第47号:脳・神経科学
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新規神経ペプチド、オレキシンの生理作用

(金沢大学医薬保健研究域医学系 分子神経科学・統合生理学分野教授) 2010年 8月 5日

桜井 武

桜井 武(さくらい たけし):金沢大学医薬保健研究域医学系・
脳医科学専攻・分子神経科学・統合生理学分野教授
(独)理化学研究所 脳科学総合研究センター
適応知性研究チーム チームリーダー

 昭和39年5月生れ。
1993 年3月筑波大学・大学院医学研究科生化系専攻修了、博士(医学)学位取得。

職 歴

1993年4月1日~1993年8月 日本学術振興会特別研究員
1993年8月16日~1999年11月 筑波大学基礎医学系講師
1995年7月1日~1997年8月 テキサス大学HHMI研究員
1997年9月1日~1999年11月 筑波大学基礎医学系講師
1999年12月1日~2004年3月 筑波大学基礎医学系・助教授
2004年4月~2007年3月 筑波大学・大学院人間総合科学研究科・助教授 
2007年4月~2007年10月 筑波大学・大学院人間総合科学研究科・准教授 
2007年11月~2008年3月 金沢大学大学院医学系研究科分子神経科学・統合生理学教授
2008年4月~ 現職
1998年10月 第4回国際神経内分泌学会 優秀論文賞受賞
2001年2月 つくば奨励賞(若手研究者部門)受賞
2009年12月 第14回安藤百福賞 大賞受賞

要約

 著者らのグループはオレキシンをオーファン受容体の内因性リガンドとして同定した。オレキシンを産生するニューロンは摂食中枢である視床下部外側野にのみ局在することや、オレキシンを中枢に投与すると摂食量が上昇することなどから、当初、オレキシンは摂食行動の制御因子の一つと考えられた。その後、動物モデルからの知見、および臨床的研究によりオレキシン産生ニューロンの変性がナルコレプシーの病因であることが明らかになり、この物質が覚醒の維持に重要な役割を担っていることが示された。さらに、オレキシン産生ニューロンの入出力系の解明により、大脳辺縁系、摂食行動の制御系、覚醒制御システムとの相互の関係が明らかになってきた。オレキシン系は単に睡眠・覚醒調節機構の一部であるだけでなく、情動やエネルギーバランスに応じ、睡眠・覚醒や報酬系そして摂食行動を適切に制御する統合的な機能を担っている。オレキシン受容体作動薬や拮抗薬は睡眠障害や不眠症のほか、摂食障害、薬物依存などにも有効な治療薬として期待されている。

はじめに

 私たちのグループは1998年に新規神経ペプチド、オレキシンを同定した。オレキシンは摂食行動の制御系と睡眠・覚醒の制御系の両者と深い関係をもっている[1-2]。さらに、報酬系との関連にも注目されており、情動や体内時計、エネルギー恒常性を統合した情報をもとに、適切な睡眠・覚醒状態をサポートする機能をもっている[2]。

 摂食行動をはじめとする動機にともなう行動を制御するには覚醒の維持や報酬系の関与が必要であり、オレキシンはさまざまな行動をサポートするために、覚醒を維持する機能を有していると思われる。

オレキシンとオレキシン受容体

 オレキシンは、オーファンG蛋白質共役型受容体(GPCR)を用いた新規生理活性物質の探索、つまりいわゆる“reverse pharmacology(逆薬理学)“により同定された新規神経ペプチドである[1]。オレキシンの発見はその後、逆薬理学による生理活性物質の探索というブームをもたらした。

 オレキシンはオレキシン-Aとオレキシン-B(ヒポクレチン1, ヒポクレチン2[3])の二つのアイソペプチドからなる。オレキシン-Aは分子内に2対のジスルフィド結合を有する。これら二つのペプチドは共通の前駆体(プレプロオレキシン:prepro-orexin)から生成される。これらは二つのGタンパク質共役型受容体、オレキシン1受容体(OX1R)およびオレキシン2受容体(OX2R)によって受容される[1](図1)。一般にオレキシン受容体をもつ神経細胞に対して、オレキシンは興奮性に作用する。

図1

図1. オレキシンとオレキシン受容体

オレキシン-Aと-Bは共通の前駆体であるプレプロオレキシン(prepro-orexin)から生成され、OX1受容体OX2受容体と呼ばれる2種のサブタイプからなるG蛋白質共役型受容体に作用する。
OX1受容体は、オレキシンAに高い親和性をもっているが、OX2受容体はオレキシン-A、-Bに同等の親和性を示す。

