できる、この種のウイルスに対する最も有効な自己治療手段となるかもしれないのである。