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天然物新規合成法の研究・開発

2010年 9月 3日

林 利光

林 利光(はやし としみつ):
国立大学法人 富山大学大学院医学薬学研究部(薬学)教授

1945年9月生まれ
1974年 京都大学大学院薬学研究科博士課程修了 薬学博士
1975年 金沢大学医学部 助手
1979年 富山医科薬科大学薬学部 助手
1983年 文部省在外研究員(米国ノースカロライナ大学薬学部 博士研究員)
1986年 国際協力事業団派遣専門家(パラグアイ共和国アスンシオン大学)
1998年 富山医科薬科大学薬学部助教授
2000年 富山医科薬科大学薬学部教授
2005年 富山大学薬学部教授
2006年 富山大学大学院医学薬学研究部(薬学)教授

受賞:

2007年 宮田記念学術論文賞受賞

1. はじめに

 近年,衛生環境・食糧事情の改善等により,人々の平均寿命が著しく延び,いわゆる高齢化社会が到来している。医療技術の進歩に伴って臓器移植患者の増加もみられる。また,生活様式の欧米化に伴って,癌患者や種々の生活習慣病患者が増加している。さらに,コンピューター技術の通信情報システムへの応用とそれらの普及による地域社会や職場における人間関係の変化は,ストレスに悩む人達の増加をもたらしている。このような人達においては免疫機能が著しく低下しているため,健常人では問題にならないような細菌やウイルスの感染により容易に発症し,しかも重症化しやすい傾向にある。

 20世紀の後半から新興ウイルス感染症が相次いで発見されたが,その多くは国境を超えて急速に感染拡大するものであった(表 1)。過去に3度のパンデミックを起こしたインフルエンザは人獣共通感染症で,いずれの場合も,弱毒型のA型インフルエンザウイルス(H1N1, H2N2, H3N2亜型)が原因ウイルスであった。ところが,1997年に香港で発見されたインフルエンザウイルスは、新型の鳥インフルエンザウイルス(強毒型のH5N1亜型)で,2003〜2006年にアジアやヨーロッパにおいても,しばしば感染が報告されたものである。因みに、本ウイルスは我が国では,山口,大分,京都などの養鶏場で飼育されていたニワトリに感染したことから,感染拡大を防ぐために多数のニワトリの処分が行われた。また,タイ,ベトナム,インドネシアなどのアジアでは,本ウイルスがヒトにも感染し,死者がでるに至った(感染者の致死率60%)。そこで,我が国の厚生労働省は,高病原性の新型鳥インフルエンザのパンデミックを想定した対応マニュアルを作成するとともに,抗インフルエンザ薬(ノイラミニダーゼ阻害剤)として認可されているoseltamivirやzanamivirの備蓄を各医療機関に指示した。そのような状況下にあった昨年の春,メキシコで突然発生した新型豚インフルエンザは瞬く間に世界中に感染拡大し,6月11日にWHOがPhase 6を宣言するに至ったことから,日本列島はパニック状態となり,マスコミにより新たな感染者数や死亡者数が連日報道された。幸い,今回の病原体は弱毒型(H1N1亜型)で,年末には新たな患者の発生が激減し,それ以後現在に至るまで沈静化しているが,強毒型の鳥インフルエンザの流行の可能性がなくなったわけではない。既に確認されたH5N1亜型の鳥インフルエンザウイルスのトリからヒトへの感染やノイラミニダーゼ阻害剤耐性ウイルスの出現は,なお現実に起こりうる重大問題である。ところで,抗インフルエンザ薬として最も多く生産,使用されているのはoseltamivirであるが,本薬剤は経口服用量の80%以上が体外に排泄され,下水道を通って排水中に流れ出る。最近,排水中にかなりの量のoseltamivirが検出されたことが新たな問題となっている。1) インフルエンザウイルスは,水鳥の腸管に常在して増殖するが,冬期に放流水温が高く,食餌生物が多い下水処理場放流口付近に集まる傾向があることから,oseltamivirが残留している放流水を水鳥が飲むことになるので,水鳥の体内でoseltamivirに耐性を持つウイルス株が出現する可能性がある。加えて,化学合成された抗ウイルス薬は子孫ウイルスの特定の複製過程を標的としたものであるが,生体にとっては異物(毒物)であることから副作用の発生を避けることができないという宿命的な問題がある。

 著者らは,伝承薬や食用藻類などの古来より人々の生活の知恵として活用されてきた天然素材を対象として,新規な化学構造や作用機序を有する生物活性分子を探索し,それらのウイルス感染症に対する有用性の評価を行ってきた。本稿では,それらのうち,メカブ由来フコイダンの有用性について紹介する。

