「医療における診断技術の研究開発」-脳磁図の臨床応用
2010年10月18日
川島 隆太(かわしまりゅうた): 東北大学加齢医学研究所 教授、
東北大学スマート・エイジング国際共同研究センター長
東北大学加齢医学研究所認知機能発達寄附研究部門 教授
1959年5月生まれ。1989年東北大学大学院医学系研究科修了 医学博士。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、同講師、東 北大学未来科学技術共同研究センター教授を経て2006年より現職。2008年より東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサー。2009年より東北大学加齢医学研究所附属スマート・エ イジング国際共同研究センター長。2008年「情報通信月間」総務大臣表彰、2009年科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞。脳神経細胞の代謝と循環を調べる脳ダイナミクス研究、人 間の心の働きを画像化する脳機能イメージング研究を推進し、世界をリードする業績を多数あげている。さらに、これらの脳科学基礎研究成果を社会還元することを目的として、認 知症患者の認知機能を向上させる生活介入方法を開発し、認知症の認知機能改善システム(学習療法)として、一般に広く普及することに成功した。さらに、健常な高齢者の認知機能向上システムを開発し、現在、多 くの自治体等の認知症予防活動に利用されている。
菅野 彰剛(かんのあきたけ):
東北大学加齢医学研究所脳機能開発研究分野 助教
1962年10月生まれ。2001年熊本大学大学院自然科学研究科修了、工学博士。2004年東北大学大学院医学系研究科にて医学博士(論文)を取得。1985年より財団法人広南会広南病院に勤務。2 010年より現在に至る。1995年東北臨床衛生検査技師会学術奨励賞、1996年日本臨床衛生検査学会学術奨励賞、2000年日本臨床衛生検査技師会会長賞、2003年宮城県臨床衛生検査振興会福岡賞奨励賞、2 009年日本生体磁気学会優秀研究賞。2009年日本意識障害学会特別賞受賞。主たる研究分野として、脳機能マッピングにおける脳磁図、脳波、脳表電気刺激、機能的MRIの応用を行っている。
はじめに
われわれは、これまでに導入した超高磁場(3T)MRI装置、光トポグラフィ装置、多チャンネル脳波計、TMS装置、ウェアラブル光トポ装置、超小型光トポ装置に加え、2 010年3月に脳磁計を導入することで、ほぼ全ての人間の脳活動計測を可能とした。加えて、動物用の計測装置として、7TMRI装置、2光子レーザー顕微鏡、パッチクランプ、電 気生理計測システムなどが稼働しており、世界でも有数のイメージングセンターであると自負している。
本稿では、最近導入した脳磁図の臨床応用について述べる。
脳波と脳磁図の発生機序
脳の神経細胞の活動に伴ってイオン電流が流れる。細胞内を流れた電流は細胞膜を通過して細胞外へ流れ出る。それは導電率の高い脳、脳脊髄液を流れ、さ らに導電率が脳の約百分の一の頭骨を流れて頭皮にまで漏れ出る。この頭皮上を流れる電流による電位差を測定しているのが脳波 electroencephalography (EEG)である。一方、電 流が流れると、「右ネジの法則」として知られる磁界を誘起する。神経電流によって誘起された磁界は脳、脳脊髄液、頭骨、頭皮を貫通して頭外に達する。電 流が頭の各部分の導電率の影響を受けて頭皮まで流れ出るのに対し、磁界はほぼ何の影響も受けることなく頭外に出てくる。これは磁界に影響を及ぼす透磁率が脳、脳脊髄液、頭骨、頭皮、頭 外の空気の間ではほとんど変わらない値をもっているからである。しかし、神経細胞1個の活動で流れる電流は極めて小さく、それによる磁界を頭外で測定することは現在の技術では不可能である。こ の神経細胞を切り出してその神経細胞の周りにコイルを巻くと、その神経細胞の電流による磁界を検出することはできる。しかし、この方法を日常的にヒトの脳の測定に使うことは難しい。ところが、脳の皮質には、錐 体細胞が多数並んでいる部分があり、この錐体細胞が一斉に活動するときには大きな神経電流が流れる。この電流による神経磁界を頭外で観察することができる(図1)。すなわち、脳 磁図magnetoencephalography (MEG)である。
図1 脳磁図の起源(文献1より一部改変し引用)
脳磁図の利点
脳波も脳磁図も神経細胞の電気的活動を観察しており、波形の上でも良く似た信号である。また、脳磁図は他の脳機能診断法、すなわち機能的MRI(fMRI)、PET、S PECTと比較し時間分解能が極めて高い。加えて、脳磁図は脳波のもつ問題点を克服し、以下の利点を有する。第1に、頭部の電導率の不均一性による影響、つまり信号のひずみが少ない。こ れは脳磁図が細胞内電流によって生じる磁界を観察しており、細胞外電流による磁界の影響が小さいためである。第2に、脳磁図は頭皮に水平な電流成分のみを選択的に観察し、複数方向の電流源が混在した場合でも、脳 磁図の方が脳波より単純なモデルで信号源推定できる。第3に、脳磁図では電極が不要で測定準備時間が短く、しかも脳波のように基準電極の位置に悩む必要がない。
生体磁界計測