 オレキシンを産生するニューロンは視床下部のみで見いだされている。特に「摂食中枢」とされる外側野(lateral hypothalamic area: LHA)及び近接する視床下部脳弓周囲野(perifornical area)、そして視床下部後部(posterior hypothalamus:PH)に散在している[4-5]。しかし、オレキシン免疫陽性線維は小脳を除く中枢神経系全域に観察され、視床下部に局在する比較的少数のオレキシンニューロン(マウスで数千個、ヒトで50000個ほど)から伸びる軸索は、数多く分枝しつつ、広範な領域に投射している[4](図2)。視床下部内では、特に、弓状核や腹内側核、背内側核など、摂食行動に関連する部位に多くのオレキシン様免疫活性陽性線維がみられる。視床下部の外では、脳幹の睡眠・覚醒制御に関わるモノアミン作動性神経の起始核、青班核(locus coeruleus: LC、ノルアドレナリン作動性)、背側縫線核(dorsal raphe nucleus:DR、セロトニン作動性)や視床下部の結節乳頭体核(tuberomamillary nucleus: TMN、ヒスタミン作動性)、脳幹のコリン作動性神経の起始核、外背側被蓋核laterodorsal tegmental nucleus: LTD)や脚橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus: PPT)に密な投射が見られる。大脳皮質の各層にも投射している。

図2

図2 オレキシン産生ニューロンの投射様式(文献[2]より引用)

オレキシン産生ニューロンの細胞体は視床下部のみに限局する。しかし、小脳をのぞく中枢神経系の全域にわたって投射している。
脳幹のモノアミン作動性神経、コリン作動性神経、視床の室傍核など、覚醒・睡眠機構に関与する部分にはとくに強い投射が見られる。
これらの領域には強いオレキシン受容体(OX1R、OX2R)の発現が観察される。

 オレキシン作動性ニューロンの投射領域に一致してOX1RおよびOX2Rも分布するが、脳内の組織分布はサブタイプにより異なっている[6]。たとえばLCではOX1R mRNAのみが発現しているのに対し、TMNではOX2R mRNAのみが発現している。また、DRやLTD、PPTには両方の受容体が発現している。このことは、2つのオレキシン受容体が明確な役割分担をしていることを示唆している。

オレキシンと睡眠障害ナルコレプシー

 130年前にジェリノーによって記載されて依頼、ナルコレプシーに関する盛んな研究にも関わらず、この疾患の原因は全く不明であった。しかし、現在ではオレキシン欠損によることが明らかにされている。

 ナルコレプシーは思春期前後に発症する症例が多く、強い眠気を主訴とすることが多い。とくに、日常生活のうえで、「覚醒しているべき時」に覚醒を維持できないということが問題となり、不適切な状況で突然眠ってしまうことがある(睡眠発作)。また、情動(特に喜びや笑い)によって抗重力筋の緊張が低下する発作、情動脱力発作(カタプレキシー)を伴うことが多い。近年では、情動脱力発作を呈するナルコレプシーをNarcolepsy with cataplexy、呈さないものをNarcolepsy without cataplexyと区別することがあり、両者の病態生理には若干違いがあるという説もあるが定かではない。ナルコレプシーの主症状は眠気であるが、逆に睡眠時には頻回の中途覚醒によって睡眠が妨げられる。 寝入りばなに非常に鮮明な夢を見る(入眠時幻覚)、金縛りを体験する(入眠麻痺)などの症状も呈する。ナルコレプシーの症状は、覚醒・睡眠の各相(覚醒、non-REM睡眠、REM睡眠)が適切に維持出来ないことに起因しており睡眠・覚醒の断片化(覚醒相と睡眠相の間の相転移が頻繁に起こる)、覚醒相から直接REM睡眠に移行する現象(sleep-onset REM現象)の出現、そして非常に短い睡眠潜時が特徴的である。ナルコレプシーがオレキシンの欠損によって引き起こされることが明らかになったことから、オレキシンは「睡眠・覚醒相の安定化」に重要な働きをもっていることが明らかになった。

