第49号:医療における診断技術の研究開発
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高性能・高感度マルチ抗原アレルギー診断チップ

2010年10月25日

木戸博

木戸 博(きど ひろし)M.D.& Ph.D.:
徳島大学疾患酵素学研究センター長、全国共同利用・共同研究「酵素学研究拠点」長、応用酵素・疾患代謝研究部門教授

専門は酵素学、分子生物学で、インフルエンザの発症病理学。
1973年弘前大学医学部卒業。77年徳島大学大学院医学研究科博士課程修了、79年米国ロッシュ分子生物学研究所研究員、93年徳島大学教授、07年よりセンター長、10年より酵素学研究拠点長、現在に至る。

共著者:鈴木 宏一、多田 仁美、蔡 敏、窪田 賢司、亀村 典生(徳島大学疾患酵素学研究センター、応用酵素・疾患代謝研究部門)


 

概要

 人口の約30%が何らかのアレルギー疾患に罹患していることから、アレルギーは日本を始め先進国で国民病と位置づけられており、今後益々増加すると推定されている。アレルギーの診断は、現状では血液中のIgE抗体による原因物質の検索が行われているが、これをハイスループットの多項目アレルゲン検出法に変えると共に、さらに予防と治療に役立つ検査法に改良することが強く望まれている。我々は、高密度抗原の固定化を可能にするカルボキシル化Diamond-Like Carbon (DLC)を用いて、IgE抗体を始めとした各種抗体を正確に定量可能な多項目アレルゲン検出法を確立した。内部標準抗体の搭載で定量性を高め、1-3マイクロリッターの微量の血液や体液で多項目抗原に対する抗体価を一度に測定するシステムである。高感度化が達成されて、ファディア社のUniCAP法の測定限界をさらに1/10-1/20にまで下げることで、これまで測定ができなかった臍帯血や唾液中の微量の抗原特異的IgE抗体の測定が可能になった。

はじめに

 医師がアレルギー診断を行う際に最初に行う検査がアレルゲン検査であるが、近年これまで実施されてきたアレルゲン検査法の改良が始まっている。改良を促す理由に、抗原特異的IgEレベルと患者のアレルギーの症状とが必ずしも相関しない、感度が高いとは言えず多くの検体量を必要とする、治療や予防に必ずしも役立たない、検査に時間がかかりコストも高い、等の理由が挙げられている。また現在検査に使用されているアレルゲン抽出溶液は、全てのアレルゲンが抽出されているわけではなく、患者の中には抽出溶液に含まれていない抗原や微量成分が原因となったアレルギーであるために検査結果に表れてこない例が少なからずある。これらの問題を解決する、ハイスループットの検査法の開発が進んでいる。現在国際的に検討されているハイスループットの検査法を図1に示す。Microbeads 法、Microarray法、さらにこれに微細流路系を搭載したMicrofluidic Chip法、従来のEnzyme Linked Immunosorbent Assay (ELISA)をより微細なWellで実施する酵素抗体法などが挙げられるが、比較的安価で高性能な検出が可能なマイクロアレイとして、DLCを基板とした方法を検討した。

図1

図1.ハイスループットの検査法

DLCを基板にした多項目抗原特異的IgE測定Allergen Chipの概要

 DLC基板は、図2に示すように、2.5Å間隔で表面からほぼ垂直に突き出た反応基(カルボキシル基)の高密度集積が、測定の高感度化、幅広い定量性、迅速性、微量検体化を実現する基本要素となっている。カルボキシル基を導入したDLCチップ上に抗原蛋白質を多量に固定化できるが、チップと抗原との間を繋ぐリンカーの長さは様々に変えることが可能である。抗原間の相互作用による立体構造障害が考えられる場合は、長いリンカーで抗原間の間隔を開けて、抗原抗体反応の最適化を図る。検出は蛍光標識した2次抗体を用いたELISAの方法を取っている。DLCチップは、高密度集積性の反面非特異的吸着性も高いため、ブロッキングと洗浄工程の工夫が重要となる。一般にマイクロアレイでは、アレイ間のデータのばらつきが問題になることがあるが、これを最小限にして安定したデータを得るために、この高密度集積性が重要な役割を果たしている。DLC基板素材の検討と蛍光色素の検出波長の検討が進んでおり、低バックグラウンド化が実現され、安定した高感度測定が可能となった。内部標準としてIgEを始めとした各種標準抗体を搭載してデータの定量性と再現性を高め、1-3マイクロリッターの血液や体液で多項目抗原に対する抗体価が一度に測定できる。測定感度では、ファディア社のUniCAPの測定限界をさらに1/10-1/20にまで下げた高感度化が達成されている。これらの改良により、従来測定が不可能であった胎児の微量IgEの抗原特異的抗体産生の検証や、唾液、鼻汁中のIgE測定を可能にして、アレルギーを各種の指標からより詳細に解析することができるようになった。

図2

図2 カルボキシル化DLCチップの高密度抗原集積性の原理

アレルゲンチップ

 アレルゲンチップのレイアウトの例を図3に示す。4×5 mmのウインドウに208スポットの搭載が可能であるが、図に示した例は、108スポットの例で、各抗原当たり4スポットを搭載して、検出におけるばらつきの程度を示した例である。ばらつきの指標であるCV値はチップ内、チップ間、日間差がいずれも5-10%以下で、優れた再現性を示した。多項目抗原特異的抗体測定Allergen Chipとして、高感度化、幅広い定量性、微量検体化が実現された。血液、臍帯血診断、それら以外の体液(唾液、鼻汁、涙液など)診断、IgE以外の抗体価の測定とアレルギー診療における意義付けについてのコホート研究が始まっている。さらに搭載するアレルゲンの抽出方法の再検討と改良、大気汚染などの環境因子による抗原のニトロ化、酸化、硫酸化等の化学修飾に対応した抗原の調整が進んでいる。一方では、同じ原理と方法を使用して、アレルゲンチップ以外にインフルエンザウイルスなど、各種感染症の抗体の定量的測定にも応用され、実用化に向けた取り組みがなされている。

図3

図3 アレルゲンチップのレイアウト

おわりに

 実用化では、診断結果をいかに迅速に医師と患者に伝えることができるかが重要である。そのため開業医が少数の検体を医療現場で測定する全自動測定装置の開発が必要で、関連企業との間で開発研究が進んでいる。また、検査会社での多量な検体測定にも対応できる自動測定装置の開発も必要で、さらにこれらの情報を一括管理する医療情報ネットワークの構築が検討されている。

 世界のアレルギー診断の方向性は、多項目の抗原特異的抗体測定に舵が切られており、それに共って、アレルギー疾患の治療と予防を目指す様々なコホート研究が計画されている。技術革新が現場の診療と研究に大きな影響を及ぼすと期待される。

図4

図4.蛋白チップを用いた医療の将来展望

主要参考文献:

  1. 特許第4568841号:アレルギー疾患の判定方法及びアレルギー疾患の判定キット、国立大学法人徳島大学
  2. 特願2005-89518:ダイヤモンドチップへの蛋白質/ペプチドの固定化方法、国立大学法人徳島大学
  3. PCT/JP2008/000242:アレルギー疾患の判定方法、国立大学法人徳島大学
  4. 特願2009-250098:乳幼児のアレルギー発症の予測・アレルギーの増悪、改善の判定法、国立大学法人徳島大学、オリエンタル酵母工業株式会社