脳磁図の最初の計測は1968年のCohenら[2]により、巻数が数万回のコイルによって行われた。1972年に同じくCohenら[3]が超伝導量子干渉素子superconducting quantum interference device (SQUID)による脳磁図計測を行い、本格的な研究が開始された。 1980年代に入ると中型の装置が登場し、一 度の計測で信号源推定が可能となったが、頭部全体の同時計測は不可能であった。現在では、図2に示すように、ヘルメット型の160チャンネル脳磁センサーからなる装置が開発された。左 右大脳半球の活動を同時にカバーすることができる。患側と健側の大脳半球の左右差を検出しやすく、てんかん異常波の左右半球間の伝搬も一度に観察できる[4、 5]。
図2 ヘルメット型脳磁計
MR画像との連結の重要性
脳磁図により計測される情報は脳波と同様波形である。その波形を基に電流双極子モデル[6]等を用い信号源推定を行う。しかし、この段階では機能局在情報は単なる座標値で示されるだけで、臨 床応用上不十分である。脳の解剖画像と連結されてはじめて診断・治療の上で参考になる。最近のシステムでは脳磁図とMRIの座標合わせのため、脳磁図用には小コイル、M RI用に肝油球等のマーカーが使用されている。さらに、信号源解析の際、頭部形状に近似させた球を定義する必要があるが、MRIを用いて被験者個人の頭皮形状にあわせた信号源解析が可能である(図3)。
図3 脳磁図とMR画像の空間座標の統一
上段は脳磁図用小コイル装着例およびデジタイズを行っている様子。中段は光学的手法による空間座標登録の様子。下 段は被検者のMR画像を基にした球体モデル例。
信号源推定
頭皮上磁界分布から、脳の興奮部位を推定する。電流双極子モデルを用いた信号源推定では[6]、頭部のある1点に電流双極子を仮定したモデルを用いるが、ヘ ルメット型脳磁計ではしばしば複数の電流源を同時に推定する方法が必要となる。得られた結果は、MR画像上に表示して解釈する。最近では、被検者のMR画像を約1万個の格子点で表し、空 間フィルター法で電流源表示する手法[7]も用いられている。
脳磁図の臨床応用
現在、臨床応用されている項目は、自発活動と誘発活動に分けられる。自発活動としては、てんかん[4、 5、 8-11]や脳虚血[12、 13]の異常波計測がある。一方、誘発活動としては、体 性感覚誘発反応[14、 15]、聴覚誘発反応[16、 17]、視覚誘発反応[18]、言語有意半球同定[19、 20]が行われている。本 稿では紙面の都合により1臨床例を提示し脳磁図臨床応用の有用性を示す。
症例
8歳女児。生来健康、発達正常の女児。6歳より左口角が引きつらせ、流涎を伴う部分発作が出現。MRI検査にて中大脳動脈支配領域に一致した陳旧性の脳梗塞と瘢痕脳回を右前頭葉に認め、胎 生期から周産期における脳梗塞が疑われた。てんかんに対し、種々の抗てんかん薬を使用するも徐々に発作の頻度が増加した。7歳ごろより左口角のけいれんから始まり、左上肢、下 肢に広がる15秒から30秒程度の二次性全般化発作が見られるようになった。瘢痕脳回を伴った難治性てんかんであり、外科的治療の適応を検討するため精査目的に紹介となる。
発作間欠時自発活動を脳波と脳磁図で同時記録した。脳磁図のみに右前頭部の棘波を認め、電流双極子モデルによる信号源推定では、棘波は解剖学的病変に一致した異常所見であった(図4、図5)。さ らに病変周囲の機能局在推定のため、正中神経刺激および下口唇刺激[21-23]体性感覚誘発磁界反応を計測した(図6)。病変は、正中神経刺激によるN20m信号源位置より下方、下 口唇刺激によるcP55m信号源位置に隣接した口腔・顔面領域であると判断した。加えて言語優位半球同定を目的に、聴覚名詞タスクを行い、聴覚言語優位半球が左半球であることを確認した(図7)。
上記脳磁図結果に加え他の臨床検査結果評価を含め検討し、協力的で理解力の高い女児であることから短期間の電極留置を行い、病巣切除術を検討する方針とした。
図4 脳波・脳磁図同時記録自発活動
脳磁図のみに棘波を認める。脳波に下唇刺激体性感覚誘発磁界活動計測時の背景活動として記録したために、電 気刺激によるアーチファクト混入を認める。
図5 等磁場線図および棘波信号源位置
図4における棘波頂点における等磁場線図および電流双極子モデルによる信号源推定位置。
等磁界線図における赤は磁場の湧き出し、青は磁場の沈み込みを示す。MR画像上の○は信号源推定位置、線分は電流の向きを表す。
図6 体性感覚誘発磁界反応
上段は左正中神経刺激体性感覚誘発磁界反応、下段は左下唇刺激体性感覚誘発磁界反応である。
正中神経刺激では、刺激前20 msから刺激後60 ms、下唇刺激では、刺激前20 msから刺激後150 msまでの磁場反応波形を示す。
等磁界線図における赤は磁場の湧き出し、青は磁場の沈み込みを示す。MR画像上の○は信号源推定位置、線分は電流の向き、黄 色△は中心溝を表す。
病巣が正中神経領域より下方、口腔顔面領域にあると判断する。
図7 聴覚タスクによる言語優位半球同定
Time-Frequency 解析によりhigh-gamma帯域における非同期活動を認める。Permutation testではp=0。0 24と左半球、運動言語野に活動を認める。
おわりに
以上、ヘルメット型脳磁計とMRIを連結し、脳機能診断することの有用性について示した。今後、さらなる臨床応用への普及と生理学的新知見探求への貢献を期待する。
参考文献:
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