第48号:新薬の研究・開発
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ハイブリッド天然物をモチーフとする分子多様性

2010年 9月 8日

鈴木啓介

鈴木啓介(すずきけいすけ):
東京工業大学大学院理工学研究科 化学専攻 教授

1954年6月生まれ。1978年東京大学理学部化学科、同大理学系大学院化学専門博士課程修了、理学博士。1983年慶應義塾大学理工学部化学科助手、1987年同専任講師、1988年同助教授、1994年同教授を経て、1996年より現職。この間、1990年スイス連邦工科大学客員助教授、2010年レーゲンスブルグ大学客員教授。〔専門〕有機合成化学

1.ハイブリッド天然物とは

 ポリケチド生合成経路は様々な生理活性物質の供給源となっている(図1)。さらに、それらが糖質やイソプレノイドなどと複合化すると、驚くほど多様な分子構造の宝庫が出現する。重要なことは、こうした複合構造に特有の生理活性があることであり、自然が長い分子進化過程を経て獲得した、分子多様性を産み出すための巧妙な仕掛けに感心させられる。

 一方、こうした複合構造(ハイブリッド天然物)の合成はしばしば困難を伴う。糖、テルペン、ペプチド等、生合成経路を異にする構造類型に特有の合成手法や論理が発展してきたが、複合構造を有する合成標的の場合には、これらに矛盾が生じることが多いからである。しかし、これらの複合型化合物に見られる生命科学関連の潜在的重要性を考えると、それらの合成経路を開拓することは意義深い。また、合成的課題の解決を通じて有機合成化学自体の発展にも寄与できると考えた。我々はCREST-JST(H11-H16)、SORST-JST(H17-H21)の援助を受け、研究を行うことができた。

 以下、最近の成果を中心に紹介する。

図1

図1. ハイブリッド天然物

2.ジヒドロフェナントレンジオール構造を有する天然物の合成

 多環式芳香族骨格を有する天然物の中には骨格の一部が脱芳香化したものがあり、中には重要な生理活性を示すものも少なくない(図2)。例えば、ベナノミシンープラジマイシン系抗生物質はHIV表層の糖タンパク糖鎖(gp120)と特異的に結合し、ヒト免疫細胞への感染を阻害する。また、TAN-1085は血管新生阻害活性、FD-594は顕著な抗腫瘍性を示す。これらはジヒドロフェナントレンジオールという特異な構造を共有しており、その重要な生理活性も相俟って種々合成が試みられたが、成功例はなかった。その難しさは、脱芳香化部分の構築と立体制御にある。すなわち、こうした構造では種々の潜在的分解経路があるので、それらを回避して目的構造に達しなければならない。また、立体制御の手掛かりに乏しい点も厄介である。

図2

図2. ジヒドロフェナントレンジオール構造を有する天然物

 検討の結果、我々は“不斉転写アプローチ”とも言うべき方法論を開発することに成功した(図3。その基本は、ビアリールジアルデヒドのピナコール環化反応(step 3)に見出された二つの立体化学的特徴にある1)。一方はトランスジオールを与えること、他方、ビアリールの軸不斉がジオールの中心不斉へと転写されることである。このアプローチを適用し、1999年にはベナノミシンープラジミシン類のアグリコン部の立体選択的構築に成功した2)。

 さらに不斉合成の前提となる環化前駆体の軸不斉については、二段階から成る制御法を確立した。すなわち、1)Pd触媒を用いた分子内反応によるビアリールラクトンの形成(step1)、2)アミノアルコールを用いたアトロプ選択的なラクトン開環反応(step2)、である。さらに、制御困難な糖の位置選択的導入についてもセミピナコール生成反応3)を開発して問題を解決し、3種の類縁体[ベナノミシンA(R=OH)、B(R=NH2)、およびプラジミシンA (R=NHMe);図2]の初の全合成を達成した4)。また、同様なアプローチにより、FD-594のアグリコン部の初の全合成を完成した5)。

図3

図3. 不斉転写アプローチ

 一方、TAN-1085の合成では別法を採用した6)。これは[2+2+2]アプローチ7)とも呼ぶべき3段階に始まるもので、ベンザインとケテンシリルアセタールとの[2+2]環化付加反応(step 1)、ベンゾシクロブテノンへのスチレン単位の導入(step 2)、連続的な4員環の開環と6π系の電子環状反応(step 3)、によってフェニルナフタレン骨格を構築するものである。さらにピナコール閉環反応(step 4)により、ジヒドロフェナントレンジオール骨格に至る(図4)。

 実際、この手法を用いTAN-1085の初の合成を達成したが、その際にいくつか興味ある知見を得た。まず、置換基の協同効果により環拡大反応が室温で進行する場合があることである。これは4員環の開環の回転選択性により理解できる。また、SmI2を用いたピナコール環化反応をアシル化剤で停止すると、位置選択的なモノアシル化を行うことができ、位置選択的な糖の導入が可能になった。さらに、最近、“軸不斉スチレン”をキラル素子として用い、その不斉合成を達成した8)。

図4

図4. [2+2+2]アプローチ+ピナコール環化

3.核間位に置換基を有する多環式天然有機化合物の合成

 先述のようにポリケチド由来の天然物の中には、生合成経路における多環式芳香環の完成後に酸化的脱芳香化が進み、極めて複雑な構造となったものがある(図5)。こうした化合物の合成では、合成途上も芳香化が起きやすく、また多くの不斉中心の制御や核間位への置換基導入なども課題となる。

図5

図5.核間位に置換基を有する多環式天然有機化合物

 我々は、こうした構造の天然物の合成に向け、有効なアプローチを開発した。図6に概要を示すが、1)ニトリルオキシドと1,3-ジケトンとの縮合環化反応9)、2)アゾリウム塩触媒による分子内不斉ベンゾイン生成反応10)、によって得られる多環性a-ケトールを経由し、骨格構築および立体制御を行うものである。