 カタプレキシー、睡眠麻痺はレム睡眠時に見られる抗重力筋トーヌスの喪失、入眠時幻覚はレム睡眠時に夢を見ることと関連すると考えられ、後者三つの症状はレム睡眠関連の機構が異常なタイミングで出現したものと解釈されている。一方、睡眠発作時には、覚醒からnon-REM睡眠に移行している。また、ナルコレプシーでは頻回の中途覚醒や睡眠構築の異常のため、熟睡感が得られないという面もある。このように、ナルコレプシーの症状は覚醒・睡眠の各相(覚醒、ノンレム睡眠、レム睡眠)が適切に維持できないことに起因している。

 発症は10歳代に多く、思春期でピークを示し、有病率は0.05-0.2 %(日本では0.16-0.18 %)と推定されている。孤発性のケースが殆どで、特定のHLA遺伝子型(DRB1*1501とDQB1*0602)を有する割合が正常の人に比べ高いことから、ナルコレプシーが自己免疫疾患である可能性が示唆されている。近年、自己免疫にかかわる抗原がTrib2というタンパク質である可能性も示唆されている[7]。

 オレキシンとナルコレプシーとの関連は、まず動物モデルから明らかにされた。スタンフォード大学で古くから維持されていた遺伝性のナルコレプシーのイヌでは複数の系統にOX2受容体の遺伝子に突然変異が見いだされ、こうした動物モデルからナルコレプシーとオレキシン欠損の関連が強く示唆された[8]。また、オレキシン遺伝子欠損マウス、OX2受容体の遺伝子欠損マウス、そしてオレキシン産生神経を欠損させたマウスは、ヒトのナルコレプシーと非常に似た睡眠・覚醒の異常をしめす[9-10]。さらにはヒトのナルコレプシー患者の死後脳においてオレキシンニューロンが消失していることがわかり[11]、また、患者の90%以上に髄液中のオレキシンA濃度の著しい低下がみられることが明らかになっている[12]。アメリカでは髄液中のオレキシンA濃度はナルコレプシーの診断基準に取り入れられている。

 このように、ナルコレプシーがオレキシンの欠損によって引き起こされることが明らかになったことから、オレキシンは「睡眠・覚醒相の安定化」に重要な働きをもっていることが明らかになった。

 遺伝子改変マウスによる解析では、OX1R欠損マウスでは覚醒・睡眠に大きな異常は見られないが、OX2R欠損マウスでは明確な睡眠覚醒の分断化や覚醒に引き続いて直ちにレム睡眠がみられる、Sleep-onset REM現象(SOREM)が見られ、明らかなナルコレプシー様症状を示すことがわかっている。これらのことから、覚醒の維持にはOX2Rの機能が非常に重要であることがわかる。しかし、OX1R、OX2Rダブルノックアウトマウスではオレキシンノックアウトマウスと全く同じフェノタイプを示し、OX2Rノックアウトより明らかに重症である。つまり、覚醒・睡眠サイクルの制御にOX1Rも関わっていると考えられる。

オレキシンによる覚醒状態の維持機構

 オレキシンあるいOX2Rの欠損動物では適切な覚醒が維持できないこと、そしてレム潜時(睡眠に移行してからレム睡眠が見られるまでの時間)が極端に短縮する現象が観察される。時に、レム潜時はゼロとなる。これらの事から、オレキシンは覚醒の維持とレム睡眠の制御にきわめて重要な役割をしていることが示唆される。

 それでは、オレキシンによる睡眠・覚醒の制御はどのように行われているのであろうか?前述のように、オレキシン産生神経は、モノアミン・コリン作動性神経系の核に投射しており、これらの核にはオレキシン受容体の発現も見られる。これらの核は睡眠・覚醒の制御に関与していること以前からが知られている。LCのノルアドレナリン神経、DRのセロトニン神経、TMNのヒスタミン神経はどれも覚醒時に数Hzの発火頻度で活動し、ノンレム睡眠に活動が低下し、さらにレム睡眠時にはほぼ活動を停止する。LDTとPPTにも覚醒に関わるニューロンが存在する。これらは、覚醒時およびレム睡眠時に活性の高まるタイプとレム睡眠時のみに活性化されるタイプに分けられ、覚醒の維持とレム睡眠の制御に関与しているとされている。視床を介して、あるいは直接大脳皮質に影響を与えている。これらのモノアミンおよびコリン作動性ニューロンは、これらのニューロンは小さな核に集まっているが、その軸索は数多く分枝し、大脳皮質の広範な領域に投射し、覚醒の維持に関わっていると考えられている。睡眠時には、視索前野(preoptic area)、特に腹外側視索前野(ventrolateral preoptic area; VLPO)に存在する睡眠時のみに高い発火頻度を示す神経細胞(sleep-active neuron)がGABA作動性の抑制性の影響をこれらの覚醒制御領域の神経細胞を抑制し、睡眠が惹起されると考えられている。オレキシン産生ニューロンは、前述のように、モノアミンおよびコリン作動性ニューロンの核に投射しており、これらのニューロンを介して覚醒を維持する働きをしている。LCにはOX1R、TMNにはOX2Rのみが発現している一方、DRやLDT/PPTには両方の受容体が発現しており、これらの制御に関わっていると思われる。