表 1. 近年の主な新興ウイルス感染症
発症年 感染症名 原因ウイルス
1969 ラッサ熱 ラッサウイルス
1973 小児冬季下痢症 ロタウイルス
1977 エボラ出血熱 エボラウイルス
1980 成人T細胞白血病 ヒトT細胞白血病ウイルス
1983 エイズ ヒト免疫不全ウイルス
1988 小児の突発性発疹 ヒトヘルペスウイルス6型
1989 C型肝炎 C型肝炎ウイルス
1993 ハンタウイルス症候群 シンノブレウイルス
1995 エイズ患者のカポジ肉腫 ヒトヘルペスウイルス8型
1997 新型インフルエンザ 鳥インフルエンザウイルス(H5N1)
1999 脳炎 ニパウイルス
2002 重症急性呼吸器症候群 SARSウイルス
2009 新型豚インフルエンザ 豚インフルエンザウイルス(H1N1)
スペイン風邪 (1918,H1N1), アジア風邪(1957, H2N2), 香港風邪 (1968, H3N2)

1.メカブ由来酸性多糖体の化学的性状

 メカブは褐藻に属するワカメ Undaria pinnatifida の胞子葉で,我が国ではヌメリのある食材として珍重されている。申請者らがメカブから抽出・精製した酸性多糖体は,みかけの分子量は 9,000で,fucoseとgalactoseをほぼ 1:1の比で含むとともに,uronic acidを1.9%,硫黄を10.4% 含むことからfucoidan (FU) の一種であることが分かった。また,本多糖体は,メチル化分析により,複雑な枝分かれ構造を有し,硫酸基はfucose残基の2位及びgalactose残基の3位または6位に結合していることが判明した。2)

2.メカブ由来フコイダンのin vitroでの抗ウイルス作用

 FUについて種々のウイルスに対する増殖阻害活性を評価したところ,FUは単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1),同2型(HSV-2),ヒトサイトメガロウイルス(HCMV),及びA型インフルエンザウイルス(IFV-A)などのエンベロープをもつウイルスに対しては顕著な阻害活性を示したが,エンベロープをもたないpoliovirusやcoxsackie virusに対しては無効であった。2)また,ウイルスの感染と同時にFUを添加した場合の方が感染直後に添加した場合より大きい選択指数を示したことから,FUはウイルスの宿主細胞への吸着・侵入段階を阻害すると推察された。一方,FUのIFV-Aに対するより具体的な作用標的段階を明らかにするためにtime-of-addition実験を実施したところ,FUは,ウイルスの感染と同時に添加した場合に感染24時間後の子孫ウイルス量を顕著に抑制した。また,感染中にのみFUが存在した場合は,対照群の40% までウイルスの産生を抑えたが,それ以外の時間帯に添加した場合は,極めて弱いウイルス増殖阻害効果しか示さなかった。3)これらの実験結果は,FUの作用標的は,ウイルスの細胞への吸着段階であることを示している。因みに,抗インフルエンザ薬であるoseltamivirは,子孫ウイルスの細胞外への放出の際に関与するneuraminidaseに対し阻害活性を示すもので,ウイルスの感染3時間以降に添加してもウイルスの産生を顕著に抑制したことから,FUは明らかにosertamivirとは異なる作用機序を持つことが判明した。そこで,培養細胞を用いる評価系において,FUとoseltamivir の種々の濃度の組み合わせによる抗IFV-A活性の変動を調べたところ,両者は明らかに相乗作用を示すことが分った。3)なお,いずれの組み合わせにおいても細胞毒性の上昇は認められなかった。

2.メカブフコイダンのin vivoでの抗ウイルス作用3, 4)

 1×106 PFU (plaque forming unit) のIFV-A (A/NWS/33株) をBALB/cマウスの鼻腔内に接種した場合の死亡率を比較したところ,対照群は37%であったが,FU (5 mg) とoseltamivir (0.1 mg) の投与群は0%であった。一方,それぞれ単独又は両者を併用して1日2回経口投与したところ,FU単独投与群における肺のウイルス量は,対照群と比べて顕著な減少が認められなかったが,oseltamivir単独投与群及び併用投与群におけるウイルス量は顕著に減少した。なお,併用投与群における肺のウイルス量は,oseltamivir単独投与群と比較しても有意に減少した。これらの実験結果は,FUをoseltamivirと併用投与することにより,oseltamivirの副作用の発現や薬剤耐性ウイルスの出現を軽減させることが可能であることを示唆している。