図6

図6.ニトリルオキシドとベンゾイン生成反応によるアプローチ

 ベンゾイン生成反応を基盤として、アントロンC-グリコシド類の代表的化合物であるカシアロインを合成し、不明であった立体化学を決定したほか11)、ホモイソフラバノン構造を有する天然物サッパノンBの合成を行った12)。

図7

図7.立体選択的ベンゾイン生成反応を用いた天然物合成

 核間置換基の立体選択的導入には、イソオキサゾール環の強力なαカチオン安定化効果を利用した。一つには、ピナコール転位反応を基盤とするアプローチである13)。すなわち、ジアステレオ選択的求核付加反応と、位置選択的かつ立体特異的な1,2-転位反応の二段階を通じ、核間位に第4級不斉炭素をもつ合成中間体の不斉合成を可能にした。また、このイソオキサゾールによる強力なカチオン効果を利用すると、SN1反応で核間置換基の直接導入も可能である14)。なお、核間位のcis-ジオール構造の構築にはN-メチル化後、NaOClによる酸化が有効である15)。

4.フラバン系ポリフェノールの合成

 植物由来の一大天然物であるフラボノイドは、健康食品、飲料の成分として知られるが、実はこれらは構造の似通った類縁体の混合物(いわゆる"ポリフェノール")であるため、個々の純粋な化合物について性質が調べられた例は少ない。我々は糖とフラノボイドの類似性に注目し研究を進めた16)。すなわち、糖のアノマー位とフラバン骨格のC4位における反応性の類似性を生かし、各種の炭素求核剤やヘテロ求核剤をカテキン単位に導入する手法を確立し、実際にドリオプテリン酸の(酢酸単位とのハイブリッド構造)合成17)やロタノンジン(インドールとのハイブリッド構造)の合成に成功した18)。

図8

図8.カテキン類

 さらにそれらの知見を活かし、カテキンオリゴマー(特にその重合度が高いものの生理活性に興味が持たれる)の合成に取組んだ。オリゴマー合成には、やはり糖鎖化学において提唱された「オルトゴナル合成」の概念が有効であった。すなわち、種類の異なる脱離基(OAc, SAr)をフラバン骨格4位に導入し、それらをハード/ソフトの概念に基づいて選択的に活性化することにより、効率よく構成単位を伸長する。また、本質的に求核的部分と求電子部分を併せ持つカテキン単位のC8位に臭素を導入し、求核成分と求電子成分との分離を実現したことにより、等モル量の反応においても交差化合物が収率良く得られるようになった。カテキン3量体であるプロシアニジンC2の合成においてその効果を示した19a)。

 こうして合成効率が格段に向上し、各種の大きさのフラグメント同士を結合させるブロック合成においてその効果が遺憾なく発揮された(図9)この例に見られるように、分子量が4kDaを超える分子同士の結合にも成功したが、我々が知る限りこうした大きさの分子同士を効率よく結合させた例はない19b)。

 なお、天然には水酸基の数や置換位置あるいは立体化学の異なる様々なカテキン類縁体が存在し、有用な生理活性も期待されるが、こうした化合物は一般に単離、精製が難しく、有効な合成法もないため、純品は入手困難である。最近、我々はこうしたモノマーの立体選択的合成に成功した20)。これにより各種のモノマーの選択的供給の道が開けたのみならず、異なるカテキン単位から成るオリゴマー(ヘテロオリゴマー)の合成への道が開け、生理活性物質発見のアプローチにおいて一段高いステップに立つことができた。

図9

図9.カテキンオリゴマーのブロック合成

5.アリール-C-グリコシドの合成

 糖と芳香族とが直接C-C結合で繋がったアリールC-グリコシド抗生物質は、1970年、アクアヤマイシンを皮切りに増え続けている(図10)。

図10

図10.色々なアリール-C-グリコシド

 合成上の基本命題は糖と芳香族との選択的結合形成にあるが、先に我々は天然物ベンズアントリンBの生合成にヒントを得、有用な反応を開発した(図11)。すなわち、ルイス酸条件下、グリコシル供与体とフェノールとを反応させると、低温で速やかにO-グリコシドが生成し、引き続き温度を上げる過程で糖がフェノールのオルト位へと転位する21)。このO→Cグリコシド転位と名付けた反応は、フェノールのオルト位に位置選択的に糖が導入される点で有用であり、ビネオマイシノンB222)、アクアヤマイシン23)の合成に活用した。一方、顕著な抗腫瘍性を有するギルボカルシンーラビドマイシン類の合成では、形式上、糖をフェノールのパラ位に導入する必要があるが、我々はレゾルシノールトリック24)と言う合成戦略でこれを解決し、1992年にギルボカルシンMを6段階で合成に成功した25)。

図11

図11.O→Cグリコシド転位反応

 現在はビス-C-グリコシド型抗腫瘍性抗生物質であるプルラマイシンーヘダマイシン類(DNAとの相互作用)の合成を検討している。これらの化合物の合成については、アグリコンの報告例は多いものの、糖を含めた全合成は未踏である。これはビス-C-グリコシドの構築に有効な手法がないことに起因するが、我々は既にO→C-グリコド転位反応におけるSc(OTf)3の高い触媒活性を見出し26)、これをレゾルシノール誘導体に適用すると、目的のビス–C–グリコシドが得られることことを明らかにしている27)。また、本反応ではアミノ糖の導入にも有効なので、全合成の完成に向け、鋭意検討を進めている。

主要参考文献:

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  18. K. Hatakeyama, K. Ohmori, and K. Suzuki, Synlett, 1311–1315 (2005).
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