オレキシンニューロンの制御システム

 ラットやマウスのオレキシンニューロン活動をin vivoで記録すると覚醒時に活動が増え、ノンレム睡眠、レム睡眠時には低下することが示されている[13-15]。このような制御はどのようになされているのだろうか?

 近年、オレキシン産生ニューロンの電気生理学的解析および組織学的な解析によりオレキシン産生ニューロンへの入力系が明らかにされてきた[16-17](図3、図4)セロトニン、ノルアドレナリンはオレキシン産生ニューロンを強力に抑制し、アセチルコリンは約三割のオレキシン産生ニューロンを活性化する[17-18]。また、コレシストキニン、グレリン、バソプレッシン、ニューロテンシン、TRH、CRFといった神経ペプチドによっても影響を受ける。また、動物の全身のエネルギーバランスの指標になる因子によっても制御される。たとえば、レプチンによって抑制され、細胞外グルコース濃度が高くなったときに抑制される[19]。これらの因子はオレキシンニューロンの活動に影響を与えている可能性がある。

 また、近年の研究によりオレキシン産生神経に入力する上流の神経細胞群が同定されている[17, 20]。オレキシン産生神経は、扁桃体、分界条床核などの大脳辺縁系や視索前野 (POA)のGABA作動性神経、縫線核のセロトニン作動性神経からの入力をうけていることが明らかになっている。こうした入力系により、オレキシン産生神経覚醒が必要なときに活性化され、脳幹のモノアミン神経やコリン作動性神経の適切な活性を制御していると思われる。

 特に、扁桃体や分界条床核は、情動の制御にかかわる部分であり、脳幹や視床下部などに出力し、情動にともなう運動系の制御、交感神経系の活性化、HPA軸の活性化に関与しているが、オレキシン神経にもこの領域からの投射がみられる[17, 20]。情動が発動しているときには注意力が上がり、覚醒レベルも上昇するが、この現象に大脳辺縁系からオレキシン神経への入力がかかわっている可能性が高い。ナルコレプシー患者が、通常の人では眠気をきたさないような緊張をしいられる場面や、興味をひかれる状況でも睡眠に陥ってしまうのは、情動がオレキシン神経を刺激することが覚醒を保つ上で重要であることを示唆していると思われる。また、ナルコレプシー患者において、情動がカタプレキシーを引き起こすことも、情動がオレキシン神経を活性化していることを示唆している。つまり、情動が発動しているときに本来オレキシン産生神経の活性化が筋緊張を維持しているのである。マウスに対して情動刺激を加えると、交感神経系の活性化を介して、血圧や心拍数が上昇するが、オレキシン欠損マウスでは、こうした反応が非常に減弱している。また、オレキシン欠損マウスでは扁桃体や分界条床核を直接刺激したことによって引きおこされる自律神経反応も非常に弱い[21-22]。このことから、情動に伴う自律神経系の反応にはオレキシンの機能が不可欠である。このように大脳辺縁系からの入力は、情動に伴う自律神経系の制御および覚醒レベルの上昇に関わっていると考えられる。

 大脳辺縁系からオレキシン神経への入力系は、おそらく摂食行動の制御にも関与している。ナルコレプシーのイヌはエサを認識することによってカタプレキシーが惹起される。このことは、エサを認知することによって食欲が惹起される際、報酬性の情動の惹起を介しオレキシン系が活性化されていることを示唆している。