図1

図1. 抗癌剤(5-FU)処理マウスにおけるIFV-A感染後の血清 (A) およびBALF (B) 中の抗体産生量に及ぼすFUの効果

■: H2O投与群; ■:oseltamivir投与群; □: FU投与群

3.メカブフコイダンの免疫系に及ぼす効果

 生体にウイルスが感染すると,防御機能を担っている自然免疫系と獲得免疫系が応答する。従来の抗ウイルス薬は,いずれもウイルスの複製に関与する酵素や蛋白質などを標的部位としたものであり,生体の免疫系を標的としたものはワクチンに限られていた。ただし,ワクチンが効果を示すのは,抗原としてのウイルスの遺伝子に変異がない場合である。また,免疫力が低下している人に対してはワクチンの効果はあまり期待できないし,副作用を惹起する危険性もある。そこで,FUについて,生体の免疫機能に及ぼす効果を調べた。生体に侵入したウイルスは,自然免疫系を担っているマクロファージにより貪食されるが,FUはマクロファージの貪食能亢進作用を示した。3) また,natural killer (NK) 細胞も自然免疫系を担う細胞の一種であるが,加齢,ストレス,外科手術,放射線療法や化学療法などにより惹起される免疫力の低下状態からの回復に寄与している。そこで,抗癌剤として利用されている5-fluorouracil (5-FU)で処理してNK活性を低下させたBALB/cマウスにFUを経口投与したところ,NK活性は正常値にまで回復したのに対し,NK活性が正常に維持されているマウスでは,FU投与によるNK活性の上昇は見られなかった。3) 一方,FUは抗体産生に重要な役割を果たしているB細胞のブラスト化を濃度依存的に促進した。3) また,IFV-A感染後の中和抗体産生に及ぼすFUの効果を調べたところ,FU投与群の2週間後の血清中の中和抗体価は蒸留水投与群(対照群)に比べて有意に上昇していた (図 1)。4) ところで,抗癌剤は免疫力を低下させる事が知られている。そこで,5-fluorouracilを投与したマウスにIFV-Aを感染させてから2週間後の血清及びBALF中における中和抗体産生に及ぼすFUの効果を調べたところ,同様に抗体産生増強作用が認められた。Oseltamivir投与群では,抗癌剤の投与に関係なく中和抗体の産生量は対照群およびFU投与群と比較して著しく低かった。4)さらに,FUの粘膜免疫系に対する作用の評価として,分泌型のIgAの産生量を調べたところ,気道粘膜 (BALF)からのIgA産生量は対照群と比較して有意に増加したのに対し,oseltamivir投与群では,対照群と比べても少ないことが判明した。4) このことから,インフルエンザという疾患は同一シーズンに再感染する機会が多いことを考慮すれば,充分量の抗体が産生されず発症を繰り返す結果としてoseltamivirの頻回投与につながり,新たなoseltamivir耐性ウイルスの出現を招くことになるということが懸念される。さらに,鳥インフルエンザウイルス(H5N3, H7N2亜型)をマウスに感染させた場合のウイルス特異的抗体産生に対する効果を検討した結果,FUは血清及びBALF中における中和抗体のみならずBALF及び糞便中の分泌型IgA の産生量に対しても増加作用を示すことが確認された(図 2)。5)

図2

図2.鳥インフエルエンザウイルス(H5N3, H7N2)感染マウスにおけるウイルス感染2週間後の (A) 血清およびBALF中の中和抗体産生量に及ぼすFUの効果

□: 血清; ■: BALF, 投与量:0, 1, 5 mg/day], (B) BALFおよび糞便中の分泌型IgA産生量 [投与量:□: 0 mg/day; ■: 1 mg/day; ■: 5 mg/day

 以上のように,メカブ由来FUはインフルエンザの病原体としてのウイルスの増殖を抑えるのみならず,生体の免疫機能調節作用を有し,ウイルス感染に対する防御効果をもつので,日常的なFU摂取は,将来想定されている新型鳥インフルエンザのパンデミック対策としても重要な意味をもつと考える。因みに,FUのインフルエンザ感染予防効果(抗体産生能増強効果)は,最近,特別養護老人ホームに入居している67歳から102歳の男女67名を無作為に2群に分けて実施されたヒトでの試験においても実証された。6)

参考文献:

  1. Gopal C. Ghosh, Norihide Nakada, Naoyuki Yamashita and Hiroaki Tanaka, Oseltamivir carboxylate, the active metabolite of oseltamivir phosphate (Tamiflu), detected in sewage discharge and river water in Japan. Environmental Health Perspectives, 118:103-107 (2010).
  2. Toshmitsu Hayashi, Kyoko Hayashi, Kenji Kanekiyo, Yuko Ohta and Jung-Bum Lee, Promissing antiviral glyco-molecules from an edible alga. Combating the Threat of Pandemic Influenza: Drug Discovery Approaches, edited by Paul F. Torrence, John Wiley & Sons, Inc., pp166-182 (2007).
  3. Jung-Bum Lee, Kyoko Hayashi, Minoru Hashimoto, Takahisa Nakano and Toshimitsu Hayashi, Novel antiviral fucoidan from sporophyll of Undaria pinnatifida (Mekabu). Chem. Pharm. Bull., 52: 1091-1094 (2004).
  4. Kyoko Hayashi, Kenji Kanekiyo, Yuko Ohta, Jung-Bum Lee, Minoru Hashimoto, Takahisa Nakano and Toshimitsu Hayashi, Evaluation of anti-influenza A virus efficacy of a fucoidan from an edible alga Undaria pinnatifida. Abstracts of 14th European Carbohydrate Symposium, p412, Lübeck, Germany, 2007.
  5. Toshimitsu Hayashi, Kyoko Hayashi, Jung-Bum Lee, Keiko Yoshinaga and Takahisa Nakano, In vivo efficacy of fucoidan from brown alga Undaria pinnatifida in treatment of mice with avian influenza viruses. Abstracts of 15th European Carbohydrate Symposium, p511, Vienna, Austria, 2009.
  6. Riken Vitamin Co., Ltd., NEWS RELEASE, http://www.rikenvitamin.jp/, Aug. 17 (2010).

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