 一方、POAには睡眠時に活性化され、抑制性の神経伝達物質をもつ神経細胞群が局在している。これらの神経細胞は、モノアミン系の神経に抑制性のGABA作動性およびガラニン作動性の抑制性の投射をすることによって、睡眠を惹起し、かつ維持していると考えられているが、オレキシンニューロンもsleep-active neuronによって抑制される[17, 20]。この系により、睡眠時はオレキシン産生ニューロンの活動は低く維持されていると考えられる。

 そのほか、オレキシン産生ニューロンは、セロトニン作動性神経や、ノルアドレナリン神経から抑制の入力を受けている。前述のようにオレキシンニューロンはこれらモノアミン作動性ニューロンに興奮性の出力をしているため、この経路はネガティブフィードバック・ループを形成しており、覚醒時には緊張的にオレキシンニューロンに抑制性の入力をすることにより、オレキシンニューロンの活性を一定に保つ役割をしていると示唆される(図3)。

図3

図3 オレキシンニューロンの入出力系の概要(文献[2]より改変して引用)

オレキシンは、大脳辺縁系から情動にかかわる情報、視床下部背内側核(Dorsomedial hypothalamus;DMH)を介して脳内時計からの入力、
レプチン、グルコース、グレリンなど末梢のエネルギーバランスに関わる情報をうけ、脳幹や視床下部のモノアミン/コリン作動性神経に出力している。
同時に、弓状核(Arc)のNPY神経などを介して摂食行動も制御している。DMHからの入力は食餌同期性の行動リズムにも関与している。
Arcへの作用はレプチン感受性の制御にも関与する一方、オレキシンニューロンは、大脳辺縁系や視索前野、脳幹、視床下部などからの入力を得て活性を変化させ、
モノアミン系など、覚醒に影響を与える系に出力している。この機能により生体内外の環境に応じて適切な覚醒状態を維持する。

 それでは、レプチンやグルコースなどによるオレキシン産生ニューロンの制御にはどのような生理的意義があるのだろうか?動物を絶食させると、自発行動量と覚醒レベルは上昇し、活動期だけでなく、非活動期(げっ歯類では昼間)の行動量も増える[16]。グルコースによるオレキシン産生ニューロンの制御はこうした機能に関与していることが示されている。マウスを絶食させると覚醒時間が延長し、睡眠時間が短縮することによって、食物を探索するための行動を支えるが、オレキシン神経を欠損させたマウスでは絶食に伴う覚醒時間が延長と行動量の増加が見られない[16]。つまり、エネルギーバランスが負に傾いたときにみられる覚醒の増加、行動量の増加にはオレキシン産生ニューロンの機能が必要なのである。

おわりに

 オレキシン産生ニューロンは、大脳辺縁系、視索前野、視床下部、脳幹などの入力を得るとともに末梢の代謝状態を感知している。そして、その情報に応じて適切な覚醒を維持するべく、脳幹のモノアミン作動性ニューロンとコリン作動性ニューロンを制御している。たとえば、情動にともなう覚醒レベルの上昇には大脳辺縁系からの入力が働いている可能性が高い。また、グルコースやレプチンによる制御は、エネルギーバランスが負になったときに、覚醒を維持して摂食行動を支えることに役立っている。こうした機能が、病的な状態では異常な食行動にも関与している可能性がある。このことはオレキシン受容体拮抗薬が摂食量の低下や、肥満の治療に有効であることからも示唆される[23]。また、減量のためのカロリー制限をしている場合、不眠が生じる場合がある。また、神経性食欲不振症などで過活動がみられることがあるが、この場合、血糖値の低下やレプチンレベルの低下によるオレキシン産生ニューロンの活性化を伴っている可能性がある。現在、OX1R、OX2R両方に働く非選択性のオレキシン受容体拮抗薬が優れた睡眠導入薬として期待されている[24]。オレキシン受容体拮抗薬は、不眠症のみならず、中枢性摂食異常症の治療にも役立つ可能性がある。一方、OX2R作動薬はナルコレプシーの治療の他、基礎代謝の増加やレプチン感受性の上昇による肥満の治療薬としての可能性もある[25]。

主要参考文献:

  1. Sakurai, T., et al., Orexins and orexin receptors: a family of hypothalamic neuropeptides and G protein-coupled receptors that regulate feeding behavior. Cell, 1998. 92(4): p. 573-585.
  2. Sakurai, T., The neural circuit of orexin (hypocretin): maintaining sleep and wakefulness. Nat Rev Neurosci, 2007. 8(3): p. 171-181.
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